広報活動

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2014年6月24日

理化学研究所

グラフェンの物性制御に向け新しい「炭素-酸素結合」の構造を解明

-「エノラート」構造が「エポキシ」構造に比べより安定的に生成-

ポイント

  • 金属とグラフェンの接触でグラフェン表面の電子状態が大きく変化
  • 体系的なグラフェン表面の化学修飾が可能に
  • グラフェンを利用した次世代の高機能電子デバイス開発に寄与

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、金属電極に接触した「酸化グラフェン[1]」の化学構造を理論的に調べ、「エノラート[2]」構造という高い反応性の化学種であることを発見しました。これは、理研Kim表面界面科学研究室の鄭載勲(ジョン ジェフン)国際特別研究員、林賢燮(リン ヒョンショブ)国際特別研究員、呉準杓(オ ジュンピョウ)基礎科学特別研究員、金有洙(キム ユウス)准主任研究員らの研究チームによる成果です。

炭素原子1層の厚さで網状の物質であるグラフェンは、優れた物理的・電子的性質を持ちます。グラフェンを利用した高機能な電子デバイスを作成するには、グラフェンの電子的性質の制御が重要になります。ほとんど電気抵抗がないグラフェンに半導体の電子的性質である「バンドギャップ[3]」を持たせ、電流の流れを制御する方法の開発が待たれています。現在、グラフェンの化学修飾が最も有望な方法として研究され、特に、酸素と反応することでつくる酸化グラフェンは、汎用性の高さや他の官能基[4]への拡張性が優れるため、注目されています。しかし、形成される「炭素-酸素結合」がどのような構造を持っているかはいまだに明らかではなく、これまでは、酸素原子がグラフェン表面の炭素原子2つと結合している「エポキシ[5]」構造であるという説が有力と考えられていました。

研究チームは、密度汎関数理論[6]という高精度の理論計算を行い、銅などの金属電極にグラフェンが接触した場合について、酸化反応の反応性、生成物の構造安定性、および電子物性の詳細を調べました。その結果、接触しているグラフェンを酸化させると、酸素原子1つがグラフェン炭素原子1つと結合している「エノラート」構造が、「エポキシ」構造より安定に生成されることを明らかにしました。

今回の成果により、体系的にグラフェン表面の化学修飾が行えるようになります。今後、他の官能基への展開も可能になり、多様な物性制御が実現できると期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Journal of American Chemical Society』オンライン版に近日掲載されます。

背景

グラフェンは炭素原子1層の厚さの網状の物質で、高い熱伝導度や透明度などの優れた物理的・電子的性質を持ちます。光速に近い高い電子移動度を持つため、シリコンを代替する次世代の電子デバイス材料として期待されています。しかし、グラフェンには半導体の電子的性質として重要なバンドギャップが存在しないため、そのままの状態では半導体材料として電子デバイスに適用できません。そこで、グラフェンにバンドギャップを持たせ、電流の流れを制御する方法の開発が盛んに行われています。中でも、グラフェンの化学反応によって表面に官能基を付加して電子的性質を変える「化学修飾」は、最も有望な方法として注目されてきました。実験では、水素やフッ素、酸素などが修飾物質として用いられてきました。とりわけ、酸素と反応させてつくる酸化グラフェンは、汎用性が高いことや他の官能基との反応にも使えるという拡張性が支持され、多くの研究者の注目を集めています。

酸化グラフェンをつくるには、水溶液中で強い酸化剤を利用する方法が一般的です。しかし、生成された酸化グラフェンの表面にはさまざまな種類の化学物質が無秩序に存在するため、物性の制御は困難です。また、すでに金属電極表面に接触しているグラフェンには適用できないという問題点もあります。近年、清浄な環境が作れる超高真空チャンバーの中で酸素原子を導入して酸化グラフェンを作成することが可能になりました。しかし、金属電極に接触しているグラフェンが酸素との反応により形成した炭素-酸素結合がどのような構造と物性を持っているかは、まだ明らかにされておらず、物性制御に向けて解決すべき問題として残っていました。

研究手法と成果

研究チームは、密度汎関数理論による第一原理計算法を採用し、理論的研究を行いました。銅やニッケルといった、金属電極にグラフェンが接触した場合について、グラフェン単層膜、黒鉛と比較して、酸化反応の反応性、生成物の構造安定性、および電子物性の詳細を調べました。

従来考えられていた酸化グラフェン表面における酸素種の吸着構造は、酸素原子1つが炭素原子2つと結合する「エポキシ」構造でした。しかし、今回の研究により、これまで予測しなかった、酸素原子1つが炭素原子1つに結合する「エノラート」構造が最も安定に生成されることが分かりました()。また、その理由が金属とグラフェンとの接触により、グラフェン表面の電子状態が大きく変化することにあることを突き止めました。エノラートは、酸素の電気陰性度[7]が高いためエポキシより化学活性が高い特徴を示す化学種です。

これまであまり注目されなかった金属-グラフェン界面形成における接合力の重要性が改めて認識されたものといえます。

今後の期待

エノラートの高い化学活性により、新たな官能基の導入がより容易になり、より体系的で高効率の化学修飾が可能になると考えられます。これにより、多様な官能基の修飾によるグラフェンの電気伝導性の制御ができ、グラフェンを用いた次世代の電子デバイスの開発に役立つと期待できます。

原論文情報

  • Jung Jaehoon,Lim Hyunseob,Oh Junepyo,Kim Yousoo,
    "Functionalization of Graphene Grown on Metal Substrate with Atomic Oxygen: Enolate vs. Epoxide",
    Journal of American Chemical Society, 2014,doi: 10.1021/ja503664k

発表者

理化学研究所
准主任研究員研究室 Kim表面界面科学研究室
准主任研究員 金 有洙 (キム ユウス)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. 酸化グラフェン
    グラフェンが化学反応によりその表面が酸素や水酸基などと化学結合しているものである。一般に、水分子との親和性が高く、電導度が低い性質を持っている。
  2. エノラート
    炭素-炭素二重結合上の炭素1つに直接酸素原子が結合した置換基の構造である。
  3. バンドギャップ
    電子が存在できないエネルギー帯。バンドギャップ以上のエネルギーを与えると、電子とホールが生まれ電気が流れる。有機半導体の場合、バンドギャップが大きいほど、化学反応が起きにくいため、安定した材料となる。
  4. 官能基
    有機化合物のある同族の特性の原因となる原子団。反応性の高いものが多い。
  5. エポキシ
    2つの炭素原子と1つの酸素原子からなる3員環の置換基の構造である。
  6. 密度汎関数理論
    アメリカのウォルター・コーンと中国のリュウ・シャムによって提案された電子密度から電子系の物性を計算できる理論。この密度汎関数理論に基づいた第一原理計算手法(実験に依存するパラメータを用いない手法)は、原子番号と原子位置だけをパラメータとして現実物質の物性予測を可能とする、計算物理学の強力な手法である。
  7. 電気陰性度
    分子内の原子が電子を引き寄せる強さの程度である。

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酸化グラフェンのエノラート構造の模式図とエネルギーダイアグラム

図 酸化グラフェンのエノラート構造の模式図とエネルギーダイアグラム

銅電極表面に接触したグラフェンの酸化反応により作成されたエノラート基の構造を表す模式図。エネルギーダイアグラムはグラフェン単層膜においてはエポキシが安定であるが、金属電極に接触したグラフェンではエノラートがより安定であることを示している。

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