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2014年3月24日

理化学研究所

室温で2次元のテラヘルツ波像を高感度に可視化

-未解明な現象の発見や応用の発展に期待-

ポイント

  • リアルタイムでテラヘルツ波像を可視化
  • 非線形光学効果を用いた室温動作・高感度テラヘルツ波検出技術の開発
  • 冷却不要、室温で高感度・高帯域で動作可能

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、室温で動作する実用的な「高感度リアルタイムテラヘルツ波イメージングシステム」を開発しました。これは、理研光量子工学研究領域(緑川克美領域長)テラヘルツ光源研究チームの范書振(ファン・シュウツェン)特別研究員と南出泰亜チームリーダーらの研究チームの成果です。

テラヘルツ電磁波(テラヘルツ波)[1]は、光と電波の中間の周波数帯域の波で双方の特性を併せ持ち、基礎科学だけでなく産業の幅広い分野で応用開発が進んでいます。また、テラヘルツ波の可視化技術は、テラヘルツ波カメラの実現で利用が拡大しています。しかし、従来のテラヘルツ波カメラはテラヘルツ波を熱に変換して計測する仕組みで、テラヘルツ波の1光子[2]が持つ熱エネルギーは光波と比較して格段に小さいため、室温での高感度検出は困難でした。

研究チームは、非線形光学効果[3]を用いて量子光学的にテラヘルツ波を光子エネルギーの大きな近赤外光[4]へ波長変換し、高感度な近赤外光カメラで計測するテラヘルツ波可視化システムを開発しました。非線形光学結晶には、独自に育成した有機非線形光学結晶DAST[5]を用いています。この結晶を使うと、波長をテラヘルツ波と近赤外光の間で自在に変換できます。検証実験のため、金属アルミニウム箔(はく)にテラヘルツ波を照射しました。その結果、金属部分でテラヘルツ波が遮断されたテラヘルツ波像をDAST結晶に投影して、その情報を高効率に近赤外光に転写することに成功しました。光波変換された近赤外光像は、市販の高感度インジウムガリウムヒ素カメラ[6]で撮影可能で、時間・空間的に変化する対象物でもリアルタイムで撮影できます。従来のテラヘルツ波カメラと比較した結果でも、今回開発したシステムの方が格段に高感度でした。素子を冷却する必要がなく、室温で利用でき、サブTHz(テラヘルツ)~数十THzという広帯域で動作可能なため、非破壊検査、セキュリティーチェック、医学および生物学的検査、農業、エレクトロニクス、物理計測、産業用オンライン製品モニタリング、火災時の生存者の探索など、多様な分野で高感度計測と未発見の現象の発見に寄与すると期待できます。

本研究成果は、米国の学術雑誌『Applied Physics Letters』オンライン版(3月11日付け)に掲載されました。

背景

近年、電磁波スペクトル上における最後の未開拓領域であったテラヘルツ電磁波(テラヘルツ波)領域の開拓が進み、基礎科学だけでなく産業での応用開発が進んでいます。テラヘルツ周波数帯には、指紋スペクトル[7]と呼ばれる物質固有の吸収ピークが数多く存在しており、この特性を利用した新たな分析技術や検査技術など非破壊センシング・イメージング技術も注目されています。特に、郵便物内の違法薬物検査、薬の品質管理、半導体キャリア密度測定、環境センシング、火災現場での建物内の透視、文化財の検査、やけど診断、塗装膜の品質測定などさまざまな非破壊検査への応用が期待されています。そのためには研究用・産業用を問わず、計測時間の短縮化や時間変化を撮影できることが必要です。

最近では、2次元赤外線アレイセンサーを改良したテラヘルツ波カメラが市販され、その用途開発が進んでいます。一方、より微弱なテラヘルツ波の検出技術の実現も求められ、量子ドット構造のデバイスやカーボンナノチューブを用いた新しい素子が開発されています。しかし、これらは素子を極低温に冷却する必要があり、幅広い産業利用や実用化には室温で動作する高感度イメージング技術の開発が求められています。

研究手法と成果

研究チームは、室温での高感度テラヘルツ波検出を実現するために、非線形光学効果を用いてテラヘルツ波を近赤外光へ波長変換し、変換信号を近赤外光検出器で好感度に計測する方法を開発してきました。これまでに、数十アトジュール(10-17J)オーダーの超微弱テラヘルツ波エネルギーの計測に成功しています。

今回の研究では、高効率に波長を変換する非線形光学素子として、独自に育成した有機非線形光学結晶DASTを用いました。今回開発した室温で動作する「高感度リアルタイムテラヘルツ波イメージングシステム」の実験系を図1に示します。テラヘルツ波発生機構にもDAST結晶を用いており、波長532nm(1nmは10億分の1m)のレーザーを光源に使用し、DAST結晶を励起するための2波長KTP(KTiOPO4)光パラメトリック発振器[8]を構築しました。DAST結晶を用いることでテラヘルツ波の周波数を約2~30THz(テラヘルツ)まで自在に変化させることが可能です。

実験では、約19THzのテラヘルツ波を発生させ、金属アルミニウム箔を紙に貼り付け、アルファベットの「K」の形に切り抜いた試料に照射しました(図2)。金属はテラヘルツ波を遮断するため、テラヘルツ波像としては「K」の形が抜けた像になります。テラヘルツ波像から光波像への変換には、DAST結晶上へテラヘルツ波像を縮小投影して、これを光波像に変換しました。

テラヘルツ波を近赤外光に変換するために、別途構築した1波長KTP光パラメトリック発振器からの励起光を同時にDAST結晶に照射して非線形光学効果を起こし、テラヘルツ波像を近赤外光の像へと転写します。励起光と信号光をフィルターで分離した後、高感度近赤外光カメラによって転写した近赤外光を観測して、テラヘルツ波像の可視化に成功しました(図3)。

また、従来のテラヘルツ波カメラを用いて、同様の室温計測条件下で試料の直接テラヘルツ波イメージの計測を行いましたが、今回の実験では計測できませんでした。結果として、室温動作でテラヘルツ波カメラ以上の高感度でテラヘルツ波イメージングの実現に成功しました。

今後の期待

今回開発した高感度リアルタイムテラヘルツ波イメージングシステムは、極低温に冷却する必要がなく、室温動作が可能なことから、多くの非破壊検査システムへの応用が期待できます。従来は、信号雑音比(S/N)を高めるために計測を複数回繰り返したり、テラヘルツ波像を得るためにテラヘルツビームスポットを空間的に掃引(そういん)して撮影したりしていました。研究チームが開発した技術は高感度であり、かつテラヘルツ波を拡大するので、より広い領域に照射して検出できるため、計測時間の短縮が可能です。また、生体などをテラヘルツ波で見る場合には、その時間変化や、照射角度、位置を連続的に変えた測定など、時間的な変化をモニターできることが求められ、これらに対応できます。さらに、生産ラインでの半導体基板のキャリア密度計測、郵便物内の違法薬物検査、食品生産ラインでの髪の毛や異物混入の検査、植物生育での水分量変化モニター、医療における皮膚の検査、プラズマ密度の時間変化計測、化学反応の時間変化計測など、さまざまなテラヘルツ波応用分野で本技術の利用が期待できます。

今後は、実用化に向けて、より高い解像度やシステムの小型化、などに取り組んでいく予定です。

原論文情報

  • Shuzhen Fan, Feng Qi, Takashi Notake, Kouji Nawata, Takeshi Matsukawa, Yuma Takida, and Hiroaki Minamide, “Real-time terahertz wave imaging by nonlinear optical frequency upconversion in a 4-dimethylamino-N’-methyl-4’-stilbazolium tosylate crystal”, Applied Physics Letters, 2014,doi:10.1063/1.4868134

発表者

理化学研究所
光量子工学研究領域 テラヘルツ光研究グループ テラヘルツ光源研究チーム
特別研究員 范 書振(ファン・シュウツェン)
チームリーダー 南出 泰亜(みなみで ひろあき)

お問い合わせ先

光量子工学研究推進室 広報担当
Tel: 048-467-9528 / Fax: 048-465-8048

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.テラヘルツ電磁波(テラヘルツ波)
    周波数が0.1~100THzにある電磁波。光と電波の中間の周波数であり、双方の特性を併せ持つ。
  • 2.光子
    光を含む全ての電磁波は量子論的性質(波動と粒子の二重性)を有するが、特に粒子的性質に着目する際にこのように呼ばれる。
  • 3.非線形光学効果
    非常に強い光が物質と相互作用する場合、その応答(分極)は単純に光の電磁場に比例せず非線形なものとなり、非線形光学効果と呼ばれる。
  • 4.近赤外光
    テラヘルツ波に対して100倍程度高い周波数を有する電磁波。テラヘルツ波と比較して研究の歴史が古く、発生、検出、応用技術ともに開発が進んでいる。
  • 5.DAST
    4-dimethylamino- N’-methyl-4’-stilbazolium tosylateの略。従来の無機材料に比較して、100倍ほど大きな非線形感受率を有する有機イオン結晶。東北大学の中西八郎教授により発明された。
  • 6.高感度インジウムガリウムヒ素カメラ
    撮像素子としてインジウムガリウムヒ素化合物半導体を使用したカメラ。一般的に可視領域のカメラに使用されるシリコンと比較してバンドギャップが小さく、高感度に近赤外線の検出が可能となる。
  • 7.指紋スペクトル
    物質中においては、テラヘルツ周波数に共鳴する格子振動や分子間振動などが数多く存在する。これらは物質固有の特徴的な吸収スペクトルを示すので、未知の物質であっても吸収スペクトルから逆にその物質を特定することが可能になる。このような物質固有の吸収スペクトルを指紋スペクトルと呼ぶ。
  • 8.2波長KTP(KTiOPO4)光パラメトリック発振器
    レーザーのように誘導放出による光増幅ではなく、非線形光学結晶内で起きるパラメトリック増幅を応用した発振器。本研究では非線形光学結晶として2個のKTP結晶を用い、角度位相整合を独立に制御することで任意に2波長光を発振させている。
室温で動作する高感度リアルタイムテラヘルツ波イメージングシステムの図

図1 室温で動作する「高感度リアルタイムテラヘルツ波イメージングシステム」

波長532nmのレーザー光で2波長KTP光パラメトリック発振器を励起し、それら2波長光の差周波数に対応するテラヘルツ波をDAST結晶を用いて発生させる。この試料透過後のテラヘルツ波と、1波長KTP光パラメトリック発振器経由の励起光をDAST結晶に入射し、非線形光学効果によりテラヘルツ波を近赤外光に変換させる。その近赤外光を室温動作するインジウムガリウムヒ素カメラで撮影することで、テラヘルツ波によるイメージング像を得る。

金属アルミニウム箔試料の写真

図2 金属アルミニウム箔試料

金属アルミニウム箔を紙に貼り付け、アルファベットの「K」に切り抜いた試料。
サイズは、縦・横ともに約27mm

テラヘルツ波像の画像

図3 テラヘルツ波像

今回開発した高感度リアルタイムテラヘルツ波イメージングシステムで撮影したテラヘルツ像。「K」の形にくっきりと抜けた像を得ることに成功した。

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