広報活動

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2015年4月14日

理化学研究所
藤田保健衛生大学

多動障害や社会行動の異常を抑える新しい分子機構を発見

-アービットはCaMKIIαの活性制御を介しカテコールアミンの恒常性を維持-

要旨

理化学研究所(理研)脳科学総合研究センター発生神経生物研究チームの御子柴克彦チームリーダー、河合克宏研究員、藤田保健衛生大学総合医科学研究所システム医科学研究部門の宮川剛教授、昌子浩孝研究員らの共同研究チームは、細胞内カルシウムチャネルの制御因子であるアービット(IRBIT)[1]が、脳神経系においてα型カルシウムカルモジュリン依存性キナーゼII (CaMKIIα)[2]の活性制御を介して、注意力や衝動性の制御に関わる脳内カテコールアミン[3]量の恒常性[4]を維持していることを明らかにしました。

私たちの気分や行動は、脳内で働くモノアミン[5]と呼ばれる神経伝達物質により制御されています。モノアミンの中でもドーパミンやノルアドレナリンといったカテコールアミンは、注意力や衝動性の制御に関わっており、その異常は多くの精神神経疾患で見られる多動障害や社会行動異常を引き起こす原因の1つと考えられています。しかし、脳内のカテコールアミン量の恒常性を維持する機構は未解明な点が多くあります。

アービットは、細胞内のカルシウムチャネルの1つであるイノシトール三リン酸受容体(IP3R)[6]の活性を制御する因子として知られています。共同研究チームは、アービットが脳内で種々のタンパク質のリン酸化を担うCaMKIIαに結合し、その活性を抑制していることを発見しました。アービット欠失によるCaMKIIα異常活性化が、ドーパミン産生時の活性化速度を決める律速酵素[7]であるチロシンヒドロキシラーゼ[8]のリン酸化を促進し、マウス脳内におけるドーパミン量を増加させることも明らかにしました。さらに、アービット欠損マウスの行動を解析した結果、多動障害(活動量の増加)および社会行動の異常(過剰接触)を示すことが明らかとなりました。これらの結果は、アービットが脳内においてCaMKIIα活性を抑制することで、間接的にチロシンヒドロキシラーゼの活性を制御し、脳内における適正なカテコールアミン産生量の維持に寄与していることを示唆しています。

本研究成果は脳内カテコールアミン量制御の新たな分子機構を明らかにしたものです。今後、ヒトにおけるアービット遺伝子の変異と多動障害や社会行動異常などの症状との関連を解明していくことによって、精神神経疾患の治療や創薬などの研究で重要な知見を得られると期待できます。

本研究成果は、米国アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America』オンライン版(4月13日、日本時間4月14日)に掲載されます。

※共同研究チーム

理化学研究所
脳科学総合研究センター 発生神経生物研究チーム
チームリーダー 御子柴 克彦 (みこしば かつひこ)
研究員 河合 克宏 (かわあい かつひろ)
研究員 久恒 智博(ひさつね ちひろ)
研究員 水谷 顕洋(みずたに あきひろ)(現 昭和薬科大学薬物治療学研究室教授)
研究員 黒田 有希子(くろだ ゆきこ)(現 慶応義塾大学医学部特任助教)
テクニカルスタッフ 小川 直子(おがわ なおこ)
テクニカルスタッフ 戎井 悦子(えびすい えつこ)

バイオリソースセンター マウス表現型解析開発チーム
チームリーダー 若菜 茂晴(わかな しげはる)

藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学研究部門
教授 宮川 剛(みやかわ つよし)
研究員 昌子 浩孝(しょうじ ひろたか)

背景

私たちの気分や行動は、脳内で働くモノアミンと呼ばれる神経伝達物質に制御されています。モノアミンの中でもドーパミンやノルアドレナリンといったカテコールアミンは注意力や衝動性の制御に関わっており、その異常は多くの精神神経疾患で見られる多動障害や社会行動の異常を引き起こす原因の1つとして考えられています。しかし、脳内のカテコールアミン量の恒常性を維持する機構は未解明な点が多くあります。

アービット(IRBIT)は細胞内カルシウムチャネルであるイノシトール三リン酸受容体(IP3R)にイノシトール三リン酸(IP3)と競合して結合し、IP3Rを制御する因子として発見されました。その後、アービットがさまざまな標的分子と結合することで、電解質輸送、分泌、メッセンジャーRNA(mRNA)の成熟、ゲノムの安定化といった多様な生命現象に寄与することが明らかとなりました。しかし、アービットが最も豊富に存在する脳神経系における機能は未だ不明でした。共同研究チームは脳神経系におけるアービットの機能を解明するため、新たなターゲット分子の同定と機能解析を試みました。

研究手法と成果

共同研究チームは共免疫沈降法[9]と質量分析法を使って、マウス脳組織サンプルの中からアービットと相互作用する新しい分子を探索しました。その結果、α型カルシウムカルモジュリン依存性キナーゼII (CaMKIIα)を発見しました。アービットがCaMKIIαとどのように相互作用するかを調べたところ、アービットはCaMKIIαの調節部位に結合し、その結合はCaMKIIαを活性化する因子であるカルモジュリンと競合的であることが分かりました。アービットがCaMKIIαの活性に及ぼす効果を検証した結果、アービット添加量に応じてCaMKIIαの活性が顕著に抑制されることが分かりました(図1)。

次に、生きた細胞内においてアービットがどのようにCaMKIIαの活性を制御するのかを調べました。野生型マウスとアービットを欠損させたマウスからそれぞれ培養した海馬神経細胞を解析したところ、細胞内においてもアービットの発現量に応じてCaMKIIαの活性が変化することが明らかとなりました。これは、アービットが細胞内におけるCaMKIIαの活性化の閾値(いきち; 生体物質を活性化させるために必要な最小限の刺激の値)を決める重要な制御因子であることを示唆しています。

共同研究チームはアービットの機能が個体の行動にどのような影響を及ぼすかを調べるため、全身でアービットを欠損させたマウスを用いて行動解析を行いました。アービット欠損マウスは、慣れている生活環境と新しい生活環境の両方で行動量が顕著に増加しており、多動障害の傾向を示しました(図2A)。さらに、マウス同士が示す社会行動を解析した結果、アービット欠損マウスは野生型マウスに比べて他のマウスへの接触回数と時間が増加(過剰接触)しました(図2B)。

これまでの研究から、多動障害や社会行動の異常は脳内におけるモノアミン量と関係することが報告されています。そこで共同研究チームは、アービット欠損マウスの脳内におけるモノアミン量を測定しました。その結果、アービット欠損マウスの前頭前野(図3左)、海馬、線条体、小脳においてドーパミンとノルアドレナリン、およびその代謝物の量が増加していることが分かりました。

ドーパミンやノルアドレナリンといったカテコールアミンの産生量は律速酵素であるチロシンヒドロキシラーゼの活性によって制御されています(図3右)。CaMKIIαによるチロシンヒドロキシラーゼのリン酸化は、チロシンヒドロキシラーゼの活性を制御する分子機構の1つとして報告されていることから、アービットの発現量がチロシンヒドロキシラーゼの活性に及ぼす影響について、培養細胞を用いて調べました。細胞に人工的にアービットを過剰発現させたところ、CaMKIIαによるチロシンヒドロキシラーゼのリン酸化が顕著に抑制され、アービットがCaMKIIαを介してチロシンヒドロキシラーゼの活性を制御している可能性が示されました。また、アービットが脳のどの領域に発現しているのかを解析したところ、腹側被蓋野(VTA)[10]のチロシンヒドロキシラーゼを持つドーパミン作動性神経細胞に高いレベルで発現していることが分かりました(図4)。

さらに、蛍光免疫染色法によりアービット欠損マウスの腹側被蓋野のドーパミン作動性神経細胞では、チロシンヒドロキシラーゼのリン酸化が進んでいることが分かりました。これらの結果はアービットが脳内において、CaMKIIα活性を抑制することでチロシンヒドロキシラーゼの活性を制御し、脳内におけるカテコールアミンの恒常性維持に寄与していることを示唆しています(図5)。

今後の期待

今回、共同研究チームは脳におけるアービットと相互作用する新しい分子としてCaMKIIαを同定し、アービットによるCaMKIIα活性の制御機構を発見しました。さらに、アービット欠損マウスの解析により、アービットによるCaMKIIα活性制御が脳内におけるカテコールアミンの恒常性維持に重要な役割を担っていることを明らかにしました。今後、ヒトにおけるアービットの変異と多動障害や社会行動の異常などの精神神経疾患の症状との関連を調べることで、これらの症状の治療および創薬などに関する重要な知見が得られると期待できます。

またCaMKIIαは、記憶や学習を可能にしている「神経可塑性」というプロセスの制御にも重要な役割を担っています。アービットによるCaMKIIαの活性制御機構が、このような記憶学習をはじめとする高次脳機能において、どのような役割を担っているのかを、今後明らかにしていきたいと考えています。

原論文情報

  • Katsuhiro Kawaai, Akihiro Mizutani, Hirotaka Shoji, Naoko Ogawa, Etsuko Ebisui, Yukiko Kuroda, Shigeharu Wakana, Tsuyoshi Miyakawa, Chihiro Hisatsune, Katsuhiko Mikoshiba, "IRBIT regulates CaMKIIα activity and contributes to catecholamine homeostasis through tyrosine hydroxylase phosphorylation", Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, doi: 10.1073/pnas.1503310112.

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 発生神経生物研究チーム
チームリーダー 御子柴 克彦 (みこしば かつひこ)

藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 システム医科学研究部門
教授 宮川 剛 (みやかわ つよし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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藤田保健衛生大学 広報担当
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kouhou [at] fujita-hu.ac.jp (※[at]は@に置き換えてください。)

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補足説明

  1. アービット(IRBIT)
    IRBIT は、IP3R binding protein released with inositol 1,4,5-trisphosphateの略。IP3受容体(IP3R)からイノシトール3リン酸(IP3)により解離する分子として同定された分子量約60kDaのタンパク質。アミノ酸代謝酵素の1つであるSアデノシルホモシステインヒドロキシラーゼと51%の相同性を持つが酵素活性は有しておらず、さまざまな標的分子と結合し、その活性を制御する多機能性因子。
  2. α型カルシウムカルモジュリン依存性キナーゼII (CaMKIIα)
    calcium calmodulin dependent kinase II alpha。脳に豊富に存在するカルシウムカルモジュリン依存性のセリン・スレオニンリン酸化酵素で、その欠損マウスは記憶・学習や社会行動に異常をきたすことから脳高次機能に関わる重要な分子と考えられている。
  3. カテコールアミン
    チロシンから誘導されるカテコールとアミン骨格を持つ化学種。代表的なものにドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンなどがあり、さまざまな神経伝達物質の基本骨格になっている。
  4. 恒常性
    生物の持つ重要な性質の1つで、生体の内部や外部の環境因子の変化にかかわらず生体の状態を一定に保ちつづけようとする傾向または性質。
  5. モノアミン
    ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニン、ヒスタミンなどの神経伝達物質の総称。アミノ基が2つの炭素鎖により芳香環につながる化学構造を有する。霊長類、げっ歯類では脳幹部にモノアミン含有神経細胞の細胞体があり、ほぼ脳全体に神経軸索を投射している。
  6. イノシトール三リン酸(IP3)受容体
    細胞内のカルシウム貯蔵庫の1つである小胞体の膜上に局在するカルシウムチャネル。神経伝達物質やホルモンといった細胞外の刺激に応じて産生されるイノシトール三リン酸(IP3)が結合することにより、小胞体内のカルシウムを細胞質に放出することで、細胞内のカルシウム濃度を調節する。
  7. 律速酵素
    一連の反応が酵素によって触媒される際の最も酵素活性が低く、その酵素の活性速度が全体の反応の進行を決定するボトルネックとなる酵素。
  8. チロシンヒドロキシラーゼ
    ドーパミンの前駆体であるジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)をチロシンから合成する酵素。カテコールアミン合成の律速酵素。
  9. 共免疫沈降法
    タンパク質複合体を形成する未知成分の同定を目的として、タンパク質複合体を維持した状態で免疫沈降反応(可溶性の抗原と抗体が特異的に反応して沈殿する反応)により沈降させる方法。目的タンパク質に対する抗体と抗体に結合するアガロースやセファロースビーズを用いた方法がよく用いられる。
  10. 腹側被蓋野(VTA)
    中脳の一領域で、ドーパミン作動性神経細胞が多く存在し、大脳皮質(特に前頭前野)や側坐核などを神経支配しており、報酬系の一部を担っている。

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アービットがCaMKIIα活性に与える効果の図

図1 アービットがCaMKIIα活性に与える効果

試験管内において精製したアービットと、CaMKIIα、カルモジュリンなどを用いてアービットがCaMKIIαの活性に及ぼす効果を検証した。CaMKIIαの活性化因子であるカルモジュリンの添加量に応じてCaMKIIα活性は上昇するが、どのカルモジュリン濃度においても、アービット添加量に応じてCaMKIIα活性が著しく抑制された。

アービット欠損マウスの行動解析の図

図2 アービット欠損マウスの行動解析

A:オープンフィールド(40×40×30cm、新規環境)にマウスを単体で導入した際の総移動距離。アービット欠損マウスは顕著に移動距離の増加がみられた。

B:オープンフィールド(40×40×30cm、新規環境)に2匹のマウスを導入した際の接触時間および接触回数。アービット欠損マウス(KO)は接触時間と接触回数の増加がみられた。WTは野生型マウス。

前頭前野におけるモノアミン量の測定結果の図

図3 前頭前野におけるモノアミン量の測定結果

アービット欠損マウスにおいてドーパミン(DA)、ノルアドレナリン(ノルエピネフリン:,NE)およびホモバニリン酸(HVA)の増加が見られた。右表に示す通り、ドーパミンやノルアドレナリンといったカテコールアミンの産生量は律速酵素であるチロシンヒドロキシラーゼの活性によって制御されていることが知られている。

腹側被蓋野(VTA)のドーパミン作動性神経細胞におけるアービットの発現の図

図4 腹側被蓋野(VTA)のドーパミン作動性神経細胞におけるアービットの発現

腹側被蓋野においてアービットの染色像がチロシンヒドロキシラーゼの染色像と完全に一致することから、アービットがチロシンヒドロキシラーゼ陽性のドーパミン作動性神経細胞に高発現していることが分かる。

アービットによるCaMKIIα活性抑制を介したカテコールアミンの恒常性維持機構と破綻の図

図5 アービットによるCaMKIIα活性抑制を介したカテコールアミンの恒常性維持機構と破綻

アービットが欠失することでCaMKIIαが異常活性化し、連鎖的にチロシンヒドロキシラーゼの異常活性化が起きる。その結果、ドーパミンやノルアドレナリンの生産量が増え、多動障害や過剰接触行動が起こると示唆された。

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