広報活動

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2014年8月28日

理化学研究所

ベンゼンの「炭素-炭素結合」を室温で切断

-チタンヒドリド化合物で安定な芳香族化合物の炭素-炭素結合切断に成功-

ポイント

  • ベンゼン環がチタンヒドリド化合物により切断される様子を分子レベルで解明
  • トルエンでも炭素-炭素結合切断を確認、六員環から五員環へ炭素骨格が縮小
  • 芳香族化合物の炭素-炭素結合の切断を鍵とする新触媒反応の開発に有用な知見

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、多金属のチタンヒドリド化合物[1]を用いて、非常に安定なベンゼン[2]の「炭素-炭素結合」を室温で切断することに成功しました。従来困難とされていた、芳香族化合物[2]の炭素-炭素結合の切断を使った新しい物質変換反応の開発への寄与が期待できます。これは、理研環境資源科学研究センター(篠崎一雄センター長)先進機能触媒研究グループの侯 召民(コウ・ショウミン)グループディレクター、島 隆則上級研究員、胡 少偉(フー・シャオウェイ)特別研究員の研究チームによる成果です。

ベンゼン環を含んだ芳香族化合物は、石油やバイオマスなどの天然資源に豊富に含まれています。これらの芳香族化合物の炭素-炭素結合の切断は、石油などの天然資源からガソリンや基礎化学品などを作る際に極めて重要な反応です。しかし、ベンゼン環は非常に安定で、その炭素-炭素結合を切断するには固体酸触媒[3]を使って500°C程度の高温で行う必要があり、多くのエネルギーを消費します。また反応プロセスは複雑で、目的外の化合物も複数生成します。一方、生態系の中には温和な条件でベンゼン環の炭素-炭素結合を切断する微生物も知られていますが、そのメカニズムについて不明なことが多いのが現状です。これまで、構造が明確なさまざまな分子性の金属化合物が開発され、これを用いて比較的温和な条件での炭素-炭素結合の切断反応[4]が試みられてきました。しかし、温和な条件でのベンゼン環の炭素-炭素結合の切断反応は成功していませんでした。

2013年に研究チームは、3つのチタン原子(Ti)からなる新しい多金属ヒドリド化合物(チタンヒドリド化合物)を開発し、この化合物を用いて非常に安定な窒素分子の「窒素-窒素結合」の切断、および「窒素-水素結合」の形成に成功しています。今回、このチタンヒドリド化合物とベンゼンの反応を試みたところ、室温という温和な条件で炭素-炭素結合が切断できることを発見しました。この反応を検証した結果、まずベンゼン環が3つのチタン金属上に結合し、その後これら3つのチタン金属が互いに協力し合って炭素-炭素結合の切断に働いていることが明らかになりました。分子レベルでベンゼン環が切断される様子を明らかにしたのは本研究が初めてです。また、ベンゼンだけでなく炭素が1つ増えたトルエンでも同様の炭素-炭素結合の切断反応が観察されました。

本成果は、工業的な芳香族化合物の分解反応のメカニズム解明、温和な条件で反応が進行する新しい触媒の開発などに有用な知見を与えると期待できます。

本研究成果は、科学雑誌『Nature』(8月28日号)に掲載されます。

背景

石油やバイオマスなどの天然資源の中には、ベンゼン環を含んだ芳香族化合物が豊富に存在しています。例えば石油ではベンゼン(B)、トルエン(T)、キシレン(X)などいわゆるBTXと呼ばれるものをはじめ、複数のベンゼン環を含む多環式の芳香族化合物などが含まれています。また、バイオマスでは木材の2~3割を占めるリグニン[5]に多くの芳香族化合物が含まれています。これら芳香族化合物の炭素-炭素結合の切断反応は、天然資源からガソリンや基礎化学品として有用な化合物を生成するために極めて重要な反応です(図1)。しかし、ベンゼン環は非常に安定で、その炭素-炭素結合を切断するためには、ゼオライトなどの固体酸触媒を用いて500°C程度に加熱する必要があり、多くのエネルギーを消費します。また、反応プロセスが複雑で、通常複数の不要な化合物が生成されます。一方、生態系の中には温和な条件でベンゼン環の「炭素-炭素結合」を切断する微生物も知られていますが、そのメカニズムはよく分かっていないのが現状です。

これまで、構造が明確なさまざま分子性の金属化合物が開発され、これらを用いて温和な条件で達成可能な炭素-炭素結合の切断反応に関する研究が進められてきました。しかし、その多くが、炭素-炭素結合を金属近傍に強制的に位置させたり、炭素-炭素結合の切断によってひずみを解消しようとするなど、限定的かつ特殊な条件の下で行われていました。

また、これまでに、安定化合物の代表格であるベンゼンの金属化合物による炭素-炭素結合の切断反応の成功例はありませんでした。一方、ベンゼンほど安定な化合物ではないものの、五員環のシクロペンタジエンや六員環のシクロヘキサジエンの炭素-炭素結合切断が、3つ以上の金属原子からなる多金属化合物によって達成されていることが報告されています。これは、金属同士が協力し合って反応に関与することで、安定な炭素-炭素結合を切断していると考えられています。

研究チームは、これまでに多金属希土類ヒドリド化合物や、異なる金属を含む異種多金属ヒドリド錯体の合成と特異な反応性について研究を進めてきました。2013年には、3つのチタン原子(Ti)からなる多金属ヒドリド化合物(チタンヒドリド化合物)を用いて、不活性分子である窒素分子を特殊な試薬なしで常温・常圧で切断し、水素化することに成功しています(図2左)。今回、これらの実績をベースに、高活性なチタンヒドリド化合物を用いて、ベンゼン環の炭素-炭素結合を切断することに挑みました。

研究手法と成果

研究チームは、以前開発した高活性なチタンヒドリド化合物を不活性ガスのアルゴン中におき、ベンゼンと混ぜ合わせて、その反応を調べました。その結果、ベンゼンが室温下で数日後に全く異なる生成物に全て変換されていました。詳しく調べると、チタンヒドリド化合物とベンゼンが室温下で反応し、ベンゼン環の炭素-炭素結合が切断され、六員環から五員環へ炭素骨格が縮小した化合物に変換されることが分かりました(図2右)。さらに、その反応プロセス(図3)を詳細に調べてみました。その結果、まず、ベンゼンが「チタンヒドリド化合物」上の3つのTiに結合するとともに2つのヒドリド原子(H)が水素分子(H2)として脱離しました。同時に、ベンゼン環の炭素1つに1つのHが転移した「化合物3」(図3)が生成されました。次にこの化合物3上の炭素-炭素結合の切断が起き、六員環から五員環へと骨格変換した「化合物2」ができました。さらに、化合物2を100°C程度に加熱すると、再び五員環の炭素-炭素結合の切断反応が起き「化合物4」が生成されます。同様の反応はベンゼンに炭素が1つ結合したトルエンにおいても観察され、温和な反応条件のもと、トルエンの六員環の炭素-炭素結合切断、五員環への骨格変換、そして五員環の炭素-炭素結合の切断反応が起きることも確認できました。いずれも、3つのTiとHが互いに協力し合って、安定な化合物を温和な条件下で活性化しているものと考えられます。

今後の期待

今回、研究チームは、芳香族化合物の炭素-炭素結合の切断反応の詳細を分子レベルで解明しました。この成果は、工業的な芳香族化合物の分解反応のメカニズム解明や、より温和な条件で選択性よく反応が進行する新しい触媒の開発に有用な知見を与えるものと考えられます。

また、多金属チタンヒドリド化合物を用いることで、非常に安定なベンゼンの炭素-炭素結合切断に成功したことは、多金属ヒドリド化合物による協奏作用がベンゼン、窒素分子のような安定な化合物の活性化に有用であることを示しています。今後、多金属化合物を用いた芳香族化合物の炭素-炭素結合の切断反応を応用した骨格変換や、官能基化を通した新たな物質変換反応への展開が期待できます。

原論文情報

  • S. Hu, T. Shima, Z. Hou, "Carbon-carbon bond cleavage and rearrangement of benzene by a trinuclear titanium hydride". Nature, 2014, doi: 10.1038/nature13624

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループ
グループディレクター 侯 召民 (こう しょうみん)
上級研究員 島 隆則 (しま たかのり)

お問い合わせ先

環境資源科学研究推進室
Tel: 045-503-9471 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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産業利用に関するお問い合わせ

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補足説明

  1. チタンヒドリド化合物
    元素番号22のチタン(Ti)が集まり、金属-金属結合やヒドリド原子(H)を介して結合した化合物のこと。チタンは安価で入手が容易であり、豊富に存在する汎用金属で光触媒などにも応用されている。今回用いたものは、Tiが3つ、Hが7つあるチタンヒドリド化合物。
  2. ベンゼン、芳香族化合物
    6個の炭素原子(C)が正六角形で結びついた分子構造をベンゼン環(芳香環)と呼ぶ。そのベンゼン環に水素原子(H)がついた分子式C6H6を持つ最も単純な化合物がベンゼン(Benzene)。ベンゼン環にさまざまな置換基がついたものを総称して芳香族化合物と呼ぶ。例えばメチルが1つ結合したトルエン(Toluene; C7H8)、2つ結合したキシレン(Xylene; C8H10)などがある。ヒドロキシ基(OH)が結合したものはフェノール(Phenol; C6H5OH)と呼ばれる。これらの芳香族化合物は非常に安定で、通常ベンゼン環の開裂を伴う炭素-炭素結合の切断反応を行うには過酷な条件が必要と考えられてきた。
  3. 固体酸触媒
    固体であって、酸性を示す物質の表面が水素イオン(H+)としての役割を果たす触媒。酸化ケイ素と酸化アルミニウムの混合ゲルにあたるシリカ-アルミナや、大きな空隙をもつゼオライトなどが代表例。白金やレニウムなどの貴金属を含む触媒は炭素-炭素結合の切断反応に有用で、多環式の芳香族化合物を小分子に変換したり、有害なベンゼンを無害な物質に変換したりすることが可能。
  4. 炭素-炭素結合の切断反応
    ベンゼン環は炭素-炭素の二重結合(C=C)が3つ存在し、例えばシクロペンタジエンやシクロヘキサジエンのような二重結合が2つ存在する不飽和化合物と同様な高い反応性が仮定できるが、実際には非常に安定である。これはベンゼン環に働く安定化エネルギー(共鳴安定化エネルギー)のためである。このため、遷移金属を用いたベンゼンの活性化では、通常、ベンゼン環の骨格を壊すような炭素-炭素結合切断反応はエネルギー的に不利であり、炭素-水素結合切断のほうが、炭素-炭素結合切断より速く起こる。また、炭素-炭素結合切断が起きたときに生じる金属-炭素結合の強さが、炭素-水素結合切断によって生じる金属-水素結合より弱いことも要因といわれている。こうした理由から、ベンゼン環の炭素-炭素結合の切断反応は非常に難しいと考えられている。
  5. リグニン
    フェノール性化合物からなる高分子体。高等植物の生育に伴い生産され、木材中の2~3割はリグニンからなる。三次元の網目構造をしており、非常に複雑。化合物としては反応性に乏しいが、一部の微生物がリグニン中の芳香族化合物を分解して資源化するものも確認されている。

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ベンゼン環の炭素-炭素結合切断により生成する炭化水素類の図

図1 ベンゼン環の炭素-炭素結合切断により生成する炭化水素類

ベンゼン環は非常に安定で、その炭素-炭素結合を切断するためには、ゼオライトなどの固体酸触媒を用いて500°C程度に加熱する必要がある。

多金属チタンヒドリド化合物による窒素、ベンゼンの活性化の図

図2 多金属チタンヒドリド化合物による窒素、ベンゼンの活性化

左:研究チームが2013年に成功した、多金属チタンヒドリド化合物による窒素の活性化。窒素分子(N2)が室温・1気圧で反応し、窒素-窒素結合の切断、窒素-水素結合の生成が起こる。

右:研究チームが今回成功した、多金属チタンヒドリド化合物によるベンゼンの活性化。
ベンゼンが室温で反応し、炭素-炭素結合の切断・骨格変換を経て炭素-炭素結合の生成、および炭素-水素結合の生成が起こる。

チタンヒドリド化合物によるベンゼンの炭素-炭素結合切断反応のプロセスの図

図3 チタンヒドリド化合物によるベンゼンの炭素-炭素結合切断反応のプロセス

チタンヒドリド化合物とベンゼンとの反応を細かく追跡するために、10°Cの時の反応を調べた。まず、ベンゼンがチタンヒドリド化合物上の3つのチタン金属に結合するとともに2つのヒドリド原子(H)が水素分子(H2)として脱離する。同時に、ベンゼン環の炭素1つに1つのヒドリド原子が転移した化合物3が生成する。
次に、室温に昇温して反応を追跡すると、化合物3上の炭素-炭素結合の切断が起き、六員環から五員環へと骨格変換した化合物2が生成する。
さらに、得られた化合物2を100°C程度に加熱すると、再び五員環の炭素-炭素結合の切断反応が起きて化合物4が生成する。

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