広報活動

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2015年1月30日

理化学研究所

慢性肝炎や肝硬変は肝内胆管がんのゲノム異常と発生に強く関与

-全ゲノム解析により肝内胆管がんの悪性度に関わる遺伝子変異を発見-

要旨

理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センターゲノムシーケンス解析研究チームの中川英刀チームリーダー、藤本明洋副チームリーダーらの共同研究グループは、30例の肝内胆管がんの全ゲノム情報[1]を解読し、肝炎ウイルスなどによる慢性肝炎や肝硬変が、肝内胆管がんのゲノム異常と発生に強く関与することを証明しました。この研究は、国際がんゲノムコンソーシアム(ICGC)[2]のプロジェクトの一環として行われました。

肝内胆管がんは、原発性肝臓がん(最初にがんが発生した場所が肝臓であるがん)のなかで、肝細胞がん[3]に次いで発症が多いがんで、肝細胞がんより悪性度が高い難治性のがんです。肝臓内で胆汁を輸送する胆管から発生すると考えられ、肝臓内の胆石や慢性胆管炎はその発生のリスク因子とされていますが、詳細な発生機構は分かっていません。最近、日本やアジアでの疫学研究において、B型肝炎やC型肝炎などの慢性肝炎や、慢性肝炎を経て発症する肝硬変も肝内胆管がん発生の重要なリスク要因であることが示されています。

共同研究グループは、B型肝炎やC型肝炎患者を含む30例の肝内胆管がんの全ゲノム情報を、最新の次世代シーケンサー[4]とスーパーコンピュータを用いて解読し、肝内胆管がんに起きているゲノム変異をすべて同定しました。次に、同様の全ゲノムシーケンス解析で同定した60例の肝細胞がんのゲノム変異との比較を行いました。その結果、肝内胆管がんの全ゲノム上で1つの腫瘍につき平均約4,300カ所の変異が発見されました。それら変異の塩基置換パターン[5]によって、肝内胆管がんは慢性肝炎のある腫瘍とない腫瘍の2つに分類され、慢性肝炎のある腫瘍の塩基置換パターンは、肝細胞がんと類似していました。また、B型肝炎ウイルスのゲノム配列が複数の肝内胆管がんのゲノム中に挿入されていることも発見しました。このことは、B型肝炎やC型肝炎といった慢性肝炎や慢性肝炎を経て発症する肝硬変が、肝内胆管がんのゲノム異常を引き起こし、その発がんに強く関与することを示しています。さらに、肝内胆管がんの複数の変異遺伝子は、肝細胞がんで高頻度に変異している遺伝子と一致していることが分かりました。一方で、肝臓の外に発生した胆管がん(肝外胆管がん)で特異的に見つかる遺伝子の変異が肝内胆管がんでも見つかり、これら遺伝子の変異のある肝内胆管がんは、より悪性度が高く、生存率が低いことが分かりました。

本研究成果は、オンライン版科学雑誌『Nature Communications』(1月30日付け:日本時間1月30日)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所 統合生命医科学研究センター ゲノムシーケンス解析研究チーム
チームリーダー 中川 英刀 (なかがわ ひでわき)
副チームリーダー 藤本 明洋 (ふじもと あきひろ)

医科学数理研究グループ
グループディレクター 角田 達彦 (つのだ たつひこ)

大阪府立成人病センター 消化器外科
副部長 後藤 邦仁 (ごとう くにひと)

広島大学 医歯薬保健学研究院 応用生命科学部門 消化器・代謝内科学
教授 茶山 一彰 (ちゃやま かずあき)
(理研統合生命医科学研究センター 消化器疾患研究チーム チームリーダー)

和歌山県立医科大学 第2外科
教授 山上 裕機(やまうえ ひろき)

東京女子医科大学 消化器病センター 消化器外科
主任教授 山本 雅一 (やまもと まさかず)

北海道大学大学院医学研究科 消化器外科学分野Ⅱ
教授 平野 聡 (ひらの さとし)

国立がん研究センター研究所 ゲノム研究グループ がんゲノミクス研究分野
分野長 柴田 龍弘 (しばた たつひろ)

東京大学医科学研究所 ヒトゲノム解析センター
教授 宮野 悟 (みやの さとる)

背景

肝臓がんは、日本における部位別がん死亡者数で、男性では3位、女性では6位です。年間約4万人が肝臓がんと診断され、3万人以上が亡くなっています注1)。特に、日本を含むアジアとアフリカで発症頻度が高く、世界全体の部位別がん死亡率では第2位に挙げられています注2)。主な原因は、肝炎ウイルスの持続感染であり、世界中の肝臓がんの約75%は、B型肝炎ウイルス(HBV)またはC型肝炎ウイルス(HCV)の感染によるものと推定され、慢性肝炎発症から肝硬変を経ると、高い確率で肝臓がんが発生します。原発性肝臓がん(最初にがんが発生した場所が肝臓であるがん)の90%以上は肝細胞がんですが、それに次いで、肝臓の中に発生する胆管がん(肝内胆管がん)が5~10%を占めています。肝内胆管がんは、肝臓内で作られた胆汁を輸送する肝臓内の胆管を構成する細胞から発生すると考えられています。肝細胞がんよりもさらに悪性度が高く、化学療法や放射線療法に対して抵抗性を持ち、肝細胞がんに対して行われる血管塞栓療法も効果がありません。そのため、外科的切除が唯一の治療方法となっています。しかも、早期発見が困難なため、外科的に治癒切除できて長期生存する症例は限られています。

肝内胆管がん発生のリスク因子として、肝臓内の胆石や慢性胆管炎が挙げられています。また、東南アジアの一部地域では、寄生虫感染による慢性胆管炎からの肝内胆管がんが多発しています。しかし、最近、日本や台湾における疫学研究では、B型肝炎、C型肝炎、アルコール性肝炎といった慢性肝炎や慢性肝炎を経て発症する肝硬変も肝内胆管がん発生の重大なリスク要因であることが示されています。肝内胆管がんでは、胆管細胞成分と肝細胞成分が複雑に混じっていたり、肝臓の別の部位に肝細胞がんが発生したりするなど、多様な形で分化したがん細胞が見られます。その組織学的な多様性から、最近では、肝細胞や胆管細胞の両方に分化できる肝臓の幹細胞からのがん化の可能性も提案されています。

近年のDNA解読技術の飛躍的な進歩に伴い、次世代シーケンサーとスーパーコンピュータを用いて、さまざまなタイプのがんや病気のゲノム変異を包括的に解析することが可能になってきました。がんは、ゲノム変異が蓄積することで発生し進行する“ゲノムの病気”であり、世界中でがんの網羅的ゲノム解析やその情報に基づく薬の開発、個別化医療に関わる研究が精力的に行われています。2008年、がんのゲノム変異の全貌解明とカタログ化を目指し、「国際がんゲノムコンソーシアム(ICGC)」が発足し、共同研究グループは、主に肝炎ウイルス関連の肝臓がんの全ゲノムシーケンス解析を担当し、研究を進めています。

注1) 国立がん研究センターがん対策情報センター「日本のがん最新統計まとめ2012」より
注2) 「WHO IARC Estimated cancer incident, mortality and prevalence worldwide 2012」より

研究手法と成果

共同研究グループは、B型肝炎やC型肝炎患者を含む、30症例の肝内胆管がんの組織と血液からDNAを抽出し、それらの全ゲノム情報を最新の次世代シーケンサーとスーパーコンピュータを駆使して解読し、肝内胆管がんに起きているゲノム変異をすべて同定しました。解析した塩基配列情報(シーケンス量)は全部で約7テラ塩基(1テラ=1兆)に上ります。次に、同様に全ゲノムシーケンス解析で同定した60例の肝細胞がんのゲノム変異との比較を行いました。その結果、肝内胆管がんの全ゲノム上で1つの腫瘍につき平均約4,300カ所の変異が発見されました。それら変異の塩基置換パターンによって、肝内胆管がんは慢性肝炎のある腫瘍とない腫瘍の大きく2つに分類され、慢性肝炎のある肝内胆管がんの塩基置換パターンは、肝細胞がんと類似していました(図1)。

さらに、B型肝炎ウイルスのゲノム配列が複数の肝内胆管がんのゲノム中に挿入されていることも発見しました。これらの発見は、B型肝炎やC型肝炎といった慢性肝炎や慢性肝炎を経て発症する肝硬変がゲノム異常を引き起こし、肝内胆管がんの発生に強く関与することを示しています。

変異遺伝子についても、肝細胞がんで特異的に変異が入る遺伝子(TERT遺伝子プロモーター、ARID2遺伝子)の変異が肝内胆管がんでも多く見つかり、これらの変異は、別の68例の肝内胆管がんのゲノムにおいても存在することを確認しました。一方で、肝臓外の胆管に発生する通常の胆管がん(肝外胆管がん)で特異的なKRAS遺伝子やIDH遺伝子の変異も肝内胆管がんで発見され、それらの変異がある肝内胆管がんは、変異のない肝内胆管がんより悪性度が高く、生存率が低いことが分かりました(図2)。以上の解析結果から、肝内胆管がんは、肝細胞がんと肝外胆管がんの中間的な位置づけとなるがんであり、慢性肝炎罹患を背景として発生する肝内胆管がんは、より肝細胞がんに近い腫瘍であると考えられました。

今後の期待

今回の肝内胆管がんの全ゲノムシーケンス解析によって、肝細胞がんに類似するものと肝外胆管がんに類似するものに分類できることが分かりました。これらゲノム情報を通して、肝内胆管がんを含む肝臓がんや胆管がんの詳細な分子生物学的な分類が進展し、その分類に応じて治療方針を決定する個別化医療が進むと期待できます。また、今回のゲノム解析により、肝内胆管がんの悪性度に関わる遺伝子変異が複数同定されており、この成果は、早期診断法や効果的な治療法がない肝内胆管がんに対して、これらを標的とした新規の治療法や診断法の開発に貢献すると期待できます。

原論文情報

  • Akihiro Fujimoto, Mayuko Furuta, Yuichi Shiraishi, Kunihito Gotoh, Yoshi-iku Kawakami, Koji Arihiro, Toru Nakamura, Masaki Ueno, Shun-ichi Ariizumi, Ha Hai Nguyen, Daichi Shigemizu, Tetsuo Abe, Keith A Boroevich, Kaoru Nakano, Aya Sasaki, Rina Kitada, Kazihiro Maejima, Yujiro Yamamoto, Hiroko Tanaka, Tetsuo Shibuya, Tatsuhiro Shibata, Hidenori Ojima, Kazuaki Shimada, Shinya Hayami, Yoshinobu Shigekawa, Hiroshi Aikata, Hideki Ohdan, Shigeru Marubashi, Terumasa Yamada, Michiaki Kubo, Satoshi Hirano, Osamu Ishikawa, Masakazu Yamamoto, Hiroki Yamaue, Kazuaki Chayama, Satoru Miyano, Tatsuhiko Tsunoda, and Hidewaki Nakagawa, "Whole-genome mutational landscape of liver cancers displaying biliary phenotype reveals hepatitis impact and molecular diversity", Nature Communications, doi: 10.1038/ncomms7120

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター ゲノムシーケンス解析研究チーム
チームリーダー 中川 英刀 (なかがわ ひでわき)
副チームリーダー 藤本 明洋 (ふじもと あきひろ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. 全ゲノム情報
    全ゲノムシーケンス解析は、次世代シーケンサーとスーパ-コンピュータを使って、個人(約30億塩基)やがんの全ゲノム情報を解析し、それぞれの配列の違いや変化を同定するもの。全ゲノムシーケンス解析の場合、タンパク質をコードする1~2%の範囲のエクソンだけでなく、遺伝子の発現を制御するゲノム領域の変異やさまざまな構造異常(大きなゲノム配列異常)も検出可能で、究極のゲノム解析手法といえる。
  2. 国際がんゲノムコンソーシアム(ICGC)
    ICGCはInternational Cancer Genome Consortiumの略。がんのゲノム変異の包括的なカタログを作成するという目的を達成するため、2008年に発足した国際連携研究組織。ICGCの各メンバーは、データ収集・解析に関するICGCの共通基準のもと、1種類のがんについて500症例を解析し、ICGCのデータベースに登録し世界中に公開する。2014年時点で、ヨーロッパ、南北アメリカ、アジア、オーストラリアの16カ国およびEUの機関や組織が参画し、全体で500億円以上の資金供与の約束がなされ、74個のがんについての大規模ゲノム研究プロジェクトが進められている。これまで、12,232例ものがんのゲノム情報がICGCのポータルサイトで公開され、世界中のがん研究に活用されている。日本からは、理化学研究所と国立がん研究センターが中心となって参画している。
    ICGC ホームページ
  3. 肝細胞がん
    肝臓のがんは、肝臓にできた原発性と、別の臓器から転移した転移性に大別される。原発性肝臓がんには、肝臓の細胞ががん化した「肝細胞がん」と、肝臓細胞が産出した胆汁を十二指腸に流す胆管の細胞ががん化したと考えられる「肝内胆管がん」に分かれる。B型肝炎、C型肝炎、アルコール性肝炎、脂肪性肝炎といった肝臓細胞の慢性炎症や、それが進行した肝硬変が肝細胞がんの発生の重大な因子であり、ほとんどすべての肝細胞がんには、なんらかのウイルス感染や慢性肝炎の背景がある。
  4. 次世代シーケンサー
    ヒトゲノムの全配列約30億塩基対を1,000ドル以下のコストで解読すべく、欧米の政府や企業が技術開発を行った結果、より高速高精度の性能を持つシーケンサーが開発された。従来の方法に比べ、超大量のDNAシーケンス反応を並列して行うことができる。現在、6日間で約1兆個(ヒトゲノム10人分)の塩基配列を解読できる。
  5. 変異の塩基置換パターン
    ゲノム変異は、Cから Tへの置換といったようにA、T、C、Gの4つの塩基間での置換反応であり、6種類のパターンに分かれる。腫瘍の塩基置換パターンは、それぞれの塩基置換がどれくらいの割合で含まれているのかを調べて、統計解析し、パターンが近い腫瘍や腫瘍特異的な置換パターンの同定を行う。個々のがん発生要因や発がん物質の暴露が、ある特定の塩基置換パターンを規定するものと考えられている。

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塩基置換パターンに基づく、肝内胆管がんと肝細胞がんのゲノム全体でみた変異パターンの類似状況の図

図1 塩基置換パターンに基づく、肝内胆管がんと肝細胞がんのゲノム全体でみた変異パターンの類似状況

30例の肝内胆管がんと60例の肝細胞がんについて、全ゲノム上での変異の塩基置換パターンの類似度について解析を行った。慢性肝炎ある肝内胆管がん(黒点)のパターンは、肝細胞がん(灰点)のパターンと類似している(点線枠)。一方で、慢性肝炎のない肝内胆管がんの塩基置換パターンは、他と異なる(青点)。

IDH遺伝子の変異の有無と肝内胆管がんの生存率の図

図2 IDH遺伝子の変異の有無と肝内胆管がんの生存率

IDH1またはIDH2に変異のある肝内胆管がんは、悪性度が高く、生存率が低い(赤線)。

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