広報活動

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2015年2月18日

理化学研究所

XFELを利用した計測の時間分解能を大幅に向上

-SACLAの性能を最大限に利用したポンプ・プローブ計測を実現-

要旨

理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センタービームライン開発チームの佐藤尭洋客員研究員(東京大学大学院理学系研究科助教)、矢橋牧名チームリーダーらの共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free Electron Laser)を利用した計測の時間分解能[1]を大幅に向上させる技術を開発し、 XFEL施設「SACLA[2]」での実証実験に成功しました。

XFELは、フェムト秒(10-15秒)レベルの極めて短い発光時間で計測できる能力を持つパルス型の超高輝度X線光源です。X線固有の高い空間分解能[3]を活用することにより、物質内部の構造変化や化学反応といった超高速現象を、原子や電子レベルで解明できると期待されています。このような超高速現象の観測のために、ポンプ光とプローブ光の2種類のパルス光を利用して、ポンプ光の照射によって誘起される物質内の高速現象をプローブ光で観察する「ポンプ・プローブ計測法」が広く用いられています。SACLAの場合、ポンプ光として赤外から紫外領域のフェムト秒レーザー(光学レーザー)光を、プローブ光としてXFEL光を利用します。この手法では、ポンプ光とプローブ光の時間間隔(照射のタイミング)を少しずつ変化させながら計測を繰り返すことにより、物質内の高速現象を高精度で追跡できます。ポンプ・プローブ計測法の時間分解能は、原理的にはポンプ光とプローブ光のパルス幅で決まりますが、実際には、両者のタイミングをフェムト秒レベルで精密に制御することは技術的に難しく、タイミングの揺らぎが時間分解能を大幅に劣化させていました。

そこで、共同研究グループは、XFEL光を一次元に(一方向のみに)集光できる「高精度X線集光楕円ミラー[4]」と「空間デコーディング法[5]」を組み合わせ、XFELと光学レーザーのタイミングを高精度で計測する新しい手法を開発しました。この手法によって、SACLAとフェムト秒レーザーが持つフェムト秒の短いパルス幅を最大限に活用した計測が可能となります。

本研究は、応用物理学会の科学雑誌『Applied Physics Express』(2015年1月号)オンライン版(12月15日付け)に掲載されました。

※共同研究グループ

理化学研究所 放射光科学総合研究センター(RSC) XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ ビームライン開発チーム
客員研究員 佐藤 尭洋(さとう たかひろ)(東京大学大学院理学系研究科助教)
チームリーダー 矢橋 牧名(やばし まきな)
元特別研究員 小川 奏 (おがわ かなで)(現日本原子力研究開発機構)

高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室
研究員 富樫 格*(とがし ただし)
研究副主幹 登野 健介*(との けんすけ)
研究員 犬伏 雄一*(いぬぶし ゆういち)
研究員 片山 哲夫*(かたやま てつお)
*理研RSCビームライン開発チーム 客員研究員

背景

XFEL光と光学レーザー光の2種類のパルス光を組み合わせた「ポンプ・プローブ計測法」は、XFEL光の特徴である数フェムト秒という非常に短いパルス時間幅を活用した計測法です。この手法は、「物質に反応を誘起する光(ポンプ光)」と「反応を観測するための光(プローブ光)」の時間間隔 (照射のタイミング) を少しずつ変化させながら計測を繰り返すことにより、 物質内の高速現象を精度よく追跡する計測手法です(図1(a))。SACLAの場合、ポンプ光として赤外から紫外領域のフェムト秒レーザー光(光学レーザー光)を、プローブ光としてXFEL光を利用します。これまでも米国のXFEL施設「LCLS[6]」やSACLAにおいて、ポンプ・プローブ計測法を使用した実験報告がされてきました。

この手法における時間分解能は、「プローブ光の時間幅」と、「両パルス光が物質に照射されるタイミングの精度」によって決定されます(図1(b))。例えば、SACLAから発生するXFEL光の時間幅は数フェムト秒程度であり、原理的には、光学レーザー光で誘起した物質内の高速現象を、数フェムト秒の精度で動画撮影できます。SACLAがXFEL光を発生するタイミングは、極めて安定で高精度な高周波信号によって制御されています。同様に、光学レーザー光の発生タイミングもこの高周波信号に同期させています。しかし、両パルス光のタイミングをフェムト秒の精度で制御することは、現在の技術では極めて困難であり、光学レーザー光とXFEL光が試料に到達するタイミングは、ショットごとに300フェムト秒(半値全幅[7])程度の揺らぎがあることが分かっていました。さらに、1日単位の実験では、温度変化などによって、建物や実験装置をはじめとした構造物や信号回路がわずかに伸縮します。その結果、加速器や光学レーザー光を制御する高周波信号の伝達や光路長(光が伝播するする長さ)に変化が生じ、両パルス光が試料に到達するタイミングに変動が生じてしまいます。この変動によって、ポンプ・プローブ計測法における時間分解能が大幅に劣化してしまうことが知られていました。

諸外国のXFEL施設においても、時間分解能の劣化は最も重要な課題の1つとして、その解決が試みられてきました。その方法の1つに「ポストプロセス解析[8]」があります(図1(c))。これは、ポンプ・プローブ計測法と並行してXFELのショットごとにXFELパルスと光学レーザーパルスが試料に到達する時間差を計測し、解析時にショットごとの揺らぎを補正する方法です。これまで、XFEL光によって発生した光電子を高強度光学レーザー光で発生させた電場で変調する手法や、高強度XFEL光で物質を励起し、物質の光学レーザー光に対する反射率や吸収率の変化を観測して、両者のタイミングを計測する方法などが提案されてきました。しかし、これらの方法を用いてタイミングを精度良く計測するためには、非常に強い光学レーザー光やX線が必要でした。

研究手法と成果

共同研究グループは、XFEL光と光学レーザー光の入射タイミングを計測するため、「高精度X線集光楕円ミラー」と「空間デコーディング法」を組み合わせた手法を開発しました。高精度X線集光楕円ミラーは、わが国独自の技術で作成されたもので、X線を一次元に(一方向のみに)集光することによりXFEL光を高強度化できます。空間デコーディング法は、XFEL光が試料に到着するタイミングを空間情報に変換する手法です。この2つを組み合わせることによって、物質の光学レーザー光に対する吸収率が、XFEL光の入射時に変化する現象を効率的に誘起し、両者の入射タイミングを計測します(図2(a))。

実験では、物質(計測試料)としてガリウム砒素(GaAs)を用いました。光学レーザー光(波長850ナノメートル)に対して強い吸収を持つGaAsが、XFEL光が入射したときに光学レーザー光に対する吸収率が変化することを利用しました。GaAsへのXFEL光照射が存在しないときには、光学レーザー光はGaAsに吸収されてしまい、検出器(モニター)には到達しません(図2(b))。一方、XFEL光が入射したときには、光学レーザー光に対するGaAsの吸収率が変化するため、光学レーザー光はGaAsを透過し検出器に到達します(図2(c))。図2(c)において、透過した光学レーザー光の右側の端(図2(c), (d)内の赤枠)が「試料上でXFEL光と光学レーザー光のタイミングが一致した場所」に相当します。

図3(a)に示すように、GaAsを透過した光学レーザー光の右端はショットごとに異なっており、右側にシフトするほど、XFEL光が検出器に到達したタイミングが早いことを表しています。この方法によって、SACLAのXFEL光と光学レーザーのタイミングの揺らぎを計測したところ、半値全幅が約260フェムト秒であることが明らかになりました(図3(a),(b))。

これまで、X線を集光しない場合にはSACLAのXFEL光の出力を全て利用しても、精度良くタイミングを計測することは困難でした。しかし、一次元に集光することによって、SACLAが発生したXFEL光の一部を取り出した10 マイクロジュール程度のパルスエネルギーでタイミングを計測することが可能になりました。

今後の期待

SACLAが発生するXFEL光のタイミングを高精度に計測することによって、ポンプ・プローブ計測の分解能がSACLAや光学レーザーのパルス幅である数フェムト秒に向上すると期待できます。今回、計測に使用したXFELのパルスエネルギーである10マイクロジュールは、SACLAの発生するXFEL出力(300マイクロジュール、 12キロエレクトロンボルト)の約3%という少ないエネルギーで実現していることも特徴です。

現在、共同研究グループでは、この高効率性を利用して、透過型回折格子[9]によって分割したXFEL光を用いて、常にXFEL光の到達タイミングをモニターするビーム診断システムの開発を進めています。計測した到達タイミングは、XFEL光の1ショットごとにデータベースに保存され、研究者に提供される予定です。このシステムで計測された到達タイミングをもとに、ポストプロセス解析を行うことによって、SACLAが有する数フェムト秒の時間分解能を最大限に活用した「超高速現象の解明」が可能になります。

原論文情報

  • Takahiro Sato, Tadashi Togashi, Kanade Ogawa, Tetsuo Katayama, Yuichi Inubushi, Kensuke Tono, and Makina Yabashi, "Highly efficient arrival timing diagnostics for femtosecond X-ray and optical laser pulses", Applied Physics Express, doi: 10.7567/APEX.8.012702

発表者

理化学研究所
放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ ビームライン開発チーム
チームリーダー 矢橋 牧名 (やばし まきな)
客員研究員 佐藤 尭洋 (さとう たかひろ) (東京大学大学院理学系研究科助教)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. 時間分解能
    観測対象となる現象に対して正確な時間精度と時間幅で計測する能力。カメラのフラッシュやシャッターの開口時間に相当する。時間分解能が高いほど、短い時間の現象を正確に観測できる。時間分解能が低い場合には、長時間露光写真のように、得られるデータは長い時間幅の情報を含んでしまう。ポンプ・プローブ計測の場合にはプローブ光の持つ時間幅とプローブ光の照射されるタイミングの精度で定義される。
  2. SACLA
    理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つで、2006年度から5年間の計画で建設・整備された。2011年3月に完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用を開始した。諸外国と比べて数分の1というコンパクトな施設の規模にも関わらず、0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。
  3. 空間分解能
    位置的に接近した2点を区別して認識できる能力。空間分解能が高いほど、物体をより精細に観測することができる。原理的には観測に使用する光の波長によって分解能は制限され、波長が短いほど空間分解能は向上する。波長1 Å以下を発生できるSACLAでは原子スケールの物体を観測できる。
  4. 高精度X線集光楕円ミラー
    EEM(Elastic Emission Machining)法と呼ばれる超精密加工技術で作製されている。導入されているミラーの形状は設計形状から原子の大きさで20個ほどの誤差しかなく、ほぼ理論通りに損失なくX線レーザーを反射できる。
  5. 空間デコーディング法
    図2(b)~(d)に示したように、一次元に集光されたXFEL光が、試料に斜めに入射しているのに対して、光学レーザー光は試料に垂直に入射しているため、XFEL光と光学レーザー光が試料上において交差するタイミングが場所によって少しずつ異なる。その結果、両者が試料に照射されるタイミング(時間情報)は、試料上の位置(空間情報)に変換される。今回の計測の場合には、XFEL光によって誘起された光学レーザー光に対する試料透過率の時間変化が、試料上の位置の関数に変換されて、二次元検出器に記録される。
  6. LCLS
    LCLSはLinac Coherent Light Sourceの略。米国スタンフォード線形加速器センター(現在のSLAC国立加速器研究所)で建設された世界で初めてのXFEL施設。2009年12月から利用運転が開始された。
  7. 半値全幅
    山状の分布を持つ関数において、その分布における広がりの程度を表す指標。山状の関数の最大値に対して、相対的に半分の値を示す点に挟まれた領域の幅であり、統計的な計測の場合には、その分布のばらつきを示す。
  8. ポストプロセス解析
    ポンプ・プローブ計測法と並行して、XFEL光と光学レーザー光におけるショットごとの入射タイミングの精密計測を行い、ポンプ・プローブ計測で得られた実験データを、タイミング計測によって計測されたXFEL光の入射タイミング順に並べ替えて解析を行い、実効的な時間分解能を向上する手法。
  9. 透過型回折格子
    周期的な凹凸構造を持った光学素子。X線を照射すると透過する光に加えて、散乱波が互いに干渉し合い、特定の方向にだけ強い回折波(回折光)が進行する。現在、研究グループでは、この回折格子によって生成した分割ビーム用いたXFEL光のスペクトル、タイミングの診断装置を開発中。

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ポンプ・プローブ計測法の図

図1 ポンプ・プローブ計測法

(a) XFEL光と光学レーザー光によるポンプ・プローブ計測法の概念図。

(b) ポンプ・プローブ計測法による時間分解能。光学レーザー光とXFEL光が試料に到達するタイミングの揺らぎが大きい場合、時間分解能が劣化する。その結果、測定データは「どのタイミングでプローブ光によって撮影されたか」が、揺らぎ以下の精度では判別できない。

(c) ポストプロセス解析の概念図。検出器(タイミングモニター)によってXFELパルスと光学レーザーパルスが試料に到達する時間差を計測し、ショットごとの揺らぎを補正する。これにより、測定データをXFEL光の照射順に並べ替えることが可能となり、時間分解能が向上する。

考案した手法によるXFEL光と光学レーザー光の入射タイミング計測図

図2 考案した手法によるXFEL光と光学レーザー光の入射タイミング計測

(a) 高精度X線集光楕円ミラーと空間デコーディング法によるタイミング計測システム。

(b) GaAsへのXFEL光照射が存在しないときには、光学レーザー光はGaAsに吸収されてしまい、検出器に到達しない。

(c)・(d) XFEL光が光学レーザー光より先計測試料上に照射された位置から、光学レーザーは透過する。

考案した手法で計測したXFEL光と光学レーザー光の照射タイミングの図

図3 考案した手法で計測したXFEL光と光学レーザー光の照射タイミング

(a) 光学レーザー光に対するXFEL光の照射タイミングを1,000ショット分計測したデータ。赤枠内をみるとショット毎に数百フェムト秒程度のばらつきがあることが分かる。

(b) (a)において計測したXFEL光の照射タイミングの分布。照射タイミングには半値全幅で約260フェムト秒程度の揺らぎの分布が存在することが明らかになった。

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