広報活動

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2015年7月1日

理化学研究所
大阪大学
東京大学
科学技術振興機構

固体中で非局所量子もつれを実証

-量子計算機等の基盤となるもつれ電子対発生器の実現へ大きな一歩-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター量子機能システム研究グループの樽茶清悟グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、量子効果デバイス研究チームのラッセル・スチュワート・ディーコン研究員、大阪大学産業科学研究所の大岩顕教授、東京大学生産技術研究所の平川一彦教授らの共同研究グループは、超伝導体[1]中の電子対、「クーパー対[2]」を構成する2つのもつれた電子を2つの量子ドット[3]へそれぞれ分離し、その後、別の超伝導体の中で再び結合させて検出することに成功しました。このことにより、空間的に離れた2個の電子の間に非局所性[4]量子もつれ[5](非局所量子もつれ)が存在することを初めて確認しました。

もつれた対状態にある2つの粒子は、空間的に離れていても、1つの粒子に対する測定が、瞬時に残りの粒子に影響します。この現象は量子状態の情報を長距離伝送する量子テレポーテーション[6]の実験などで実証されています。こうした実験の鍵は、もつれた粒子対をどのように生成するかという点にあります。しかし、これまで、非局所量子もつれを固体デバイス中で実現するのは困難だとされてきました。これは、固体の中の電子は乱れた環境にあり、もつれ電子対を1つだけ生成し、それを空間分離することが難しいためです。

共同研究グループは、超伝導体中のクーパー対から1つのもつれ電子対を取り出し、電子対を構成する2つの電子を2つの量子ドットへそれぞれ分離する新しいナノデバイスを開発しました。そして、分離した電子を別の超伝導体中で再び結合したときに生じる超伝導電流を観測することで、空間的に離れた2個の電子スピンの間に非局所量子もつれが存在することを初めて確認しました。

この成果は、量子計算機や量子通信などの基盤となる、もつれ電子対発生器の実現に向け重要なステップとなります。

本研究は、科学技術振興機構(JST)の国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム)日独共同研究「ナノエレクトロニクス」の研究の一環として行われました。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(7月1日付け)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所
創発物性科学研究センター 量子効果デバイス研究チーム
研究員 Russell Stewart Deacon (ラッセル・スチュワート・ディーコン)

創発物性科学研究センター 量子機能システム研究グループ
グループディレクター 樽茶 清悟 (たるちゃ せいご)(東京大学大学院工学系研究科 教授)

大阪大学 産業科学研究所 量子システム創成研究分野 大岩研究室
教授 大岩 顕(おおいわ あきら)

東京大学 生産技術研究所 平川研究室
教授 平川 一彦 (ひらかわ かずひこ)

背景

量子力学は、量子(原子、電子、中性子、陽子、光子、イオンなど)の微視的な物理現象を記述する理論です。デンマークの理論物理学者、ニールス・ボーアは「量子力学の育ての親」と称されており、原子構造の研究が評価され、1922年にノーベル物理学賞を受賞しました。一方、量子力学と同様に現代物理学の根幹をなす相対性理論を確立したアルバート・アインシュタイン(1921年ノーベル物理学賞受賞)と、ボリス・ポドルスキー、ネイサン・ローゼンの3人は1935年、量子もつれ(複数の粒子が量子力学で説明できる特殊な相関によって結合している状態)に起因する、いわゆるEPR (Einstein-Podolsky-Rosen)パラドックス[7]に関する思考実験についての論文を発表しました。この論文では、「相対論を破らずに、遠く離れた2つの粒子の片方の観測が他方の状態に影響を与えることを量子力学の記述では証明できない」としています。

しかし、この論文発表後に行われた数多くの実験によって、2つの粒子は、その性質が単一の波動関数[8]で記述できる、量子力学的にもつれた状態となりうることが実証され、「量子力学の記述で証明できる」ことが分かりました。もし、対をなす2つの粒子(クーパー対)が物理的に離れていても、対の一方の粒子を測定すると、もう一方の粒子の状態も確定します。このように、もつれた対状態にある2つの粒子は、空間的に離れていても、1つの粒子に対する測定が、瞬時にもう一方の粒子に影響します。この現象は量子の「非局所性」と呼ばれ、もつれ光子や捕捉イオンを使って、量子状態の情報を長距離伝送する量子テレポーテーションの実験などで実証されています。こうした実験の鍵は、もつれた粒子対をどのように生成するかという点にあります。しかし、これまで、空間的に離れた、もつれた対状態にある2つの粒子(非局所量子もつれ)を固体デバイス中で実現するのは困難だとされてきました。これは、固体の中の電子は乱れた環境にあるため、「もつれ電子対」を1つだけ生成し、2つの電子を空間的に分離することが難しいためです。

もつれ電子対を生成するデバイスとして、超伝導体を使う方法が提案されています。超伝導体は、ある温度以下になると、物質中をばらばらに動き回っていた電子が電子対を作って、全体が1つの波のような状態になり、電気抵抗がゼロになる物質です。ただし、電子対を構成する2つの電子を空間的に分離し、それぞれを独立に操作できる非局所もつれ電子対を作るのは容易ではなく、その技術開発は挑戦的な課題です。電子対の空間分離は、ナノスケールの半導体の島状構造である量子ドットを2つ使うことで実現できます。量子ドットはサイズが極めて小さいために2個の電子が同時に占有しにくいため、電子1個だけを通すフィルターとして動作します。最近、電子対を構成する2つの電子を2つの量子ドットへ高効率で分離する実験は報告されていますが、空間分離した2つの電子がもつれ状態を維持していることを実証した例はありませんでした。

そこで共同研究グループは、超伝導体と量子ドットからなるナノデバイスを新たに開発し、空間分離した2つの電子がもつれ状態を維持していることの実証に挑みました。

研究手法と成果

共同研究グループは、超伝導体中の電子対から1つのもつれ電子対を取り出し、空間的に離れた2つの量子ドットへ分離する新しいナノデバイスの開発に成功しました(図1)。

2つの電子がもつれ状態を維持していることを実証するためにガリウムヒ素(GaAs)基板上に半導体インジウムヒ素(InAs)の島状構造からなる2つの量子ドットを作製しました(図2)。2つの量子ドットを並列に配置し、その両端にアルミニウム電極を取り付けました。測定温度の30 ミリケルビン(mK、1Kは-272.15℃)ではアルミニウム電極は超伝導になっています。この素子を流れる電流は単一電子ではなく、非散逸な超伝導電流として、クーパー対、すなわち、もつれ電子対により運ばれます。それぞれの量子ドットは大きさが十分に小さいので、1つのドットを2つの電子が同時に占有しにくくなります。その結果、優先的に2つのドットにクーパー対の2つの電子が分離する過程を介して、超伝導電流が流れるようになります。このクーパー対の非局所性のトンネル効果[9]は、超伝導電流の測定により確認できます。

実験の結果、超伝導電流が観測され、これにより、2つの電子が、空間分離して各ドットをトンネル(通過)する間、もつれ状態を維持していることが実証されました(図3)。さらにゲート電極でそれぞれの量子ドットを独立に制御して、各ドットの単一電子トンネルを実効的にオン/オフすることで、非局所伝導のオン/オフにも成功しました。

今後の期待

量子もつれは、量子計算機や量子通信のシステムを構築するために基盤となる概念であり、もつれ電子対の生成を実現することは非常に重要です。今回の研究の結果は電子もつれ対の発生器を実現したもので、固体素子中で量子もつれを研究する新しい機会を拓くという点で画期的な成果です。この成果をさらに発展させ、量子計算や量子テレポーテーションによるチップ上の量子通信に必要な、“オンデマンド”非局所スピンもつれ電子対の発生器を実現することが次の目標になります。

原論文情報

  • Russell Stewart Deacon, Akira Oiwa, Juergen Sailer, Shoji Baba, Yasushi Kanai, Kenji Shibata, Kazuhiko Hirakawa and Seigo Tarucha, "Cooper pair splitting in parallel quantum dot Josephson junctions", Nature Communications, doi: 10.1038/ncomms8446

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 量子情報エレクトロニクス部門 量子機能システム研究グループ
グループディレクター 樽茶 清悟 (たるちゃ せいご)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)

創発物性科学研究センター 量子情報エレクトロニクス部門 量子効果デバイス研究チーム
研究員 Russell Stewart Deacon (ラッセル・スチュワート・ディーコン)

大阪大学 産業科学研究所 量子システム創成研究分野 大岩研究室
教授 大岩 顕 (おおいわ あきら)

東京大学 生産技術研究所 平川研究室
教授 平川 一彦 (ひらかわ かずひこ)

樽茶清悟グループディレクターとラッセル・スチュワート・ディーコン研究員

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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kouhou [at] sanken.osaka-u.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

東京大学大学院 工学研究科 広報室
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補足説明

  1. 超伝導体
    超伝導とは、ある温度以下で電気抵抗がゼロになり、電気が永遠に流れ続ける状態。電気抵抗がゼロになる温度を臨界温度と呼ぶ。超伝導体は臨界温度以下で電気抵抗が消失するという超伝導転移を起こす。超伝導状態では電子は一重項波動関数で記述できるクーパー対を形成する。
  2. クーパー対
    超伝導状態では、フェルミ面付近傍の電子の間にフォノンを媒介とした引力相互作用に働く結果、反平行のスピンを持つ電子対が形成される。この電子対は、スピン状態がスピン1重項、全運動量がゼロの束縛状態となっている。
  3. 量子ドット
    電子をナノメートルサイズの箱のような微小空間に閉じ込めることにより、量子力学で記述される離散的な電子状態を持つ。原子との類似性から人工原子とも呼ばれる。
  4. 非局所性
    量子もつれに共通する概念で相関を持つ2つの粒子が空間的に離れていること。
  5. 量子もつれ
    複数の粒子が量子力学で説明できる特殊な相関(量子相関)によって結合している状態。この状態にあるクーパー対は、片方の粒子の状態を測定すると、同時にもう片方の状態も確定するという性質を持つ。この2つの粒子が離れていてもこのもつれ状態を保つことを量子非局所性という。
  6. 量子テレポーテーション
    量子もつれと古典通信を使って量子状態(量子情報)を遠隔地に伝送する手法。もつれた2粒子を用意して、その片方をある粒子と相互作用させることにより、離れたもう片方の粒子に、そのある粒子の状態を復元する。
  7. EPRパラドックス
    量子もつれ状態にある2粒子の非局所相関に関して、アインシュタイン、ポドルスキー、ローゼンの3人が提唱した思考実験に基づく逆説で、「相対論を破らずに、遠く離れた2粒子の片方の観測が他方の状態に影響を与えることを量子力学の記述では証明できない」とする。これに対して、ボーアは、この逆説は、2つの相関関係にある2粒子の状態を一体で扱わずに個別の観測問題として考えたことに因るとした。これは、片方の観測は2粒子全体の系に影響することを意味するもので、このような非局所相関の存在は、その後の実験によって検証されている。
  8. 波動関数
    量子力学において粒子の波としての性質を表す関数で、確率振幅に相当する。この関数の絶対値を2乗したものが、粒子の存在する確率を意味する。
  9. トンネル効果
    古典的な粒子としては乗り越えることができないポテンシャル障壁を、量子力学的な波としては、不確定性原理により透過してしまう現象。粒子の持つ波としての確率振幅が障壁の反対側に染み出す。

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開発したナノデバイスの概念図

図1 開発したナノデバイスの概念図

矢印は「もつれ電子対」の流れを表している。2つの超伝導体の間には、2個の量子ドットがあり、もつれ電子対を構成する電子を1個ずつ、それぞれの量子ドットに分離できる。

素子の電子顕微鏡写真

図2 素子の電子顕微鏡写真

2つの量子ドットはガリウムヒ素(GaAs)基板上に載った、インジウムヒ素(InAs)の微小島(赤色)で、その両端にはアルミニウムの超伝導電極(青色)がある。上と下の2つのゲート電極(緑色)により2つの量子ドットの単一電子トンネルを独立にオン/オフすることができる。

上と下の2つのゲートを制御して測定した超伝導スイッチング電流のプロット図

図3 上と下の2つのゲートを制御して測定した超伝導スイッチング電流のプロット

スイッチング電流はクーパー対による非散逸超伝導電流を反映している。横と縦の白い破線ではそれぞれのドットが共鳴状態にあり、交差点以外では2電子が1つのドットを占有することで超伝導電流が流れるが、図ではほとんど見られない。実験結果は、2つのドットが同時に共鳴状態にあってクーパー対を作る2電子が別々の経路で素子を流れる場合のみ超伝導電流がよく流れることを示している。

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