広報活動

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2015年3月5日

理化学研究所

セシウムと結合し植物への取り込みを抑制する化合物を発見

-農作物への放射性セシウム移行を低減する技術の開発へ道-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター機能調節研究ユニットのアダムス英里特別研究員、申怜(シン・リョン)ユニットリーダーらの共同研究グループは、植物の高濃度セシウムに対する耐性を高める化合物「CsTolen A(シストレンエー)[1]」を発見し、この化合物がセシウムに選択的に結合し、植物のセシウム取り込みを抑制することを明らかにしました。

2011年3月に起きた東京電力福島第一原子力発電所の事故では、大量の放射性物質が拡散し、とくに放射性セシウム「セシウム137」によって水田や畑など農地を含む広範囲の土壌が汚染され、農作物への影響が深刻な問題になりました。セシウム137が土壌汚染で問題視されるのは、半減期(自然崩壊して半分に減るまでの時間)が30年と長いこと、土に含まれる粘土や有機物と強く結び付くことなどからです。現在でも、汚染が激しかった地域では農産物を生産できません。除染対策や農作物の安全確保に向けて、植物がセシウムを取り込む仕組みの解明が求められています。

これまでの研究で高濃度のセシウムが植物の生長を阻害することや、化学的性質が似ているカリウムの取り込み経路がセシウムの取り込みにも関わることなどが分かっていました。しかし、実際の取り込み経路や応答の仕組みといった詳細はよく分かっていません。そこで、共同研究グループは、植物のセシウム耐性を増大させる化合物を選び出し、その仕組みを解明しようとしました。

共同研究グループは、約1万種のケミカルライブラリーをスクリーニングし、セシウムに対する耐性を高める化合物として5種を選びました。それぞれの化合物で処理した植物に含まれるセシウム濃度を分析した結果、CsTolen Aに植物体内のセシウム蓄積量を著しく低下させる効果があることが分かりました。土壌での実験でも、CsTolen Aが植物のセシウム取り込みを抑制することを確認しました。今後、放射性セシウムの農作物への移行を低減する技術開発に活用されることが期待されます。

本研究は、農林水産省委託事業「農地・森林等の放射性物質の除去・低減技術の開発」の支援により実施されました。成果は、英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』(3月5日付け:日本時間3月5日午後7時)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所  環境資源科学研究センター 機能調節研究ユニット
特別研究員 アダムス英里(あだむす えり)
ユニットリーダー 申 怜(シン・リョン)

南デンマーク大学
研究員 Vitaly Chaban(ヴィタリー・チャバン)
准教授 Himanshu Khandelia (ヒマンシュ・カンデリア)

背景

2011年の東北地方太平洋沖地震とそれに伴う津波が引き起こした東京電力福島第一原子力発電所の事故により、周辺地域に大量の放射性物質が拡散し、農地を含む広範囲の土壌が汚染されました。とくに放射性セシウム「セシウム137」による農作物への影響は深刻です。現在でも、汚染が激しかった地域では農産物を生産できません。セシウム137が土壌汚染で問題視されるのは、半減期(自然崩壊して半分に減るまでの時間)が30年と長いこと、土に含まれる粘土や有機物と強く結び付くことなどからです。このため、除染技術の確立や、農作物の安全を確保するために、植物がセシウムを取り込む仕組みの解明が急務となっています。

これまでの研究で高濃度のセシウムが植物の生長を阻害することや、化学的性質の類似した必須栄養素であるカリウムの取り込み経路がセシウムの取り込みにも関与することなどが知られています。しかし、セシウムは植物にとって必須栄養素ではなく、自然界の地殻中に存在する量も少量です。そのため、植物のセシウム取り込み経路や応答の仕組みの詳細は分かっていません。

本研究では、植物におけるセシウム耐性に寄与する小分子化合物を選び出し、その仕組みの解明を目指しました。

研究手法と成果

共同研究グループは、セシウムに対する植物の耐性を高める小分子化合物を見つけるため、1万種から成るケミカルライブラリーをスクリーニングし、5種を選抜しました(図1)。

このうちの1つ、「CsTolen A」に植物体内のセシウム蓄積量を顕著に低下させる効果がありました。CsTolen Aの類似化合物を用いた作用部位の模索実験や量子力学的理論モデリング[2]の手法などを用い、セシウム蓄積量を低下させる仕組みを調べた結果、CsTolen Aがセシウムに選択的に結合することにより、植物がセシウムを取り込みにくくしていることが分かりました(図2)。また、CsTolen Aとセシウムの結合にはCsTolen Aのイミダゾール環上の窒素原子(図2)が、植物によるセシウムの取り込みの抑制にはCsTolen Aの特異的構造が寄与していることが明らかになりました。

さらに、土壌における生育実験でもCsTolen Aは植物のセシウム取り込みを抑制し、セシウムによる生長阻害を回避することが確認されました(図3)。

今後の期待

本研究により、CsTolen Aに土壌における植物のセシウム取り込み抑制効果があることが確認されました。今後、農作物の安全を確保する上で、植物におけるセシウム取り込みのメカニズム解明、ひいては福島の当該地域における営農再開に向けた一助となることが期待されます。

原論文情報

  • Eri Adams, Vitaly Chaban, Himanshu Khandelia & Ryoung Shin, "Selective chemical binding enhances cesium tolerance in plants through inhibition of cesium uptake", Scientific Reports, doi: 10.1038/srep08842

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 機能調節研究ユニット
特別研究員 アダムス 英里 (あだむす えり)
ユニットリーダー 申 怜 (シン・リョン)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. CsTolen A
    ケミカルスクリ-ニングにより単離された植物のセシウムに対する耐性を強める化合物(Cs tolerance enhancer A)。
  2. 量子力学的理論モデリング
    量子力学の理論を活用し、コンピュータシュミレーションによってモデルを構築する方法。量子力学は現代物理学の基礎となる理論で、コンピュータや携帯電話など実生活に密着した技術にも応用されている。

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選抜した5種類の化合物のセシウム耐性への寄与の図

図1 選抜した5種類の化合物のセシウム耐性への寄与

スクリーニングで選抜したCsTolen A~Eの5種類で処理したシロイヌナズナを、セシウムを0.3 mMまたは0.4 mM含む培地で生育した結果を示す。

0.3 mMセシウム培地では5種全てにおいて、セシウムを取り込んだことによって起きる葉の白化現象が緩和されていることが分かる。

特にCsTolen Aは、よりセシウム濃度の濃い0.4 mM培地においても葉が白くなる現象を抑え、根の生長阻害も抑制している。

セシウムとCsTolen Aの結合状態の概念図と、アルカリ金属とCsTolen Aの相対的親和性のグラフ

図2 セシウムとCsTolen Aの結合状態の概念図と、アルカリ金属とCsTolen Aの相対的親和

左:量子力学的理論モデリングによる水存在下における(あるいは水和状態における)セシウムとCsTolen Aの結合状態。赤と白は水分子、紫はセシウム、青は窒素、緑は塩素、灰色は炭素を示す。セシウムはCsTolen Aの窒素原子(青)に結合していることが分かる。

右:量子力学的理論モデリングによって得られたアルカリ金属(ナトリウム[Na+]、カリウム[K+]、ルビジウム[Rb+]、セシウム[Cs+])とCsTolen Aの相対的親和性。セシウムが他のアルカリ金属に比べCsTolen Aとの親和性が高いことが示されている。

CsTolen A処理の有無による生育状況の違いと植物体内のセシウム含有量の違い

図3 CsTolen A処理の有無による生育状況の違いと植物体内のセシウム含有量の違い

写真から、CsTolen A処理によりセシウムを取り込んだことによって起きる葉の白化現象が起こらなくなったことが分かる。グラフからも、植物におけるセシウムの蓄積量が有意に減ったことが分かる。

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