広報活動

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2015年7月6日

理化学研究所
茨城大学

電子回路の「くびれ」に生じる微小な磁化を測定

-ナノスケール素子の磁気特性を測定する新手法を開発-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関量子伝導研究チームの川村稔専任研究員、量子凝縮相研究チームの河野公俊チームリーダーと茨城大学工学部の青野友祐准教授らの共同研究グループは、これまで測定することができなかった、量子ポイントコンタクト[1]の微小な磁化の測定に世界で初めて成功しました。

量子ポイントコンタクトには、半導体の電子回路に設けられた微細な電子の通り道である「くびれ」が存在します。くびれの幅を狭くしていくに従い電気伝導度は階段状に変化し、電気伝導度がゼロになる直前の最後の段差においては「階段になりかけの構造」が現れます。この構造は「0.7異常」と呼ばれ、なぜこの現象が起こるのか、その原因について過去20年間にわたって論争が続いていました。いくつかの理論モデルでは、量子ポイントコンタクトにおいて電子スピン[2]が揃うことで出現する磁化が、0.7異常に関与していると指摘しています。しかし、量子ポイントコンタクト内部の磁化は小さすぎるため測定できず、この理論モデルを証明することはできませんでした。

共同研究グループは、量子ポイントコンタクトにおいて電子スピンが揃うことによる磁化の変化が0.7異常に関与するのであれば、磁化の変化により量子ポイントコンタクトからの核磁気共鳴(NMR)[3]の共鳴周波数も変化すると考えました。したがって、量子ポイントコンタクトにおける磁化の出現は、共鳴周波数の変化によって調べることが可能です。また、量子ポイントコンタクトを流れる電子スピンと、半導体を構成しNMRを起こす原子核の核スピンは弱く相互作用しています。このため、電気伝導度を測定することによって共鳴周波数の変化が検出できると考えました。

共同研究グループは、このような測定方法の工夫により、従来は不可能とされた、量子ポイントコンタクト内部に生じる電子スピン数個分の小さい磁化を測定することに成功しました。本研究は、量子ポイントコンタクトの0.7異常問題を解決する糸口を与えるとともに、これまで直接測定することが困難だったナノスケール構造の磁気的特性測定への応用が期待できます。

本研究は、文部科学省科学研究費補助金・若手研究A「抵抗検出型核磁気共鳴によるメソスコピック系のスピン計測」の一環として行われました。成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』へ近日中に掲載されます。

※共同研究チーム

理化学研究所研究所 創発物性科学研究センター
強相関物理部門
強相関量子伝導研究チーム
専任研究員 川村 稔(かわむら みのる)

量子情報エレクトロニクス部門
量子効果デバイス研究チーム
専任研究員 大野 圭司 (おおの けいじ)

量子システム理論研究チーム
上級研究員 Peter Stano (ピーター・スタノ)

量子凝縮相研究チーム
チームリーダー 河野 公俊 (こうの きみとし)

茨城大学 工学部
准教授 青野 友祐(あおの ともすけ)

背景

現代の半導体微細加工技術を用いれば、数十ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)まで微細化された加工精度で半導体素子を作製することが可能です。一方、量子力学によると、電子は粒子であると同時に波であるという性質を持っています。数十nm単位で微細加工された素子では、電子が持つ波の性質が顕わになり、素子の応答に量子力学効果[4]が現れます。例えば、「量子ポイントコンタクト」(図1)(図2)における半導体の電子回路に設けられた微細な電子の通り道である「くびれ」の幅を数十nm程度まで狭くすると、電気伝導度は階段状に変化します。この現象は、半導体中の電子の波動性を実証した最も単純な例の一つとして知られています。この現象について、1996年にイギリスの研究グループは電気伝導度がゼロになる直前の最後の段差において、通常の階段構造に加えて階段になりかけの構造が現れることを発見しました(図3)。この構造は、「0.7異常」と呼ばれています。0.7異常の発見から現在までの約20年にわたり、この原因を説明するために様々な理論モデルが提唱されましたが、いずれも決定的な証拠を得るには至らず、0.7異常は未解明な問題として残されてきました。

これまでに提唱されたいくつかのモデルでは、電子間に働くクーロン相互作用によって、量子ポイントコンタクト内部の電子スピンの間に相関が生じて、磁化を発現することが予測されています。その磁化を測定すれば、0.7異常の原因を解明する手掛かりが得られると考えられていました。しかし、数十nmの量子ポイントコンタクトに含まれる電子数はわずか数個しかありません。このようなわずかな磁化を測定することは難しく、高感度の磁化測定方法の開発が必要でした。

研究手法と成果

共同研究グループは、量子ポイントコンタクトにおいて電子スピンが揃うことにより0.7異常を起こすのであれば、磁化の変化により量子ポイントコンタクトからの核磁気共鳴(NMR)の共鳴周波数も変化すると考えました。したがって、量子ポイントコンタクトにおける磁化の出現は、共鳴周波数の変化によって調べることが可能と言えます。共鳴周波数の変化を調べることにより、量子ポイントコンタクト内部に生じる電子スピン数個分の小さい磁化を測定することが可能になります。しかし、共鳴周波数の変化を直接捉えることは困難です。

そこで、共同研究グループは、量子ポイントコンタクトを流れる電子スピンと、半導体を構成しNMRを起こす原子核の核スピンが弱く相互作用することに着目しました。磁化によるNMRの共鳴周波数の変化を量子ポイントコンタクトの電気伝導度の変化として検出することで、局所的な情報を得ることに成功しました。

実験に用いた量子ポイントコンタクトは、半導体ヘテロ接合界面に形成される2次元電子系[5]を、静電ゲートを用いて狭めることによって作製しました。静電ゲート電圧によって、「くびれ」の幅を変えることができます。磁化および電気伝導度の測定結果から、「0.7異常」があらわれるくびれの幅において、量子ポイントコンタクトの磁化は最大になることが分かりました。共同研究グループは、この測定結果が電子間に働くクーロン相互作用を取り入れた理論モデルの計算結果とよく一致することも示しました。

今後の期待

共同研究グループの開発した測定方法によって、これまで不可能だった量子ポイントコンタクトにおける高い感度での磁化の測定が可能となりました。本研究成果は、長年の未解決問題であった「0.7異常」の理解が進むことが期待できるとともに、これまで直接測定が困難だったナノスケール物質の磁気特性測定への応用が期待できます。

原論文情報

  • Minoru Kawamura, Keiji Ono, Peter Stano, Kimitoshi Kono, and Tomosuke Aono, "Electronic magnetization of a quantum point contact measured by nuclear magnetic resonance", Physical Review Letters, doi: 10.1103/PhysRevLett.115.036601

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関量子伝導研究チーム
専任研究員 川村 稔 (かわむら みのる)

創発物性科学研究センター 量子情報エレクトロニクス部門 量子凝縮相研究チーム
チームリーダー 河野 公俊 (こうの きみとし)

茨城大学 工学部
准教授 青野 友祐 (あおの ともすけ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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茨城大学 広報室
Tel: 029-228-8008 / Fax: 029-228-8019
koho-prg [at] ml.ibaraki.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
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補足説明

  1. 量子ポイントコンタクト
    電子回路の一部を電子の波長程度まで狭くした「くびれ」のこと。電子の波動性が顕著になり、「くびれ」幅を狭くするに従い、電気伝導度が階段状に変化する現象が現れる。1988年にオランダとイギリスのグループにより独立に実現された。
  2. 電子スピン
    電子は負の電荷を持つと同時に、小さな磁石としても振る舞う。電子スピンとはこの磁石としての性質のこと。電子スピンが特定の方向に揃うと、強磁性体となり磁化を生じる。
  3. 核磁気共鳴(NMR)
    磁場中に置かれた原子核が、固有の周波数を持った電磁場と共鳴し、エネルギーを放出・吸収する現象。共鳴する電磁場の周波数が、原子核の置かれている場所の磁場に敏感であることを利用して、分子構造解析などに用いられる。NMRはnuclear magnetic resonanceの略。
  4. 量子力学効果
    ミクロの世界(波動性と粒子性を同時に有する)を記述する量子力学に基づく効果。一般にマクロな世界では対応原理に基づいて古典力学で記述できる場合が多い。量子力学的効果がマクロに現れるよく知られた例には、超伝導現象などがある。
  5. 半導体ヘテロ接合界面に形成される2次元電子系
    半導体ヘテロ結合界面とは異種の半導体材料をつなぎ合わせた界面のこと。それぞれの材料の性質の違いを反映して、接合界面に電子を溜めることができ、界面に溜まった電子を2次元電子系と呼ぶ。本研究では、ガリウム砒素とアルミニウムガリウム砒素のヘテロ接合を用いた。

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量子ポイントコンタクトの概念図

図1 量子ポイントコンタクトの概念図

ガリウム砒素とアルミニウムガリウム砒素の界面に閉じ込められた2次元電子系を用いて作製した。アルミニウムガリウム砒素の上に電子線リソグラフィーによって静電ゲート電極を作製し負の電圧を加えることによって、2次元電子系に数十nm幅の電子の通路である「くびれ」を形成する。

量子ポイントコンタクトの電子顕微鏡写真

図2 量子ポイントコンタクトの電子顕微鏡写真

実験で用いた量子ポイントコンタクトと同時に作製した素子の電子顕微鏡写真。黄色い綿状に見える物質は静電ゲート電極で、グレーの部分はアルミニウムガリウム砒素の基板表面。

量子ポイントコンタクトの電気伝導度と0.7異常の図

図3 量子ポイントコンタクトの電気伝導度と0.7異常

静電ゲートに負の電圧を加え、量子ポイントコンタクトの「くびれ」の幅が狭くなるに従い、電気伝導度は階段状に減少する。伝導度がゼロになる直前(拡大部分)で「0.7異常」と呼ばれる「階段になりかけの構造」が出現する。

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