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2015年8月11日

理化学研究所
物質・材料研究機構
東京大学

内部の静電反発力のオンオフだけで動くヒドロゲル

-速く、大きく、一方向性の運動を繰り返す、夢の人工筋肉の実現へ-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発ソフトマター研究グループの相田卓三グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、創発生体関連ソフトマター研究チームの石田康博チームリーダーと物質・材料研究機構(NIMS)国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の佐々木高義フェローらの共同研究グループは、互いに静電反発する無機ナノシート[1]を平行に配向させ、これらをヒドロゲル[2](三次元のナノ網目構造を水で膨潤させたゼリー状物質)の中に閉じ込めることにより、筋肉のように速く、大きく、方向性のある動きを繰り返すヒドロゲルの開発に成功しました。

ある種のヒドロゲルは、温度などの外部刺激に応答し、可逆的に収縮・膨潤することが知られています。このようなヒドロゲルは、生体に似た、軟らかく、軽く、ウェットなアクチュエータ[3]として注目されており、人工筋肉などとしての応用が期待されています。しかしながら、単純な収縮・膨潤に基づく従来のヒドロゲルアクチュエータは、外界との水の受授を伴う体積変化を動力源としているため動作速度が遅く、動きに方向性がありません。また、水中での利用に限られ、運動を繰り返すうちに容易に劣化するといった問題も抱えています。

理研とNIMSの共同研究グループは、互いに静電反発する無機ナノシートを平行に配向させ、これらを刺激応答性のポリマーでできたヒドロゲルの中に埋め込むことにより、従来とは全く異なる原理に基づくヒドロゲルアクチュエータを開発しました。このヒドロゲルアクチュエータは、収縮・膨潤による体積変化ではなく、ナノシート間の静電反発力の増減を動力源としています。外界との水の受授を一切伴わないため、その動作は極めて速く、環境を選ばず、何度でも繰り返すことができます。さらに、ナノシートの配列方向を工夫することにより、決まった方向に歩行し続ける生物のような運動を作り出すことも可能です。

本研究は、総合科学技術・イノベーション会議の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)により、科学技術振興機構を通して委託されたものです。成果は、英国の科学雑誌『Nature Materials』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(8月10日付け:日本時間8月11日)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所
創発物性科学研究センター 超分子機能化学部門
創発ソフトマター研究グループ
グループディレクター 相田 卓三(あいだ たくぞう)(東京大学大学院工学系研究科教授)

創発生体関連ソフトマター研究チーム
チームリーダー 石田 康博(いしだ やすひろ)
研修生 金 娟秀 (キム・ヨンス)(研究当時)

放射光科学総合研究センター
利用技術開拓研究部門 可視化物質科学研究グループ
グループディレクター 高田 昌樹 (たかた まさき)

利用システム開発研究部門 ビームライン基盤研究部
生命系放射光利用システム開発ユニット
研究員 引間 孝明 (ひきま たかあき)

物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点
フェロー 佐々木 高義(ささき たかよし)
MANA研究者 海老名 保男(えびな やすお)
准主任研究者 長田 実(おさだ みのる)

背景

近年、温度などの外部刺激に応答して変形し、運動や力を生み出すヒドロゲルが注目されています。金属製の電磁モーターに基づくハードアクチュエータとは異なり、軟らかく、軽く、ウェットという性質により生体に似たアクチュエータとなるため、高機能のバイオメディカル材料、究極的には人工筋肉としての応用が期待されています。通常のヒドロゲルアクチュエータの中は、刺激に応答して可逆的に脱水和・水和するポリマーの網目で構成されています。個々のポリマー鎖が脱水和・水和すると、ポリマー網目が収縮・膨潤し、運動や力が生み出されます(図1左)。この原理に基づき、これまでに数多くのヒドロゲルアクチュエータが開発されています。しかしながら、その動力源は、外界との水の受授を伴う体積変化であるため、動作速度が遅く、動きに方向性がありません。さらに、水中での利用に限られ、収縮・膨潤を繰り返すうちに容易に劣化してしまうといった問題も抱えています。そこで共同研究グループは、これまでに開発した「静電反発力を内在するヒドロゲル」注1)を用い、全く新しい動作原理に基づくヒドロゲルアクチュエータの開発に挑みました。

注1)2014年12月30日プレス発表「ナノシート間の静電反発力により、構造補強されたヒドロゲル材料

研究手法と成果

共同研究グループはこれまでに、磁場で配向した無機ナノシートを埋め込んだヒドロゲルを開発しました。このヒドロゲルの中では、隣り合うナノシート間に異方的かつ巨大な静電反発力が働いています。ここでもし、刺激応答性のポリマーを使ってヒドロゲルの網目を構築すれば、ポリマーの脱水和・水和を通じて内部環境をスイッチし、静電反発力を増減することができるはずです。すなわち、ポリマーが水和された状態では水分子の運動が抑えられるためにヒドロゲル内部の誘電率は低くなり、ポリマーが脱水和した状態では水分子の運動が増すためにヒドロゲル内部の誘電率も高くなります。誘電率がスイッチすれば当然、ナノシート間の静電反発力も増減するため、ヒドロゲル全体がナノシートの垂直方向に伸縮すると考えました。(図1右)。

今回のヒドロゲルの構成要素として、典型的な温度応答性ポリマーであるN-イソプロピルアクリルアミドを選びました。このポリマーは32℃より高温で脱水和し、低温で水和します。このポリマーでできた網目の中に、磁場により配向した無機ナノシートを埋め込み、ヒドロゲルアクチュエータを合成しました。合成したヒドロゲルアクチュエータを50℃に加熱すると、ポリマーが脱水和し、ナノシート間の静電反発力が増大します。その結果、ヒドロゲルは1秒以内に1.7倍伸張しました(図2左)。次にこのヒドロゲルを15℃に冷却すると、ポリマーは水和し、ナノシート間の静電反発力は減少します。そのため、ヒドロゲルは1秒以内に元の長さに収縮しました(図2右)。この加熱・冷却による伸縮は、劣化を伴うことなく何度でも繰り返すことができます。また、今回達成した伸縮速度(70%/秒)は、これまで報告されているヒドロゲルアクチュエータの中で、最も高速なものです。

このヒドロゲルは、加熱時には縦に伸びることに同調して横に縮み、冷却時にはこれと逆の変化を起こします(図3)。すなわち、このヒドロゲルは全体の体積を一定に保ちながら、外界と水を受授することなく変形します。そのため開発したヒドロゲルアクチュエータは、水中だけでなく、空気中はもちろん、植物油やイオン液体の中など、さまざまな環境下での動作が可能です。また、SPring-8の放射光(ビームライン45XU)を用いた解析の結果、ナノシートの面間距離とヒドロゲルの長さとは常に比例関係にあり、ナノ構造とマクロ構造の変化は完全に対応していることも分かりました。この事実は、想定されるメカニズム(図1右)の妥当性を強く裏付けます。

また、ナノ構造とマクロ構造の変化は完全に対応していることは、筋原繊維を構成する主なタンパク質、アクチン・ミオシンの運動に対応して伸縮する筋肉の運動を想起させます。

このことから、さらに興味深い応用として、開発したヒドロゲルアクチュエータを利用することで「決まった方向に歩行し続けるアクチュエータ」を作ることができます。ナノシートを斜めに埋め込んだヒドロゲルをL字型に切り取り、これを加熱・冷却すると、伸張時に重心が偏ります。このため2つの接地点の摩擦力に差が生じ、L字型のヒドロゲルアクチュエータは決まった方向に向かって歩行します(図4)。通常のアクチュエータで一方向性の運動を実現するためには、のこぎり型に加工した基板や勾配のある外場など、特別に設計された外部環境が必須です。今回のヒドロゲルアクチュエータの歩行運動は、アクチュエータの内部構造を利用して、方向性のない熱エネルギーから一方向性の運動を作り出した初めての例です。

今後の期待

共同研究グループが開発したヒドロゲルアクチュエータは、その動きの質と量において従来のヒドロゲルアクチュエータを凌駕しており、さまざまな応用が期待されるとともに、人工筋肉の実現という夢へ近づく大きな一歩となります。また、その動作原理は、ヒドロゲルに限らず一般の高分子アクチュエータの中でも前例がなく、今後の関連研究に大きな影響を与えると想定されます。さらに、温度応答性ポリマーの脱水和・水和を、誘電率のスイッチングに利用するというユニークな発想は、アクチュエータ以外のスマート材料にも適応できる可能性を秘めています。

原論文情報

  • Youn Soo Kim, Mingjie Liu, Yasuhiro Ishida, Yasuo Ebina, Minoru Osada, Takayoshi Sasaki, Takaaki Hikima, Masaki Takata, and Takuzo Aida, "Thermoresponsive actuation enabled by permittivity switching in an electrostatically anisotropic hydrogel", Nature Materials, doi: 10.1038/nmat4363

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 超分子機能化学部門 創発ソフトマター機能研究グループ
グループディレクター 相田 卓三(あいだ たくぞう)
(東京大学大学院工学系研究科教授)

創発物性科学研究センター 超分子機能化学部門 創発生体関連ソフトマター研究チーム
チームリーダー 石田 康博(いしだ やすひろ)

物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点
フェロー 佐々木 高義(ささき たかよし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

東京大学 大学院工学系研究科 広報室
〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1
Tel: 03-5841-1790 / Fax: 03-5841-0529
kouhou [at] pr.t.u-tokyo.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

物質・材料研究機構 企画部門 広報室
Tel: 029-859-2026 / Fax: 029-859-2017
pressrelease [at] ml.nims.go.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

補足説明

  • 1.無機ナノシート
    層状酸化物の単結晶を、温和な条件にて化学処理し、結晶構造の基本最小単位である層1枚にまで剥離することにより得られる二次元ナノ構造物質のこと。
  • 2.ヒドロゲル
    水に良くなじむ物質によりナノサイズの三次元網目構造が形成されると、網目の中に閉じ込められた水分子は流動性を失い、系全体は固体状になる。このような物質をヒドロゲルと呼ぶ。身近な例としては、寒天・ゼリー・豆腐・こんにゃくなどが挙げられる。
  • 3.アクチュエータ
    外界から得たエネルギー(電力・磁力・圧力・温度など)を、伸縮・屈曲・回転などの運動に変換する装置や物質のこと。本研究で開発したヒドロゲルは、温度変化によって収縮するヒドロゲルアクチュエータとして利用できる。
ヒドロゲルアクチュエータの動作原理の図

図1 ヒドロゲルアクチュエータの動作原理

従来のヒドロゲルアクチュエータ(左)および今回開発したヒドロゲルアクチュエータ(右)。どちらも、温度に応答して可逆的に脱水和・水和するポリマーの網目により構成されているが、動作原理は全く異なる。従来のものは、個々のポリマー鎖が脱水和・水和した後に網目全体が収縮・膨潤し、体積変化を起こすことにより動作する。一方、今回開発したものは、ポリマーの脱水和・水和と同時に系内の誘電率が変化し、ナノシート間の静電反発力が増減することにより動作する。

ヒドロゲルアクチュエータの高速変形の図

図2 ヒドロゲルアクチュエータの高速変形

開発したヒドロゲルアクチュエータを50℃に加熱すると、わずか1秒間のうちに自重の1.7倍まで急速に伸長する(左)。これを15℃に冷却すると、やはり1秒間のうちに元の長さまで急速に収縮する(右)。

界との水の受授を伴わないヒドロゲルアクチュエータの変形動作の図

図3 外界との水の受授を伴わないヒドロゲルアクチュエータの変形動作

開発したヒドロゲルアクチュエータを加熱すると、ナノシート面間距離を広げる方向に伸長し、それ以外の方向には収縮する。冷却時はこれと逆の変化を起こす。どちらの過程においてもヒドロゲル全体の体積は一定(~120mm3)に保たれ、外界との水の受授は伴わない。

YouTube:外界との水の受授を伴わないヒドロゲルアクチュエータの変形動作(動画)

特別な外部環境に頼ることなく、一方向に歩き続けるヒドロゲルアクチュエータの図

図4 特別な外部環境に頼ることなく、一方向に歩き続けるヒドロゲルアクチュエータ

ナノシートを斜めに埋め込んだヒドロゲルアクチュエータをL字型に切り取る(上段)。これを45℃に加熱すると、ヒドロゲルアクチュエータはナノシート面間隔を広げる方向に伸長し、前足を前方に進めるとともに、重心を前方に移す(中段)。これを25℃に冷却すると、ヒドロゲルアクチュエータはナノシート面間隔を狭める方向に収縮し、後ろ足を前方に引き寄せながら、重心を元の位置に戻す(下段)。この動きを繰り返し、ヒドロゲルアクチュエータは一方向に歩き続ける。

YouTube:特別な外部環境に頼ることなく、一方向に歩き続けるヒドロゲルアクチュエータ(動画)

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