広報活動

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2014年2月19日

理化学研究所

記憶中枢「海馬」の小領域CA2の機能が明らかに

-CA2は小さな環境変化を認識-

ポイント

  • 過去と現在の小さな環境の違いでCA2の神経細胞の活動パターンが変化
  • CA2は記憶の形成と更新に重要な役割を持つ可能性
  • 精神疾患とCA2の関係の解明に期待

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、マウスを用いて、脳の記憶形成の中枢である海馬 [1]のCA2と呼ばれる領域の機能を明らかにしました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)神経回路・行動生理学研究チームのトーマス・マックヒュー チームリーダーと、マリー・ウィンツァー テクニカルスタッフ(TS)、ロマン・ボーリンガーTSおよびデニス・ポリガロフTSらの研究チームによる成果です。

私たちが日常生活で場所や出来事を記憶するに、海馬は重要な役割を果たしています。海馬はいくつかの小さな領域が連結した形で構成されていますが、その1つであるCA2は、サイズが比較的小さいことや、隣にある大きなCA1やCA3と似ていると考えられていたため、長い間注目されていませんでした。

研究チームは、遺伝子改変マウスと、行動学、細胞イメージング技術を使い、マウスが違う環境に移動したときに活動するCA1、CA2、CA3の、それぞれの領域の神経細胞を可視化することに成功しました。その結果、CA2は、CA1やCA3と性質が全く異なり、記憶している過去の環境と現在置かれている環境のわずかな違いにより、活動パターンを変化させることが明らかになりました。これにより、CA2は記憶の形成と更新に重要な役割を持つことが示されました。

この成果は、CA2を対象とした脳科学研究の推進だけでなく、ヒトの脳の理解にもつながると考えられます。ヒトの海馬におけるCA2の割合はマウスと比べて大きく、より多くの役割を果たしていると考えられます。精神疾患の1つである統合失調症や躁うつ病の患者ではCA2に異常が生じていることが知られています。これらの患者はCA2の障害が原因で、記憶の中の体験と現在の体験をうまく調和させることができず、深刻な病状につながっている可能性があります。マウスとヒトの両方で研究を進めることにより、CA2と精神疾患の関係がより明らかになると期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Journal of Neuroscience』に掲載されるに先立ち、オンライン版(2月18日付け:日本時間2月19日)に掲載されます。

背景

「以前ここに来たことがあるだろうか?」という一見単純な疑問に答えるために、私たちは過去の記憶を使い、今いる場所が来たことのある場所か、初めて来た場所かを簡単に認識し、判断しています。しかし、帰宅した時に、家具の置き場所が少しだけ変わっていたり、新しい絵画が壁に飾られていたりしたら、それを認識するには時間がかかります。これは、現在得た情報と過去の記憶とを比較する場合には、両者の重複が多ければ多いほど、それらを区別することが難しくなるからだと考えられています。記憶の形成や現在得た情報と過去の記憶との比較には、「海馬」と呼ばれる脳の器官が重要な役割を果たしています。海馬は、CA1、CA2、CA3、歯状回という領域が連結して機能していますが、CA2は、CA1やCA3に比べて小さいこと、CA1やCA3と機能が似ていると考えられていたことから長い間注目されていませんでした。

そこで研究チームは、遺伝子改変マウスと行動学、細胞イメージング技術を用い、CA2が持つ機能の解明を試みました。

研究手法と成果

まず、マウスをある環境に慣れさせ、その後、全く違う環境とほんの少しだけ違う環境に移動した際に活動する海馬の神経細胞を、細胞イメージング技術を用いて観察しました。神経細胞が活動すると発現する遺伝子(Arc遺伝子とH1a遺伝子)を蛍光染色により、検出した結果、CA1、CA2、CA3、それぞれの神経細胞の可視化に成功しました(図12)。これにより、マウスがほんの少しだけ違う環境(いくつかの新しい物を置いただけの環境)に移動したときに、活動する神経細胞のパターンがCA2だけ完全に変わってしまうことが分かりました(図1)。これは、海馬全体は大きな環境の変化は認識できるものの、小さな環境の変化は認識できず、小さな環境変化を認識する役割はCA2が担っていることを示しています。

また、CA2の神経細胞の活動を阻害した遺伝子改変マウスは、正常なマウスに比べ新しい環境に移動してもその環境を探索しないことも分かりました。

これらの結果から、CA2は記憶の形成とその更新に重要な役割を持つことが分かりました。

今後の期待

ヒトの海馬におけるCA2の割合はマウスと比べて大きいため、多様な役割を果たしている可能性があると考えられますが、未解明の部分が多い脳領域です。今回の成果は、CA2を対象とした研究の推進だけでなく、ヒトの脳を理解することにもつながります。

過去の報告から統合失調症や躁うつ病の初期段階において、抑制性神経細胞[2]がCA2だけで失われていることが分かっています。これらの患者はCA2の障害が原因で、記憶の中の体験と現在の体験をうまく調和させることができず、深刻な病状につながっている可能性があります。マウスとヒトの両方で研究を進めることにより、CA2と精神疾患の関係がより明らかになると期待できます。

原論文情報

  • Marie E. Wintzer, Roman Boehringer, Denis Polygalov, Thomas J. McHugh. "The hippocampal CA2 ensemble is sensitive to contextual change" Journal of Neuroscience,  2014, doi: 10.1523/JNEUROSCI.2563-13.2014

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 神経回路・行動生理学研究チーム
チームリーダー MCHUGH Thomas John

お問い合わせ先

基礎科学特別研究員 牧野 祐一
Tel: 048-467-5189 / Fax: 048-467-5221

脳科学研究推進室
Tel: 048-467-9757 / Fax: 048-467-4914

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. 海馬(かいば)
    大脳辺縁系の一部でヒトでは大脳側頭葉の内下部にある。長期記憶の形成や空間学習に重要な役割を果たしている。湾曲した細長い構造がタツノオトシゴ(ラテン語:hippocampus - 英語:sea horse)に似ていることから海馬と名付けられた。特徴的な層構造をした細長い形をしており、CA1、CA2、CA3、歯状回の各領域からなる。
    海馬の説明図
  2. 抑制性神経細胞
    周囲の神経細胞の発火を低下させ活動を抑える神経細胞

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海馬全体のイメージング

図1 海馬全体のイメージング

CA2(黄)を含む海馬全体における、神経細胞の活動(赤と緑)のイメージング画像。

神経細胞の活動の様子

図2 神経細胞の活動の様子

図1中の白枠の部分を拡大した。
Arc遺伝子(緑)とH1a遺伝子(赤)の発現によって示される神経細胞の活動を示す。

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