広報活動

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2015年5月15日

理化学研究所

デバイス内の熱による量子の流れに新理論

-電子同様に正確な熱の輸送現象の解析が可能に-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センタースピン物性理論研究チームの多々良源チームリーダーは、デバイス中の熱流や温度差によって引き起こされる熱輸送現象に対して、使いやすく正確な理論体系を構築しました。量子論[1]で記述される物質特性に温度差を考慮した変数を導入することで、熱輸送現象による電流やスピン流[2]などを高い確度で予測できることを示しました。

私たちが日々利用している情報デバイスは、動画など非常に大きなデータ量の情報を高速で処理する優れた性能を持っています。これは、半導体の線幅を極微細化して高密度記録素子や演算素子を作成し高速で動作させるという非常に高度な技術開発の成果です。しかし、素子の線幅の微細化と高速化に伴い、動作時に発生する熱の影響は大きくなります。実際に、現在のパソコンに使われているハードディスクやフラッシュメモリー[3]では動作中の発熱は外側から体感して分かるほどです。

発熱は動作を妨げるばかりでなくエネルギー効率も下げることから、今後、より高性能の素子を開発する上で致命的な障害になります。一方で大きなデータ量の情報を高速処理する技術のニーズは高まるばかりです。このためデバイス内の熱輸送現象によって引き起こされる電流やスピン流といった現象を解析し、熱の効率的な処理や再利用の実現が求められています。したがって、微小な素子が集積したデバイス内で起きる現象に対して、熱や温度差が生み出す効果を明快に解析することを可能とする理論体系は不可欠です。

今回、多々良源チームリーダーは、電磁場の理論と同様にベクトルポテンシャル[4]と呼ばれる変数を導入することで、熱輸送現象を扱う新しい理論体系を構築しました。これにより従来の熱輸送現象における理論の難解さはなくなり、エレクトロニクスの基盤となっている電子輸送の理論体系と同等に、使いやすく正確な理論体系を熱輸送現象についても実現することができました。また、これまで直感的な期待であった「金属中の電子に対して電場と温度差の効果は同様に働く」という推測を、今回構築した理論により裏付けました。

本研究は、アメリカの科学雑誌『Physical Review Letters』(5月15日号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(5月14日付け)に掲載されます。

背景

微小な素子が集積しているデバイスの動きを調べるためには、量子論的な考察が必要です。電場や磁場のもとでの電子の動きが焦点となるエレクトロニクスや、スピンの動きを用いるスピントロニクスの分野では、それぞれの特性を量子論に基づき解析する理論体系が確立しています。これにより半導体技術や磁気記録技術などが実現し、次世代の技術に結びつくような提案が生まれています。一方で、熱の効果あるいは温度差による力を理論体系に取り込むことは、原理的に難しいとされてきました。約50年前にアメリカのラッティンジャー[5]により熱の効果あるいは温度差による力を理論体系に組み込むことは原理的に可能とされましたが、その理論は使い方が難しく、十分に物理的な考察を行った上で使わないと、低温の極限で燃焼のようにエネルギーが発散するなど、全く誤った答えを出す場合があると知られています。これは、平衡状態で存在している流れ(平衡流)[6]を不十分に取り扱っているために起きていると考えられます。このように、熱輸送現象を記述する理論体系は、電流などを扱う電子輸送現象を記述する理論体系よりも難しいため、エレクトロニクスやスピントロニクスと比べ、遅れた理論となっていました。今後、より大きなデータ量の情報を高速処理するためには、微小な素子が集積したデバイス内で起きる現象に対して熱や温度差が生み出す輸送現象を明快に解析する理論体系が不可欠です。そこで、多々良源チームリーダーは、電子輸送の理論体系と同じように使いやすい、熱輸送現象の理論体系の構築を目指しました。

研究手法と成果

エレクトロニクスの基盤となっている電子の輸送現象では、電子を制御するために用いる電場をベクトルポテンシャルとよばれる変数で表します。ベクトルポテンシャルには、電子の流れである電流を生み出す働きがあります。この効果を電子の輸送現象の理論体系に組み込み、電子の動きを解析することで、微小なデバイス中における電気信号の解析や、磁気記録デバイスにおける電流を用いた情報の読み書きの特性評価などが可能となります。多々良源チームリーダーは、電場の代わりに温度差によって引き起こされるさまざまな流れ(電流やスピン流など)という熱輸送現象において、温度差と熱を運ぶ熱流の特性をベクトルポテンシャルで表すことで理論を定式化することに成功しました。この定式化により、従来の熱輸送現象における理論にあった解析の難しさはなくなり、熱輸送現象を電子の輸送現象と同じように容易に解析することが可能となります。同時に、これまで直感的な期待であった「金属中の電子に対して電場と温度差の効果は同様に働く」という推測を裏付けました(図1)。

また、解析の結果、熱輸送現象の問題が、ある近似の範囲ではアインシュタインの一般相対性理論と全く同じ理論的構造を持っていることも明らかになりました。ある状況下では温度差は、重力場や加速度と全く等価なものとみなすことができ、強い重力場中で現れる時間の遅れなどの効果を、原理的には微小な物体に大きな温度差を与えることでも実現できる可能性を示しています。この事実が現れる理論的背景はまだ分かっていませんが、物理学として大変不思議で興味深い事実です。

今後の期待

今回確立した新しい理論に基づけばマクロからミクロまで幅広い大きさの素子の中で温度差により引き起こされる電流、熱流、スピン流、また磁石の向きを制御するためのトルクなど、幅広い現象の精密な解析が容易に可能となります。今後、多様な解析を進め、デバイス中の熱を効率よく輸送する仕組みや物質設計、さらには熱による温度差を用いた新しいデバイス動作の可能性を開拓していきます。

原論文情報

  • Gen Tatara, "Thermal vector potential theory of transport induced by temperature gradient", Physical Review Letters

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 量子情報エレクトロニクス部門 スピン物性理論研究チーム
チームリーダー 多々良 源 (たたら げん)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
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補足説明

  1. 量子論
    微細な物体、特に原子や分子のスケールに近いものは必ず揺らいでおり、粒子であっても波としての性質も兼ね備えている(量子性)ことが知られている。この性質を記述するのが量子論である。
  2. スピン流
    スピンとは、電子の磁石としての性質(地球の自転に似た電子の角運動量)で、電子の電荷の運動である電流に対して、スピンの運動をスピン流と呼ぶ。
  3. フラッシュメモリー
    USBメモリやFlash SSDなどの、パソコンなどに広く用いられている不揮発メモリの1つ。
  4. ベクトルポテンシャル
    電磁場を生み出している空間の3成分からなるポテンシャル。電場や磁場よりも本質的な存在であると考えられている。故外村彰博士による電子線ホログラフィーを使った直接観測などにより存在を確認されている。
  5. ラッティンジャー
    1923年生まれのアメリカの理論物理学者。朝永-ラッティンジャー液体など、相互作用している電子系に関して非常に先駆的で重要な仕事を多く残している。
  6. 平衡状態で存在している流れ(平衡流)
    物質内では平衡状態(温度差や外力のない状態)でも、ある種の流れが存在していることがある。これらの流れを平衡流という。

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概念図

図1 金属中での電場と温度差の効果が同等であるという概念図

金属中では電場と温度差が電子に対して同じようにはたらくことが期待されている。

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