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2014年7月29日

理化学研究所

亜鉛による獲得免疫応答を制御するメカニズムを解明

-亜鉛トランスポーター「ZIP10」によるB細胞の機能の制御-

ポイント

  • ZIP10で運ばれる亜鉛がB細胞受容体の情報伝達の強度を調節
  • 生体防御機構である獲得免疫応答の調節に亜鉛がどのように関わるかを解明
  • 亜鉛欠乏による疾患の解明と細胞機能における亜鉛シグナルの研究を促進

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、細胞内の亜鉛濃度を精密に制御する亜鉛トランスポーター[1]の1つ「ZIP10」によって運ばれる亜鉛が、獲得免疫応答[2]を制御していることを発見しました。これは、理研統合生命医科学研究センター(小安重夫センター長代行)の深田俊幸客員研究員(昭和大学歯学部口腔病態診断科学講座口腔病理学部門助教)、北條慎太郎客員研究員(ドイツリウマチ疾患研究センター博士研究員)、免疫細胞システム研究グループの宮井智浩大学院生リサーチ・アソシエイト(大阪大学大学院生命機能研究科連携大学院生)と、昭和大学歯学部口腔病態診断科学講座口腔病理学部門の美島健二教授らの共同研究グループによる成果です。

亜鉛は生命活動に必要な微量元素の1つです。生体内でその量が極度に減少すると、病原体などの異物(抗原)が生体内に侵入してきたときの防御機構である免疫応答に支障が出ます。しかし、なぜ亜鉛が獲得免疫応答に重要なのか、またそのメカニズムは明らかにされていませんでした。そこで、共同研究グループは抗体産生に重要なB細胞[3]に存在する亜鉛トランスポーターZIP10に注目し、ZIP10で細胞内に運ばれる亜鉛が抗原特異的な獲得免疫応答にどのように関わっているのか、その解明に取り組みました。

共同研究グループは、ZIP10の遺伝子をB細胞特異的に欠損させたマウスを用いて亜鉛の獲得免疫応答への影響を解析しました。その結果、ZIP10で運ばれる亜鉛がB細胞受容体(BCR)[4]の情報伝達の強度を調節することによって、B細胞の抗体産生を制御していることを発見しました。

今回の成果は、長年知られていなかった亜鉛の獲得免疫応答におけるメカニズムを明らかしたものであり、亜鉛欠乏が原因となる病気や、細胞内での亜鉛シグナルのさらなる役割が明らかになると期待できます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費若手B・基盤研究C、および三島海雲記念財団学術研究奨励金の援助を受けて実施しました。成果は米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America』オンライン版に7月28日の週に掲載されます。

背景

健康を維持するためには、病原体などの異物から自己を守る免疫応答が重要な役割を担います。免疫応答は、微生物表面の脂質や核酸などを認識する「自然免疫系」と、B細胞やT細胞[3]による高い抗原特異性を持つ「獲得免疫系」の協調によって成立します。獲得免疫応答に深く関わるB細胞は、外部から侵入してきた病原体成分に由来する分子(抗原)をB細胞受容体(BCR)によって認識します。次に、その抗原に特異的に結合する「抗体」を分泌することで病原体を不活性化したり、生体から排除するための目印をつけたりします。また、病原体が一度消えても一部のB細胞は記憶細胞として長期にわたって残り(免疫記憶)、同じ病原体の侵入があったときに素早い抗体産生を引き起こすことが可能になります。一度かかった病気に対する抵抗力がつくことから、これを「2度なし現象」と呼んでいます。

しかし、獲得免疫応答の機能は、生命活動に欠かせない栄養素である亜鉛が不足すると低下してしまいます。細胞内の亜鉛濃度は、その輸送体の亜鉛トランスポーターによって精密に制御されています。亜鉛トランスポーターにより運ばれる亜鉛は、シグナル因子(亜鉛シグナル)として細胞内の情報伝達に重要な役割を果たしていると考えられており、それぞれの亜鉛トランスポーターが制御する亜鉛シグナルには固有の標的分子があることが分かっています。しかし、B細胞による獲得免疫応答において、亜鉛シグナルがどのような役割を果たしているかは不明でした。

共同研究グループは、B細胞に発現する亜鉛トランスポーター「ZIP10」に注目し、ZIP10が生み出す亜鉛シグナルの獲得免疫応答における役割の解明に挑みました。

研究手法と成果

共同研究グループは、ZIP10の遺伝子を発生段階がある程度進んだB細胞で欠損させたマウスを作製して、その表現型を解析しました。その結果、ZIP10欠損マウスの脾臓内の白脾髄[5]では、濾胞[5]に存在するB細胞が減少していることが分かりました(図1)。また、T細胞依存的に免疫応答を起こさせる抗原を投与して抗体産生能を測定したところ、対照マウス(野生型マウス)に比べて欠損マウスでは抗原特異的な抗体の産生量は著しく減少し(図2)、抗体の性能を高めるために重要な胚中心[5]反応も大幅に低下していました。さらに、ZIP10欠損マウスでは、T細胞の活性化に依存せずに辺縁帯B細胞(図1)に免疫応答を起こさせる抗原に対しても、抗体産生能がかなり低下していることが分かりました。

共同研究グループは、このZIP10欠損マウスでなぜ抗体産生の低下が見られるのかを調べるため、B細胞の生存や活性化に重要なBCRの情報伝達を解析することにしました。まずBCRが抗原を認識すると、その近傍にあるリン酸化酵素であるLYN[6]がリン酸化されて活性化し、さらに活性化したLYNがその下流のタンパク質をリン酸化して活性化させます。このようなリン酸化の繰り返しにより、抗原による刺激を細胞内に伝達します。ZIP10欠損マウスでは、このBCRの情報伝達系におけるLYNのリン酸化が通常よりかなり高いレベルで起こっていること、またその過剰な活性化によりB細胞の増殖が抑制されていることが分かりました。BCRの情報伝達系におけるリン酸化は、脱リン酸化酵素のCD45R[7]によって抑制されていることが知られていますが、このZIP10欠損マウスのB細胞ではCD45Rの活性が対照マウスに比べて約半分になっていることが明らかになりました。このことから、ZIP10欠損マウスのB細胞ではCD45Rというリン酸化の「ストッパー」の機能が不十分で、細胞の増殖に必要なBCRシグナルの閾値(いきち)を超えてしまったと考えられます(図3)。

以上の結果から、ZIP10の亜鉛シグナルが過剰なBCRシグナルの活性化を阻止し、獲得免疫応答が正常に機能するように制御していることが明らかとなりました。

今後の期待

今回発見したZIP10の役割と開発した遺伝子改変マウスは、獲得免疫による生体防御機構の理解を深めるとともに、細胞内での亜鉛シグナルについてさらなる役割の解明に貢献すると期待できます。

原論文情報

  • Shintaro Hojyo, Tomohiro Miyai, Hitomi Fujishiro, Masami Kawamura, Takuwa Yasuda, Atsushi Hijikata, Bum-Ho Bin, Tarou Irié, Junichi Tanaka, Toru Atsumi, Masaaki Murakami, Manabu Nakayama, Osamu Ohara, Seiichiro Himeno, Hisahiro Yoshida, Haruhiko Koseki, Tomokatsu Ikawa, Kenji Mishima, and Toshiyuki Fukada.
    "Zinc transporter SLC39A10/ZIP10 controls humoral immunity by modulating B cell receptor signal strength"
    Proceedings of the National Academy of Sciencesof the United States of America, 2014,
    doi: 10.1073/pnas.1323557111

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター
客員研究員 深田 俊幸 (ふかだ としゆき)
(昭和大学歯学部 口腔病態診断科学講座 口腔病理学部門 助教)

お問い合わせ先

独立行政法人理化学研究所 統合生命医科学研究推進室
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.亜鉛トランスポーター
    生体内の亜鉛の恒常性維持を担う亜鉛の輸送体。その機能と構造的特徴からZIPとZnTトランスポーターに分類される。
    参考文献:Fukada and Kambe, Metallomics 2011 (Tutorial Review)
  • 2.獲得免疫反応
    生後に得られる免疫機構で、生体に侵入した病原体をその固有の抗原で識別し、抗原特異的に排除する反応のことである。この過程によって抗原は記憶され(免疫記憶)、同じ病原体が再度侵入した際には、その病原体を迅速かつ正確に排除することができる。ワクチンの原理である。
  • 3.B細胞、T細胞
    B細胞は抗体を産生する細胞として免疫応答には欠かせない細胞で、骨髄に存在する造血幹細胞から発生する。骨髄内でプロB細胞→プレB細胞→未熟B細胞という分化過程を経て脾臓などに移動して成熟B細胞になり、抗原によって活性化されると抗体を産生する形質細胞へと分化する。
    T細胞は骨髄の造血幹細胞に由来し、造血幹細胞が胸腺へと移動して分化することによって発生する。細胞表面にはCD4あるいはCD8を発現し、この中でもCD4を発現したT細胞はB細胞の活性化を促進し、抗体産生を誘導することからヘルパーT細胞とよばれる。本文中の「T細胞」はすべてヘルパーT細胞を指す。
  • 4.B細胞受容体(BCR)
    B細胞表面にある抗原に結合する受容体。抗原と結合する部位の配列の多様性によって、無数の抗原に対処できる。また、胚中心反応時に突然変異が加わり、高い特異性を獲得する。
  • 5.白脾髄、濾胞、胚中心
    白脾髄は脾臓中にみられる構造で、B細胞やT細胞を成熟、増殖させる場所。抗原が生体内に入ると、濾胞という領域に局在するB細胞が抗原と結合し、T細胞との相互作用を受けて活性化・増殖する。このように活性化したB細胞の一部は、さらに濾胞中で増殖することで胚中心という構造を形成する。この胚中心の中では、BCRの抗原結合部位に多くの突然変異が入り、さらに抗原と強く結合できるようになったB細胞ができあがる。
  • 6.LYN
    BCRに抗原が結合すると、その近傍にある補助分子を介してLYNというタンパク質がリン酸化される。これにより活性化したLYNはSYKというタンパク質をリン酸化し、さらに活性化したSYKは別のタンパク質をリン酸化する。このように、抗原による刺激をリン酸化の「リレー」によって細胞内に伝達して、B細胞を活性化させる。
  • 7.CD45R
    初期のB前駆細胞(B細胞になる前段階の細胞)から細胞表面に発現している分子。リン酸化しているタンパク質のリン酸基を脱離させる能力を持つ。別名B220。
脾臓の構造とZIP10欠損による濾胞B細胞の減少の図

図1 脾臓の構造とZIP10欠損による濾胞B細胞の減少

  • A.脾臓に見られる白脾髄の構造。
  • B.脾臓切片を用いた免疫染色。濾胞B細胞(赤)とT細胞(青)の存在している部位を表す。スケールは500μm
ZIP10欠損による抗原特異的な抗体産生の低下の図

図2 ZIP10欠損による抗原特異的な抗体産生の低下

T細胞依存性抗原を免疫したZIP10欠損マウスと対照マウスの末梢血中に含まれる抗原特異的な抗体の産生量を測定した。その結果、対照マウスと比べてZIP10欠損マウスでは著しい抗体の産生量の低下が見られた。

B細胞においてZIP10が生み出す亜鉛シグナルによるBCRシグナル強度の調節の図

図3 B細胞においてZIP10が生み出す亜鉛シグナルによるBCRシグナル強度の調節

ZIP10で運ばれる亜鉛シグナルは、CD45Rの酵素活性を制御することでBCRシグナルの過剰な活性化に歯止めをかけ、正常なシグナル強度を保障する。

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