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2015年7月1日

理化学研究所

概日時計が季節を読み取る仕組みを発見

-視交叉上核の概日リズムのズレが鍵-

要旨

理化学研究所(理研)脳科学総合研究センター精神生物学研究チームの内匠透シニアチームリーダーらの国際共同研究グループは、脳の視交叉上核(しこうさじょうかく)[1]の2つの領域にある概日リズム(1日を周期として起こる体内環境の変動)が季節による日照時間の長さで同調性にズレが生じ、概日時計[2]を対応させて季節を読み取っていることを発見しました。

私たちの体には体内時計というメカニズムが存在し、ホルモンの分泌や代謝、睡眠リズムといった概日リズムを制御しています。体内環境の概日リズムの異常は、時差ボケや睡眠障害などのリズム障害を引き起こすだけでなく、ガンや生活習慣病、精神疾患とも関連していると考えられています。体内時計は、体中の細胞にある約24時間を周期とする概日時計がオーケストラのように協調し合うことで機能します。脳の視床下部にある視交叉上核は、体中の概日時計を制御し、いわばオーケストラの指揮者のような役割を果たしています。これまで視交叉上核の約1万個の神経細胞はそれぞれ約24時間周期のリズムを持ち、それらが同調することで堅固な概日リズムが形成されると考えられてきました。しかし、これでは季節による日照時間の変化に概日時計がどう対応しているのかは説明できませんでした。

国際共同研究グループは、概日リズムの形成を担う時計遺伝子[3]の発現量を可視化できる時計遺伝子レポーターマウス[4]を用いて、視交叉上核の概日リズムを画像解析しました。その結果、視交叉上核の概日リズムは一様に同調しているのではなく、視交叉上核の背側領域と腹側領域の2つの領域に含まれる細胞群で、概日リズムの位相にズレが生じることを見いだしました。さらに、画像データの数学的解析とシミュレーションを組み合わせて解析したところ、この2つのグループの同調性のズレが、夏には反発しあって大きくなり、冬には引き合って小さくなるというように、季節による日照時間の変化に伴って変動することを発見しました。このような多様性のある同調メカニズムによって、視交叉上核は1日の周期だけでなく、1年の周期も読み取っていることが明らかになりました。

本成果は概日時計が季節による日照時間の変化に対応するメカニズムの一端を明らかにしました。季節性感情障害[5]など、日照時間の変化に関連して発症すると考えられる精神疾患などの解明につながる可能性もあります。

本研究は、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)研究グラントを得て行われました。

本研究は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of SciencePNAS)』オンライン版(6月29日付け:日本時間6月30日)に掲載されました。

※国際共同研究グループ

理化学研究所脳科学総合研究センター 精神生物学研究チーム
シニアチームリーダー 内匠 透(たくみ とおる)
研究員 Jihwan Myung(ミョン・ジーワン)

沖縄科学技術大学院大学
教授 Erik De Schutter(デシュッター・エリック)
研究員 Sungho Hong(ホング・ソンホ)

米国ミシガン大学数学部
教授 Daniel Forger(フォージャー・ダニエル)
大学院生 Daniel DeWoskin(デウォスキン・ダニエル)

背景

私たちの体には、約24時間周期でさまざまな体内現象のタイミングを調節している体内時計というメカニズムが存在します。体内時計はホルモンの分泌や代謝、睡眠リズムといった概日リズム(1日を周期として起こる体内環境の変動)を制御しています。体内環境の概日リズムに異常が起きると、時差ボケや睡眠障害などのリズム障害を引き起こすだけでなく、ガンや生活習慣病、精神疾患を引き起こす要因にもなると考えられています。体内時計は、体中の細胞にある約24時間を周期とする概日時計がオーケストラのように協調し合うことで機能します。脳の視床下部には視交叉上核(しこうさじょうかく)という約1万個の神経細胞からなる神経核があり、体中の概日時計を制御し、いわばオーケストラの指揮者のような役割を果たしています。

地球上に生息する生物の体内時計は、1日周期で体内環境を調整するだけでなく、季節による日照時間の変化に対応して概日リズムを調整する必要があります。これまで、視交叉上核の個々の神経細胞が季節による日照時間の変化に概日時計を合わせ、それらが同調することで季節に対応した概日リズムが形成されると考えられてきました。しかし、視交叉上核の個々の神経細胞の概日リズムは日照時間が変化しても変わらないことが示され、単純な同調という仕組みでは、概日時計が季節による日照時間の変化に対応する現象を説明できませんでした。

視交叉上核の個々の神経細胞の概日リズムは一様に同調している訳ではなく、大きく分けて背側領域と腹側領域に含まれる細胞群で、リズム位相にズレが生じていることが報告されています。国際共同研究グループは、この視交叉上核内の2つのグループ間の概日リズムのズレが、季節による日照時間の変化と関連しているのではないかと考えました。そこで、概日リズムの形成を担う時計遺伝子の発現量を可視化することで、視交叉上核の個々の神経細胞の概日リズムを、数学的解析とシミュレーションを組み合わせて解析し、神経細胞同士の概日リズムの位相のズレを解析しました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、概日リズムに合わせて発現量が変化する時計遺伝子の1つ、Bmal1遺伝子[6]の調節領域の下流にルシフェラーゼ[7]とよばれるタンパク質をつなぎました。さらにBmal1遺伝子の発現量を可視化できるレポーターマウスを異なる日照時間条件で飼育し、視交叉上核を取り出して神経細胞の概日リズム周期を解析しました。その結果、概日リズムが比較的同調している背側領域と腹側領域の2つのグループ間の概日リズムの位相のズレは、日照時間が長くなると大きくなることが分かりました(図1)。

概日リズムは、太陽光の照射を引き金に分子時計遺伝子群[8]によって調節されることが知られています。分子時計遺伝子群は、複数のタンパク質の合成と分解による複雑なフィードバックループを制御し、この過程は数学的モデルによって裏付けられています。このような数学的モデルおよびシミュレーションを用いた解析から、実験で観察された視交叉上核内の2つのグループ間の概日リズムのズレと日照時間の長さの関係は数理モデルによっても観察され、理論的に裏付けられることが分かりました。

国際共同研究グループは、次に視交叉上核の2つのグループの概日リズムのズレが生じるメカニズムを調べました。視交叉上核の背側領域と腹側領域では、抑制性神経細胞の主な受容体であるGABA-A受容体[9]の働き方が異なることが報告されています。このことから、国際共同研究グループはGABA-A受容体の働きがこの2つのグループ間の概日リズムのズレを生じる可能性があると考えました。

そこで、Bmal1遺伝子レポーターマウスを長い日照時間条件で飼育した後、その視交叉上核を取り出してGABA-A受容体の阻害剤Gabazine(GBZ)を加えて培養し、視交叉上核の神経細胞の概日リズム周期を解析しました。その結果、視交叉上核の2つのグループの概日リズムのズレはGABA-A受容体の阻害剤による処理により不明瞭になりました(図2)。

GABAはアミノ酸の神経伝達物質で通常は抑制性の神経伝達物質です。視交叉上核の神経細胞では、細胞内塩素濃度が高いとGABAは細胞を脱分極させ興奮性として働くことが知られています。興奮性GABA、抑制性GABAは細胞内の塩素濃度によって変わります。実際に視交叉上核内の塩素濃度を測定することにより、塩素濃度の均衡バランスの調節が、視交叉上核が日照時間を読み取る上で重要なことが分かりました。

今後の期待

今回国際共同研究グループは、体内時計の中心的役割を担っている脳の視交叉上核において、背側領域と腹側領域の2つのグループの概日リズムの同調性のズレが、夏には反発しあって大きくなり、冬には引き合って小さくなるというように、季節による日照時間の変化に伴って変動することを見いだし、視交叉上核は1日の周期だけでなく、1年の周期も読み取っていることを明らかにしました。

季節の変化に伴って気分の変調をきたす季節性感情障害(いわゆる季節性うつ病)は、日照時間の減少する冬にうつ病様の症状を示す精神疾患です。この疾患では、概日リズムに伴って増減するメラトニンという物質の関与が指摘されていますが、その発症メカニズムはまだ解明されていません。今後、視交叉上核における季節変化による概日リズムの調節メカニズムの解明が進めば、こうした疾患の発症メカニズムの理解につながるかも知れません。

原論文情報

  • Jihwan Myung, Sungho Hong, Daniel DeWoskin, Erik De Schutter, Daniel B Forger and Toru Takumi, "GABA-mediated repulsive coupling between circadian clock neurons in the SCN encodes seasonal time", Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America, doi: 10.1073/pnas.1421200112.

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 精神生物学研究チーム
チームリーダー 内匠 透(たくみ とおる)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.視交叉上核
    脳の視床下部に存在する神経核で、ほ乳類の概日リズムの中枢。動物の視交叉上核を破壊すると概日リズムがなくなることが知られている。
  • 2.概日時計
    約24時間の周期を有する生物リズム。24時間周期で自転する地球環境に適応するために生物が獲得した基本的生命現象と考えられている。地球上に棲むほぼすべての生物が概日リズムを有しているとされる。
  • 3.時計遺伝子
    概日リズムに関わる遺伝子群。概日リズムの異常を示す変異体から見いだされた period遺伝子が最初の時計遺伝子である。 period遺伝子の発現自体に概日リズムがみられることから、その概日リズム変動の分子メカニズムとして、転写翻訳のフィードバップループが提唱され、それらを構成する中心的遺伝子を時計遺伝子と呼ぶ。
  • 4.レポーターマウス
    各種のイメージング手法等を用いて遺伝子発現をモニターできるマウス。
  • 5.季節性感情障害
    気分障害が季節依存性に発症すること。例えば、冬に日照時間が短くなる北欧では、冬にうつ症状が強くなる患者がみられ、光療法が有効であるとされる。
  • 6.Bmal1遺伝子
    転写因子で時計遺伝子の1つであり、その発現には概日リズムがみられる。 Bmal1単独のノックアウトマウスの行動リズムは概日リズムが消失することから、時計遺。伝子群の中でも中心的な分子と考えられている。
  • 7.ルシフェラーゼ
    ルシフェリン(発光素)を基質にルシフェラーゼが作用すると発光する。この発光現象を利用して、遺伝子のレポーターアッセイなどが行われる。
  • 8.分子時計遺伝子群
    時計遺伝子の概日リズム転写発現を説明するメカニズムとして、時計分子のフィードバックループが知られており、そのフィードバックループを構成する時計遺伝子群を指している。例えば、時計遺伝子 PeriodBaml1などの転写因子型時計遺伝子がポジティブ因子として働き、その転写・翻訳の結果産生されたPeriodタンパク質はネガティブ因子として自らの転写を抑制するネガティブフィードバックループを形成する。
  • 9.GABA-A受容体
    GABAはアミノ酸の神経伝達物質で通常は抑制性の神経伝達物質として知られている。GABA-A受容体はGABA受容体の1つでイオンチャンネル型受容体。視交叉上核の神経細胞では、細胞内塩素濃度が高いとGABAは細胞を脱分極させ興奮性として働く。
視交叉上核内の2つの概日リズムの図

図1 視交叉上核内の2つの概日リズム

視交叉上核内の2つの領域、背側視交叉上核と腹側視交叉上核は、特に日照時間が長いとリズムの位相にずれがみられる。

視交叉上核の2つのグループのリズムのズレの消滅の図

図2 視交叉上核の2つのグループのリズムのズレの消滅

3時間おきの視交叉上核のルシフェラーゼ活性の画像。濃い赤は活性のピークを、濃い青が50%以下の活性を、それぞれ示している。GABA-A受容体の阻害剤であるGabazine(GBZ)を加えると(下)、加えない場合(上)に比べて、背側視交叉上核と腹側視交叉上核に含まれる細胞群のリズムのズレが曖昧になり、視交叉上核全体が一様な色に近くなり、時間の幅も広がっている。

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