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2014年12月30日

独立行政法人理化学研究所
物質・材料研究機構
東京大学

ナノシート間の静電反発力により、構造補強されたヒドロゲル材料

-層に垂直方向の荷重に耐え、水平方向に変形。防振材料などへの応用に期待-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発ソフトマター機能研究グループの相田卓三グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、創発生体関連ソフトマター研究チームの石田康博チームリーダーと物質・材料研究機構(NIMS)国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の佐々木高義フェローらの共同研究グループは、互いに静電反発する酸化物ナノシート[1]を磁場に対して垂直な方向に配列し、三次元のナノ網目構造を水で膨潤させたゼリー状物質「ヒドロゲル[2]」中に閉じ込めることにより、ユニークな機械的物性が現れる材料の開発に成功しました。

電気的・磁気的な「反発力」を利用した装置に、リニアモーターや磁気ベアリングなどがあります。これらの装置では「引力」を利用するだけでは得られない特別な性能が実現されています。これに対し、セラミックスやプラスチックなどの構造材料では、有機ポリマーと無機粒子とのハイブリッドなどに代表されるように、構成要素間の「引力」を強めることで、強度を高めていました。しかし、構造材料の設計において「反発力」を利用する試みは全く行われていませんでした。一方、動物の関節軟骨は、高密度の負電荷を帯びた高分子で構成され、その静電的な「反発力」によって、高い耐荷重性と低摩擦性が実現されています。

理研とNIMSの共同研究グループは、水中に分散したイオン性の酸化チタンナノシートに磁場を加えると、全てのナノシートが磁場に対して垂直な方向に配列し、ナノシート同士が互いに面と面を向き合わせてナノシート間に巨大かつ異方的[3]な静電反発力が現れることを発見しました。この水分散液をゲル化すると、静電反発力により内部から支えられたヒドロゲル材料が得られます。この材料は、縦方向の大きな荷重に耐えつつ、横方向には容易に変形するという、通常の材料では実現しにくい特異な機械的物性を示し、防振材料として優れた性能を発揮します。

今回の発見は、これまで全く省みられなかった「反発力」が、構造材料の機械的物性を制御する上で極めて有用であることを実証したもので、今後の構造材料の設計に大きな影響を与えると期待できます。本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature』(1月1日号)に掲載されます。

なお本研究は、総合科学技術・イノベーション会議の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)により、科学技術振興機構を通して委託されたものです。

※共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
創発ソフトマター機能研究グループ
グループディレクター 相田 卓三 (あいだ たくぞう)

創発生体関連ソフトマター研究チーム
チームリーダー 石田 康博 (いしだ やすひろ)
特別研究員 劉 明傑 (リュウ・ミンジェ)

理化学研究所 放射光科学総合研究センター
高田構造科学研究室
主任研究員 高田 昌樹 (たかた まさき)

生命系放射光利用システム開発ユニット
研究員 引間 孝明 (ひきま たかあき)

物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点
フェロー 佐々木 高義 (ささき たかよし)
研究者 海老名 保男 (えびな やすお)

背景

リニアモーターカーや磁気ベアリングのように、電気的あるいは磁気的な「反発力」を使って、「引力」だけでは得られない特別な性能を実現している装置があります。これに対し、セラミックスやプラスチックなどの構造材料の設計では、有機ポリマーと無機粒子とのハイブリッド材料のように、構成要素間の「引力」を強めることで強度を高める工夫が続けられています。しかし、構造材料の設計において「反発力」を利用する試みは、これまで全く行われていませんでした。

一方、生体組織に目を向けると、例えばヒトの関節軟骨が、構成ユニット間に働く静電的な「反発力」を巧みに使った構造材料であることが分かります。膝関節軟骨は約300Kgの荷重下で数十年稼働し、その間、軟骨同士は驚異的な低摩擦(摩擦係数0.001〜0.03)を維持します。この例からも、構造材料の設計に「反発力」を積極的に活用する試みは、材料科学に革新をもたらす重要な概念であると予想されます。そこで共同研究グループは「反発力」を活用した構造材料の設計に際し、異方的な形状を持ったナノ構造体の配向制御に着目し、新材料の開発に挑みました。

研究手法と成果

共同研究グループは、高密度に電荷を帯びた一次元または二次元のナノ構造体を互いに平行配向できれば、ナノ構造体間に働く静電反発力を最大限にできると考えました(図1)。この平行配向をマクロスケールレベルまで大規模に実現できれば、「系」となり、力学特性などの物性の異方性[3]につながります。

ナノ構造体をマクロスケールレベルにまで配向する手法に、磁場を加える方法(磁場印加)があります。磁場印加には非接触かつ非破壊で行えるという利点があります。ただ、これまで報告されている酸化物ナノシートは全て、加えた磁場に対して平行に配向しますが、この配向では、ナノシートは配向ベクトルを軸に回転してしまうため、ナノシート同士を平行な配向に固定できませんでした(図2b)。これに対して共同研究グループは、水中に分散させた酸化チタンのナノシートが、外部磁場に対して垂直に配向することを発見しました(図2a)。このときナノシートは、互いに面と面を向き合わせた配向を強制されます。酸化チタンのナノシートは高密度の負電荷を帯びているため、ナノシート間には巨大かつ異方的な静電反発力が現れます(図1)。

この配向は、磁場を解除することで時間とともに消失してしまいますが、磁場中で重合反応を行うことにより、配向構造を化学的に固定できます。ナノシートの分散液にビニルモノマー[4]を加えておき、磁場印加下でラジカル重合[5]することにより、磁場配向[6]した構造を固定し、これをゲル化することで、静電反発力により内部から支えられたヒドロゲル材料が得られます(図3)。このヒドロゲルは、縦方向の大きな荷重には耐えつつ、横方向には容易に変形するという、通常の材料では実現できない特異な機械的特性を示します。

この機械的異方性の応用として防振が挙げられます。水平方向に配向したナノシートを内包するヒドロゲルの上に荷重を乗せ、地面を水平方向に振動させたとき、地面からの振動はヒドロゲルの横方向の変形により遮断されるため、上部の荷重にはほとんど伝わらず、優れた防振機能が達成されます(図4a)。対照的に、垂直方向に配向したナノシート、あるいはランダム配向したナノシートを内包するヒドロゲルでは、このような防振機能は実現されません(図4b)。注目すべきは、酸化チタンナノシートはヒドロゲル全体の1%に満たない量しか存在しないにもかかわらず、その配向方向が材料物性に対し大きな影響を及ぼす点です。

今後の期待

機械的異方性を実現する今回のヒドロゲル材料には、荷重に耐えるタフな材料、振動を絶縁する材料、あるいは関節軟骨の代替材料など、さまざまな応用が期待できます。今回の発見は、これまで全く省みられることのなかった「反発力」が、構造材料の機械的物性を制御する上で極めて有用であることを実証しており、今後の構造材料の設計に大きな影響を与えると想定されます。

原論文情報

  • Mingjie Liu, Yasuhiro Ishida, Yasuo Ebina, Takayoshi Sasaki, Takaaki Hikima, Masaki Takata, and Takuzo Aida, "An anisotropic hydrogel with electrostatic repulsion between cofacially aligned nanosheets", Nature, doi: 10.1038/nature14060.

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 超分子機能化学部門 創発ソフトマター機能研究グループ
グループディレクター 相田 卓三 (あいだ たくぞう)
(東京大学大学院工学系研究科教授)

創発物性科学研究センター 超分子機能化学部門 創発生体関連ソフトマター研究チーム
チームリーダー 石田 康博 (いしだ やすひろ)

物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点
フェロー 佐々木 高義 (ささき たかよし)

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

物質・材料研究機構 広報室
Tel: 029-859-2026 / Fax: 029-859-2017
pressrelease [at] ml.nims.go.jp (※[at]は@に置き換えてください。)

東京大学大学院工学系研究科 広報室
Tel: 03-5841-1790 / Fax: 03-5841-0529
kouhou [at] pr.t.u-tokyo.ac.jp (※[at]は@に置き換えてください。)

補足説明

  • 1.酸化物ナノシート
    層状酸化物の単結晶を、温和な条件にて化学処理し、結晶構造の基本最小単位である層1枚にまで剥離することにより得られる二次元ナノ構造物質のこと。
  • 2.ヒドロゲル
    水に良くなじむ物質によりナノサイズの三次元網目構造が形成されると、網目の中に閉じ込められた水分子は流動性を失い、系全体は固体状になる。このような物質をヒドロゲルと呼ぶ。身近な例としては、寒天・ゼリー・豆腐・こんにゃくなどが挙げられる。
  • 3.異方的・異方性
    ある物質の構造や性質が観測する方向によって異なるとき、その物質が異方的である・異方性を持つ、という。
  • 4.ビニルモノマー
    炭素の二重結合を含む化合物。この二重結合に活性の化合物(ラジカル、アニオン、またはカチオン種)が付加し、新たに生じた活性点が別分子の二重結合に付加する反応が連鎖的に繰り返されると、炭素が一次元的に連結されたポリマーが得られる。
  • 5.ラジカル重合
    ビニルモノマーからポリマーを合成する手法([4]参照)のなかでも、反応を開始するための活性化合物としてラジカル(奇数個の電子を持つ化合物)を用いる手法のこと。
  • 6.磁場配向
    一次元ナノチューブや二次元ナノシートなどの異方的な形状を持つナノ構造体に対し、外部から磁場を加えると、これらのナノ構造体が磁場を感じる度合(磁場感受率)が方向によって異なるため、最もエネルギー的に安定な方向にナノ構造体が配向すること。
近接する酸化物ナノシートの静電反発力の図

図1 近接する酸化物ナノシートの静電反発力

互いに近接する酸化物ナノシートは、静電的に反発する。2つのナノシート間の距離が固定されている場合、反発力はナノシート間の二面角に応じて変化する。ナノシート同士が平行(二面角が0°;左)、および、垂直(二面角が90°;右)のとき、静電反発力はそれぞれ最大および最小となる。

磁場に対して配向するナノシートの図

図2 磁場に対して配向するナノシート

磁場に対して垂直に配向する酸化チタンナノシート(a;今回共同研究グループが発見した配向)、および、磁場に対して平行に配向する酸化ニオブナノシート(b;これまで報告されてきた酸化物ナノシートの典型的な磁場配向)。(a)では、ナノシート同士は平行な配向を強制されるのに対し、(b)では、ナノシートは配向ベクトルを軸に回転可能である。

静電反発力により内部から支えられたヒドロゲル材料の図

図3 静電反発力により内部から支えられたヒドロゲル材料

磁場印加下にてビニルモノマーをラジカル重合することにより、ナノシートの水分散液はヒドロゲルへと変換され、互いに平行に配向したナノシートの構造は半永久的に固定される。

酸化チタンナノシートを内包するヒドロゲルの防振機能の図

図4 酸化チタンナノシートを内包するヒドロゲルの防振機能

ヒドロゲルよりなる3本の柱の上にガラス板を置き、さらにその中心に鉄球を置いた状態で、地面より水平方向の振動を与えた。水平方向に配向したナノシートを内包するヒドロゲル(a)では、地面からの振動が効率よく遮断され、ガラス板および鉄球は安定に保持されるのに対し、垂直方向に配向したナノシートを内包するヒドロゲル(b)では、ガラス板および鉄球はすぐに落下してしまう。

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