要旨
理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、真空の屈折率[1]1.0よりも低い屈折率0.35を実現した三次元メタマテリアル[2]の作製に成功しました。これは、理研田中メタマテリアル研究室の田中拓男准主任研究員と国立台湾大学の蔡定平(ツァイ・ディンピン)教授(当時台湾ITRC所長を兼務)らの国際共同研究グループによる成果です。
メタマテリアルは、光を含む電磁波に応答するマイクロ〜ナノメートルスケールの共振器アンテナ素子[3]を大量に集積化した人工物質で、共振器アンテナ素子をうまく設計することで、物質の光学特性を人工的に操作できるという特性を持っています。これまで報告されているメタマテリアルのほとんどは、その共振器構造が二次元的な平面パターンを基板表面に加工したものであったため、ある特定の入射方向の光のみにしかメタマテリアルの特性を示しませんでした。国際共同研究グループが開発したメタマテリアルは共振器アンテナ素子を三次元的に加工し、基板に垂直な方向に対して縦、横、斜め方向に立体的に配置したため、メタマテリアルに垂直な軸周りのどの方向からの光に対してもメタマテリアルの特性を発揮できます。また、このような等方性[4]を持つ三次元メタマテリアルを数ミリメートル角のサイズで実現したことも大きな成果です。
作製したメタマテリアルの光学特性を測定した結果、32.8テラヘルツ(THz)の光に対して0.35という真空よりも低い屈折率を持つことを確認しました。このような物質は自然界には存在せず、極微細構造を用いて人工的に作り出して初めて実現できる物質です。
真空よりも屈折率が低いメタマテリアルは、高速光通信や透明化技術[5](透明マントなどの光学迷彩)、光学顕微鏡の限界を超える超分解能レンズ(スーパーレンズ)などに応用できる可能性があります。
本研究成果は、ドイツの科学雑誌『Advanced Optical Materials』オンライン版(10月24日付け:日本時間10月24日)に掲載されます。
背景
物質の屈折率は、真空中の光の速度とその物質中を進む光の速度との比(真空中の光の速度÷物質中の光の速度)で定義されます。屈折率の基準は真空で、真空の屈折率は1.0です。一般に水やガラスなどの誘電体の中では、光の速度は遅くなるため、その屈折率は常に1.0よりも高くなります。例えば水の屈折率は1.333、ガラスの屈折率は1.4~2.0程度です。
メタマテリアルは、光を含む電磁波に応答する素子を大量に集積化した人工物質です。この素子は、光に応答する一種のアンテナ(共振器アンテナ素子)です。光は自身の波長よりも細かい構造を認識できないため、共振器アンテナ素子の大きさを光の波長よりも小さくすれば、個々の共振器アンテナ素子は光に認識されなくなって、メタマテリアルは光に対して均質な物質として振る舞います。これは、水がH2O分子という粒の集合体であるにも関わらず、分子があまりにも小さいために、私たちには一様で滑らかな水という液体にしか見えないのと同じことです。このような光の波長よりも小さい共振器アンテナ素子と光との相互作用を利用すると、自然界から入手できる物質では実現できないような特性を持つ物質を擬似的に作製することが可能になります。これが疑似光学材料「メタマテリアル」です。
近年の微細加工技術の飛躍的な発達により、従来よりも微細な共振器アンテナ素子を作製できるようになり,メタマテリアルは理論的な予測にとどまらず、現実に試作できるようになってきました。しかし、現在の加工技術はまだまだメタマテリアルを自由自在に作製できるレベルにはなく、さまざまな制約があります。特に大きな制約としては以下の2つです。
1つ目は、三次元的な微細構造を自由に加工できないことです。現在、微細加工技術の代表として光リソグラフィー[6]技術を用いた半導体製造プロセス技術があり、この技術は、線幅20nm(ナノメートル:1ナノメートルは10億分の1メートル)の配線パターンからなる大規模集積回路を加工できます。しかし、光リソグラフィー技術は写真技術を基礎とする縮小投影露光技術なので、平面状の二次元パターンの加工はできても、三次元的な構造の加工はできません。メタマテリアルを構成する共振器アンテナ素子は、ある方向の光にしか応答できないため、光の照射方向を変えると機能しません。そのため、従来の微細加工技術で作製した平面状のメタマテリアルは、ある特定の入射方向の光に対してはメタマテリアルとして働くものの、入射方向が変わるとその機能が失われるという強い異方性[4]を持つものがほとんどでした。
2つ目の制約は、素子の大きさが小さくなればなるほど加工時間や加工コストが増大して小さなサイズのメタマテリアルしか作れないことです。メタマテリアルのように構造が微細な場合は、単位面積内に大量の素子が必要になります。素子を一つずつ加工する手法では、加工時間やコストの制約から、加工できる大きさ(面積)が制限されます。そのため、これまでに報告されているメタマテリアルは、サイズが数~数百μm(マイクロメートル:1マイクロメートルは 100万分の1メートル)程度であり、全体像すら肉眼で見ることができない小さなものばかりでした。
これらの問題を解決して、三次元的な微細構造を持つ十分なサイズのメタマテリアルを作り出すことが、この分野で強く望まれていました。
研究手法と成果
微細加工技術にはトップダウン的な手法とボトムアップ的な手法があります。トップダウン的な手法とは、光リソグラフィー法などのように、露光パターンをはじめとする全てのプロセスを人間が精密に制御することにより、微細な構造を高い精度で加工する手法です。しかし、高度な制御技術が必要とされ、時間的、コスト的な問題があります。一方、ボトムアップ的な手法とは、水の分子が集まって雪の結晶ができたり、生物の体がひとりでに形作られたりするように、物質の特性を利用して自己組織的に形を作り上げる手法です。低コストで大量かつ高速な加工ができますが、精度や加工形状の自由度に制約があります。
今回、国際共同研究グループは、トップダウン的な手法とボトムアップ的な手法を融合させることで、三次元的な微細形状を持つメタマテリアル素子を大きな面積にわたって効率良くかつ高い精度で加工することに成功しました。
国際共同研究グループが開発した加工技術では、まず、シリコン基板の表面に電子線に感光するポリメチルメタクリレート(PMMA)レジスト材料[7]を塗布し(図1a)、その後、電子線描画法[8]を用いて、直線状のリボンパターンを描画します(図1b)。リボンパターンは,中央部だけ線幅を広くしておきます。描画が終わった基板のPMMA膜を現像すると、電子線を照射した部分のPMMA膜が除去され細い溝が形成されます。
次に、この基板にニッケル(Ni)と金(Au)の薄膜を真空蒸着法[9]で蒸着します(図1c)。残ったPMMA膜を除去すると、細い溝のシリコン基板に直接付着していた金属膜だけが残り、ニッケルと金のリボン構造が形成されます(図1d)。次に、この基板を四フッ化炭素(CF4)ガスを用いたドライエッチング技術[10]を用いて基板のシリコンだけを削ります。この時、等方的なエッチングを行うと、シリコン基板は表面のみならず金属リボンで影になっている下側の部分も削られます。リボン中央部の下のシリコンが完全に削られる前にエッチングを終えると、金属リボンは中央部のみがシリコン基板に固定され、両側の腕がシリコン基板表面から離れて浮いた構造になります(図1e)。この基板を真空槽から大気中に取り出すと、ニッケルと金に働く応力の違いによって、金属リボンの両腕は湾曲し、シリコン基板表面に垂直に自立したリング構造を形成します(図1f)。このリング構造が、メタマテリアルを構成する1つひとつの共振器アンテナ素子になります。
新開発の加工技術を利用すると、金属リングの大きさや配置間隔、配置方向が高精度で制御できると同時に、個々のリングは材料自身がその形状を形成するので、大面積にわたって立体的な金属構造を効率良く加工することが可能となります。国際共同研究グループは、こうした手法を駆使してミリメートル角の大きなサイズの三次元メタマテリアルの作製に成功しました。
今回作製したメタマテリアル(図2)は、基板上に自立した三次元的な金属の共振器アンテナ素子を縦、横、斜め方向に配置することで、基板に垂直な軸の周りに回転させても、常にメタマテリアルの特性を発揮することができます。さらに、作製したメタマテリアルの光学特性を測定したところ、周波数32.8テラヘルツ(THz)の光に対して、屈折率0.35という真空よりも低い屈折率を示すことが明らかになりました(図3)。そして、この特性はメタマテリアルを軸周りに回転させても常に等方的に発揮されます(図4)。「三次元」、「等方性」、「大面積」の3つを同時に実現した光メタマテリアルの開発は、世界初です。
今後の期待
今回開発した真空より屈折率が低いメタマテリアルの中では、光の速度が真空中よりも速くなります(今回は屈折率が0.35なので、真空中の光速より約3倍速い)。この性質は、透明化技術(透明マントなどの光学迷彩)の実現に必須の光学特性です。また、屈折率の低いメタマテリアルの実現は、既存のレンズの屈折力を高めて解像力や集光能力の改善などレンズの高性能化に寄与します。また、光の位相速度を大きく変化させる技術として見ると、高速かつ安定した光通信の実現などの応用につながります。