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2015年1月20日

理化学研究所

Ngly1タンパク質の欠損によりタンパク質分解反応に異常

-糖鎖脱離酵素ENGaseの阻害剤でNGLY1欠損症治療の可能性-

要旨

理化学研究所(理研)グローバル研究クラスタ 糖鎖代謝学研究チームの鈴木匡チームリーダーらの研究チームは、N型糖鎖脱離酵素[1]の「Ngly1タンパク質」が欠損すると、細胞内でのタンパク質分解反応に異常をきたすという、分子メカニズムの一端を明らかにしました。

真核細胞の細胞質には、N型糖鎖脱離酵素の「N-グリカナーゼ(PNGase)」が広く存在し、タンパク質の品質管理に関わることが知られています。Ngly1タンパク質は、哺乳動物におけるPNGaseのオルソログ[2]であり、最近、ヒトにおいてNgly1タンパク質を作る遺伝子「NGLY1」の変異による重篤な遺伝子疾患(NGLY1欠損症)が発見されました。しかし、病態にいたる分子メカニズムの詳細はまだ不明です。そこで、研究チームは、NGLY1欠損症を引き起こす分子メカニズムの解明に取り組みました。

研究チームは、新しいモデルタンパク質を用いて、細胞内の小胞体で作られたタンパク質の品質管理に関わる“小胞体関連分解”の仕組みを分析・評価する手法を確立しました。その手法を用いて分析を行ったところ、NGLY1遺伝子を欠損させた細胞で、モデルタンパク質の分解が遅れることを発見しました。また、Ngly1タンパク質非存在下でもモデルタンパク質の糖鎖脱離が観察され、その反応が別の糖鎖脱離酵素「エンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼ(ENGase)」によって行われることが明らかになりました。ENGaseは通常、細胞内でNgly1タンパク質によって切り取られた糖鎖の代謝に関わります。次に、ENGaseとNgly1タンパク質の両方を欠損させた細胞でモデルタンパク質の分解を調べたところ、正常でした。これらの結果から、ENGaseはNgly1タンパク質の働かない状況下で、糖の一種であるN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)が1つだけ残った「N-GlcNAcタンパク質」を生成し、それが細胞内で凝集体として蓄積することが明らかになりました。この現象がNGLY1欠損症の病態発現に関わる可能性があるため、ENGaseの阻害剤が、NGLY1欠損症の薬剤開発の有力な候補となるかもしれません。

本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of AmericaPNAS)』オンライン版(1月19日付け:日本時間1月20日)に掲載されます。

※研究チーム

理化学研究所 グローバル研究クラスタ 理研-マックスプランク連携研究センター 糖鎖代謝学研究チーム
チームリーダー 鈴木 匡(すずき ただし)
国際プログラム・アソシエイト 黄 澄澄(ホアン・チェンチェン)

連携支援ユニット
専任技師 堂前 直(どうまえ なおし)

背景

真核細胞の細胞質に存在する「N-グリカナーゼ(PNGase)」は、N型の糖鎖を糖タンパク質の根元から切り取る酵素(N型糖鎖脱離酵素)で、タンパク質の品質管理に関わっています。

糖鎖代謝学研究チームの鈴木匡チームリーダーはこれまで、PNGaseの酵素活性の発見および出芽酵母における酵素の遺伝子「PNG1」の同定を世界に先駆けて行い、PNGaseの生理機能の解析を進めてきました注1)

一方で、哺乳動物におけるPNGaseオルソログであるNgly1タンパク質によって切り取られた糖鎖を細胞質で分解する新しい“非リソソーム糖鎖代謝”経路の存在が最近明らかにされてきており、研究チームはそれに関わる酵素群の生理機能についても研究を行っています注2)図1)。その酵素の1つが「エンド-β--アセチルグルコサミニダーゼ(ENGase)」です。ENGaseは、Ngly1タンパク質によって切り取られた糖鎖の代謝に関わります(図2)。

最近ヒトにおいてNgly1タンパク質を作る遺伝子「NGLY1」の変異による重篤な遺伝子疾患(NGLY1欠損症)が発見されました。その症状は発育不全、四肢の筋力低下、不随意運動、てんかん、脳波異常や肝機能障害を伴い、全身的に重篤な症状を呈しますが、その病態発現のメカニズムは不明です。そこで、研究チームは、NGLY1欠損症を引き起こす分子メカニズムの解明に取り組みました。

  • 注1) Suzuki, J. Biochem. 157, 23-34 (2015)
  • 注2) Suzuki and Harada, BBRC 453, 213-219 (2014)

研究手法と成果

研究チームは、新しいモデルタンパク質を用いて、小胞体で作られたタンパク質の品質管理に関わる“小胞体関連分解”(ER-associated Degradation; ERAD)の分析・評価手法を確立しました。

まず、Ngly1タンパク質を欠損させた細胞を作製し、この手法によってモデルタンパク質の分解過程を調べました。その結果、モデルタンパク質の分解が通常よりも遅れることが分かりました。さらに詳細に調べたところ、モデルタンパク質の糖鎖が切り取られ、その反応がENGaseによって行われることが明らかとなりました。このモデルタンパク質の場合、ENGaseによって糖鎖が切り取られますが、糖の一種であるN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)が1つだけ残ったN-GlcNAcタンパク質となってしまい、細胞内で凝集体として蓄積するため、分解が遅れることが分かりました(図3)。

次に、ENGaseとNgly1タンパク質の両方を欠損させた細胞を作製し、モデルタンパク質の分解過程を調べました。その結果、モデルタンパク質の分解は通常通り行われました。

以上の結果から、ENGaseは細胞内でNgly1タンパク質によって切り取られた糖鎖の代謝に関わる以外に、特にNgly1タンパク質の働かない状況で変性糖タンパク質に作用してN-GlcNAcタンパク質を生成し、それが細胞内で凝集体として蓄積することが明らかとなり、この現象がNGLY1欠損症の病態発現に関わる可能性が示唆されました。

今後の期待

本研究によってNgly1タンパク質のタンパク質品質管理機構における重要性が明らかとなるとともに、ENGaseの存在がNgly1欠損の病態につながり得る可能性が示唆されました。特に、ENGaseの阻害剤は凝集体を作りやすいN-GlcNAcタンパク質の生成を抑え、NGLY1欠損症に対する治療薬の有力な候補となり得ると期待できます。

原論文情報

  • Chengcheng Huang, Yoichiro Harada, Akira Hosomi, Yuki Masahara-Negishi, Junichi Seino, Haruhiko Fujihira, Yoko Funakoshi, Takehiro Suzuki, Naoshi Dohmae, and Tadashi Suzuki., "Endo-beta-N-acetylglucosaminidase forms N-GlcNAc protein aggregates during ER-associated degradation in Ngly1-defective cells", Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, doi: 10.1073/pnas.1414593112

発表者

理化学研究所
グローバル研究クラスタ 理研-マックスプランク連携研究センター システム糖鎖生物学研究グループ 糖鎖代謝学研究チーム
チームリーダー 鈴木 匡(すずき ただし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.N型糖鎖脱離酵素
    N型糖鎖をタンパク質から切り離すエンド型酵素。哺乳動物においては、糖鎖を全て取り除くPNGase/Ngly1と、タンパク質部分に糖(GlcNAc)を一残基残すENGaseの2つが知られている。
  • 2.オルソログ
    共通の祖先から配列を保持しながら種分岐を経て進化して来た遺伝子やタンパク質のこと。その配列の高い類似性から異種間でも相同な機能を持つことが多いと考えられる。
小胞体における糖タンパク質の品質管理機構の図

図1 小胞体における糖タンパク質の品質管理機構

細胞内小器官の1つであるリソソームは、多くの加水分解酵素を含み、複合糖質や脂質などを分解する役割を担っている。図はリソソームを介さない分解経路。小胞体内腔で合成された新生糖タンパク質は、小胞体内で品質管理を受けて折りたたみ状態を厳しくモニターされる。正しく折りたたまれたタンパク質は小胞輸送により各々の目的地に運ばれる。一方、正しくない折りたたみのタンパク質(変性糖タンパク質)は、細胞質でプロテアソームによって分解される(ERAD;小胞体関連分解)。その過程でNgly1タンパク質は、N型糖鎖を変性糖タンパク質から切り取り、その後、糖鎖はENGaseなどにより代謝される(図2)。

哺乳動物細胞の細胞質におけるN型糖鎖の“非リソソーム糖代謝“機構の図

図2 哺乳動物細胞の細胞質におけるN型糖鎖の“非リソソーム糖代謝“機構

変性糖タンパク質からNgly1タンパク質によって切り取られた糖鎖(遊離糖鎖)は、細胞質のグリコシダーゼ(ENGaseとMan2C1(細胞質マンノシダーゼ))によって代謝される。

ENGaseによるN-GlcNAcタンパク質の生成の図

図3 ENGaseによるN-GlcNAcタンパク質の生成

Ngly1タンパク質存在下(通常状態)では、Ngly1タンパク質が糖鎖を糖タンパク質の根元から切り取り、正常な分解が行われる。一方、Ngly1タンパク質非存在下(異常状態)では、ENGaseが糖鎖を切り取るが、N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)が1つだけ残ったN-GlcNAcタンパク質となってしまい、細胞内で蓄積するため、分解が遅れる。

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