広報活動

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2015年7月21日

理化学研究所

炎症性腸疾患の発症に関わる38カ所のゲノム領域を発見

― 発症に関わる遺伝子の多くが欧米人と東アジア人で共通 ―

要旨

理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センター統計解析研究チームの高橋篤 元チームリーダー(現 統計解析研究チーム 客員研究員)と久保充明副センター長、基盤技術開発研究チームの山﨑慶子研究員、冬野雄太研修生らの研究グループが参加する「国際IBDジェネティクス・コンソーシアム(IIBDGC)」[1]は、炎症性腸疾患(IBD)[2]の発症に関わるゲノム領域を新たに38カ所発見しました。

炎症性腸疾患は消化管に炎症や潰瘍を起こす病気で、主にクローン病[3]潰瘍性大腸炎[4]に分類されます。発症に遺伝的要因が関係することが知られ、これまでに欧米のグループを中心に発症に関わるゲノム領域が150カ所以上報告されています。しかし、アジア人など欧米以外の人種は患者数が少なく、報告されているゲノム領域はMHC領域[5]とその他6カ所だけでした。

本研究では炎症性腸疾患で初めて、複数の人種を対象とした解析を行いました。まず、欧米人の5,956人のクローン病患者、6,968人の潰瘍性大腸炎患者、21,770人の対照群を対象に、疾患の関連遺伝子を見つけるゲノムワイド関連解析(GWAS)[6]を行いました。次にGWASで分かった関連遺伝子を中心に、欧米人集団(クローン病患者14,594人、潰瘍性大腸炎患者10,679人、対照群26,715人)と非欧米人集団(クローン病患者2,025人、潰瘍性大腸炎患者2,770人、対照群5,051人)に対して、頻度の低い多型も含め高密度に解析可能なイムノチップ解析[7]による追試を行いました。非欧米人集団の人種は、インド人、イラン人、東アジア人で、そのうち、クローン病患者1,318人、潰瘍性大腸炎患者736人、対照群3,311人が日本人であり、非欧米人集団で最も多い検体数となっています。

最後にGWASとイムノチップ解析の結果をメタ解析[8]した結果、新たに炎症性腸疾患の発症に関わるゲノム領域を38カ所発見しました。38カ所のゲノム領域には、自食作用(オートファジー)や細菌やウィルスなどの侵入を防ぐ腸管上皮バリア、免疫細胞の1つであるT細胞の応答性など、炎症性腸疾患発症のメカニズムを知る上で重要な遺伝子が多数含まれていました。また、遺伝子多型のアレル頻度[9]や影響の強さであるオッズ比[10]が人種ごとに異なっても、炎症性腸疾患の発症に関わるゲノム領域は欧米人と非欧米人で共通していることが分かりました。

本研究で発見したゲノム領域を詳しく調べることで、炎症性腸疾患の発症メカニズム解明や治療標的分子の絞り込みが可能になると期待できます。

本研究成果は、文部科学省が推進するオーダーメイド医療の実現プログラムの成果を活用したもので、米国の科学雑誌『Nature genetics』オンライン版(7月20日付け:日本時間7月21日)に掲載されます。

※研究グループ

理化学研究所 統合生命医科学研究センター
統計解析研究チーム
元チームリーダー(現 客員研究員) 高橋 篤 (たかはし あつし)(国立循環病研究センター 創薬オミックス解析センター 統合オミックス情報解析室長)
副センター長 久保 充明 (くぼ みちあき)

基盤技術開発研究チーム
研究員 山﨑 慶子 (やまざき けいこ)
研修生 冬野 雄太 (ふゆの ゆうた)

背景

炎症性腸疾患は消化管に炎症や潰瘍を起こす難病の1つで、主にクローン病と潰瘍性大腸炎に分類されます。10~20歳代の若者が発症しやすく、完治が難しいため生涯を通じて経過観察・治療が必要となります。米国や欧州諸国に患者が多いことが知られていますが、近年、日本や韓国などアジア地域でも患者が増えています。発症メカニズムは食事などの環境要因や遺伝的要因が関係していると考えられています。

疫学調査により、炎症性腸疾患は遺伝要因が強く関係していることが分かっています。疾患の関連遺伝子を見つけるゲノムワイド関連解析(GWAS)などの遺伝疫学的手法は、検体数が多いほど発症に関わるゲノム領域を精度よく見つけることができます。そのため、炎症性腸疾患の患者数が多い欧米諸国を中心にGWASが多数行われ、発症に関わるゲノム領域が150カ所以上報告されています。

研究グループは2005年から日本人の炎症性腸疾患の遺伝要因を調査してきました。しかし、欧米以外の人種の患者数は少なく、非欧米人の炎症性腸疾患の遺伝要因ははっきりと分かっていませんでした。

研究手法と成果

本研究は、理研統合生命医科学研究センターの高橋篤 元チームリーダー(現 統計解析研究チーム 客員研究員)、久保充明副センター長らの研究グループが参加する「国際IBDジェネティクス・コンソーシアム(IIBDGC)」を中心に行われました。

まず欧米人の5,956名のクローン病患者、6,968人の潰瘍性大腸炎患者、21,770人の対照者群を対象にGWASを行いました。次にGWASで分かった関連遺伝子を中心に、欧米人集団(クローン病患者14,594人、潰瘍性大腸炎患者10,679人、対照群26,715人)と非欧米人集団(クローン病患者2,025人、潰瘍性大腸炎患者2,770人、対照群5,051人)に対して、頻度の低い多型も含め高密度に解析可能なイムノチップ解析を用いた追試を行いました。イムノチップ解析は欧米人、イラン人、インド人、東アジア人(日本・韓国・中国)の4人種で行われました。東アジア人のうち、クローン病患者1,318人、潰瘍性大腸炎患者736人、対照群3,311人は日本人であり、非欧米人集団で最も多い検体数となっています。研究グループは日本人検体注)の解析を担当しました。最後にGWASの結果とイムノチップ解析の結果をメタ解析した結果、新たに38カ所のゲノム領域が炎症性腸疾患に関わることを見つけました。

同定した遺伝子ATG4Bは、ATG16L1IRGMなどと同様、自食作用(オートファジー)に関係する遺伝子です。OSMRは炎症に反応して、腸管のバリアを守ります。また、LY75CD28CCL20NFKBIZAHRNFATC1は免疫細胞の1つであるT細胞の応答性に関係します。今回見つかった遺伝子はT細胞の活性化に関わることから、Th17細胞だけではなく、さまざまなT細胞(ヘルパーT細胞、キラーT細胞など)の免疫記憶が炎症性腸疾患の発症に影響していることが分かりました。同定した遺伝子やその経路を調べることで、炎症性腸疾患の発症メカニズムがさらに明らかになると期待できます。

これまで、炎症性腸疾患の発症に関わる遺伝子には人種差があると考えられてきました。今回、欧米人と東アジア人で人種間の炎症性腸疾患の遺伝的背景を比較しました()。その結果、遺伝子多型のアレル頻度やオッズ比の違いはあっても、炎症性腸疾患の発症に関わるゲノム領域のほとんどが人種間で共通していることが分かりました。

注)下記の方々から検体提供を受けました。

東京山手メディカルセンター 炎症性腸疾患センター
高添 正和 部長、河口 貴昭 先生

九州大学大学院 医学研究院 病態機能内科学
北園 孝成 教授、江崎 幹宏 先生

福岡大学 筑紫病院 消化器内科
松井 敏幸 教授

札幌厚生病院 IBDセンター
本谷 聡 部長、田中 浩紀 先生

東邦大学医療センター佐倉病院 消化器内科
鈴木 康夫 教授、山田 哲弘 先生

今後の期待

日本の炎症性腸疾患の患者は増え続け、生活の質の低下と医療費が社会問題となっています。本研究により、炎症性腸疾患の発症に関わるゲノム領域の多くが欧米人と日本人で共通していることが分かり、治療の標的となる分子の選択範囲が広がりました。また、同定した遺伝子を調べることで、炎症性腸疾患の発症メカニズム解明の一助になると思われます。

本研究のように多様な人種の患者を調べることで、世界共通の治療薬開発や診断方法の確立が期待できます。

原論文情報

  • Jimmy Z Liu, Suzanne van Sommeren, Hailiang Huang, Siew C Ng, Rudi Alberts, Atsushi Takahashi, Stephan Ripke, James C Lee, Tejas Shah, Shifteh Abedian, Jae Hee Cheon, Judy Cho, Naser E Dayani, Lude Franke, Yuta Fuyuno, Ailsa Hart, Ramesh C Juyal, Garima Juyal, Won Ho Kim, Andrew P Morris, Hossein Poustchi, William G Newman, Vandana Midha, Timothy Orchard, Homayon Vahedi, Ajit Sood, Joseph Y Sung, Reza Malekzadeh, Harm-Jan Westra, Keiko Yamazaki, Suk-Kyun Yang, The International Multiple Sclerosis Genetics Consortium, The International IBD Genetics Consortium, Jeffrey C Barrett, Behrooz Z Alizadeh, Miles Parkes, Thelma BK, Mark J Daly, Michiaki Kubo, Carl A Anderson, Rinse K Weersma, "Association study discovers 38 susceptibility loci for inflammatory bowel disease and shows pervasive sharing of genetic risk across diverse populations", Nature genetics, doi: 10.1038/ng.3359

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター 統計解析研究チーム
元チームリーダー(現 客員研究員) 高橋 篤 (たかはし あつし)

統合生命医科学研究センター
副センター長 久保 充明 (くぼ みちあき)

統合生命医科学研究センター 基盤技術開発研究チーム
研究員 山﨑 慶子 (やまざき けいこ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. 国際IBDジェネティクス・コンソーシアム(IIBDGC)
    IIBDGCはInternational Inflammatory Bowel Disease Genetics Consortiumの略。炎症性腸疾患の遺伝的背景を解明するために結成された国際共同研究グループ。結成当初は欧米諸国が中心だったが、今回の研究では、東アジア・インド・イランなどが加わった。IIBDGCホームページ
  2. 炎症性腸疾患(IBD)
    IBDはInflammatory Bowel Diseaseの略。消化管に炎症や潰瘍を起こす難病。主にクローン病と潰瘍性大腸炎に分類される。10~20歳代の若者が発症しやすく、下痢や血便、体重減少が見られる。完治が難しく生涯にわたって経過観察・治療が必要なため、新薬開発が望まれている。
  3. クローン病
    炎症性腸疾患の1つ。口腔から肛門までの全ての消化管に炎症や潰瘍ができることが知られているが、小腸と大腸に発症することが多い。
  4. 潰瘍性大腸炎
    クローン病と並ぶ炎症性腸疾患の1つ。大腸の粘膜にびらんや潰瘍(かいよう)を形成する疾患。
  5. MHC領域
    MHCはMajor Histocompatibility Complexの略。免疫に関わる遺伝子が多数存在するゲノム領域。ヒトでは第6染色体に存在する。
  6. ゲノムワイド関連解析 (GWAS)
    GWASはGenome-Wide Association Studyの略。疾患の関連遺伝子を見つける代表的な方法。ヒトゲノムを網羅した300~1,000万の遺伝子多型を対象に、患者群と対照群を比較し、アレル頻度の違いを見る統計学的手法。患者群・対照群の数が多いほど検出力が上がるため、近年はコンソーシアムを結成し、大規模検体を用いた解析が行われている。
  7. イムノチップ解析
    自己免疫疾患や炎症性疾患を詳細に解析するため、約20万の遺伝子多型を調べられるように開発されたチップ。GWASで見つかった遺伝子やその遺伝子の機能に関わる遺伝子を中心に設計されているため、GWASでは検出できない遺伝子変異も検出できる。
  8. メタ解析
    複数の研究データを統合して解析を行う統計解析の手法。それぞれの研究のばらつきなどを考慮した結果を得ることができる。
  9. アレル頻度
    個々のヒトゲノムを比較するとその塩基配列に違いがある。例えば、ある染色体上の位置において、個人によりAA/AG/GGのどれかの塩基配列を持つ。集団の中でのA(アデニン)やG(グアニン)の頻度をアレル頻度という。
  10. オッズ比
    患者群と非患者群における、ある指標の割合の尺度のこと。本研究では、アレル頻度が指標となっている。オッズ比1は、患者群と非患者群でアレル頻度が同じことを意味する。オッズ比が 1 から離れるにつれ、関連の強さが大きくなる。

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クローン病と潰瘍性大腸炎の発症に関わる遺伝的影響の大きさを欧米人と東アジア人で比較

図 クローン病と潰瘍性大腸炎の発症に関わる遺伝的影響の大きさを欧米人と東アジア人で比較

1つのボックスが発症にかかわるゲノム領域を指す。ボックスが大きいほど、発症に与える影響が大きい。アレル頻度やオッズ比が異なっても、炎症性腸疾患の発症に関わる遺伝子の多くが欧米人・東アジア人共通していることが分かる。

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