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2014年8月28日

理化学研究所

光で記憶を書き換える

-「嫌な出来事の記憶」と「楽しい出来事の記憶」をスイッチさせることに成功-

図

海馬から扁桃体のつながりの可塑性が記憶をスイッチさせることを可能にしている。扁桃体の細胞群は一度「嫌な出来事の記憶」「楽しい出来事の記憶」を保存したら、それらの記憶はそのまま書き換えられない。

ある出来事が起こったときの状況や情緒面などの記憶は、記憶の司令塔である「海馬」と感情や情緒などの記憶に関わる「扁桃体」という2つの脳の領域に保存されます。海馬と扁桃体は脳内ネットワークでつながっていて、体験の状況の記憶は、それぞれの領域の神経細胞群とその「つながり」にエングラム(記憶痕跡)という形で蓄えられます。ただ、その詳しい仕組みは分かっていません。そこで、理研の研究チームは、「嫌な出来事の記憶」のエングラムが「楽しい出来事の記憶」のエングラムに、どのように置き変わっていくのかについて調べました。

実験では、まず、オスのマウスを小部屋に入れ、脚に弱い電気ショックを与えました。マウスは「嫌な出来事の記憶」を脳内に作ります。このときに活性化する海馬の神経細胞群を「嫌な出来事の記憶」の記憶のエングラムとして、光感受性タンパク質(光の照射で神経細胞の活動を制御できるタンパク質)で標識しました。標識された神経細胞群に光を照射するとマウスは怖い経験を思い出します。ところが、このオスのマウスの海馬に光を照射しながら、メスのマウスを部屋に入れて1時間ほど一緒に遊ばせたところ、「楽しい出来事の記憶」が作られることを突き止めました。マウスは「嫌な出来事の記憶」に使われた海馬のエングラムをそのまま使って「楽しい出来事の記憶」にスイッチしていたわけです。

次に、海馬より下流にある扁桃体のエングラムを同じように処理した場合にどのような変化が起きるかについても調べました。扁桃体でも「嫌な出来事の記憶」や「楽しい出来事の記憶」を作り出すことができますが、同じ神経細胞では記憶のスイッチはできませんでした。これは、単に後から経験する出来事の情緒的な側面(嫌か、楽しいか)が、先行して起きた経験の情緒的側面に置き変わるものではないことを示します。このことから、海馬から扁桃体への脳細胞のつながりの可塑性(外界からの刺激を受けて、柔軟かつ適応的に、機能や構造の変化を起こすこと)が、出来事の記憶の情緒面の生業に重要な働きをしていると考えられます。うつ病の患者には、嫌な出来事の記憶が蓄積し、楽しい出来事を思い出すことができないケースが見られますが、海馬と扁桃体のつながりの異常が1つの原因になっている可能性があります。今回の成果がうつ病患者の心理療法の開発につながることが期待されます。

理化学研究所
脳科学総合研究センター 理研-MIT神経回路遺伝学研究センター
センター長 利根川 進 (とねがわ すすむ)