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2015年7月30日

理化学研究所

外的刺激で蛍光波長が可逆的に切り替わる有機蛍光色素を開発

-力やガスを検知するカラーセンシング材料に応用期待-

要旨

理化学研究所(理研)ライフサイエンス技術基盤研究センター次世代イメージング研究チームの渡辺恭良チームリーダー、神野伸一郎客員研究員、谷岡卓大学院生リサーチ・アソシエイトと、内山元素化学研究室の村中厚哉専任研究員らの共同研究グループは、固体状態(結晶状態)で近赤外と青色の異なる2つの蛍光波長をもつ有機蛍光色素「cis-ABPX01」を開発し、結晶をすり潰すなどの外的刺激により、近赤外と青色の蛍光波長を可逆的に切り替えることに成功しました。

有機色素には効率良く光を吸収、放出する性質のものがあり、生物学・医学・工学などさまざまな分野で活用されています。これまで多くの有機色素分子が人工的に合成され、現在も新たな光物性や機能性を見いだす研究が、世界中で活発に行われています。共同研究グループは、分子が凝集すると発光する新しいタイプの有機蛍光色素「アミノベンゾピラノキサンテン系色素(ABPX)[1]」を2010年に発表し、この色素を利用した金属イオンセンサーを開発するなど、応用への展開を進めてきました。今回、ABPXの誘導体[2]から、結晶状態で近赤外と青色の異なる2つの蛍光を示す「cis-ABPX01」の開発に成功しました。この蛍光色の違いは結晶構造中のcis-ABPX01分子の配列と関係しており、近赤外蛍光を示すcis-ABPX01の結晶をすり潰して分子の並び方を崩すと、青色の発光が増大します。一方、分子の並び方がバラバラになったcis-ABPX01の粉末に有機溶媒を含むガスを暴露すると、分子が規則的に再配列して近赤外の発光が回復します。この性質を利用することで、材料に加わる力や摩耗の程度を簡易にモニタリングしたり、生体組織や細胞に加わる力をイメージングするバイオセンサーなどのカラーセンシング材料への応用が期待できます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)の研究成果最適展開支援プログラム事業(A-STEP)における研究課題「単一分子でフルカラーチューニング可能なアミノベンゾピラノキサンテン系(ABPX)蛍光色素の開発とカラーセンシング材料への応用」の支援を受けて実施されました。

研究成果は、米国化学会(ACS)誌『Journal of the American Chemical Society』のオンライン版(2015年5月27日号)に掲載されました。また6月1日にACSが全世界の化学論文の中からアイデアが革新的な研究成果を毎週選出する「Noteworthy Chemistry」に選ばれました。また、9月11日にJSTがJST東京本部別館1Fホール(東京・市ケ谷)で開催する新技術説明会で発表する予定です。

※共同研究グループ

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 生命機能動的イメージング部門
イメージング応用研究グループ 次世代イメージング研究チーム
チームリーダー 渡辺 恭良(わたなべ やすよし)
客員研究員 神野 伸一郎(かみの しんいちろう)(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科准教授)
大学院生リサーチ・アソシエイト 谷岡 卓(たにおか まさる)(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科大学院生)

内山元素化学研究室
主任研究員 内山 真伸(うちやま まさのぶ)(東京大学大学院薬学系研究科教授)
専任研究員 村中 厚哉(むらなか あつや)

岡山大学大学院医歯薬学総合研究科
医薬品機能分析学分野
教授 榎本 秀一(えのもと しゅういち)

精密有機合成化学分野
教授 澤田 大介(さわだ だいすけ)

広島大学大学院工学研究院 物質化学工学部門 応用化学専攻
准教授 大山 陽介(おおやま ようすけ)

背景

有機色素には、分子全体に広がるパイ電子[3]の働きにより、効率良く光を吸収、放出する性質を示すものがあります。ライフサイエンス分野では、光の照射で発光する有機蛍光色素が、生体内の分子や細胞を観察するための目印として用いられています。工業分野では、有機EL(有機エレクトロルミネッセンス)や色素レーザーなどの最先端材料として有機色素が広く利用されています。これまで多くの有機色素分子が人工的に合成されていますが、さらに新たな光物性や機能性を見いだすため、現在も世界中で活発に研究が行われています。

従来より、有機色素分子の開発は、単分子を構造単位として、その機能探索が行われてきました。特に近年では、理論化学・計算化学の発展に伴い、単分子状態における電子の構造や光物性を高精度に予測できるようになったことから、論理的かつ効率的な開発が可能となっています。これに対して、単分子が集合した固体状態(結晶状態)で機能する有機色素は、パイ電子の構造などが複雑となるため、論理的な設計が未だ困難です。そこで、新たな色素骨格を作り、分子を1次元、2次元および3次元に組み立て、さまざまな分子集合体を実際に作り、試行錯誤する研究アプローチが有効です。この手法では、分子の構造に偶然の多様性が生じる余地があり、単分子状態では予想もできない光物性や機能性を見出す可能性を秘めています。

共同研究グループは、分子が凝集すると発光する新しいタイプの有機蛍光色素「アミノベンゾピラノキサンテン系色素(ABPX)」を2010年に開発し注1)、結晶状態での発光に向けた基礎研究を推進してきました。また、この色素を利用した金属イオンセンサーを開発するなど、応用への展開も同時に進めてきました注2)

研究手法と成果

共同研究グループは、ABPXのさまざまな誘導体を合成し、それらの光物性と構造の関係について調べる過程で偶然、「cis-ABPX01」と命名した誘導体が、結晶状態で近赤外と青色の異なる2つの発光帯を示す固体蛍光性[4]をもつことを発見しました(図1)。

cis-ABPX01の結晶構造と固体蛍光性の関係を調べるため、結晶格子にさまざまな形の溶媒分子を取り込み、色素分子の並び方を変化させたクラスレート(包接)結晶[5]を作成しました。単結晶X線構造解析法でクラスレート(包接)結晶の構造を解析した結果、cis-ABPX01の蛍光発光に関与するキサンテン環部位(図1の太線部分)が、5オングストローム(Å、1Åは100億分の1メートル)以下の距離まで近接した二量体を形成する際に近赤外発光を示すことが分かりました(図2)。また、青色の蛍光発光は、単量体の構造に由来することが明らかになりました(図2)。

cis-ABPX01の固体蛍光性が、結晶中の色素分子の並び方に依存することが分かったため、結晶に対する物理的な操作により発光が変化するかを調べました。近赤外光を示すcis-ABPX01の結晶を乳鉢上ですり潰し分子をバラバラにしたところ、近赤外発光の強度が減弱し、青色の発光が増大するメカノクロミズム特性[6]が観察できました。また、色素分子の並び方をバラバラにしたcis-ABPX01の粉末に、溶媒分子(CH2Cl2)を含む蒸気を暴露したところ、cis-ABPX01の結晶構造が再形成され、近赤外の蛍光強度が回復しました(図3)。これは、cis-ABPX01の近赤外蛍光と青色蛍光は、力学的刺激やガスの暴露といった外的刺激により、波長を変換できること示しています(図3)。

今後の期待

今回、共同研究グループが開発したcis-ABPX01は、近赤外から青色という大きな蛍光波長の変化を可逆的に誘導できるユニークな色素です。力学的な刺激に応答して蛍光波長が変化する分子はこれまでも報告されていますが、その変化は小さなものばかりでした。近赤外光は赤外線通信や非破壊検査、非侵襲診断など応用範囲が広く、cis-ABPX01のメカノクロミズム特性を計測や分析技術へ応用できる可能性があります。例えば、ある材料に近赤外光を示すABPXを混ぜ、その材料に加わる力や摩耗の程度を目に見える青色の蛍光色の出現として簡易にモニタリングしたり、これまで難しいとされてきた生体組織や細胞に加わる力をイメージングするバイオセンサーなどのカラーセンシング材料への応用が期待できます。

原論文情報

  • Masaru Tanioka、 Shinichiro Kamino、 Atsuya Muranaka、Yousuke Ooyama、 Hiromi Ota、 Yoshinao Shirasaki、 Jun Horigome、 Masashi Ueda、 Masanobu Uchiyama、 Daisuke Sawada、 and Shuichi Enomoto, "Reversible Near-Infrared/Blue Mechanofluorochromism of Amino-benzopyranoxanthene", Journal of the American Chemical Society, doi: 10.1021/jacs.5b00877

発表者

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 生命機能動的イメージング部門 イメージング応用研究グループ 次世代イメージング研究チーム
チームリーダー 渡辺 恭良(わたなべ やすよし)
客員研究員 神野 伸一郎(かみの しんいちろう)
大学院生リサーチ・アソシエイト 谷岡 卓(たにおか まさる)

お問い合わせ先

理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
広報・サイエンスコミュニケーション担当 山岸 敦(やまぎし あつし)
Tel: 078-304-7138 / Fax: 078-304-7112

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.アミノベンゾピラノキサンテン系色素(ABPX)
    有機物からなる色素のうち、外部からの光エネルギーを蛍光に変換できるものを有機蛍光色素と呼ぶ。その代表例の1つがローダミン系色素であり、ABPXはローダミン系色素の発色や発光に関与する部位であるキサンテン環を拡張したもの。
  • 2.誘導体
    分子の基本骨格は変えず、置換基や原子を置き換えた化合物群のこと。ABPXはキサンテン環を基本骨格とし、共同研究グループは、キサンテン環への置換基の導入やスピロ環部位を構造改変した誘導体の合成を行っている。
  • 3.パイ電子
    二重結合や三重結合などの不飽和結合をつくっている電子のこと。ABPXのように単結合と二重結合が交互に連なったパイ電子系化合物は、電子が分子全体に広がる性質を持つため、発色や発光性を示すようになる。
  • 4.固体蛍光性
    固体状態(結晶状態)で蛍光発光を示す性質。有機蛍光色素は、一般的に固体状態で消光する性質を持つ。
  • 5.クラスレート(包接)結晶
    母体となるホスト化合物の結晶構造中に、別のゲスト化合物を取り込んだ結晶のこと。本研究のように、ホスト化合物(ABPX)に取り込ませるゲスト化合物(有機溶媒分子)の種類を変化させることで多様な分子の集積構造をつくることができる。
  • 6.メカノクロミズム特性
    すり潰しや加圧などの力学的な刺激により、化合物の発色や発光の色が可逆的に変化する現象のこと。
cis-ABPX01の分子構造と発光特性の図

図1 cis-ABPX01の分子構造と発光特性

  • (a) cis-ABPX01の分子構造とキサンテン環部位(太線)。
  • (b) cis-ABPX01結晶の固体蛍光スペクトル。左側写真:cis-ABPX01結晶の様子、右側写真: 365nm光照射時の固体蛍光の様子。
cis-ABPX01のクラスレート(包接)結晶の構造と光物性との関係の図

図2 cis-ABPX01のクラスレート(包接)結晶の構造と光物性との関係

キサンテン環部位が、5Å以下の分子間距離まで近接した二量体からなる結晶構造(ジクロロメタン包接結晶)の場合、波長750nm付近の近赤外発光を示す。

すり潰しとガスの暴露による蛍光波長の変化の図

図3 すり潰しとガスの暴露による蛍光波長の変化

cis-ABPX01の結晶をすり潰して外的刺激を与えると近赤外発光の強度が減弱し、青色蛍光の発光強度が増加した。溶媒分子(CH2Cl2)を含む蒸気を暴露すると、近赤外の蛍光強度が回復した。この性質を利用し、力のかかった部分を目に見える青色の蛍光色としてモニタリングすることができる(右下図)

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