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2015年1月16日

理化学研究所

ボトルシップ型フェムト秒レーザー三次元加工技術を開発

-バイオチップ内部に三次元微細構造を付加し高機能化を実現-

要旨

理化学研究所(理研)光量子工学研究領域 理研-SIOM連携研究ユニットの杉岡幸次ユニットリーダーらの研究チームは、2光子造形法[1]によりガラスマイクロ流体構造内部に精密な三次元構造を有する機能素子を形成する技術を開発しました。

高速・高感度で分析できるバイオチップは、医療やバイオ化学、環境などの分野で注目されており、マイクロ流体デバイスなど、いくつかの機器は市販されています。研究チームはこれまで、フェムト秒レーザー[2]を用い、透明材料であるガラス内部にガラスマイクロ流体構造を作成する技術の開発を行ってきました。フェムト秒レーザーは、レーザー光の集光照射によって、本来は光を透過する透明材料に多光子吸収[3]を誘起します。このときレーザー光の集光点を透明材料内部に設定すれば、材料内部の集光点においてのみ強い吸収を生じさせることができます。集光したレーザーを三次元走査することで、透明材料内部の直接三次元加工が可能になります。

しかし、従来の技術では、ガラスマイクロ流体構造の作製時に、内部にいくつかの機能素子を形成できるものの、加工解像度の制約から、マイクロ/ナノスケールのより複雑な三次元構造を有する機能素子の形成は困難でした。そこで研究チームは、従来と同じフェムト秒レーザーを用いて、より微小で複雑な三次元構造をガラスマイクロ流体構造内部に形成できる新技術の開発に取り組みました。

研究チームは、まず、作製済みのガラスマイクロ流体構造の中にネガ型レジストと呼ばれるポリマーを流し込みました。次にフェムト秒レーザーを用いて光の波長の数分の一以下の加工パターンが得られる2光子造形を行い、レーザー光照射領域のポリマー同士だけを連結させ、その他の部分を洗い流すことによって、ガラスマイクロ流体構造内部に三次元ポリマーマイクロ/ナノ構造体を形成しました。本技術は、作製済みのガラスマイクロ流体構造内部に、後から三次元ポリマーのマイクロ/ナノ構造体を形成できることから、「ボトルシップ型フェムト秒レーザー三次元加工技術」と名付けました。

開発した技術を用いて、ガラスマイクロ流体構造内部に、2液を効率よく混合するマイクロミキサーや細胞の検出・計数を行うマイクロレンズアレイを付加したバイオチップを作製し、その機能を実証しました。本技術により、多様な高機能バイオチップの実現が期待できます。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Light: Science & Applications』に1月1日に掲載されました。

※研究チーム

理化学研究所 光量子工学研究領域 理研-SIOM連携研究ユニット
ユニットリーダー 杉岡 幸次 (すぎおか こうじ)
特別研究員 Jian Xu (ジアン・シュ)

アト秒科学研究チーム
客員研究員 Dong Wu (ドン・ウ)

光量子工学研究領域
領域長 緑川 克美 (みどりかわ かつみ)

背景

近年、医療やバイオ化学、環境など、さまざまな分野において、高感度・高速・低環境負荷で分析できるバイオチップの利用が注目されており、マイクロ流体デバイスなどが既に市販されています。研究チームでも、これまでにフェムト秒レーザーを用いて、ガラス内部にマイクロ流体構造を形成する「フェムト秒レーザーによるガラスマイクロ流体構造加工技術」を開発してきました。

フェムト秒レーザーは、ピーク強度が極めて高いため、非線形多光子吸収により、ガラスなどの透明材料に対しても強い吸収を生じさせます。多光子吸収の起こりやすさはレーザー強度に依存するため、レーザーのパルスエネルギーを適切な値に調整して透明材料の内部に集光照射すれば、集光領域近傍でのみ多光子吸収を生じさせることができます。集光したフェムト秒レーザー光を三次元走査することで、ガラス内部に直接マイクロ流体構造を形成することが可能になります。(図1(a)~(c))。

しかし、この手法では、ガラスマイクロ流体構造作製時に、内部にいくつかの機能素子を形成することはできても、加工解像度の制約から、マイクロあるいはナノスケールの複雑な三次元構造を有する機能素子を形成することは困難でした。そこで研究チームは、同じフェムト秒レーザーを用いて、より微小で複雑な三次元マイクロ機能素子を、ガラスマイクロ流体構造内部に形成できる技術の開発に取り組みました。

研究手法と成果

研究チームは、ガラスマイクロ流体構造内部に三次元の微細機能素子を形成するため、まず、作製済みの流体構造の中にネガ型レジストと呼ばれるポリマーを流し込みプリベーク[4]した後(図1(d))、従来と同じフェムト秒レーザーを用いて2光子造形を行い、レーザー光照射領域のポリマー同士だけを連結させました(図1(e))。最後に現像液を用いてレーザーを照射していない領域を洗い流し、レーザー光照射領域を現像すると、ガラスマイクロ流体構造内部に、三次元ポリマーマイクロ/ナノ構造体を形成できました(図1(f))。

これは、2光子光造形技術を組み合わせ、ガラスマイクロ流体構造内部にポリマーからなる三次元マイクロ機能素子を形成する新しい技術です。あらかじめガラスの中に作製されたガラスマイクロ流体構造内部に、後から三次元ポリマーマイクロ構造を付加することから、「ボトルシップ型フェムト秒レーザー三次元加工技術」と名付けました。

他の手法では、このように固体内部に後から三次元構造体を形成するのは不可能です。フェムト秒レーザーの多光子吸収を用いたことで初めて実現しました。

本技術により作製した、ガラス内部に2液を効率よく混合するマイクロミキサーを備えたY字型マイクロ流体素子の模式図を図2(a)に示します。マイクロミキサーを備えていないマイクロ流体素子では、異なる種類の溶液を混合するのは非常に難しく、それぞれの溶液が層となって流れます(図2(b))。一方、2光子造形によりマイクロミキサーを形成したマイクロ流体素子では、非常に短い距離で2液を効率よく混合できました(図2(c))。

また、本技術により作製した生細胞の並列検出・計数が可能なバイオチップを図3に示します。図3(a)のようなマイクロレンズとセンターパスユニットが複合した素子を、ガラス内部に埋め込まれたY字型マイクロ流体素子内に形成しました(図3(b))。

7個のマイクロレンズがチャネルの幅いっぱいに配列しており、これにより同時に7つの生細胞を検出できました。1つのマイクロレンズに1つ付随するセンターパスユニットは9ミクロン(μm)径の穴があいており、細胞のサイズを選別する機能と、細胞をマイクロレンズの中央付近を通過させる機能を兼ね備えています。細胞の検出は、マイクロチップ下方より白色光を照射し、マイクロレンズによって集光された光の時間的な強度変化を観察することにより行います。マイクロレンズ上を細胞が通過すると、細胞による光の散乱、吸収、屈折などにより、光の強度が減少するため、これを検出することにより、細胞の検出・計数を行うことができます。ミドリムシを用いた実験では、サイズの識別によって正常なミドミムシのみを100%検出することに成功しました。

今後の期待

2光子造形法は、マイクロ~ナノスケールの複雑かつ多様な三次元構造を形成できるため、1つのバイオチップに多様な機能デバイスを複数集積化することが可能です。これにより、高機能なバイオチップの実現が期待できます。

今回は、フェムト秒レーザーガラス3次元加工技術により形成したガラスマイクロ流体構造を用いました。フェムト秒レーザーによるガラス3次元加工技術は、流体構造をガラス中に多層形成することも可能で、それにより3次元多層バイオチップを実現する可能性があります。

一方、ボトルシップ型フェムト秒レーザー三次元加工は、市販のマイクロ流体デバイスにも適用可能で、市販のバイオチップの高機能化への応用も期待できます。

原論文情報

  • Dong Wu, Jian Xu, Li-Gang Niu, Si-Zhu Wu, Katsumi Midorikawa and Koji Sugioka, "In-channel integration of designablemicrooptical devices using flat scaffold-supported femtosecond-laser microfabrication for coupling-free optofluidic cell counting", Light: Science & Applications, 10.1038/lsa.2015.1

発表者

理化学研究所
光量子工学研究領域 エクストリームフォトニクス研究グループ 理研-SIOM連携研究ユニット
ユニットリーダー 杉岡 幸次 (すぎおか こうじ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.2光子造形
    赤外あるいは可視光領域のフェムト秒レーザー光を通常吸収しない材料(紫外線硬化樹脂あるいはレジストなど)に対して、レーザー光を集光し多光子吸収を発生させることで、集光点においてのみ光を吸収させ造形を行う手法。この場合の多光子吸収は2光子で生じるため、フェムト秒レーザーによる光造形は2光子造形と呼ばれる。
  • 2.フェムト秒レーザー
    パルス幅が数十~数百フェムト秒(フェムト=1x10-15)のレーザー。パルス幅が極めて短いため、非常に高いピークパワー(パルスエネルギーをパルス幅で割ったもの)を有し、それを集光することにより容易に数十ペタワット/cm2(ペタ=1015)のピーク強度が得られる。
  • 3.多光子吸収
    半導体や絶縁体のような材料では、その材料のバンドギャップより小さい光子エネルギーの光を入射した場合、電子を励起できないため吸収は生じない。しかしレーザー強度を大きくし単位時間あたりの光子密度を大きくていくと、束縛電子が複数の光子を同時に吸収してイオン化が生じる現象が生じる。このような非線形な吸収を多光子吸収と呼ぶ。フェムト秒レーザーはピーク強度が極めて高い(単位時間あたりの光子密度が極めて高い)ため、透明材料に対して効率よく多光子吸収を誘起できる。
  • 4.プリベーク
    本研究では2光子造形の材料としてネガ型レジストと呼ばれるポリマーを用いている。ネガ型レジストでは、加熱によってポリマーを固体とした後にレーザーを照射し造形を行う。レーザー照射前の加熱をプリベークと呼ぶ。
ボトルシップ型フェムト秒レーザー三次元加工によるバイオチップの作製手順の図

図1 ボトルシップ型フェムト秒レーザー三次元加工によるバイオチップの作製手順

(a)~(c)はフェムト秒レーザーによるガラスマイクロ流体構造加工技術の手順。フェムト秒レーザー描画の後、フッ酸でエッチングを行うことでガラス内部にガラスマイクロ流体構造を作製する。

(d)~(f)はボトルシップ型フェムト秒レーザー三次元加工の手順。作製したガラスマイクロ流体構造の中にネガ型レジストを流し込んだ後、フェムト秒レーザーによる2光子造形と現像を行うことで、既存のガラスマイクロ流体構造内部に後から三次元微細構造を形成する。

マイクロミキサーが形成されたY字型マイクロ流体素子の図

図2 マイクロミキサーが形成されたY字型マイクロ流体素子

(a)はY字型マイクロ流体素子の模式図で挿入写真がマイクロミキサー。マイクロミキサーがない(b)では、透明な溶液と赤い溶液は混ざらず、別々の層となって流れているのに対して、(c)ではマイクロミキサーを通過することで2つの溶液が混合されている。
生細胞検出・計数用バイオチップの図

図3 生細胞検出・計数用バイオチップ

2光子造形によって作製したマイクロレンズ-センターパスユニット複合構造(a)をY字型マイクロ流体素子内に形成した様子(b)。センターパスユニットに開けられた9μm径の穴によって細胞のサイズ選別と細胞がマイクロレンズ中央を通過するよう調整する。

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