広報活動

Print

2014年5月16日

理化学研究所

免疫応答の要となる分子の閾値(いきち)決定機構を解明

-細胞におけるアナログ情報のデジタル変換-

B細胞受容体刺激によりNF-κBが活性化される機構の図

図 B細胞受容体刺激によりNF-κBが活性化される機構

「閾値」という科学用語があります。その値を境に上下で動作や意味が変わるような値です。生理学や心理学では「いき値」、一方、物理学や工学では「しきい値」と読むのが定着しているようです。生理学では、神経細胞が平常の状態から活動状態に転換するために必要な最低限の電気信号の強さの値を指し、物理学や工学では、例えばデジタル回路で、高電位と低電位を区別する境目になる電位を指します。この値以上であれば「1」、以下ならば「0」という具合です。

遺伝子の転写を制御する転写因子は、細胞や組織の性質、あるいは病態を決定する重要な役割を持ちます。炎症や免疫応答では「NF-kappaB(NF-κB)」が細胞の状態をつかさどっています。NF-κBの活性が十分でない場合は免疫不全を起こし、逆に過剰に活性化されると自己免疫疾患やがんを引き起こすとされています。このことから、NF-κBには適切な活性の範囲と活性化の有無を決定する“いき値”があるのではないかと考えられていました。しかし、多くの研究者がこの課題に取り組んだにも関わらず、その分子機構は全く分かっていませんでした。そこで研究グループは、NF-κBが活性化するための“いき値”を決める制御メカニズムの役割の解明に取り組みました。

B細胞の情報伝達経路である「CARMA1-TAK1-IKK」は、B細胞のシグナル伝達をNF-κBに仲介するアダプター分子「CARMA1」と、リン酸化酵素の「TAK1」および「IKK」とで構成され、これらが連携して細胞内で情報を伝達しNF-κBを活性化します。研究グループはこの経路について詳細な分子動態の計測を行い数理モデル化し、シミュレーション解析しました。この結果、TAK1がCARMA1のリン酸化を介してIKK活性をさらに増幅する、という「正のフィードバック(図の黒線)」制御を行っており、これがNF-κBのいき値を決定していることが分かりました。さらに、このメカニズムによるNF-κBのいき値活性の制御を1細胞レベルで検証しました。B細胞受容体を刺激したところ、一定の刺激量以上だとNF-κBの核内移行が「起きる、起きない(0か1)」のデジタルに制御されている、つまりいき値が存在することが認められました。

NF-κB活性化のいき値決定にはIKKだけでなく、TAK1やCARMA1などの分子が重要なことが分かりました。CARMA1の遺伝子異常はがんやアトピー性皮膚炎の発症にも関与することが明らかになっています。今回の成果は、こうした疾病に対する新しい治療法や薬剤の開発に役立つと期待されます。

理化学研究所
統合生命医科学研究センター 統合細胞システム研究チーム
チームリーダー 岡田 眞里子 (おかだ まりこ)