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2014年7月25日

理化学研究所

超伝導回路を用いてパラメトロンを実現

-高精度、高速、非破壊な量子ビット単一試行読み出しへ応用-

ポイント

  • SQUIDを超伝導共振器の回路に組み込んでパラメトロンを作製
  • 量子ビットの読み出しに応用、90%を超える精度の単一試行読み出しに成功
  • 1回の測定で正確な量子ビット状態を読み出せる「量子エラー訂正」に応用可能

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、超伝導回路を用いたパラメトロン[1]を作製し、量子ビット[2]の読み出しに応用したところ90%を超える精度での単一試行読み出しに成功しました。量子計算機の実現に必須な技術である量子エラー訂正に必要な、「単一試行による高精度読み出し[3]」に応用可能な成果です。これは、理研創発物性科学研究センター(十倉好紀センター長)巨視的量子コヒーレンス研究チームの蔡 兆申(ツァイ・ヅァオシェン)チームリーダーらの研究チームと、日本電気株式会社、東京大学、東京医科歯科大学、米国マサチューセッツ工科大学との共同研究グループの成果です。

パラメトロンは、1950年代に東京大学で開発された計算機の演算素子です。フェライトコイル[4]から形成されたパラメトロンを用いた計算機はパラメトロン計算機と呼ばれ、日本で商用化されました。その後トランジスタの普及に伴い、パラメトロン計算機は衰退しました。しかし、近年トラップ中の冷却原子[5]微小機械振動子[6]などさまざまな物理系でパラメトロンが実現され、基礎物理だけでなく、新たな計算機への応用の観点からも再び注目を集めています。

共同研究グループは、磁束計に用いる超伝導磁束量子干渉計(SQUID[7]を超伝導共振器の回路に組み込んでパラメトロンを作製しました。単一のパラメトロンは、位相検波器としての機能を持ちますが、共同研究グループはこのパラメトロンを用いて1フェムトワット(10-15ワット)という微弱なデジタル変調シグナルを0.02%という低いビットエラーレート(符号誤り率)で復調できることを示しました。この検波機能を超伝導量子ビットの読み出しに応用したところ、90%を超える高い精度で、高速かつ非破壊の単一試行読み出しを実現しました。量子計算機の実現に必須な技術である量子計算のエラー訂正に応用が可能です。

本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「量子サイバネティクス-量子制御の融合的研究と量子計算への展開-」、内閣府最先端研究開発支援プログラム(FIRSTプログラム)「量子情報処理プロジェクト」、情報通信研究機構 高度通信・放送研究開発委託研究「量子もつれ中継技術の研究開発」、文部科学省イノベーションシステム整備事業として行ったもので、成果は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(7月25日付)に掲載されます。

背景

振り子や楽器の弦などの振動子には、その振動を特徴づける固有の振動周波数が存在し、共振周波数と呼ばれています。ある振動系において、その共振周波数を元の共振周波数ω0の2倍で変調すると、振動振幅を増大させることができます。ブランコの原理としても知られるこの現象は、パラメータ共振と呼ばれています(図1a)。ブランコをこぐ人の重心の上下運動に相当する共振周波数を変調させる外力をポンプ(周波数2ω0)と呼び、ポンプによってブランコの振動に相当するシグナル(周波数ω0)の振幅が増大します。このような系は増幅器として働くため、パラメトリック増幅器と呼ばれます。パラメトリック増幅器において、シグナルの増幅度を決めるのはポンプの強さですが、ポンプの強さにはある閾値(しきい値)が存在し、それを超えると発振を起こし、入力シグナルが存在しなくても周波数ω0のシグナルを出力するようになります。これをパラメトリック発振[8]といい、振幅が同じで位相がπ異なる2つの状態が存在します(図1b)。入力シグナルが存在しない場合、2つの発振状態はランダムに実現しますが、入力シグナルが存在する場合、その位相、強度によってどちらかの発振状態が優先的に実現します。

1950年代に、東京大学の後藤英一大学院生(当時)、高橋秀俊教授(同)らは、パラメトリック発振の2つの発振状態を0と1のビットとして用いる計算機を開発しました。パラメトロン計算機と呼ばれるこの計算機は、フェライトコイルからなる多数のパラメトロンで構成されました。パラメトロン計算機は日本で商用化されましたが、スピードや集積性で勝るトランジスタが普及すると、衰退しました。しかし近年、同じ原理のパラメトロンがトラップ中の冷却原子や微小機械振動子、非線形光学素子などさまざまな物理系で実現されるようになりました。それらは、非線形振動子のダイナミクスといった基礎物理の学問的興味だけでなく、低消費電力の計算機の開発、新しい原理に基づくイジングマシン[9]の開発などへの応用という観点からも非常に注目を集めています。

共同研究グループは、このパラメトロンを超伝導回路を用いて作製しようとしました。超伝導回路を用いることにより、素子自体の消費電力がゼロ、低雑音性などの効果が期待されます。なお、ここでいうパラメトロンは、磁束量子パラメトロン[10]という名で知られる既存のデバイスとは別のものです。

研究手法と成果

共同研究グループは、図2aに示すようにインダクタとキャパシタで構成される通常のLC共振回路に、超伝導磁束量子干渉計(SQUID)を組み込みました。そして、SQUIDにポンプ印加用の伝送線路を誘導的に結合させました。この共振器の共振周波数はSQUIDを貫く磁場に対して図2bのような依存性を示します。従って、ある静磁場下での共振周波数をω0とすると、ポンプ用端子に2ω0のマイクロ波を印加することで共振周波数の変調が実現され、ポンプの強度を十分強くし閾値を超えると、パラメトリック発振が観測されます。

パラメトロンとしての動作を証明するためには、入力シグナルに対して発振状態が正しく変化することを確認する必要があります。そこで共同研究グループは、回路の入力用端子にデジタル位相変調シグナルのBPSK[11]変調信号を入力し、発振出力を調べました(図3)。その結果、入力シグナルは1フェムトワット(10-15ワット)と微弱ですが、変調位相に応じて正しく出力シグナルが変化しており、パラメトロンを実現していると分かりました。また、同様の測定を多数行い統計をとると、0.02%という低いビットエラーレートが達成されました。

次に共同研究グループは、このパラメトロンを超伝導量子ビットの読み出しに応用しました(図4a)。近年、最も一般的な超伝導量子ビットの読み出し方法は、分散読み出しと呼ばれる手法です。この手法では、量子ビットの状態に応じて読み出し用マイクロ波の位相が変化します。一般には量子ビットへの反作用を避け、非破壊性を確保するために非常に微弱なマイクロ波を用いて読み出しが行われます。また量子ビットの寿命で決まる時間内に読み出す必要があるため、読み出しの高速性が要求されます。この微弱なシグナル位相を高速に検出するためにパラメトロンを用いました。その結果、90%を超える読み出し精度での単一試行の読み出しが実現できました(図4b)。さらに詳細な解析をしたところ、残りの10%の大部分は量子ビットのエネルギー緩和と初期化の失敗によるもので、読み出し自体の精度は99%以上と非常に高いことが分かりました。

今後の期待

今回作製したパラメトロンを用いた量子ビット読み出し方法は、従来の読み出し方法と比較して、読み出しのシグナル強度を小さく保って非破壊性を確保したまま、読み出しのスピードを高速にできるという特徴があります。この特徴は、量子計算機の実現に必須な技術である量子計算のエラー訂正において必要となる「単一試行による高精度読み出し」に利用することが可能です。また超伝導回路を用いたイジングマシンなど、新しい計算機素子への応用も期待できます。

原論文情報

  • Z.R.Lin,K.Inomata,K.Koshino,W.D.Oliver,Y.Nakamura,J.S.Tsai,andT.Yamamoto,
    "Josephson parametric phase-locked oscillator and its application to dispersive readout of superconducting qubits", Nature Communications, 2014, doi: 10.1038/ncomms5480

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 量子情報エレクトロニクス部門 巨視的量子コヒーレンス研究チーム
チームリーダー 蔡 兆申 (ツァイ ヅァオ シェン)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.パラメトロン
    1950年代に、東京大学の後藤英一大学院生(当時)、高橋秀俊教授(同)らによって発明された論理素子。2つのパラメトリック発振状態を、ビットとして用いる。真空管に比べて安価で動作も安定しているが、トランジスタの普及とともに衰退した。
  • 2.量子ビット
    量子情報の最小単位のこと。従来の情報の取扱量の最小単位としてビットを用いる一方で、量子情報では量子力学的2準位系の状態ベクトルで表現する。古典ビットは0か1かのどちらかの状態しかとることができないが、量子ビットは0と1だけでなく、0と1の状態の量子力学的重ね合わせ状態もとることができる。
  • 3.単一試行による高精度読み出し
    量子計算においては、量子ビットのエラーを訂正するための量子エラー訂正というスキームが知られているが、これを実現するには、1回の測定で正確に量子ビットの状態を読み出す技術が必要となる。
  • 4.フェライトコイル
    コイルのインダクタンス(電流変化率と電圧との比)を増大させるために、高い透磁率を持つフェライトを芯としてそのまわりに導線を巻いたもの。フェライトの磁気飽和のため、コイルの電流が大きくなるとインダクタンスが一定でなくなり、非線形性を示す。
  • 5.トラップ中の冷却原子
    原子にレーザー光を照射すると、原子は光の放射圧の力を受けて速度がほとんどゼロになる。レーザー冷却と呼ばれるこの方法を用いて冷却した原子は、コイル磁場とレーザーによって形成されるトラップ中に補足することができる。
  • 6.微小機械振動子
    ナノメータからマイクロメータサイズの大きさのばねや膜などの機械的な振動子。その小さい質量と高いQ値により、高感度センサや機械演算デバイス、量子効果の観測などへの応用が注目されている。
  • 7.超伝導磁束量子干渉計(SQUID)
    Superconducting QUantum Interference Deviceの略。超伝導材料でできたループにジョセフソン接合を1つまたは2つ含む構造を持ち、高感度の磁束系として用いられる。
  • 8.パラメトリック発振
    共振器の共振周波数を時間的に変調すると、ある条件下ではパラメータ共振による増幅効果が得られる。この時変調の大きさには閾値が存在し、それを超えると自励振動が起こる。これをパラメトリック発振という。
  • 9.イジングマシン
    イジングハミルトニアンの基底状態は、スピンの数が増えるにつれて系が取りうる状態の数が指数関数的に発散するので、厳密に求めることが困難となる。これを高速に求めることができる計算機をイジングマシンという。
  • 10.磁束量子パラメトロン
    オリジナルのパラメトロンの考案者である後藤英一博士らによって、1980年代に高速動作が可能なスイッチング素子として研究された。ジョセフソン接合を含む回路により構成されるが、パラメトリック発振は使っておらず、本研究で実現したオリジナルのパラメトロンとは動作原理が異なる。
  • 11.BPSK
    Binary Phase-Shift Keyingの略。デジタル変調方式の1つで、互いにπだけ位相が異なる2つの振動状態を1ビットの0と1に対応させて、情報を伝送する。
パラメータ共振の原理とパラメトリック発振の図

図1 パラメータ共振の原理とパラメトリック発振

  • (a) ブランコの原理
    ブランコをこぐ人の重心の上下運動は、ブランコを振り子とみなした時の糸の長さを実効的に変えていることに相当する。上下運動はブランコの1周期の間に2度行われるので、これは振り子の共振周波数を、上下運動をしない時の共振周波数の2倍で変調していることに相当する。
  • (b) パラメトリック発振状態が起こると、ポンプに位相がロックした振動が発生する。振動数が2倍のポンプには、図に示した2つの発振状態が考えられ、お互いに位相がπずれている。
本研究で用いたパラメトロンの等価回路図、動作原理、デバイス写真の画像

図2 本研究で用いたパラメトロンの等価回路図、動作原理、デバイス写真

  • (a) インダクタとキャパシタで構成される通常のLC共振回路にSQUIDが含まれている。SQUIDはポンプ端子と誘導的に結合しており、ポンプ端子にマイクロ波を印加することで、SQUIDに交流磁束を印加することができる。
  • (b) (a)の共振回路の共振周波数のSQUIDのループを貫く磁束に対する依存性。Φdcという静磁場を印加した時の共振周波数をω0とすると、十分な強度を持つ2ω0の周波数のマイクロ波をポンプ端子に印加することでパラメトリック発振を誘発できる。
  • (c) 本研究で用いたパラメトロンデバイスのチップ写真。
BPSK変調信号のパラメトロンによる復調の図

図3 BPSK変調信号のパラメトロンによる復調

  • (a) シグナルがBPSK変調信号を表す。ここでは、0.5マイクロ秒ごとに位相が反転する擬似的なBPSK変調信号を考える。これに同期するポンプのパルスをパラメトロンに印加すると、シグナルの位相に応じた出力が期待される。
  • (b) 実際に計測したパラメトロンの出力シグナル。(a)の出力とよく似た出力が得られており、BPSKを正しく復調できていることを示す。
パラメトロンを用いた量子ビットの読み出しの図

図4 パラメトロンを用いた量子ビットの読み出し

  • (a) 量子ビット読み出しの動作原理図。読出しを行う量子ビットは読み出し用の共振器と結合しており、この読み出し共振器の共振周波数は、量子ビットの0, 1の状態に応じて変化する。このため読み出し共振器に微弱なプローブマイクロ波を照射すると、その反射波の位相は量子ビットの状態に応じて異なる値を取る(図中の|0>と|1>)。この反射波の位相変化を高感度な位相検出器であるパラメトロンで検出する。
  • (b) (a)の手法で量子ビットのラビ振動を観測したデータ。90%以上の高い精度で、読出しができていることを示している。

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