広報活動

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2015年6月11日

理化学研究所

エリンギから眠り病の病原体の脂質を認識するタンパク質を発見

-眠り病の新たな診断・治療の可能性を拓く-

要旨

理化学研究所(理研)小林脂質生物学研究室の石塚玲子専任研究員、小林俊秀主任研究員らの共同研究グループは、食用キノコのエリンギに、眠り病(アフリカ睡眠病)の病原体の脂質に特異的に結合するタンパク質が存在することを発見しました。このタンパク質「エリリシンA[1]」の性質を利用して、眠り病の一次診断や治療に応用できる可能性を示しました。

眠り病はツェツェバエという吸血バエが媒介する寄生原虫「トリパノソーマ[2]」によって引き起こされる感染症です。病状が進行すると患者は昏睡して死にいたることからこの名前が付きました。病原体であるトリパノソーマに対する特効薬は、現在のところ開発されていません。ワクチンや抗体療法による予防や治療が考えられていますが、トリパノソーマは抗原変異[3]を繰り返すため、今のところ成功していません。

トリパノソーマはツェツェバエと家畜や人間の血流中とを行き来し、血流中に存在するときは「セラミドホスホエタノールアミン(CPE)[4]」という脂質を細胞表面に発現することが報告されています。CPEはトリパノソーマ以外にもショウジョウバエや蚊のような昆虫に多く存在しますが、ヒトではほとんど検出されません。

脂質はタンパク質と異なり遺伝子変異の影響を直接受けないので、抗原変異はきわめて起こりにくいとされています。したがってトリパノソーマに特異的なCPEは眠り病の診断や治療薬のターゲットとして有用であると考えられます。共同研究グループは、3つのタンパク質、エリンギ由来の「プロロトリシンA2」「エリリシンA」、ヒラタケ由来の「オステリオリシン」がCPEとコレステロールの複合体と非常に強く結合することを見いだしました。このうちプロロトリシンA2とオステリオリシンはヒトの主要脂質の1つ「スフィンゴミエリン[5]」にも弱く結合する性質があるため、トリパノソーマだけでなくヒトの細胞にも結合しました。一方、エリリシンAはスフィンゴミエリンへの結合活性はなく、ヒトの細胞には結合しないことが分かりました。実際に、蛍光標識したエリリシンAはヒトの細胞に結合せず、血流型のトリパノソーマに特異的に結合しました。

エリリシンAとトリパノソーマの結合は数分で起こるため、この結果はエリリシンAをトリパノソーマ感染の一次診断に利用できる可能性を示唆しています。またエリリシンAはエリリシンB[1]の存在下では細胞膜に孔をあける毒素として作用することが知られており、この性質を使ってトリパノソーマ感染の治療に応用できる可能性が考えられます。

本研究は、米国の科学雑誌『The FASEB Journal』オンライン版(6月9日付け)に掲載されました。

※共同研究グループ

理化学研究所
小林脂質生物学研究室
主任研究員 小林 俊秀 (こばやし としひで)
国際プログラム・アソシエイト Hema Balakrishna Bhat (ヘマ・バラクリシュナ・バット)
専任研究員 石塚 玲子 (いしつか れいこ)
協力研究員 稲葉 岳彦 (いなば たけひこ)
研究員 村手 源英 (むらて もとひで)
専任研究員 阿部 充宏 (あべ みつひろ)
特別研究員 牧野 麻美 (まきの あさみ)
客員研究員 岸本 拓磨 (きしもと たくま)
専任研究員 Peter Greimel (ペーター・グライメル)
専任研究員 山路 顕子 (やまじ あきこ)

脳科学総合研究センター 神経膜機能研究チーム
チームリーダー 平林 義雄 (ひらばやし よしお)
研究員 香山 綾子 (こうやま あやこ)

京都大学工学部
教授 梅田 真郷 (うめだ まさと)
研究員 従二 直人 (じゅうに なおと)
助教 長尾 耕治郎 (ながお こうじろう)

株式会社雪国まいたけ
研究推進役 西堀 耕三 (にしぼり こうぞう)
研究員 倉橋 敦 (くらはし あつし)

国立感染症研究所 寄生動物部
室長 永宗 喜三郎 (ながむね きさぶろう)
研究員 山野 安規徳 (やまの あきのり)
研究員 田原 美智留 (たはら みちる)

東京家政大学 環境教育学科
教授 藤森 文啓 (ふじもり ふみひろ)

背景

スフィンゴ脂質は細胞膜を形づくる主要脂質の1つですが、その構造と機能は長らく謎のままで、謎を表すスフィンクスからその名前がとられたほどです。近年の機器分析の発展により個々の脂質の構造を詳細に調べ、その機能を解明することが可能になりましたが、スフィンゴ脂質の機能については未だに多くのことが分かっていません。スフィンゴ脂質の特徴はその多様性にあり、異なった生物はその生物固有のスフィンゴ脂質を持っています。例えば哺乳類では主要なスフィンゴ脂質は「スフィンゴミエリン」ですが、ショウジョウバエはスフィンゴミエリンを持たず、代わりに「セラミドホスホエタノールアミン(CPE)」を持っています(図1)。

アフリカ睡眠病は眠り病とも呼ばれ、病状が進行すると昏睡して死に至る難病で、ツェツェバエという吸血バエが媒介する寄生原虫「トリパノソーマ」によって引き起こされる感染症です。トリパノソーマはツェツェバエと家畜や人間の血流中とを行き来しており、ハエの中にいるときはスフィンゴミエリンと「イノシトールホスホセラミド」という、もう1つのスフィンゴ脂質を持っていますが、血流中ではスフィンゴミエリンとCPEを発現します。

眠り病の病原菌であるトリパノソーマに対する特効薬は、現在のところ開発されておらず、ワクチンや抗体療法による予防や治療が考えられていますが、トリパノソーマは抗原変異を繰り返すため、今のところ成功していません。脂質はタンパク質と異なり遺伝子変異の影響を直接受けないので、抗原変異はきわめて起こりにくいとされています。したがってトリパノソーマに特異的なCPEは眠り病の診断や治療薬のターゲットとして有用であると考えられます。

小林脂質生物学研究室ではこれまで脂質に結合する多くのタンパク質の解析を行ってきましたが、今回、CPEに結合するタンパク質を探索しました。

研究手法と成果

アエゲロリシングループというタンパク質グループに属する、エリンギ由来の「プロロトリシンA2」やヒラタケ由来の「オステリオリシン」が、哺乳類の主要スフィンゴ脂質であるスフィンゴミエリンと弱く結合することは、当研究室をはじめ、いくつかの他の研究グループから報告されています。しかし、同じタンパク質グループに属するエリンギ由来の「エリリシン」にはスフィンゴミエリンへの結合活性がないことを研究グループは見出しました。結晶構造からこれらのタンパク質には、脂質に結合する領域(脂質結合ドメイン)があると考えられます。またこれらのタンパク質を構成するアミノ酸の配列が極めて類似していることから、共通して強く結合する未知の脂質があると予想しました。

共同研究グループは変異型緑色蛍光タンパク質(EGFP)で標識した3つのタンパク質について人工膜を用いた結合実験を行いました。その結果、いずれのタンパク質もCPEとコレステロールの複合体に非常に強く結合することを見いだしました。これらのタンパク質の一次構造は非常に類似していますが、脂質に対する結合性にわずかな違いがみられ、プロロトリシンA2はCPEとコレステロールの複合体だけでなくCPE自体にも結合しました。この性質を利用してコレステロール含量の少ないショウジョウバエの個体(幼虫脳)におけるCPEの分布を可視化しました(図2)。その結果、CPEは神経細胞には高濃度で存在せず、中枢神経系を構成する細胞の一種であるグリア細胞に濃縮されていることが分かりました。

前述の通り、プロロトリシンA2とオステリオリシンはヒトの主要な脂質であるスフィンゴミエリンとコレステロールの複合体にも弱く結合するため、ヒトの細胞に結合します。しかし、エリリシンAはスフィンゴミエリンへの結合活性はなく、ヒトの細胞には全く結合しないことが分かりました。

眠り病を引き起こすトリパノソーマはツェツェバエを介してヒトの血流中に感染しますが、ツェツェバエの中に寄生しているとき(昆虫型)と、ヒトの血流中に寄生しているとき(血流型)では脂質組成が異なり、血流中でのみCPEを発現します。血流中はコレステロールに富んでいるため、CPEとコレステロールの複合体にのみ特異的に結合するエリリシンAは血流型のトリパノソーマのみに結合すると考えられました。そこで、生きたままの昆虫型のトリパノソーマと血流型のトリパノソーマに、EGFPで標識したエリリシンAを加えた結果、血流型だけが染色されたことから、実際にエリリシンAは血流型のトリパノソーマのみに結合することが分かりました(図3)。トリパノソーマとエリリシンAの結合は、あらかじめエリリシンAを過剰のCPEとコレステロールの複合体で処理すると阻害されることから、エリリシンAはCPEを介してトリパノソーマに結合していることが示されました。

今後の期待

エリリシンAとトリパノソーマの結合は数分で起こるため、この結果はエリリシンAをトリパノソーマ感染の一次診断に利用できる可能性を示唆しています。また、エリリシンAは無毒のタンパク質ですが、エリリシンBというタンパク質の存在下では細胞膜に孔をあける毒素として作用することが報告されています。エリリシンAとエリリシンBを併用することによりトリパノソーマ感染の診断や治療の新しい道が拓けると期待できます。

原論文情報

  • Bhat HB, Ishitsuka R, Inaba T, Murate M, Abe M, Makino A, Kohyama-Koganeya A, Kurahashi A, Kishimoto T, Tahara M, Yamamo A, Nagamune K, Hirabayashi Y, Juni N, Umeda M, Fujimori F, Nishibori K, Yamaji A, Greimel P, Kobayashi T, "Evaluation of aegerolysins as novel tools to detect and visualize ceramide phosphoethanolamine, a major sphingolipid in invertebrates", The FASEB Journal, doi: 10.1096/fj.15-272112

発表者

理化学研究所
主任研究員研究室 小林脂質生物学研究室
専任研究員 石塚 玲子 (いしつか れいこ)
主任研究員 小林 俊秀 (こばやし としひで)

集合写真

発表者は前列の左から2番目(石塚)、3番目(小林)

報道担当

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補足説明

  1. エリリシンA、エリリシンB
    エリリシンAは、プロロトリシンA2、オストレオリシンと同じアエゲロリシンというグループに属する15kDaのタンパク質である。エリリシンAは細胞毒性を示さないが、37kDaのエリリシンBの存在下で細胞膜に孔をあける毒素になることが弘前大学の宮入一夫教授により報告されている。
  2. トリパノソーマ
    脊椎動物の血流中と吸血動物の腸管に主に寄生する原虫。トリパノソーマの1 種であるブルーストリパノソーマは、ツェツェバエという吸血バエを介して哺乳動物に寄生し、ヒトに寄生した場合は眠り病(アフリカ睡眠病)を引き起こす。
  3. 抗原変異
    遺伝子組み換えにより抗原が変化すること。トリパノソーマは細胞表面に抗原性の高いグリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)型のタンパク質を高密度に発現しているが、このタンパク質は抗原変異を頻繁に繰り返すため、特定の抗原型のみの免疫では有効な防御免疫を得ることができず、このため有効な予防ワクチンが未だ開発されていない。
  4. セラミドホスホエタノールアミン(CPE)
    ショウジョウバエや蚊、寄生虫などにおける主要なスフィンゴ脂質。動物細胞の主要スフィンゴ脂質であるスフィンゴミエリンの類似体。
  5. スフィンゴミエリン
    動物細胞における細胞膜の主要構成脂質。スフィンゴミエリンは生理活性脂質であるセラミドやスフィンゴシン1-リン酸の前駆体であるとともに、コレステロールとともに特徴的な脂質ドメイン「脂質ラフト」を形成する。脂質ラフトは情報伝達や膜輸送において重要な役割を果たしていることが示唆されている。

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構造図

図1 セラミドホスホエタノールアミン(CPE)とスフィンゴミエリンの構造

2つの脂質はわずかに赤で示した部分だけが異なる類似した脂質である。CPEは昆虫など無脊椎動物に多く存在し、スフィンゴミエリンは主として哺乳類に存在する。

プロロトリシン、ニューロン、重ね合わせ

図2 ショウジョウバエ幼虫脳におけるセラミドホスホエタノールアミン(CPE)の分布

左 :変異型緑色蛍光タンパク質(EGFP)で標識したプロロトリシンの分布。
中央:赤色蛍光タンパク質を発現させた神経細胞。
右 :左と中央を重ね合わせた画像。
CPEはプロロトリシンA2と結合することから、CPEは神経細胞には高濃度で存在せず、グリア細胞(矢印)に濃縮されていることが示された。

昆虫型、血流型

図3 エリリシンAの血流型トリパノソーマへの選択的結合

生きたままの昆虫型トリパノソーマおよび血流型トリパノソーマにEGFPで標識したエリリシンAを加えた。血流型のトリパノソーマのみ蛍光を発していることから、エリリシンAは血流型のトリパノソーマのみに結合したことが分かる。

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