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2015年1月28日

理化学研究所

生体試料の高分解能・高信頼度イメージング法を開発

-従来の測定条件で分解能が2倍以上向上-

要旨

理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センター米倉生体機構研究室の高山裕貴基礎科学特別研究員、米倉功治准主任研究員らと、慶應義塾大学の中迫雅由教授、苙口友隆助教の共同研究グループは、コヒーレントX線回折イメージング(CXDI)法[1]による細胞など生体試料のイメージングの分解能と信頼性を大幅に向上できる測定・解析法を開発し、計算機実験により実証しました。

CXDI法は、μmからサブμmサイズ(1,000分の1mm~10,000分の1mm)の結晶化が極めて困難な試料の内部構造を、電子顕微鏡のように試料を薄片にスライスすることなく、光学顕微鏡より高い分解能で観察可能なイメージング手法です。現在、細胞など生体試料の構造解析への応用が進められ、非常に強力なコヒーレントX線光源であるX線自由電子レーザー(XFEL)[2]の利用により、分解能30~60nm(1nmは100万分の1mm)でのイメージングが可能となっています。

しかし、X線回折能の低い生体試料からは弱いシグナルしか得ることができず、分解能をさらに向上させることができませんでした。また、観測される回折パターンは実験上の制約から回折角が小さな領域のデータは測定できないため、結像に用いる従来の計算アルゴリズムでは、正しい像を再生できない場合があることが問題となっていました。

共同研究グループは、これらの問題を同時に解決すべく、生体試料と同時にX線回折能の高い多数の金粒子をイメージングするという新たな測定・解析法を考案しました。両者から回折されたX線が干渉することで、生体試料の回折シグナルは測定できるレベルに押し上げられます。また、金粒子の比較的高いシグナルの回折パターンから得られた金粒子の配置の情報を結像アルゴリズムに与えることで、より信頼度の高い試料像を再生します。理研のXFEL施設「SACLA」[3]での実験に基づいた計算機実験の結果、本手法によって分解能が従来よりも2倍以上向上し、試料周縁部の低コントラスト構造も明瞭に観察できることが示されました。本手法が実用化されれば、細胞や機能性材料がより精緻に可視化され、機能原理の解明に貢献すると期待できます。

本研究は、理化学研究所基礎科学特別研究員制度、JSPS研究活動スタート支援、理研戦略的研究展開事業、慶應義塾大学と理化学研究所による「世界を先導する知性の創造」を目指した包括的な連携の下、XFEL重点戦略課題、新学術領域研究、挑戦的萌芽研究等の支援を受けて実施されました。成果は英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』(1月28日付け:日本時間1月28日)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所 放射光科学総合研究センター(RSC) 利用技術開拓研究部門 米倉生体機構研究室
基礎科学特別研究員 高山 裕貴(たかやま ゆうき)
准主任研究員 米倉 功治(よねくら こうじ)

利用システム開発研究部門 生物試料基盤グループ
研究員 眞木 さおり(まき さおり)

慶應義塾大学 理工学部 物理学科
教授 中迫 雅由(なかさこ まさよし)
(理研RSC生命系放射光利用システム開発ユニット 客員主管研究員)
助教 苙口 友隆(おろぐち ともたか)
(理研RSC生命系放射光利用システム開発ユニット 客員研究員)

背景

コヒーレントX線回折イメージング(CXDI)法では、孤立した非結晶試料(結晶の作製が極めて困難な試料)にコヒーレントX線を照射し、2次元検出器上で回折パターンを観測します(図1)。

一般の顕微鏡とは異なり、結像にはレンズを用いず、回折パターンに反復的位相回復法[4]と呼ばれる計算アルゴリズムを適用することで試料の投影電子密度像を再生します。X線の高い透過性と短波長性により、電子線が透過しないμmサイズの試料「丸ごと」の内部構造を、レンズ収差による像のぼけや歪みもなく、光学顕微鏡より高い分解能で可視化できます。細胞生物学においては光学顕微鏡と電子顕微鏡での観察で蓄積された知見のギャップを埋める成果が期待されています。

高分解能でのイメージングには、低分解能から高分解能までの広い回折角範囲で回折パターンを観測する必要がありますが、回折X線強度は回折角が大きい程急速に減衰します。特に細胞のように炭素や窒素、酸素といった軽元素から構成される試料は、金属粒子に比べてX線回折能が著しく低く、イメージングには非常に強いコヒーレントX線が必要です。近年利用が可能となった最先端のコヒーレントパルスX線光源であるX線自由電子レーザー(XFEL)は、フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)の極短時間に光子密度1010~1011/μm2という強力なX線の照射を可能とし、試料は原子レベルで破壊されるものの、X線照射による損傷が生じる前の一瞬の姿を30~60nmの分解能で可視化することが可能となってきました。

しかし、分解能のさらなる向上には生体試料のX線回折能の低さが依然として大きな障壁となっていました。また、検出器保護のために回折パターンの回折角の小さな領域は観測することができません。試料の大きさに対してこのデータ欠損範囲が広い場合、従来の試料像再生法では正しい像が再生できないという安定性の問題がありました。

研究手法と成果

共同研究グループは、CXDI法の基本原理でもあるX線の干渉現象に着目し、生体試料と同時にX線回折能の高い多数の金粒子をイメージングするという新たな測定・解析法を考案しました(図2)。

生体試料と金粒子それぞれで回折されたX線は、干渉効果により強め合いや弱め合いが起こります。金粒子の単位体積当たりの回折能は生体試料の10倍程度高いため、生体試料由来の回折シグナルを測定できるレベルまで効果的に押し上げることができ、高分解能情報を有する大きな回折角のシグナルまで観測可能となります。

また、個々の金粒子からの回折X線が干渉し合うことで、回折パターンには金粒子間の相対位置の情報が含まれており、回折パターンにフーリエ変換と呼ばれる数学処理を施し解析することで、金粒子の配置を導出することができます。こうした操作は、分子の構造解析法として成熟したX線結晶構造解析法において、重原子法として広く行われている手法に類似したものです。そこで、共同研究グループは重原子法に用いられるアルゴリズムを組み込んだ独自の解析ソフトウエアを開発して、回折パターンから導出された金粒子配置を既知の試料情報として位相回復計算に利用する新たな試料像再生法を考案し、従来に比べて信頼度の高い試料像の再生を試みました。

以上の理論の実証に向けて、共同研究グループはSACLAでのCXDI実験を基に、べん毛を有するバクテリアを模した試料での計算機実験を行い、金粒子によってバクテリアの回折シグナルをおおよそ1桁押し上げられることを確認しました(図2)。また、開発した新規試料像再生法を回折パターンに適用することで、従来法の2倍以上の分解能で投影電子密度像を再生することに成功しました(図3)。この投影電子密度像では、従来法では困難な、金粒子のわずか1%の投影電子密度しかないバクテリアの細胞の周囲のべん毛まで再現性良く可視化されました(図3)。

今後の期待

生体試料と同様に回折能が低い非結晶試料は、材料科学分野でも多く存在します。今後、本手法が実用化されれば、これらの科学的に重要な非結晶試料の機能原理解明、工学的な応用に資することができます。

また、CXDIは実用化されてから15年程度しか経っていない新しい手法です。この研究で示したように、これまで培われてきたX線結晶構造解析、電子顕微鏡の技術を取り入れながら独自の手法を開発していくことで、その可能性がさらに広がると期待できます。

原論文情報

  • Yuki Takayama, Saori Maki-Yonekura, Tomotaka Oroguchi, Masayoshi Nakasako, Koji Yonekura, "Signal-enhancement and Patterson-search phasing for high-spatial-resolution coherent X-ray diffraction imaging of biological objects", Scientific Reports, doi: 10.1038/srep08074

発表者

理化学研究所
放射光科学総合研究センター 利用技術開拓研究部門 米倉生体機構研究室
准主任研究員 米倉 功治(よねくら こうじ)
基礎科学特別研究員 高山 裕貴(たかやま ゆうき)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.コヒーレントX線回折イメージング(CXDI)法
    干渉性の高いX線を試料に照射した際に起こるX線の散乱現象を利用したイメージング手法。散乱されたX線が干渉することで、試料の構造を顕著に反映した特徴的なパターン(コヒーレントX線回折パターン)が観測され、これを利用して試料構造を可視化する。コヒーレントX線は位相、すなわち波面のそろったX線のことであり、優れた干渉性を有する。
  • 2.X線自由電子レーザー(XFEL)
    近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。
  • 3.XFEL施設「SACLA」
    理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つで、2006年度から5年間の計画で建設・整備された。2011年3月に施設が完成し、 SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から供用を開始した。CXDI法に必要な強強度かつ干渉性に優れたX線を、フェムト秒極短パルスとして供給する。
  • 4.位相回復法
    回折パターンは、試料で回折されたX線の振幅情報のみを反映したもので、正しい像を再生するためには位相情報が必要になる。振幅情報から位相情報を取得する手順のこと。
XFELを光源としたCXDI実験の図

図1 XFELを光源としたCXDI実験

炭素薄膜上に測定対象試料を散布した試料上にXFELパルスを照射し、回折パターンを2次元検出器で記録する。XFEL被照射範囲はX線回折後に爆散するため、試料を移動させながら回折パターンを収集する。回折パターンの極小回折角領域は試料を透過したX線から検出器を保護するビームストップにより観測できない。

新手法の試料モデルと計算機実験で得られた回折パターンの図

図2 新手法の試料モデルと計算機実験で得られた回折パターン

新手法では測定対象試料(バクテリア)の周囲に金粒子を多数散布した試料(a)を作製し、XFELを照射する。この試料から計算される回折パターン(b, 右)では、バクテリアのみ(b, 左)に比べて2倍以上の広い回折角で強強度の回折パターンが観測された。回折パターンは端で約14nmの構造情報を有している。(c)は回折パターン赤線上の回折強度をプロットしたもので、全回折シグナルを青の実線、金粒子由来を黄の破線、バクテリア由来を緑の実線、両者の干渉によるシグナル(絶対値)を赤の実線で示した。干渉効果によりバクテリアの回折シグナルがおよそ1桁押し上げられたことが確認できた。また、金粒子由来のシグナルは全体の約8割であり、全回折シグナルのプロットとほぼ重なっている。計算機実験は共同研究グループがSACLAで実施してきたCXDI実験に基づいて行っている。

従来法と新手法で再生された投影電子密度像の比較図

図3 従来法と新手法で再生された投影電子密度像の比較

従来のバクテリアのみでイメージングされた投影像(左)に比べて、新手法で再生されたバクテリア投影像(右)では、バクテリア内外のべん毛(矢印)まで精緻に再生されていることが分かる。新手法での再生像の分解能を計算すると13nmであり、従来法の29nmに比べて2倍以上の向上に成功した。

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