広報活動

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2014年12月9日

理化学研究所

怖い体験が記憶として脳に刻まれるメカニズムの解明へ

-扁桃体ニューロンの活動とノルアドレナリンの活性が鍵-

光遺伝学を用いた検証実験

私たちは、日常のささいな出来事は簡単に忘れてしまいます。しかし、怖いと感じた体験はいつまでも鮮明な記憶として残っていて、急に思い出したりすることがあります。記憶は、どのようにして作られているのでしょうか。カナダの心理学者ドナルド・ヘッブは1949年に「つながっている2つの神経細胞(ニューロン)が同時に活動し、そのつながりが強化されることによって記憶が形成される」という“ヘッブ型可塑性”説を唱えました。これは65年後の今でも有力な説であり、恐怖の記憶の形成についても、この説によって説明されてきました。しかし、行動している動物の脳内でヘッブ型可塑性が起こることにより、実際に十分な強さの記憶が形成されているのか、という問題は未だに検証されていません。

理研の研究者は米国の研究者の協力を得て、実際の記憶が形成される時の脳内の様子を解き明かすため、実験モデル動物のラットを対象に、恐怖に対する反応や、記憶の形成に重要な役割を果たす脳内の“扁桃体”の神経活動を調べることにしました。

研究グループは、まず、光と遺伝子操作によって神経活動を操作する“光遺伝学”という手法によって、怖い刺激である電気ショックの瞬間だけラット脳内の「扁桃体」のニューロンを抑制しました。その結果、電気ショックと同時に提示された音刺激に対する恐怖記憶の形成が阻害されただけでなく、扁桃体でのニューロン同士のつながりの強化も妨げられ、ヘッブの仮説を支持する結果が出ました(A)。一方で、扁桃体のニューロンを活性化しただけでは、恐怖記憶は形成されないことも分かりました(B)。しかしながら、扁桃体に加え、覚醒や注意に作用する神経修飾物質の「ノルアドレナリン」の受容体を同時に活性化させると、怖い体験を与えなくても恐怖記憶が形成されることも明らかになりました(C)。この結果は、恐怖体験の記憶形成において、ヘッブ型可塑性は有力な仮説であるものの、それだけでは十分ではなく、神経修飾物質の活性化も重要であることを示しています。実際の脳内メカニズムは、ヘッブ型可塑性で説明されているよりも、もっと複雑であることが分かりました。

今回の成果によって、恐怖記憶が作られる仕組みの理解がさらに進めば、心的外傷後ストレス傷害(PTSD)など恐怖記憶が有害に働く疾患を軽減させる治療への応用が期待できます。

理化学研究所
脳科学総合研究センター 記憶神経回路研究チーム
チームリーダー Joshua P. Johansen (ジョシュア・ジョハンセン)