広報活動

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2014年11月7日

理化学研究所

精子や卵子が正常でも不妊になり得る

-ゲノムのたった1文字の違いで不妊になることを解明-

ポイント

  • 精子と卵子が正常でも不妊となるモデルマウスを発見
  • マウス全ゲノム情報のうちわずか1塩基の置換変異が不妊の原因
  • ヒトの不妊症に対しても、早期診断や早期治療の可能性を示す

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、マウスの全ゲノム情報のわずか1文字の違いによって、精子と卵子が正常でも不妊となるモデルマウス[1]を発見しました。これは理研バイオリソースセンター(小幡裕一センター長)新規変異マウス研究開発チームの権藤洋一チームリーダー、村田卓也開発研究員らによる成果です。

妊娠を望んでいるカップルの約9%が不妊に悩むとされ、世界的にも社会的な課題になっています。不妊の要因はさまざまですが、遺伝的要因もその1つです。

研究チームは、形態形成や発がんに重要な役割を果たしているβ-カテニンタンパク質の遺伝子について変異機能の解明を進めてきました。β-カテニン遺伝子はすべての細胞で発現し、遺伝子全体が欠損すると発生初期から成長できず胎生致死となるため、必須遺伝子であることが知られています。そのため、β-カテニン遺伝子の機能不全により、不妊など局所的な症状だけを呈するとはこれまで考えられていませんでした。

今回、研究チームはマウスを対象に、β-カテニン遺伝子を標的とした1塩基変異の機能解析を行いました。その結果、予想を超えて「精子と卵子が正常であるにも関わらず不妊となるマウス」を発見しました。この不妊モデルマウスは、β-カテニン遺伝子のわずか1文字(1塩基)の突然変異によって、タンパク質を構成するアミノ酸の配列が1文字(1残基)だけ変わり、オスでは精嚢(せいのう)の形成過剰、メスでは膣(ちつ)の形成不全を引き起こして不妊となっていました。一方で、卵子や精子も含めその他の異常は認められず寿命を全うしました。すなわち、必須遺伝子の1塩基の置換によって、精囊や膣形成だけに影響が現れることが分かりました。

β-カテニンタンパク質のアミノ酸配列は、ヒトとマウスでは100%同一であり、モデルマウスの解析結果が、そのままヒトにもあてはまる可能性も高いと考えられます。今後、ヒトを対象とした研究でβ-カテニン遺伝子の解析と発現するタンパク質の機能の解析が進めば、不妊の原因の1つを特定できる可能性があり、早期診断早期治療につながると期待できます。

本研究成果は、英国の科学雑誌『Scientific Reports』のオンライン版(11月7日付け:日本時間11月7日)に掲載されます。

背景

妊娠を望んでいるカップルの約9%が不妊に悩んでいるとされ、世界的にも社会問題化しています注1)。不妊の要因はさまざまですが、遺伝的要因もその1つです。

生体において全てのタンパク質は、それぞれの遺伝子の塩基(A・G・T・C)の配列としてゲノムDNAに暗号化(遺伝暗号)された情報をもとに、遺伝子ごとに決まった並びでアミノ酸が結合した1本の高分子として各細胞で合成されます。マウスとヒトでは、タンパク質のアミノ酸配列が少しずつ異なっていますが、β-カテニンタンパク質は、ヒトとマウスで100%同じ配列です。機能的に重要な遺伝子ほど同じアミノ配列として進化的に保存される傾向があり、実際に、β-カテニン遺伝子を欠損させたマウスは胎生初期で成長が止まり死んでしまうため必須遺伝子であることが知られていました。β-カテニンタンパク質は、胎児の体作りや臓器の恒常性の維持などを制御する極めて重要な「Wnt/β(ウィント/ベータ)-カテニンシグナル伝達」において重要な役割を果たしています(図1)。Wnt/β-カテニンシグナル伝達は、正常なヒトやマウスであれば、生涯普遍的に、身体中のさまざまな場所で働いていることが分かっています。そのため、β-カテニン遺伝子の機能不全により、不妊など局所的な症状だけを呈するとはこれまで考えられていませんでした。

研究チームでは、この重要なβ-カテニン遺伝子の詳細な機能を解明するため、遺伝子全体を欠損させるのではなく、独自に開発整備した「マウスのゲノム情報を1文字(1塩基)レベルで機能解析するシステム注2)」を利用し、β-カテニン遺伝子の1塩基変異の機能解析を行うことにしました。

注1)日本生殖医学会ホームページ
注2)2008年9月10日プレスリリース「1塩基レベルのゲノム機能解明が可能に」

研究手法と成果

研究チームはまず、β-カテニンタンパク質を構成するアミノ酸の一つひとつの機能を知るため、β-カテニン遺伝子の1文字(塩基)の突然変異によってアミノ酸配列に違いが生じる変異マウスを探しました。その結果、7系統を発見しました。そのうち、今回解析したマウスは、アミノ酸配列の429番目のシステイン残基[2]セリン残基[3]に、1文字(1残基)だけ変化した系統(C429S)です(図2)。

C429Sホモ接合体[4]マウスを自然交配させたところ、予想外にも不妊となりました。さらに体外受精法[5]により、このマウスの精子と卵子は正常であることが分かりました。不妊の原因を調べた結果、精液を分泌する精囊(せいのう)と、外性器と子宮をつなぐ膣(ちつ)の形状異常であることが分かりました(図3)。オスでは、精囊の形作りに違いが生じたため、射精時の精子の輸送経路が変わって不妊になり、メスでは、膣の形成不全による膣閉塞が不妊の原因でした。精囊の形態形成の変化が精子の輸送経路にまで影響を及ぼして不妊となる変異マウスの発見は初めてです。また、単一遺伝子の変異で精囊と膣の両方の形態に影響を及ぼすマウスも初の発見です。β-カテニン遺伝子のたった1文字が変わっただけで、生体全体で必須なβ-カテニンタンパク質が、局所的な精囊・膣形成時にのみ影響を及ぼすことが分かりました。

続いてC429Sホモ接合体マウスを詳細に調べました。β-カテニンタンパク質は、細胞接着分子カドヘリンを細胞質側から支える機能と、Wnt/β-カテニンシグナル伝達の不可欠因子としての機能、2つの異なる役割を担っています。解析の結果、精囊と膣の形成過程においてのみWnt/β-カテニンシグナルがうまく伝達されていないことが分かりました(図4)。この結果は、C429S型変異がホモ接合になったマウスでは、身体中のさまざまな場所で働くWnt/β-カテニンシグナル伝達においてC429S型変異タンパク質はどこでもほぼ正常に機能し、例外的に精囊・膣でのみ異常を来たすことを意味しています。

今後の期待

今回のマウスを使った研究で、生体にとって必須なβ-カテニンタンパク質の遺伝子の1塩基置換変異が局所的な異常を引き起こし、不妊の原因となっていることが分かりました。全く同じ1塩基置換変異は、ヒトにおいても起こりうるものですが、β-カテニン遺伝子そのものが不妊の原因となるとは考えられていなかったこともあり、現在はまだ、ヒトでの報告はありません。今回の研究に基づいて、ヒトにおいてもβ-カテニン遺伝子の変異と不妊の関係が確認されれば、不妊症状に対して、遺伝子診断による早期発見や早期治療が実現する可能性があります。

また、今回の研究で、局所的なWnt/β-カテニンシグナル伝達の乱れが膣の形成不全や精嚢の過剰形成をもたらすことを示しましたが、詳細なメカニズムは分かっていません。発見したモデルマウスを用いることで、不妊となる過程を詳細に解明し、どのような対策や治療が可能かを検討することも可能となりました。

β-カテニン遺伝子は、抗がん剤開発のターゲットとしても長く研究されてきた遺伝子です。β-カテニン遺伝子における突然変異の影響の特定がさらに進めば、疾患の原因解明や創薬開発に向け、新たな成果が生まれることも期待できます。

今回、モデル系統として解析したC429Sマウス「RBRC06154」系統は、レポーター解析に用いた「RBRC06153」系統や最初に発見した「RBRC-GD000125」系統とともに、理研バイオリソースセンターから入手できます。

原論文情報

  • Takuya Murata, Yuichi Ishitsuka, Kumiko Karouji, Hideki Kaneda, Hideaki Toki,Yuji Nakai, Shigeru Makino, Ryutaro Fukumura, Hayato Kotaki, Shigeharu Wakana,Tetsuo Noda, and Yoichi Gondo, -cateninC429S mice exhibit sterility consequent to spatiotemporally sustained Wnt signalling in the internal genitalia", Scientific Reports,  2014, doi: 10.1038/srep06959

発表者

理化学研究所
バイオリソースセンター 新規変異マウス研究開発チーム
チームリーダー 権藤 洋一 (ごんどう よういち)
開発研究員 村田 卓也 (むらた たくや)

お問い合わせ先

バイオリソース推進室
Tel: 029-836-9058 / Fax: 029-836-9100

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. モデルマウス
    ヒトの病気とよく似た症状を示すマウス。
  2. システイン残基
    アミノ酸の一種。β-カテニンタンパク質の429番目のシステイン残基(C429)は、ゲノムでは“TGC”という3文字(塩基)の遺伝暗号で書かれている。
  3. セリン残基
    アミノ酸の一種。今回解析したモデルマウスでは、β-カテニンタンパク質の429番目のシステイン残基の塩基配列“TGC”が、1塩基の置換によって“AGC”に書き換わった結果、セリン残基に置換された。システイン残基の塩基配列との違いはTとAのわずか1文字である。
  4. ホモ接合体
    だれでも遺伝子セット(ゲノム)を母から1セット、父から1セット受け継ぎ、2セット持っている。β-カテニン遺伝子も1つずつ両親から受け継ぎ2セット持っている。同じβ-カテニン遺伝子を持つマウスをホモ接合体、異なるβ-カテニン遺伝子(例えば、野生型ではC429と突然変異したC429Sの異なったβ-カテニン遺伝子)を1つずつ持つ個体をヘテロ接合体という。今回の解析では、母型・父型ともC429Sとなった変異β-カテニン遺伝子を2セット持つホモ接合マウスを利用した。
  5. 体外受精法
    精子と卵子を体外に取り出し、試験管で受精させる手法。受精した卵子は、母親の子宮に戻すことで産仔を得ることができる。

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β-カテニンタンパク質とWnt/β-カテニンシグナル伝達図

図1 β-カテニンタンパク質とWnt/β-カテニンシグナル伝達

β-カテニンタンパク質は、細胞接着分子カドヘリンを細胞質側から支える分子として、またWnt/β-カテニンシグナル伝達分子として、2つの異なる役割を担っている。Wnt/β-カテニンシグナル伝達においては、Wnt非存在下ではβ-カテニンタンパク質はAPCタンパク質などの複合体の働きにより分解される(左)。Wnt存在下では、β-カテニンタンパク質は分解を免れて核に移行し、転写因子と複合体を形成することによって下流遺伝子の転写を制御する(右)。

β-カテニンタンパク質の構造模式図と1アミノ酸置換変異の位置関係図

図2 β-カテニンタンパク質の構造模式図と1アミノ酸置換変異の位置関係

β-カテニンタンパク質は781個のアミノ酸残基(781a.a.)から成り、N末側には分解制御に関わるリン酸化ドメインが、C末には転写制御に関わる転写活性化ドメインが、中央には12回の繰り返し配列(アルマジロリピート)が存在する。429番目システイン残基は7番目のリピートに位置する。今回解析したマウスはこのシステイン残基がセリン残基に変化した系統(C429S)である。C429Sとともに今回発見した「アミノ酸配列を変える変異」の位置も図示した。

精囊と膣の形づくり、および1文字変異による精囊と膣の形作りや妊性への影響の図

図3 精囊と膣の形づくり、および1文字変異による精囊と膣の形作りや妊性への影響

オスとメスの内性器(精囊・膣を含む)の原型は雌雄同体で、胎児の段階から作られる。内性器の形作りの第一歩は、未分化の生殖腺が精巣あるいは卵巣に分化することから始まる。オスでは、精巣上体、精管、精囊がウォルフ管と呼ばれる生殖管から作られる。メスでは、卵管、子宮、膣がミュラー管と呼ばれる生殖管から作られる。

C429Sマウスのオスでは、本来、精管の一部になるべき場所で2対目の精囊が形成される。これが原因で射精の際に精子の流路が大幅に変わり、本来精子が流入しえない精囊に流入してしまう。C429Sオスマウスは交尾はできるものの、精子が通常通ることのない精囊のなかを迂回して遠回りするうちに精子の受精能が失われ、不妊となると考えられる。

一方メスにおいては、膣が形成不全を起こし膣が開口しない。膣口がないため交尾そのものができず不妊となる。なお、膣の形成不全は、ミュラー管そのものではなく、ウォルフ管の過伸張によって膣そのものが伸張できないためと考えられる。メスではウォルフ管は退縮するが、不妊マウスでは、いったん最小限度まで退縮した後に過伸張が起きていた。

オス・メスともに尾部側ウォルフ管に過形成が生じていたが、レポーター解析をしたところ、まさにその場所においてWnt/β-カテニンシグナル伝達が活性化していた。Wnt/β-カテニンシグナル伝達は身体中のあらゆる場所で働いているが、野生型に比べC429S変異マウスでは、尾部側ウォルフ管でのみWnt/β-カテニンシグナルが活性化するという違いが見られたが、その他の場所では発現に違いはなかった。

精囊におけるWnt/β-カテニンシグナル伝達の異常の図

図4 精囊におけるWnt/β-カテニンシグナル伝達の異常

Wnt/β-カテニンシグナルが活性化しているところで青く染まる(X-Gal染色)ins-TOPGALを用いるレポーター解析の実例。C429S変異マウスでは、野生型マウスではWnt/β-カテニンシグナル伝達がすでにオフとなっているはずの成体の精嚢(=青く染まらない)が、C429Sマウスの精囊では青く染色されている。このことは、変異マウスでは、Wnt/β-カテニンシグナル伝達が過剰にオンになり続けていることを示している。

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