広報活動

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2015年7月14日

理化学研究所
東京大学大学院工学系研究科

スキルミオンの構造を制御する新原理を開拓

-応力による結晶の歪みでスキルミオン構造が変化することを発見-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関物性研究グループの柴田基洋研修生(東京大学大学院 工学系研究科 博士課程 大学院生)、創発物性科学研究センターの十倉好紀センター長(東京大学大学院 工学系研究科 教授)、永長直人副センター長(東京大学大学院 工学系研究科 教授)、日立製作所中央研究所の谷垣俊明研究員らの共同研究グループは、省電力磁気メモリ素子の情報担体[1]などへの応用が期待されるナノサイズの渦状磁気構造体「スキルミオン[2]」の構造が、応力により大きく変化することを実験的に発見し、理論的な検証にも成功しました。

スキルミオンは、他の磁気構造体と比べ10万分の1程度の微小な電流によって駆動できるなどの優れた性質を持ち、高速・省電力な磁気メモリ素子への応用が期待されています。スキルミオンを利用するにあたっては、その構造を外場[3]によって制御する手段の開発や、その制御原理の解明が重要です。

共同研究グループは、温度変化した際に形状や寸法の変化の違いで生じる熱応力[4]によって、冷却時に一軸引張応力[5]が生じるように工夫した試料を作製しました。試料に一軸引張応力を加えた状態でローレンツ透過型電子顕微鏡法[6]を用いてスキルミオンの構造を観測したところ、試料の微小な歪(0.3%)に対して、スキルミオン結晶[2]や個々のスキルミオンの形状が大きく歪む(20%)ことを発見しました。また、スキルミオンの構造が大きく歪んだ原因を、通常は強度がどの方向にも等しい「ジャロシンスキー-守谷相互作用[7]」に一軸応力が加わったことで、各方向に依存して異なる強度を持つように変化したためと考え、その状況に対応する理論モデルを考案しました。理論モデルに対して磁気構造シミュレーションと解析計算を行ったところ、実験結果をよく再現する結果を得ることができました。

これらの成果は、スキルミオンの構造に異方的な応力が与える大きな影響を初めて観測したもので、スキルミオンを制御するための外場として応力が有効活用できる可能性を示すものです。

本研究は、最先端研究開発支援(FIRST)プログラム「原子分解能・ホログラフィー電子顕微鏡の開発とその応用」及び「強相関量子科学」の支援を受けて実施されました。成果は、英国の科学雑誌『Nature Nanotechnology』(7月1日号)、オンライン版(6月1日付け:日本時間6月1日)に掲載されました。

※共同研究グループ

理化学研究所
創発物性科学研究センター
強相関物理部門
強相関物性研究グループ
研修生 柴田 基洋 (しばた きよう)(東京大学大学院 工学系研究科 博士課程 大学院生)

強相関理論研究グループ
研修生 岩崎 惇一 (いわさき じゅんいち)(東京大学大学院 工学系研究科 博士課程 大学院生)

量子情報エレクトロニクス部門
創発現象観測技術研究チーム
チームリーダー 進藤 大輔 (しんどう だいすけ)(東北大学 多元物質科学研究所 教授)

創発物性科学研究センター
センター長 十倉 好紀 (とくら よしのり)(東京大学大学院 工学系研究科 教授)
副センター長 永長 直人 (ながおさ なおと)(東京大学大学院 工学系研究科 教授)

日立製作所 中央研究所
ライフサイエンス研究センタ 超電顕プロジェクト
研究員 谷垣 俊明 (たにがき としあき)

ローム株式会社 研究開発本部
パワーエレクトロニクス研究開発ユニット 基盤技術開発グループ
研究員 久保田 将司 (くぼた まさし)(研究当時)

背景

近年発見されたスキルミオンと呼ばれる渦状の磁気構造体は、強磁性体における磁壁など他の磁気構造体と比べ10万分の1程度の微小な電流密度で駆動できるなどの工学的に優れた特性を持つため、高速・省電力な次世代の磁気メモリ素子における情報担体としての応用が期待されています。スキルミオンを実際に応用するにあたっては、スキルミオンの構造を外場により制御する手法の開拓や、その制御原理の解明が重要です。

一部の強磁性体では一軸応力によって磁気モーメントの向きが変化する現象が知られており、応力印加は磁気構造を制御するための手段の1つといえます。そこで、共同研究グループは、スキルミオンの構造についても、応力が与える効果を調べることにしました。スキルミオンの構造に対する応力の効果は、これまで静水圧による等方的な圧力印加のみが知られており、一方向のみに働く応力が与える影響については調べられていませんでした。

研究手法と成果

共同研究グループは、スキルミオンが広い温度と磁場の条件下において観測されている鉄とゲルマニウムの化合物(FeGe)を利用し、異方的な応力がスキルミオンの構造に与える影響を観察しようと試みました。そこで、熱応力を利用することにより、冷却により応力を加えることができる図1のような試料を作製し、試料に一軸の引張応力を加えた状態でローレンツ透過型電子顕微鏡法を用いてスキルミオンの構造を観測しました。

ローレンツ透過型電子顕微鏡法を用いると、スキルミオンの形状や位置を斑点状のコントラストとして観察することができます。そこで、個々のスキルミオンの形状とスキルミオン結晶の構造を観察し、その構造が応力によってどのように変化するかを調べました。観察したローレンツ透過型電子顕微鏡法によるスキルミオンの観察像を図2に示します。引張応力が小さい高温の260ケルビン(K)では三角格子状に整列した円状のスキルミオンが観測されスキルミオン結晶の歪みは見られませんでした(図2a)。一方、引張応力が大きい低温の95Kでは試料の橋渡し方向にスキルミオン結晶が歪んでいる様子が観察されました(図2b)。個々のスキルミオン構造についても同様に、引張応力が大きい95Kでは歪みが見られました。

さらに、共同研究グループは観察されたスキルミオンの構造変化の原因として、本来方向によらない「ジャロシンスキー-守谷相互作用」の強度が、一軸応力の影響によって方向に依存して異なる異方的な状態に変化したためであると考え、その状況に対応する理論モデルを考案しました。理論モデルについて「Landau-Lifshitz-Gilbert方程式[8]」に基づくシミュレーションと解析計算を行った結果、実験結果をよく再現する結果を得ました(図3)。

これらの結果から、FeGeにおいては非常に小さい異方的な格子歪(0.3%)が、Dzyaloshinskii-守谷相互作用を敏感に変化させ、スキルミオンの構造を大きく変形(20%)させることが明らかになりました。

なお、本研究は理研創発物性科学研究センター創発物性科学研究支援チーム、物質評価支援ユニットによる支援を受けて行われました。

今後の期待

本研究は、スキルミオンの構造に異方的な応力が与える大きな影響を初めて観測したもので、スキルミオンを制御するための外場として応力が有効活用できる可能性を示すものです。FeGeにおいてスキルミオンやスキルミオン結晶の構造が異方的な応力に対して非常に敏感であり、大きく歪むことが明らかになりました。スキルミオンの構造を外場によって制御することに成功した初めての例であり、スキルミオンを制御する手段の1つとしての利用が期待できます。

原論文情報

  • K. Shibata, J. Iwasaki, N. Kanazawa, S. Aizawa, T. Tanigaki, M. Shirai, T. Nakajima, M. Kubota, M. Kawasaki, H. S. Park, D. Shindo, N. Nagaosa and Y. Tokura, "Large anisotropic deformation of skyrmions in strained crystal", Nature Nanotechnology 10, 589–592 (2015), doi: 10.1038/nnano.2015.113

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関物性研究グループ
研修生 柴田 基洋 (しばた きよう)
(東京大学大学院工学系研究科 博士課程 大学院生)

創発物性科学研究センター
センター長 十倉 好紀 (とくら よしのり)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)
副センター長 永長 直人 (ながおさ なおと)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)

日立製作所 中央研究所 ライフサイエンス研究センタ 超電顕プロジェクト
研究員 谷垣 俊明 (たにがき としあき)

柴田基洋 十倉好紀 永長直人

左から発表者の柴田研修生、十倉センター長、永長副センター長

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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東京大学 大学院工学系研究科 広報室
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kouhou@pr.t.u-tokyo.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

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補足説明

  1. 情報担体
    情報の書き込み・保持・読み出しができる物体や構造やその状態のこと。
  2. スキルミオン、スキルミオン結晶
    近年固体中で存在が確認されたナノメートルサイズの渦状磁気構造体のこと。スピン構造の連続的な変化によって壊れることがない安定な構造をもつ。また、特定の温度・磁場下においてはスキルミオンが格子状に規則的に配列する状態が知られており、原子が周期的に並んで結晶を構成する様子になぞらえ、この状態を「スキルミオン結晶」と呼ぶ。
  3. 外場
    物質や試料の外部における物理的な状態量。電場、磁場、応力場などがある。外場を変化させることによって物質の状態を外から制御できる場合がある。
  4. 熱応力
    一般に物体は温度変化により変形する性質(熱膨張・熱収縮)を持つ。熱応力とはこの変形が何らかの拘束条件により阻害された場合に物体に生じる応力のこと。本研究ではケイ素(Si)と鉄とゲルマニウムの化合物(FeGe)を室温で接着したものを冷却することで、膨張する度合い(熱膨張係数)の違いによって2つの物質の間に熱応力を発生させた。
  5. 一軸引張応力
    物体が外力によって一方向に引っ張られるときに生じる応力。
  6. ローレンツ電子顕微鏡法
    磁場により電子線が曲げられる性質(ローレンツ偏向)を利用して、磁性体中の磁化分布を観察する手法。焦点を試料からずらすこと(ディフォーカス)で、磁気構造により曲がった電子線の影響が像のコントラストとして観察できる。この手法では、スキルミオンは渦の巻く向きに対応した明暗を持った斑点状のコントラストとして観察できる。
  7. ジャロシンスキー-守谷相互作用
    物質中のスピン同士の間に働くスピン間相互作用の一つ。隣接するスピンの向きをねじ曲げる力を与える。キラルな結晶構造など物質中の空間対称性の破れと相対論的なスピン軌道相互作用によって生じる。
  8. Landau-Lifshitz-Gilbert方程式
    磁化を古典的なものとして扱った場合の磁化の運動を記述する決定論的な運動方程式。対象とする系のエネルギーモデルを仮定し、用意した適当な初期状態から長時間緩和させることで、モデルに対応した磁化分布を得ることができる。

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FeGeを用いた異方的な応力によるスキルミオンの構造変化の観察の図

図1 FeGeを用いた異方的な応力によるスキルミオンの構造変化の観察

TEM観察用試料の模式図(a, b)と、試料のSEM像(c, d)。観察に用いたFeGeの薄片部(濃い青色の部分)には、冷却すると橋渡し方向に引張応力が生じる。

FeGeのローレンツ透過型電子顕微鏡法で取得したTEM像の図

図2 FeGeのローレンツ透過型電子顕微鏡法で取得したTEM像

引張応力印加試料では、熱応力が小さい高温領域では通常の三角格子状のスキルミオン結晶が観察できた(a)が、熱応力が大きくなる低温で、個々のスキルミオンとそれらの並び方に歪みが見られた(b)。比較対象として観察した応力が無いと考えられる試料においては、引張応力印加試料と同じ条件下でも歪みは観測されなかった(c)。

Landau-Lifshitz-Gilbert方程式に基づくシミュレーションと解析計算の図

図3 Landau-Lifshitz-Gilbert方程式に基づくシミュレーションと解析計算

ローレンツTEM像から分析したスキルミオン結晶の歪みの原子結晶の歪みに対する依存性(左図)とDzyaloshinskii-守谷相互作用の異方性を変化させたモデルでのスキルミオン結晶の歪みの変化(右図)を示す。左図の通り、原子結晶の歪みが0.003=0.3%に対して、スキルミオン結晶が0.20=20%程度歪んでいることが分かる。

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