広報活動

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2015年6月25日

理化学研究所

重力によって移動方向が変わらないオーキシンを発見

-強力な除草剤の作用をヒントに植物ホルモンの定説を覆す-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター生産機能研究グループの笠原博幸上級研究員らの国際共同研究グループは、植物ホルモン[1]オーキシン[2]」の一種であるフェニル酢酸(PAA)が、重力によって移動方向が変わらないユニークな特徴を持つことを発見しました。

オーキシンは植物の成長や形態形成で中心的な役割を果たす植物ホルモンであり、特に光や重力に対する植物の屈性に関与することで知られています。そのオーキシンの中で、最初に同定されたのがインドール-3-酢酸(IAA)です。植物は細胞膜上の輸送体を使ってIAAを決まった方向へ輸送(極性輸送[3])しています。植物の茎が重力を感じると、IAAは重力方向へと移動し、濃度の高くなった重力側の細胞伸長を促進することで屈性を引き起こします。一方、強力な除草剤として広く使われてきた合成オーキシンの2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)などは、IAAのように極性輸送されないことが知られていますが、なぜこのような違いがあるのかは分かっていませんでした。

国際共同研究グループは、これまで生理的役割や輸送機構などが明らかにされていなかったPAAに着目し、IAAとPAAの2つの天然オーキシンの移動性の違いを調べるとともに、2,4-Dなどの合成オーキシンとの関係性についても調べました。まず、トウモロコシの幼葉鞘(ようようしょう)[4]の中で作られたIAAとPAAの重力に対する応答を調べたところ、IAAはトウモロコシの中で移動方向を変えて重力側に蓄積しますが、PAAはその性質を示しませんでした。また、根のオーキシン量を低下させ、重力に応答できなくなったシロイヌナズナの変異体にIAAを与えると、重力屈性を回復できましたが、PAAや2,4-Dを与えても回復させることができませんでした。つまり、PAAと2,4-Dは極性輸送されないオーキシンであり、両者は重力による影響を受けないという似た性質を持つことが明らかになりました。

これらの結果から、植物は移動性の異なる2つのオーキシンを使って協調的に成長や形態形成を調節している可能性を新たに示しました。今後、PAAの輸送機構や生理的役割を解明することにより、さらに安全性の高い除草剤や、新しい植物成長調整剤の開発などに繋がる可能性があります。本研究は、平成23年度 JSTさきがけ採択課題「オーキシンによる植物の器官形成制御技術の開発」、文部科学省の科学研究費補助金(基盤B)の支援により行われました。本研究の成果は国際誌『Plant & Cell Physiology』オンライン版(6月14日付け)に掲載されました。

※研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター
生産機能研究グループ
上級研究員 笠原 博幸(かさはら ひろゆき)
基礎科学特別研究員 増口 潔 (ましぐち きよし)
日本学術振興会特別研究員(PD) 田中 慧太(たなか けいた)
テクニカルスタッフⅡ 竹林 裕美子(たけばやし ゆみこ)
テクニカルスタッフⅡ 武田 紀子(たけだ のりこ)

統合メタボロミクス研究グループ
テクニカルスタッフⅠ 菅原 聡子(すがわら さとこ)

理化学研究所
名誉研究員 神谷 勇治(かみや ゆうじ)

森林総合研究所 バイオマス化学研究領域
主任研究員 菱山 正二郎(ひしやま しょうじろう)

新潟大学 理学部 生物学科
教授 酒井 達也(さかい たつや)

九州工業大学 若手研究者フロンティア研究アカデミー
准教授 花田 耕介(はなだ こうすけ)

大阪大学大学院 理学研究科
教授 柿本 辰男(かきもと たつお)

東京農工大学大学院 農学研究院
教授 夏目 雅裕(なつめ まさひろ)
准教授 川出 洋(かわいで ひろし)

岡山理科大学 理学部 生物化学科
教授 林 謙一郎(はやし けんいちろう)

米国カリフォルニア大学サンディエゴ校
教授 Mark Estelle(マーク・エステル)
教授 Yunde Zhao(ユンデ・ツァオ)

背景

オーキシンは植物の成長や形態形成に中心的な役割を果たす植物ホルモンです。その一種であるインドール-3-酢酸(IAA)は、植物体内を決まった方向に輸送(極性輸送)されることにより細胞間の情報を伝達して、植物の成長や環境応答を調節します。特に、植物が光や重力を受けるとIAAは活発に移動して細胞間で濃度差を生じ、片側の細胞伸長を促進して茎や根を屈曲させることは良く知られています。また、これまでIAA以外にも様々な化学物質がオーキシン活性を持つことが示されており、水田や芝の除草剤として使用される2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)や発根促進剤として利用される1-ナフタレン酢酸(NAA)など、多様な合成オーキシンが生み出されて農業に広く役立てられてきました。このような中、2,4-DはIAAとは異なり極性輸送されないことが知られていましたが、なぜこのような違いがあるのか分かっていませんでした。また、IAAと同じ天然オーキシンとしてフェニル酢酸(PAA)が知られていますが、その生理的役割や輸送機構などはこれまで明らかにされていませんでした。

国際共同研究グループは、PAAを外部から植物に与えてもIAAのように移動しないことに着目し、植物には移動性の異なる2つの天然オーキシンが広く存在してその成長や形態形成において重要な働きをしているのではないかと考えました。そこで、重力に対するこれら2つの天然オーキシンの移動性の違いや、2,4-Dなどの合成オーキシンとの関係性、植物における作用機構などについて調べました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、IAAやPAAの輸送機構を詳しく調べるため、トウモロコシの幼葉鞘を使い、輸送阻害剤や重力がIAAやPAA の濃度分布に及ぼす影響を調べました。オーキシンの極性輸送を阻害する物質(NPA)を幼葉鞘の先端部に処理すると、IAAは移動できず先端部で蓄積量が増加しましたが、PAAは濃度変化が見られませんでした。また、重力刺激を受けるとIAAは活発に極性輸送されて幼葉鞘の重力側の組織で濃度が増加するのに対し、PAAはこのような濃度変化を示さないことが分かりました(図1)。

次に、根のオーキシン合成量を低下させたシロイヌナズナの変異体(yucQ)に、IAAやPAAを与えて根の回復実験を行いました。IAAはyucQの根の成長を回復させ、さらに植物に横方向から重力を加えたところ、重力屈性も回復しました。一方、PAAは根の成長を回復させましたが、重力屈性は回復させることができませんでした(図2)。これはIAAが重力に応答して極性輸送され、蓄積することにより根を屈曲させるのに対し、PAAはこの性質を持たないため根を屈曲させることが出来ないことを示しています。同じ回復実験でyucQにNAAや2,4-Dを与えたところ、両方とも同様に根の成長を回復させました。しかし、これらの植物に重力を加えたところ、NAAはIAAと同様に根の重力屈性を回復させましたが、2,4-DはPAAと同じく回復させることができませんでした(図2)。

この結果、NAAはIAAと同じように重力に応答して移動方向が変わる合成オーキシンですが、2,4-DはPAAと同様にこの特徴を示さない合成オーキシンであることが分かりました。また、2,4-Dは植物から排出されにくい性質をもつ強力な除草剤ですが、これは極性輸送されるIAAではなく、極性輸送による調節を受けないPAAと似た性質をもつためではないかと考えられます(図3)。

この他、本研究では微量の化学物質を正確に定量できる質量分析計[5]を用いてPAAを分析し、このオーキシンがコケ類を含む陸上植物に広く存在していることや、PAAの生理活性はIAAに比べると低いものの、IAAよりも植物に多く含まれていることを明らかにしました。また、シロイヌナズナではPAAの生合成と不活性化にはIAAと同じ酵素が関与している可能性が高いことも示しました。さらに、PAAがシロイヌナズナのオーキシン受容体(TIR1/AFB)と転写抑制因子(Aux/IAA)を結合させ、様々な組み合わせのオーキシン受容体複合体を形成することや、IAAとPAAが多数の共通した遺伝子を制御していることを明らかにしました。これらの結果、PAAがIAAと同じTIR1/AFB経路でオーキシン作用を示すことが分かりました。

これらの結果により、様々な植物がIAAとPAAという移動性の異なる2つのオーキシンを使って成長や環境適応を協調的に調節している可能性を示しました。

今後の期待

今後、PAAにより制御される遺伝子の詳細な解析などによってPAAの生理的役割が明らかになり、植物の成長と分化の調節の仕組みがさらに詳しく理解できるようになると期待されます。また、植物におけるPAAの輸送機構やオーキシン受容体に対する特異性を分子レベルで明らかにすることにより、2,4-Dのように優れた新しい除草剤や植物成長調整剤の開発に繋がる可能性があります。

原論文情報

  • Satoko Sugawara, Kiyoshi Mashiguchi, Keita Tanaka, Shojiro Hishiyama, Tatsuya Sakai, Kousuke Hanada, Kaori Kinoshita-Tsujimura, Hong Yu, Xinhua Dai, Yumiko Takebayashi, Noriko Takeda-Kamiya, Tatsuo Kakimoto, Hiroshi Kawaide, Masahiro Natsume, Mark Estelle, Yunde Zhao, Ken-ichiro Hayashi, Yuji Kamiya, and Hiroyuki Kasahara., "Distinct characteristics of indole-3-acetic acid and phenylacetic acid, two common auxins in plants", Plant & Cell Physiology, doi: 10.1093/pcp/pcv088

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 生産機能研究グループ
上級研究員 笠原 博幸 (かさはら ひろゆき)

笠原博幸

笠原 博幸

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. 植物ホルモン
    植物の成長を制御する化学物質の総称。一般的に植物ホルモンは植物体内で微量しか作られない。これまでに、オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、エチレン、ジャスモン酸、アブシジン酸、ブラシノステロイド、ストリゴラクトン、サリチル酸、CLEペプチドなどが知られている。
  2. オーキシン
    植物の成長や形態形成などで中心的な役割を果たす植物ホルモン。サイトカイニンと共に植物細胞分裂や細胞分化を制御することや、光や重力による植物の屈曲に関与することで有名。
  3. 極性輸送
    オーキシンは細胞間を決められた方向に輸送されており、これをオーキシン極性輸送という。主にPINタンパク質という細胞膜に存在する膜輸送体を介して極性輸送が行われると考えられている。オーキシン極性輸送によるIAAの不均等分布は、植物の細胞伸長、細胞分裂、細胞分化の調節に重要な役割を果たすと考えられている。
  4. 幼葉鞘
    単子葉植物の発芽時に芽生えを保護する円筒状の鞘。ダーウィンらも植物の光屈性の研究で利用した。
  5. 質量分析計
    化学物質の正確な質量を測定する装置。化学物質をイオン化し、その中に含まれる特徴的なイオンを使って化学物質を同定・定量する。高感度で物質を検出できるため、植物ホルモンのような微量物質の分析に有用。

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重力がトウモロコシ幼葉鞘のIAAとPAAの濃度分布に及ぼす影響

図1 重力がトウモロコシ幼葉鞘のIAAとPAAの濃度分布に及ぼす影響

トウモロコシの幼葉鞘を横向きに倒して重力を与えると、IAAは下側に活発に極性輸送されて蓄積するが、PAAの濃度分布は変わらない。

オーキシンによる根の重力屈性の回復

図2 オーキシンによる根の重力屈性の回復

根のオーキシン合成量を低下させたyucQ変異体に各オーキシンを与えて根の成長を回復させた後、横に倒して重力を与えた。極性輸送されるIAAとNAAはyucQの根の重力屈性を野生型と同程度まで回復させることができるが(矢印)、極性輸送による調節を受けないPAAと2,4-Dは回復させることができない。

オーキシンの異なる移動特性

図3 オーキシンの異なる移動特性

IAAとNAAは極性輸送されるが、PAAと2,4-Dは極性輸送とは異なる仕組みで移動する。

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