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2015年2月23日

理化学研究所

微小で薄いタンパク質結晶の電子線構造解析

-これまで利用できなかった結晶から電荷を可視化-

要旨

理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センター米倉生体機構研究室の米倉功治准主任研究員、東京大学分子細胞生物学研究所の豊島近教授(理研客員研究員)らの共同研究グループは、微小で薄いタンパク質の三次元結晶から電子線による結晶構造解析[1]を実現する新技術を開発しました。この技術を、膜タンパク質などの薄い結晶に適用して、アミノ酸やイオンの荷電状態の可視化に成功しました。

タンパク質の機能を明らかにするためには、立体構造を決める原子配置を解明することが非常に重要です。現在は、タンパク質の結晶を作成し、「SPring-8[2]」などの放射光施設でX線回折測定を行うことが、構造決定の一般的な手順になっています。しかし、構造が複雑な膜タンパク質や生体超分子複合体の結晶作成は難しいことが多く、微小な結晶やごく薄い三次元結晶しか得られないこともしばしばあります。これらの結晶は、X線回折測定には小さく薄すぎて、使用できませんでした。一方、電子線は、X線に比べて10万倍も強く試料に散乱されます。そのため、結晶性が良ければ、微小で薄い結晶からでも、高い空間分解能[3]で回折点を観測できることがあります。

共同研究グループは、微小で薄い三次元の結晶から構造決定を行う電子線結晶構造解析の技術を開発し、X線が利用できなかった膜タンパク質などの薄い結晶の構造解析に成功しました。電子線は負の電荷を持つため、同じ原子でも、電荷を持ったものと中性のもので、散乱のされ方は大きく異なります。電子線結晶構造解析では、この電荷分布の情報を含む分子の三次元静電ポテンシャルマップ[4]が得られます。タンパク質などの生体分子が機能を発揮する上で、アミノ酸や金属イオンの電荷状態は大きな影響を及ぼすため、荷電情報は非常に重要ですが、X線回折からは取得することができません。本研究により、負電荷を持つ酸性アミノ酸の側鎖ではその密度が減少すること、膜貫通部位にある酸性アミノ酸にプロトン(水素イオン)が付加していること、さらに酵素活性部位の荷電状態などを明らかにできました。

開発した技術を、荷電状態の可視化の汎用的な手法として確立できれば、生体分子のより詳細な作動メカニズムの解明につながり、生命科学の発展、新たな治療法や薬の開発、工学への応用などへの寄与が期待できます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)先端計測分析技術・機器開発プログラム、日本学術振興会 科研費挑戦的萌芽研究、科学研究費補助金 特別推進研究などの支援を受けて実施され、成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)』オンライン版(2月17日付)に掲載されました。

※共同研究グループ

理化学研究所 放射光科学総合研究センター(RSC) 利用技術開拓研究部門 米倉生体機構研究室
准主任研究員 米倉 功治(よねくら こうじ)

東京大学 分子細胞生物学研究所
教授 豊島 近(とよしま ちかし)
(理研RSC利用技術開拓研究部門 城生体金属科学研究室 客員研究員)
研究員 小笠原 光雄(おがさわら みつお)

(株)日立ハイテクフィールディング
センター員 加藤 一幸(かとう かずゆき)

(株)日立ハイテクノロジーズ
技術アドバイザー 富田 正弘(とみた まさひろ)

背景

X線結晶構造解析がタンパク質の構造研究に果たしてきた役割は大きく、これまで多くのノーベル賞の受賞につながってきました。X線結晶構造解析では、まずタンパク質の結晶を作成します。そこにX線を照射すると、結晶内のタンパク質分子を構成する原子周囲の電子に散乱され、回折パターンが得られます。その強度情報から計算した電子密度マップに基づいて、原子配置(タンパク質の立体構造)のモデルを構築します。この手法では、X線回折が測定できる数μm~100μm程度(1μmは千分の1mm)の大きさの良質な結晶が必要です。しかし、重要な生命機能を担う膜タンパク質や生体超分子複合体は結晶作成が難しいことが多く、微小な結晶やごく薄い三次元結晶しか得られないこともあります。これらの結晶は、X線回折には小さく薄すぎて利用できません。一方、電子線はX線に比べて10万倍も強く試料に散乱されるため、大きさ1μm程度、厚さ数十nm(1nmは百万分の1mm)以下の微小で薄い結晶からでも、結晶性さえ良ければ原子配置を決定する目安となる3.5Å(オングストローム:1Åは千万分の1mm)分解能を超えて回折点を観測できることがあります。しかし、これまで膜タンパク質の薄い三次元結晶を対象とした電子線結晶構造解析の成功例はありませんでした。

X線は波長のごく短い光で電気的に中性であるのに対して、電子線は負の電荷を持つため、同じ原子でも、電荷を持ったものと中性のもので散乱のされ方が大きく異なります。このため、電子線回折では試料の荷電状態を反映する情報「静電ポテンシャルマップ」が得られます。従って、電子線では、X線では得ることができない、物質の荷電状態に関する情報を得ることができます。アミノ酸や金属イオンの電荷状態は、タンパク質などの生体分子が機能を発揮する上で大きな影響を与えるため、電子線結晶構造解析から得られる情報は、非常に有益なものになると期待されていました。

研究手法と成果

共同研究グループは、(株)日立ハイテクノロジーズ社の電子顕微鏡をベースに、電子線回折測定用に新しい電子回折計を開発しました(図1a)。このシステムは、回転角度を高精度に制御できる試料台を備え、X線結晶回折の強度測定で採られている手法と同様に、結晶を回転させながら電子線回折パターンを記録し、回折点の正確な強度情報を取得できます。また、電子分光装置[5]を搭載しているため、試料の荷電情報を正確に反映する弾性散乱[6]された電子を選択して結像に用いることができます。同時に、電子線回折パターンを処理するために最適なソフトウエアも開発しました(図1b)。

開発したシステムを、ウサギ筋小胞体Ca2+-ATPaseと牛肝臓カタラーゼのごく薄い三次元結晶の構造解析に適用しました。その結果、これらのタンパク質の静電ポテンシャルマップを取得し、機能部位にあるアミノ酸や金属イオンの荷電情報の可視化に成功しました(図23)。

筋小胞体Ca2+-ATPaseは筋小胞体にある膜タンパク質で、筋収縮の際に放出されるカルシウムイオン(Ca2+)を筋小胞体に回収します。Ca2+-ATPaseの膜内部位にあるCa2+結合部位は、主に、pH(酸性・アルカリ性の程度)が中性で正の電荷を持つプロトン(水素イオン)を失い、負の電荷を持つアスパラギン酸とグルタミン酸の2つの酸性アミノ酸で構成されていることが知られています。

理論計算から、電子線回折の静電ポテンシャルマップでは、負電荷を持つ原子の密度は低くなります。実際、8Å~3.4Å分解能のデータから計算したマップでは、2つのCa2+に挟まれた800番目のアスパラギン酸の側鎖の密度を表す部分が欠失しており(図2a)、このアミノ酸側鎖が負電荷を持っていることを実験的に明らかにできました。電荷の影響は低い分解能領域でより顕著になります。低い分解能領域を除いた5Å~3.4Å分解能のデータから計算したマップでは、この負電荷を持つアスパラギン酸側鎖の密度を表す部分が現れ、このことも理論計算の結果と一致しました(図2b)。

一方、908番目のグルタミン酸の側鎖には、プロトンが結合していることが分かりました(図2aの緑の密度)。このプロトンにより、近傍の771番目のグルタミン酸との水素結合が形成され、Ca2+結合部位の安定化に寄与することが示されました。

さらに、水溶性の超分子複合体であり、有害な過酸化水素を分解する酵素であるカタラーゼについて、8Å~3.2Å分解能の電子線回折から計算した静電ポテンシャルマップから、その活性部位にあるヘム(鉄ポルフィリン錯体)の鉄の電荷状態に関する情報を得ることができました(図3)。

ここに示した特定のアミノ酸だけでなく、すべてのアミノ酸の静電ポテンシャルマップを統計的に処理したところ、8Åまでの低分解能の情報を含んだ場合、アスパラギン酸とグルタミン酸の側鎖の密度が減少するという明瞭な傾向が明らかになりました。以上から、開発したシステムが、アミノ酸やイオンの荷電状態を解析する汎用性の高いツールになることを示すことができました。

今後の期待

タンパク質のX線結晶構造解析技術は、50年以上を経て大きな進歩を遂げました。しかし、生体超分子複合体や微量しか調整できない膜タンパク質などの重要な機能を持つ試料の結晶作成が、難しい状況に変わりはありません。今回開発した手法により、これまで利用できなかった微小で薄い結晶での構造決定や、荷電状態の可視化が可能となれば、その有用性は非常に大きいと考えられます。この成果を新しい基礎技術として確立することができれば、生命科学の発展や医療、創薬、工学などの分野への貢献が見込まれ、次代の構造生命科学への寄与が期待できます。

原論文情報

  • Koji Yonekura, Kazuyuki Kato, Mitsuo Ogasawara, Masahiro Tomita, Chikashi Toyoshima, "Electron crystallography of ultrathin 3D protein crystals: Atomic model with charges", Proceedings of the National Academy of Sciences, doi: 10.1073/pnas.1500724112

発表者

理化学研究所
放射光科学総合研究センター 利用技術開拓研究部門 米倉生体機構研究室
准主任研究員 米倉 功治 (よねくら こうじ)

東京大学 分子細胞生物学研究所
教授 豊島 近 (とよしま ちかし)
(理研RSC利用技術開拓研究部門城生体金属科学研究室客員研究員)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.結晶構造解析
    分子の結晶を作成しX線、電子線などを照射して、その回折パターンから立体構造を決定する手法。X線結晶構造解析は、タンパク質の立体構造情報を取得する主要な方法となっている。これまで、電子線では、タンパク質が二次元に一層並んだ二次元結晶を対象としており、三次元の結晶への応用は難しかった。
  • 2.SPring-8
    理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の大型放射光施設。SPring-8の名前は Super Photon Ring-8GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。タンパク質の結晶構造解析の分野でも、大きな成果を上げている。
  • 3.空間分解能
    分解能とは、どのくらい細かくものを“見る”ことできるかの目安。小さな値では細かく(分解能が高く)、大きな値では粗く(分解能が低く)なる。空間分解能が高いほど、物体をより精細に観測できる。原子の大きさは、1Å程度で、原子モデルの構築には、3.5Å程度の空間分解能が必要になる。
  • 4.静電ポテンシャルマップ
    分子の電位の分布。電子線回折から得られる。X線回折からは電子密度マップが得られる。
  • 5.電子分光装置
    電子と試料との相互作用するとき、エネルギーを失わない弾性散乱とエネルギーを失う非弾性散乱に分けられる。電子分光装置は、電子線のプリズムであり、電子線をそのエネルギー分布により空間的に分離することができる。スリットで弾性散乱した電子のみを結像に利用すると、非弾性散乱した電子に起因するバックグランドやノイズを除くことができ、信号対雑音比(S/N比)のよい回折パターンやコントラストの良い実像が得られる。
  • 6.弾性散乱
    エネルギーを失わない散乱。散乱後も運動エネルギーは変化せず、試料へダメージを与えない。エネルギーを失う非弾性散乱では、試料にダメージを与える。
開発した電子線回折計の模式図(a)と回折パターン処理ソフトで表示した回折パターンの一部(b)の図

図1 開発した電子線回折計の模式図(a)と回折パターン処理ソフトで表示した回折パターンの一部(b)

Ca2+-ATPaseのCa2+結合部位の静電ポテンシャルマップの図

図2 Ca2+-ATPaseのCa2+結合部位の静電ポテンシャルマップ

  • a: 8Å~3.4Å分解能の電子線回折から得られた静電ポテンシャルマップ
    800番目のアスパラギン酸(D800)側鎖に相当する密度を表す部分(図中の網目状の部分)が欠損している。また、908の番目のグルタミン酸(E908)側鎖にプロトン化を示す密度(緑)が現れている。
  • b: 5Å~3.4Å分解能の電子線回折から得られた静電ポテンシャルマップ
    D800の側鎖の密度を表す部分が現れる。
    アミノ酸の一文字略号は、D:がアスパラギン酸、Eがグルタミン酸を表す。水色の球はCa2+
カタラーゼの活性部位の静電ポテンシャルマップの図

図3 カタラーゼの活性部位の静電ポテンシャルマップ

8Å~3.2Å分解能の電子線回折から得られたマップ。活性部位の中央にあるヘムの鉄の荷電状態に関する情報(赤い密度)が得られた。
アミノ酸の一文字略号は、Y: チロシン、R: アルギニン、F: フェニルアラニン、H: ヒスチジンを表す。

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