広報活動

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2015年5月15日

理化学研究所

有用プランクトンを細胞丸ごと計測する多次元固体NMR解析

-“水の資源化”を見据えた藻類バイオマス解析戦略-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター環境代謝分析研究チームの菊地淳チームリーダーらの研究チームは、プランクトン[1]の細胞を丸ごと計測できる多次元固体NMR(核磁気共鳴)法[2]を使い、藻類を構成するバイオマス分子種の個々のシグナルを同じ試料、同じ装置によって解析可能な手法を開発しました。

プランクトンをはじめとする藻類は水圏生態系の物質循環や食物連鎖に深く関与しています。このため、藻類を構成するバイオマス分子種の解析技術の高度化を図ることが環境科学分野で求められてきました。日本は世界第6位の海洋面積を持ち、南北からの豊かな潮流に恵まれています。また、山から海へ急流が流れ込み、深海からの湧水もあって栄養塩豊かな沿岸環境が形成され、水圏生物多様性のホットスポット[3]となっています。このため、河川・湖沼・海洋から有用生物種を見いだして物質生産へと結び付けるなど、豊かな水圏環境を利用した水の資源化が望まれています。

研究チームは、機能性食品や化粧品として商品化されているユーグレナ(ミドリムシ)を有用プランクトンのモデル試料とし、細胞を丸ごと固体NMRで計測し、バイオマス組成の解析を行いました。固体NMR法によって得られるスペクトルは、通常の溶液状態で得られるNMRスペクトルと比較して線幅が広く、シグナルが重複することが問題でした。研究チームは、2次元および3次元固体NMR法のパルス系列[4]を工夫することで、細胞を丸ごと計測しても分子運動性の違いで特定の分子構造情報を含むシグナルが分離できることに成功しました。これにより、ユーグレナ類の主要な高分子多糖成分である分子種「パラミロン[5]」や、流動性や酸化安定性などの指標となる不飽和脂肪酸[6]をはじめとする有用物質の解析が、同じ試料、同じ装置で可能になることを示しました。

本研究は、米国化学会の環境科学技術雑誌『Environmental Science and Technology』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(5月14日付け)に掲載されました。

※研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター 環境代謝分析研究チーム
チームリーダー 菊地 淳 (きくち じゅん)
大学院生リサーチアソシエト 小松 功典(こまつ たかのり)
研修生 小林 俊哉(こばやし としや)

ブルカー・バイオスピン株式会社
畑中 稔 (はたなか みのる)

背景

藻類は地球上に豊富に存在する水から酸素を作り、また水中に溶け込んだ炭酸イオンを有機物に変換できるため、地球上の物質循環に多大な貢献をしてきました。河川流入や深層海洋水の湧昇で栄養塩豊かな沿岸環境を利用できれば、“海を耕す”新たな生物生産システムの構築が可能です。プランクトンや海藻類は、すでにユーグレナ(ミドリムシ)やクロレラのように、機能性食品や化粧品として商品化されています。他の水圏生物種についても食料のみならず養殖飼料、農業肥料、化成品、環境浄化剤等のさまざまな用途への展開が期待できます(図1)。

このように水中から有用分子資源を供給できる藻類にはさまざまな能力があると考えられますが、その可能性を知るためには構成分子の解析が不可欠です。研究チームらは褐藻(ヒジキ)に含まれる主要な多糖類成分であるアルギン酸が金属吸着能を有することを、高分子分析の固体NMR法や無機元素分析の発光分光法等の統合解析により明らかにしました注1)

固体NMR法では、結晶・非晶を問わず高分子成分を計測できる一方、バイオマスのような混合物の解析においてはシグナル分離能を高度化させる必要があります。そこで、研究チームは検出できる成分を分子運動性の違いにより分離できる固体NMR法の特性を活かし、陸上バイオマスのセルロースとヘミセルロースを異なる計測法で分離検出することにも成功しています注2)

本研究では、プランクトンの中でも多方面で実用化されているユーグレナを試験材料として選びました。また、プランクトンのような単細胞生物を試料管に丸ごと挿入し、非破壊で成分解析ができる特性に着目し、固体NMR法に最新の計測手法を導入することで混合物のシグナル分離が可能となるかどうかを検証しました。

注1)2014年1月14日プレス発表「海藻類の有機・無機成分複雑系の統合解析技術を構築
注2)2013年9月20日プレス発表「多次元NMR法によるリグノセルロースの立体構造評価手法を構築

研究手法と成果

研究チームは、安定同位体(13C, 15N)[7]を含む培地でユーグレナを培養し細胞内の構成成分を均一に標識しました。均一標識した細胞をそのまま試料管に充填し、固体NMR法によって細胞内の構成成分の網羅的な解析を試みました。固体NMR法によって得られるスペクトルは、通常の溶液状態で得られるNMRスペクトルと比較して線幅が広く、シグナルが重複することが問題でした。そこで、2次元SHA+法[8]3次元DARR[9]法によってスペクトルを多次元化し、化学シフト軸[10]でのシグナル分離を試みました。化学シフト軸でも分離が困難な構成成分は、double-CP法[11]固体HSQC法[12]高分解能マジック角回転(HR-MAS)[13] HSQC法などさまざまな手法を使い分けました。その結果、分子運動が核スピン間の双極子双極子相互作用[14]を平均化し、分子運動性によるシグナルのフィルターとしての機能を果たすため、細胞内の構成成分を高分子から低分子まで網羅的に解析できました。

炭素のNMRスペクトルは、細胞を構成する主要成分であるパラミロン、不飽和脂肪酸、タンパク質などの化学種の量比を反映します。また細胞内の窒素やリンなどのNMRスペクトルは、元素特異的な化学種の量比を反映します。高アンモニア濃度の条件で培養したユーグレナは、低アンモニア濃度の条件で培養したユーグレナの構成分子に比べ、タンパク質、オルニチン、アルギニンなどの貯蔵量が多くなりました。一方、パラミロンの貯蔵量が減少しました。この結果は、アンモニアがパラミロン分解産物と結合してアミノ化し、タンパク質の合成を促進していると考えられます。また、窒素はアルギニンとして細胞内に貯蔵され、その分解代謝によって再利用されていると考えられます。また、リンのNMRはユーグレナによるポリリン酸の貯蔵を示しており、富栄養化水の水質浄化の研究などへの応用が期待されます。

今後の期待

人類史をたどると、家畜、穀物、樹木などの陸上の有用生物種から食料、木材、油などの物質生産が行われてきました。こうした生物生産は持続的・循環的であることが望まれます。しかし、牛肉1kgを生産するためには飼料の穀物生産のために20トンもの水資源が必要とされるように、陸上のみでの生物生産は水ストレスの問題が極めて深刻であり、間もなく90億人を超える世界人口を賄うためには、パラダイムの変換が必要とされています。

そこで将来の人口爆発時代を想定し、“水を資源化”する生物種の特性を解析し、どのような分子種を蓄積する能力を有するかをプロファイル化する技術が必要となります。本研究により有用プランクトンを細胞丸ごと多次元固体NMRで解析することが可能となりました。今後、ユーグレナのようなプランクトンを対象にする場合、HR-MAS法であれば破砕や抽出といった工程を経ずにプロファイル化することが可能です。最近では永久磁石や電磁石の無冷媒かつ小型で、安価なNMR装置を用いた簡易分析システムの研究が盛んに行われおり、将来的には農林水産物の生産現場での品質評価が可能となると期待できます。一方、先端的な分析技術開発に着目すると、高速MAS法の開発により固体NMR法で従来用いられなかった、1H検出型の計測技術や、1.3GHz超級のNMRマグネットの開発も目前に迫っており、両者の統合で更なる固体NMRシグナルの分離能向上も期待できます。(図3)。

原論文情報

  • Takanori Komatsu, Toshiya Kobayashi, Minoru Hatanaka, Jun Kikuchi, "Profiling Planktonic Biomass Using Element-Specific, Multicomponent Nuclear Magnetic Resonance Spectroscopy", Environmental Science and Technology, doi: 10.1021 /acs.est.5b00837

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 環境代謝分析研究チーム
チームリーダー 菊地 淳 (きくち じゅん)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. プランクトン
    水面や水中を漂って生活する浮遊生物の総称。水圏生態系では生態系ピラミッドの下層を構成する物質循環の重要な生物群である。従来の環境分析化学では、レッドフィールド比と呼ばれる炭素/窒素/リン/ケイ素の元素組成比や、炭素および窒素等の安定同位体比で物質循環や食物連鎖を解析されることがほとんどだった。今回の研究で用いた細胞丸ごと計測は、植物および動物プランクトンの両方を対象にできる。
  2. 固体NMR(核磁気共鳴)法
    NMR(核磁気共鳴)法とは、静磁場に置かれた原子核の共鳴を観測し、分子の構造や運動状態などの性質を調べる分光方法。溶液試料を計測する溶液NMR法に対し、固体状態の試料を計測する場合は固体NMR法と区別して呼ばれる。固体状態ゆえの強い双極子相互作用の要因で溶液NMR法では広く用いられる1H検出が難しかったものの、最近では改良が進み1H検出が可能となった。必要な試料量が激減するため、生物系試料への応用が進むと期待されている。
  3. 水圏生物多様性のホットスポット
    生物多様性の維持は供給、調整、基盤、文化等の生態系サービスの恩恵を受けることにつながる。日本は急峻な山岳からの河川流入や深海からの湧水といった激しい高低差と、南北からの豊かな潮流により世界的に見て水圏生物多様性のホットスポットとなっている。すでに豊かな水産物の供給や食文化など、豊かな生態系サービスからの恩恵を長年受け続けてきた歴史があるものの、これを持続的に子孫へ受け継ぐためには環境分析手法の高度化と、資源の循環的利活用法の構築が求められる。
  4. パルス系列
    計測試料にラジオ波域のパルスを与えて核スピンを同時に操作し、フーリエ変換によってNMRスペクトルを得られる。さらに、複数のパルスを特定のタイミングで組み合わせた“シーケンス”によって特定の分子構造情報を含むスペクトルを取得することができる。
  5. パラミロン
    β1-3グルカン(グルコースがβ1-3型の結合で連なった多糖)で構成される高分子多糖類。ユーグレナ類の主要多糖成分である。その分子量や高次構造で物性と摂食した際の腸内細菌代謝に対する機能性が変わるとされ、近年注目されている有用分子種の1つ。
  6. 不飽和脂肪酸
    1つ以上の不飽和の炭素結合を有する脂肪酸の総称。この不飽和の炭素二重結合が導入されることで、流動性や酸化安定性等の脂肪酸物性に変化が生じる。植物プランクトンの多くはDHAやEPAといった炭素鎖の長い長鎖不飽和脂肪酸を大量に蓄積する代謝能を有する。自然環境ではこうした植物プランクトンから動物プランクトンを経て、魚類にDHAやEPAが蓄積されることから、植物プランクトンを配合した養殖飼料研究が盛んに行われている。
  7. 安定同位体
    多くの原子で、同じ元素原子番号でも質量数の違う原子が存在し、それらを同位体と呼ぶ。同位体には時間とともに放射性崩壊を起こす放射性同位体と、そうではない安定同位体が存在する。安定同位体は、自然界で一定の割合をもって安定に存在するが、NMRで観測可能な13Cおよび15N核は希少である。これらの原子核を標識化することでNMR実験の効率が向上する。
  8. 2次元SHA+法
    炭素核間の2次元距離相関スペクトルを取得する固体NMR法のパルス系列。空間的に近い炭素核間の相関が得られるが、双極子切り捨てとよばれる現象によって長距離の相関が得られにくい。SHA+法では双極子切り捨てを抑制され、比較的長距離の炭素核間の相関が得られる。
  9. 3次元DARR法
    炭素核間の3次元距離相関スペクトルを取得する固体NMR法のパルス系列。双極子切り捨てを抑制にはDARR(Dipolar-Assisted Rotational Resonance)法を利用する。
  10. 化学シフト軸
    パルス系列の中には,2次元以上のスペクトルが得られるものがある。化学シフト-化学シフトの多次元スペクトルでは,1次元NMRスペクトルと比較して,新たに加わった化学シフトの軸に沿ってシグナルが分離する。
  11. double-CP法
    炭素および水素核間の2次元距離相関スペクトルを取得する固体NMR法のパルス系列。この系列で使われる交差分極法(CP:Cross-Polarization)では、双極子双極子相互作用とよばれる核間の相互作用を利用するため、得られるスペクトルでは比較的分子運動が小さい分子が強調される。
  12. 固体HSQC(Heteronuclear Single Quantum Coherence)法
    炭素および水素核間の2次元結合相関スペクトルを取得するパルス系列。スピンスピン相互作用とよばれる核間の相互作用を利用する。双極子双極子相互作用によって磁化が減衰するため、得られるスペクトルでは比較的分子運動が大きい分子が強調される。なお、上述のSHA+, DARR法が13C核検出であるのに対し、double-CP、固体HSQC法は1H核検出なため必要試料量を軽減できる。
  13. 高分解能マジック角回転(HR-MAS)法
    固体NMR法は、固体分子ゆえの異方性を消去するために試料管を静磁場に対して54.7度傾けて高速回転させるMAS法が多く用いられる。HR-MAS法はこのような高速MAS回転を採用しつつ、溶液NMR法のパルス系列で実験する手法。細胞や組織をそのまま計測しつつ、細胞中で運動性の早い低分子や、ゲル状高分子の検出が可能となる。
  14. 双極子双極子相互作用
    NMRで観測可能な核スピンは、磁気双極子モーメントを有する。核スピンの間には、磁気双極子モーメントに由来する相互作用があり、これを双極子双極子相互作用とよぶ。

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水圏生物由来の分子資源の利用の図

図1 水圏生物由来の分子資源の利用

水圏は有用生物の宝庫といえる。陸上で作物を耕すように水(海)を耕し、有用分子資源を活用することが期待されている。機能性食品、化成品、飼料等の多方面で実用化されているユーグレナやクロレラは、その成功例と言える。水資源化を推進するためには、水圏生態系からの有用生物種の探索と、バイオマスを構成する分子種の解析手法の高度化が望まれている。

多次元固体NMR法を用いたユーグレナ細胞丸ごと解析の図

図2 多次元固体NMR法を用いたユーグレナ細胞丸ごと解析

固体NMR法は高分子から低分子まで一斉計測できるが、一般にシグナル分離能は低い。多次元化および分子運動性に応じたパルス系列を使い分け、不飽和脂肪酸、多糖類、蛋白質、低分子代謝物を一斉解析できた。

農林水産物の評価に貢献するNMRの技術開発の図

図3 農林水産物の評価に貢献するNMRの技術開発

NMRの高磁場化によってより詳細な分子情報が得られるようになる。一方,細胞や組織を丸ごと計測できるということは、単に実験操作が簡単なだけではなく、実験室が無い生産現場に低磁場の小型NMRを持ち込み、その場での品質評価ができるようになる。

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