広報活動

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2015年5月25日

理化学研究所

海洋天然物セオネラミドはコレステロールに結合し細胞膜の秩序を乱す

-細胞膜の流動性の機能解析を可能にする化学ツール-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター ケミカルゲノミクス研究グループの有田祐子客員研究員、吉田稔グループディレクター、吉田化学遺伝学研究室の西村慎一客員研究員らの共同研究グループは、海洋天然物であるセオネラミド[1]がコレステロールに結合することで細胞膜の流動性を撹乱し、細胞の形態異常を引き起こすことを発見しました。

細胞膜[2]は、リン脂質やコレステロールなどの膜脂質と、タンパク質、糖質などから構成されます。膜脂質は生命を創る基本的な構成因子で、抗生物質や細菌などのタンパク毒の標的にもなっています。しかし、脂質はタンパク質と異なり、直接遺伝子によってコードされていないため、遺伝子変異を基本とした従来の古典遺伝学では機能制御が難しく、その機能は十分に理解されていません。共同研究グループは以前、セオネラミドという物質が細胞膜を構成するコレステロールやエルゴステロールといったステロール類に結合することを明らかにしています。しかし、セオネラミドがどのようにコレステロールを認識しているのか、セオネラミドが結合することでコレステロールを含む脂質膜に何が起こるのかなど、未解明な点が多く残されています。

今回、共同研究グループはセオネラミドを化学遺伝学ツールとして用いることで、セオネラミドが結合する脂質膜の性質を調べ、脂質の構造の自由度が高い無秩序液体相と呼ばれる領域に存在するコレステロールを特異的に認識することを明らかにしました。さらに、セオネラミドは人工脂質二重膜[2]においても細胞膜においても流動性を撹乱し、細胞の形態を劇的に変化させました。この結果は、セオネラミドを用いて細胞膜の流動性[3]の機能の一端を見出すとともに、脂質膜の流動性を操作することに成功したことを示します。

本研究は、米国の科学雑誌『Chemistry & Biology』(5月21日号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(5月7日付け:日本時間5月8日)に掲載されました。

※共同研究グループ

理化学研究所
環境資源科学研究センター ケミカルゲノミクス研究グループ
客員研究員 有田 祐子 (ありた ゆうこ)
グループディレクター 吉田 稔 (よしだ みのる)

吉田化学遺伝学研究室
客員研究員 西村 慎一 (にしむら しんいち)

小林脂質生物学研究室
専任研究員 石塚 玲子 (いしつか れいこ)
客員研究員 岸本 拓磨 (きしもと たくま)
テクニカルスタッフⅡ 石井 久美子 (いしい くみこ)
主任研究員 小林 俊秀 ばやし としひで)

京都大学大学院 工学研究科
准教授 池ノ内 順一 (いけのうち じゅんいち)
教授 梅田 真郷 (うめだ まさと)

東京大学大学院 農学生命科学研究科
教授 松永 茂樹 (まつなが しげき)

背景

生命を形づくる細胞膜について、細胞膜を構成する脂質やタンパク質の種類は明らかになってきましたが、それらがどのように相互作用し機能するかについては、ほとんど分かっていません。また、細胞膜に結合して薬効を発揮する化合物や、タンパク毒も多く知られていますが、それらの作用メカニズムについても分子レベルでの知見は乏しい状況です。細胞膜の全容を解明し、創薬などの応用を進めるためには、細胞膜の構造や機能を詳細に理解する必要があります。

共同研究グループは、海綿由来の生理活性物質であるセオネラミド(図1)が細胞膜の主要な脂質であるステロール(ヒトではコレステロール、真菌ではエルゴステロール)に結合することを報告してきました注)。しかし、セオネラミドがどのようにコレステロールを認識しているのか、セオネラミドが結合することでコレステロールを含む脂質膜に何が起こるのかなど、未解明な点が多く残されています。そこで共同研究グループは、セオネラミドを化学遺伝学ツールとして用いて、脂質膜の流動性や細胞骨格の制御におけるコレステロールの役割を調べました。

注)2010年6月14日プレス発表「抗カビ物質の新たな作用メカニズムを発見、抗真菌剤の謎を解く」

研究手法と成果

共同研究グループは人工的に作製した脂質二重膜と、ヒト培養細胞を用いてセオネラミドの働きを検証しました。まず、人工脂質二重膜を用いて、蛍光標識したセオネラミドが、どのような環境のコレステロールを認識するのかを調べました。細胞膜を構成する主要な脂質であるリン脂質とコレステロールを用いて作製した人工膜に結合する蛍光セオネラミドの量を測定した結果、コレステロールの濃度に依存した結合が検出され、共同研究グループの先行研究を裏付ける結果を得ました。次にリン脂質の種類を変えてみると、セオネラミドの人工膜への結合は、リン脂質の相転移温度[4]に依存することが分かりました。セオネラミドは相転移温度の低いリン脂質とコレステロールを用いて作製した人工膜によく結合し、相転移温度の高いリン脂質とコレステロールを用いて作製した人工膜にはあまり結合しないことが分かりました。

相転移温度の低い脂質と高い脂質は、互いに混じりあわず共存することがあります(相分離)。相転移温度の低い脂質からなる相を無秩序液体相(Ld相)、高い脂質からなる相を秩序液体相(Lo相)と呼びます。そこで、相分離を起こしてLd相とLo相が共存する人工膜における蛍光セオネラミドの結合を観察しました。その結果、蛍光セオネラミドはLd相の領域に選択的に結合しました(図2A)。セオネラミドが結合するコレステロールは、Ld相とLo相の共存を調節する代表的な因子のひとつでもあることから、セオネラミドが相の共存に影響を与えている可能性があると考えました。そこで、高い濃度(50%)のコレステロールを含ませて相分離していない人工膜を作製し、そこにセオネラミドを加えたところ、20分後には30%以上の人工膜で相分離がみられました(図2B)。さらに、ヒト培養細胞でも相の撹乱が観察され、セオネラミドを処理することで細胞膜の流動性の秩序が大きく変化することが示されました。

最後に、セオネラミドが細胞の機能に与える影響を調べました。ヒト培養細胞にセオネラミドを添加すると、数十分で細胞形態を激しく収縮させることが分かりました(図3)。この細胞収縮の現象は、コレステロールに依存するものでした。また、この細胞収縮は細胞骨格であるアクチンの崩壊を伴い、重合した微小管とATPなどのエネルギーの存在が必要であることが明らかになりました。細胞膜と細胞骨格が物理的に緊密な相互作用をしていることは知られていました。この結果は、細胞膜の適切な流動性が細胞膜と細胞骨格の相互作用に必要であることを示唆する重要な結果と言えます。

今後の期待

本研究により、セオネラミドは無秩序液体相のコレステロールに結合し、脂質膜の流動性を撹乱することが分かりました。この結果は、セオネラミドを用いて細胞膜の流動性の機能の一端を見出すとともに、脂質膜の流動性を操作することに成功したことを示します。細胞膜や人工脂質二重膜における膜の流動性を検出するための手法があっても、それを撹乱する研究ツールは乏しいのが現状です。今後、セオネラミドはコレステロールの検出試薬としてだけでなく、細胞膜や人工脂質二重膜の流動性を調べるための化学ツールとしても役立つことが期待されます。また、セオネラミドによる細胞収縮を分子レベルで解明できれば、細胞を形づくる細胞膜と細胞骨格との機能的な関係をより具体的に理解できると考えています。

原論文情報

  • Arita, Y. Nishimura, S. Ishitsuka, R. Kishimoto, T. Ikenouchi, J. Ishii, K. Umeda, M. Matsunaga, S. Kobayashi, T. and Yoshida, M., "Targeting cholesterol in liquid-disordered environment by theonellamides modulates cell membrane order and cell shape.", Chemistry & Biology, doi: 10.1016/j.chembiol.2015.04.011

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター ケミカルゲノミクス研究グループ
客員研究員 有田 祐子 (ありた ゆうこ)
グループディレクター 吉田 稔 (よしだ みのる)

主任研究員研究室 吉田化学遺伝学研究室
客員研究員 西村 慎一 (にしむら しんいち)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

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補足説明

  1. セオネラミド
    海綿より単離された生理活性物質であり、細胞膜に豊富に存在するステロールを標的にする。強い抗真菌活性は真菌のステロールであるエルゴステロールへの結合により引き起こされる。また、蛍光セオネラミドは細胞膜ステロールの検出試薬として用いられている。
  2. 細胞膜、人工脂質二重膜
    細胞膜は脂質とタンパク質とが混在することで形成され、膜表面にも多くの種類のタンパク質が必要に応じて近づき、機能を発現する。膜脂質の種類は非常に多く、細胞膜中で機能を解析することは容易ではないため、決まった組成の脂質を用いて人工的に作製した脂質二重膜を用いて解析するアプローチがしばしばとられる。
  3. 細胞膜の流動性
    リン脂質には様々な化学種が存在し、多様な物理化学的性質と機能を持つと考えられているが、その中の一つが流動性である。相転移温度の高いリン脂質と低いリン脂質、コレステロールが共存すると、脂質の組成や温度などによって、膜の流動性が均一になったり、あるいは流動性の異なる領域がモザイク状に混在したりする。この膜の秩序の制御が生体膜の機能発現に重要と考えられている。
  4. 相転移温度
    一般に相間を転移する温度を指し、ここでは脂質膜のゲル相と液晶相の2つの状態が転移する温度を指す。脂質膜はこの温度以下では分子運動の自由度が低いゲル相となり、それよりも高温では自由度の高い液晶相になる。相転移温度は脂質の極性基の部分や脂肪酸に依存する。脂肪酸の鎖長が長く不飽和度(二重結合の数)が低いほど相転移温度は高くなる。

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化学構造図

図1 セオネラミドと蛍光標識体の化学構造

セオネラミドには約10種の類縁化合物が知られており、いずれも海綿に含まれる。今回の研究では海綿に豊富に含まれるセオネラミドAと、それから作製した蛍光セオネラミドを用いている。

セオネラミドの人工脂質二重膜への結合の図

図2 セオネラミドの人工脂質二重膜への結合

A:蛍光セオネラミドの脂質膜への結合。相転移温度の低い脂質(DOPC)と高い脂質(スフィンゴミエリン)とコレステロール(1:1:1)を用いて、相転移温度の低い脂質からなる無秩序液体(Ld)相(赤:ローダミン-DOPEで標識)と高い脂質からなる秩序液体(Lo)相(緑:EGFP-ライセニンで標識)が共存する脂質膜を作製し、そこに蛍光セオネラミド(青)を添加して観察した。それぞれを重ねあわせた右下の図が示す通り、蛍光セオネラミドはLd相に結合することが分かる。

B:セオネラミドが膜の秩序に与える影響。相転移温度の低い脂質(DOPC)と高い脂質(スフィンゴミエリン)と高濃度のコレステロール(1:1:2)を含む脂質膜にセオネラミドを加えると、20分後にはローダミン-DOPEが局在する無秩序液体(Ld)相と排除された領域が生じ、相が分離する。

セオネラミドによる細胞の一過的な収縮の図

図3 セオネラミドによる細胞の一過的な収縮

ヒト培養細胞(この図はA549ヒト肺胞基底上皮腺癌細胞)にセオネラミドを加えると、30分後には細胞が激しく収縮する。細胞骨格を蛍光顕微鏡で観察すると、アクチンと微小管はともに正常な形態を保っていないことがわかる。ところが、時間経過とともにこの収縮は解除され、12時間後には未処理と同じような形態へと戻る。

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