広報活動

Print

2015年7月27日

理化学研究所

ヒトの細胞間相互作用ネットワークの概要を可視化

-多細胞生物を構成する細胞の相互作用を体系的に記述-

要旨

理化学研究所(理研)ライフサイエンス技術基盤研究センター ゲノム情報解析チームのピエロ・カルニンチ チームリーダー、ジョーダン・ラミロフスキー特別研究員、アリスター・フォレスト客員主管研究員らの研究チームは、細胞が互いにコミュニケーションする際に用いるタンパク質の大規模な発現解析を行い、ヒトで機能している細胞間相互作用の概要を可視化することに成功しました。

単細胞生物から多細胞生物への進化は、生物進化における最大の変化の1つです。多数の細胞が協調して1つの個体を作り上げ、その体を維持していくためには、細胞間コミュニケーション(細胞間相互作用)が非常に重要です。細胞間相互作用は、細胞から分泌されるホルモンや成長因子などのリガンド[1]と、細胞膜表面に存在する受容体と呼ばれるタンパク質の相互作用によって担われており、特定の生命現象に関わるリガンドや受容体の研究が精力的に行われています。しかし、これらのほとんどは数種類の細胞による限られたリガンド-受容体のペアに着目したもので、細胞同士の相互作用の全体像を体系的に記述した報告はありませんでした。

研究チームは、ヒトで報告されているリガンド-受容体1,894ペアに焦点をあて、ヒトの初代細胞[2]での発現を網羅的に解析しました。その結果、ほとんどの細胞が数十種から数百種のリガンドや受容体を発現し、複数のリガンド-受容体経路を介した細胞間相互作用ネットワークを構築していることが明らかとなりました。さらに、リガンドや受容体は細胞種によって特異的に発現する傾向が非常に強いこと、多くのリガンド-受容体のペアが自身と同種の細胞を標的としている(自己分泌シグナル伝達)可能性が高いことなどが分かりました。これは、ヒトにおける細胞同士の相互作用の全体像を可視化した初めての研究であり、この成果を利用することで、未知の細胞間相互作用の予測などに役立つと期待できます。研究チームは、リガンド-受容体ペアが形成するネットワークの関係をユーザーが検索し可視化できるツールを構築し、インターネット上で公開しました注1)

本研究は、理研が主導する国際研究コンソーシアムFANTOM5プロジェクトの一環として実施しました。データのダウンロードやツール、関連論文などは、FANTOM5プロジェクトホームページ注2)に掲載しています。成果は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(7月22日付け:日本時間7月22日)に掲載されました。

注1)http://fantom.gsc.riken.jp/5/suppl/Ramilowski_et_al_2015/
注2)http://fantom.gsc.riken.jp/5/

背景

単細胞生物から多細胞生物が誕生したことは、生命の歴史の中で最も重要なイベントの1つです。多細胞生物は、さまざまな手段による細胞間コミュニケーション(細胞間相互作用)を発達させ、細胞種に応じた機能の分担や、個体として協調的な細胞システムを実現しています。細胞間相互作用は、個体発生の初期には細胞の分化や運命決定に関わり、成体においては、免疫、成長、ホメオスタシス[3]など個体の維持に重要な役割を担います。細胞間相互作用の異常は、同じ種類の細胞同士で作用し合う自己分泌[4]も含めて、がんや自己免疫疾患、代謝性疾患などに関わることが知られており、その解明は医療にも大きく貢献することが期待されます。

細胞間相互作用の実体は、細胞から分泌されるリガンドと、細胞膜表面に存在する受容体と呼ばれるタンパク質の相互作用であり、これらの機能の解明は、生物学的、医学的に重要な課題です。しかし従来の研究は、少数の細胞種を対象に限られたリガンド-受容体のペアに着目したものがほとんどで、ヒトの体を構成する多様な細胞がリガンドや受容体をどれくらいの強さで発現し、どの細胞に作用しているかを網羅的に解析した報告はありませんでした。今回、研究チームは、理研で主導している国際研究コンソーシアムFANTOM5[5]において、理研独自の遺伝子発現解析技術CAGE法[6]を用いて得た144種のヒト初代細胞の遺伝子発現データ注3)と、既存のデータベースや過去の膨大な文献などを照らし合わせ、ヒトの個体全体での細胞間相互作用の全容を描き出すことを試みました。

注3)2014年3月27日プレスリリース「ゲノム上の遺伝子制御部位の活性を測定し正常細胞の状態を定義

研究手法と成果

研究チームはまず、細胞間相互作用を担うタンパク質が、他のタンパク質と比較してどのような特徴を持っているかを調べました。FANTOM5プロジェクトで得られた網羅的な遺伝子制御部位の活性データに加えて、遺伝子年代推定データベースなどを組み合わせ、個々の遺伝子発現の細胞特異性とその産物であるタンパク質の局在などを統合的に解析しました。その結果、細胞間相互作用に関わっている可能性が高い分泌タンパク質と細胞膜タンパク質の遺伝子は、核や細胞質に局在するタンパク質の遺伝子と比較して、細胞種に特異的な発現パターンを示し、また進化的に新しく登場したものが多いと推定されました(図1)。

そこで、分泌タンパク質と細胞膜タンパク質のうち、それぞれに含まれるリガンドと受容体の数をできるだけ正確に見積もるため、DLRPやHPMRなどの既存のリガンド-受容体データベース[7]の情報を統合して1,179ペアをリスト化しました。次に、HPRDなどのタンパク質間相互作用データベース[7]から、上記リストには含まれていない1,288の推定ペアを発見しました。こうして得られた合計2,467ペアに対して、さらに、データベースに未反映の最新情報を含む膨大な文献のキュレーション[8]を行いました。新規のペアを追加すると同時に、従来のデータベースの情報を精査し妥当性があるペアを選定した結果、最終的に1,894種類のリガンド-受容体ペアの網羅的なリストを得ました。このリストは642種のリガンドと589種の受容体を含み、これまで知られていた通り、リガンドと受容体の関係は1対1だけではなく、1つのリガンドや受容体が複数のペアに関わる場合があります。

このリストを用い、まずリガンドと受容体が生物の進化でどのようなタイミングで登場したかを調べました。リガンドと受容体が同時に登場したペアも多くありましたが、ほとんどのペアで受容体が先に進化し、後からリガンドが進化しているペアが多いことが明らかになりました(図2)。

次に、ヒト初代細胞で受容体とリガンドの遺伝子発現の有無を調べたところ、上記のうち、1,287ペアを構成する464種のリガンドと477種の受容体がいずれかの細胞で発現し、平均すると1つの細胞で約140種ずつのリガンドと受容体を発現していました。また、血球系や神経系など由来が共通する同種の細胞は、多くのリガンドと受容体を共有しており、細胞系列ごとに特異性が見られました。そこでヒトの細胞を大まかに①血管などの内皮系、②表皮や内分泌を担う上皮系、③免疫や血液を構成する造血系、④組織の間を繋ぐ間葉系、⑤神経系、⑥その他、に分類し発現パターンを比較したところ、どの系列間も、数十~数百ペアを用いてシグナルを交わしていることが示唆されました。さらに、ある細胞で発現している受容体やリガンドのおよそ2/3は、それらと相互作用する相手となるリガンドや受容体が同系列の細胞で発現していることが分かりました。これは、ヒトでは全身での自己分泌が盛んに行われていることを示します。これらの結果を簡潔に表示するため、各リガンド、受容体を最も強く発現している細胞だけに着目し、細胞系列をつなぐ細胞間相互作用のネットワークを作図しました(図3)。

研究チームは、今回の成果を新たな知識発見につなげるため、ヒトにおけるリガンド-受容体ネットワークの関係を検索し可視化するツールを構築しました。例として、CSF1リガンド-CSF1R受容体ペアの検索結果を示しました(図4)。細胞間相互作用を直感的に表示することで、新規の相互作用(肥満細胞から単核球へのシグナル)を予測することができます。このツールで得られる情報は、さまざまな基礎研究、応用研究への展開が可能であり、幅広く活用されるよう、インターネット上で公開されています。

今後の期待

リガンドと受容体についてのデータベースDLRP、HPMRは、いずれも10年以上前に構築され、その後十分にアップデートされていませんでした。今回、これらのデータベースの情報を検証しつつ、最新のリガンド-受容体ペアの情報を反映したことで、従来データベースに記載のあった1,179種類の1.5倍以上にあたる1,849種類の、より信頼性の高いリガンド-受容体ペアがリスト化できました。これにより、ヒトの細胞間相互作用を網羅的に解析し、その概要を世界で初めて可視化することに成功しました。さらにこの成果を研究者コミュニティと共有し、多様な目的に使いやすいインターフェースとともに提供したことで、多細胞生物の根源的な理解に向けた研究基盤となります。

医学研究の観点からは、細胞膜上に露出している受容体が重要な創薬ターゲットとなることが知られています。今回の成果は、さまざまな疾患の創薬ターゲットの探索において、強力な研究開発支援ツールとなることが期待できます。

原論文情報

  • Jordan A. Ramilowski, Tatyana Goldberg, Jayson Harshbarger, Edda Kloppman, Marina Lizio, Venkata P. Satagopam, Masayoshi Itoh, Hideya Kawaji, Piero Carninci, Burkhard Rost, Alistair R.R. Forrest, "A draft network of ligand-receptor mediated multicellular signaling in human.", Nature Communications, doi: 10.1038/ncomms8866.

発表者

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 機能性ゲノム解析部門 LSA要素技術研究グループ ゲノム情報解析チーム
チームリーダー ピエロ・カルニンチ (Piero Carninci)
特別研究員 ジョーダン・ラミロフスキー (Jordan Ramilowski)
客員主管研究員 アリスター・フォレスト (Alistair Forrest)

ゲノム情報解析チームのメンバー写真

ゲノム情報解析チームのメンバー。発表者のピエロ・カルニンチ チームリーダーは右から1人目、ジョーダン・ラミロフスキー特別研究員は右から2人目

アリスター・フォレスト

アリスター・フォレスト客員主管研究員

お問い合わせ先

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
広報・サイエンスコミュニケーション担当 山岸 敦 (やまぎし あつし)
Tel: 078-304-7138 / Fax: 078-304-7112

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
お問い合わせフォーム

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
お問い合わせフォーム

このページのトップへ

補足説明

  1. リガンド
    特定の生体分子と結合することで、生理的な作用を発揮する物質のこと。一般的には受容体に結合する分泌因子(ホルモンや成長因子など)を指すことが多い。
  2. 初代細胞
    初代培養細胞とも呼ぶ。生体から採取した組織や細胞を最初に培養した段階の、原則として未分裂の細胞を指す。採取してからの時間が短いため、生体内と同様の挙動をすることが期待されている。
  3. ホメオスタシス
    恒常性の維持。生体の内外の環境の変化に関わらず、生体内の状態を一定に保とうとする性質。体温や血圧の調節がその代表例。
  4. 自己分泌
    分泌の様式の1つで、細胞が分泌した物質が、その細胞自身や同一種の細胞に働きかけるもの。
  5. FANTOM
    約20カ国、100以上の研究機関が参加する国際研究コンソーシアム。理研のマウスゲノム百科事典プロジェクトで収集された完全長cDNAの機能注釈(アノテーション)を行うことを目的に、理研予防医療・診断技術開発プログラムの林崎良英プログラムディレクターが中心となり2000年に結成された。役割は、トランスクリプトーム(転写産物)解析の分野を軸に発展・拡大してきた。また、プロジェクトの研究対象は、ゲノムの転写産物という「要素」の理解から、転写制御ネットワークという「システム」つまり「生命体のシステム」の理解へと発展し、知見を基礎・応用の両面で有用なリソースとして公開している。同時に、医療への応用の基礎となること目指している。FANTOM5はその第5期プロジェクト。
    詳細はFANTOMホームページ参照
  6. CAGE法
    理研が独自に開発した遺伝子解析技術で、転写開始点と呼ばれるRNAが書き写される領域の先頭(5’端)だけを次世代シーケンサーで解析する方法。読み取った配列をゲノム上にマッピングして数えることで、転写開始点を同定するとともに、各転写開始点から書き出されているRNAの数を定量することができる。理研ライフサイエンス技術基盤研究センター機能性ゲノム解析部門、ゲノムネットワーク解析支援施設(GeNAS)では、受託解析を通じCAGE技術を他の研究機関に広く提供している。CAGEはCap Analysis of Gene Expressionの略。
    詳細はホームページ参照
  7. リガンド-受容体データベース、タンパク質間相互作用データベース
    本研究では、リガンド-受容体データベースとして
     DLR
     HPMR
     IUPHAR
    タンパク質間相互作用データベースとして
     HRPD
     STRING
    を参照した。
  8. キュレーション
    一般には、人力でインターネット上の情報を収集、整理、分類、要約、共有すること。プログラムなどで自動的に収集する従来の検索サービスの検索結果と比べて妥当な意味付けができ、質の高い情報が得られる。生命科学においては、さまざまな文献の研究結果を収集、整理、分類して妥当性のある機能注釈を行うこと。

このページのトップへ

細胞間相互作用を担うタンパク質とその他のタンパク質との比較図

図1 細胞間相互作用を担うタンパク質とその他のタンパク質との比較

a) データベース(FANTOM5およびHUGO Gene Nomenclature Committeeなど)の情報から、ヒトのタンパク質を細胞内局在ごとに分類した。

b) それぞれの細胞内局在を示すタンパク質の中で、非特異的な発現を示すものと細胞種特異的な発現を示すものの相対的な割合を示す。細胞膜タンパク質と分泌タンパク質は、特定の細胞種に発現するものを比較的多く含む。

c) それぞれの細胞内局在に含まれるタンパク質について、それらが登場した起源と一致すると推測される生物系統ごとに並べた図。縦軸は、その生物の時代に登場したすべてのタンパク質のうち、それぞれの細胞内局在に含まれるものの割合(%)を示す。細胞膜タンパク質と分泌タンパク質は、他の局在を示すタンパク質よりも進化的に新しい起源を持つ。

受容体とリガンドの進化的起源の比較図

図2 受容体とリガンドの進化的起源の比較

文献のキュレーションにより最終的に得られたリガンド-受容体の1,894ペアについて、それぞれの進化的起源との関連を示した。リガンド-受容体ペアが多いものを赤の背景色で強調した。太い四角で囲まれた対角線上のペアは、リガンドと受容体が同じ時期に進化したと考えられる(273ペア)。対角線より右にあるペアは、受容体の起源が古く、リガンドが進化的に新しいことを示す(1082ペア)。

リガンド-受容体ペアに基づく細胞間相互作用ネットワークの全体像の図

図3 リガンド-受容体ペアに基づく細胞間相互作用ネットワークの全体像

各細胞が最も強く発現するリガンドと受容体に着目し、系列間をつなぐペアを矢印で表した。矢印に書かれた数字は、細胞から細胞へシグナルを送るリガンド-受容体ペアの数を示す。矢印が自身の細胞系列に戻っているものは、自己分泌を示す。

リガンド-受容体ネットワークを可視化するツールの表示例

図4 リガンド-受容体ネットワークを可視化するツールの表示例

リガンド遺伝子としてCSF1、受容体遺伝子としてCSF1Rを例に、CSF1あるいはCSF1Rを強く発現する細胞を表示した。CSF1-CSF1Rを介した細胞間相互作用のネットワークでは、Mast cell(肥満細胞)が主要なシグナルの送り手で、Monocyte(単核球)がその受け手となっていることが直感的に分かる。また、Monocyte derived macrophage(単核球由来マクロファージ)は、自己分泌にCSF1-CSF1Rペアを用いている。

このページのトップへ