広報活動

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2015年8月13日

理化学研究所
東京大学

反陽子と陽子の質量を一千億分の一の超高精度で決定

-空間の一様性や反物質に働く重力研究にも新たな知見-

要旨

理化学研究所(理研)Ulmer国際主幹研究ユニットのステファン・ウルマー ユニットリーダー、原子物理特別研究ユニットの山崎泰規ユニットリーダー、東京大学大学院総合文化研究科の松田恭幸准教授らの国際共同研究チームは、反陽子と陽子、それぞれの質量と電荷の比(質量電荷比)を測定し、両者が一千億分の一(厳密には質量電荷比の絶対値が、(1±69)x10-12)の精度で一致していることを見いだしました。

現在の物理学の基礎となっている標準模型[1]は、ビッグバンで生成される物質と反物質が正確に等量であることを予言しています。一方で、私たちの住む宇宙は見渡す限り物質で、反物質は見当たりません。この謎を解く鍵の一つがCPT対称性[2]と呼ばれる最も基本的な対称性です。CPT対称性をはじめとする基礎物理学領域の探索はこれまで、大型加速器によるエネルギーの高い粒子を用いて行われてきました。しかし、2013年にヒッグス粒子の存在を明らかにしたLHC[3]は、既に地球の0.1%程度のサイズに達しています。加速器を大型化し、よりエネルギーの高い粒子を生成して基礎物理学領域の探索を行うという従来のシナリオには、財政的にも施設規模的にも様々な制限が生じているのが現状です。そこで、相補的なアプローチとして粒子の「超高精度計測」が近年注目されています。

国際共同研究チームは、反陽子と水素イオン(H-)のサイクロトロン周波数を高精度で決定できる手法を採用し、さらに超高感度の計測系を新たに開発しました。これによって反陽子や陽子の質量電荷比の高精度測定に要する時間を従来の70分の1に短縮できました。この測定法により、反物質の代表格である反陽子[4]の性質が物質の代表格である陽子と全く同じか、あるいは何らかの違いがあるかというCPT対称性テストがさらに高度化できました。測定した結果、両者は一千億分の一程度の非常に高い精度で一致していることが明らかになりました。この成果は、質量電荷比に関するCPT対称性の精度を更新し、さらに、反物質と物質の間に働く重力(本研究では反陽子と地球の間に働く重力)が物質間に働く重力(本研究では陽子と地球の間に働く重力)と、8.7x10-7というこれまでにない精度で一致していることも示しました。また、測定時間を大幅に短縮したことで、反陽子-陽子対を使った「宇宙の等方性テスト(Lorentz不変性)」[5]が可能になり、これが7.20x10-10以下の変化であることを明らかにしました。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金特別推進研究(24000008)及びEU先進的研究補助金の一環として実施されました。成果は、英国の科学雑誌『Nature』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(8月12日付け:日本時間8月13日)に掲載されます。

※国際共同研究チーム

理化学研究所
Ulmer国際主幹研究ユニット
ユニットリーダー Stefan Ulmer (ステファン・ウルマー)

原子物理特別研究ユニット
ユニットリーダー 山崎 泰規 (やまざき やすのり) 

東京大学 大学院総合文化研究科
准教授 松田 恭幸 (まつだ やすゆき)

マックスプランク研究所(ハイデルベルク)
主任研究員 Klaus Blaum (クラウス・ブラウム)

マインツ大学物理学部
教授 Jochen Walz (ヨッヘン・ヴァルツ)

ドイツ重イオン研究所
研究員 Wolfgang Quint (ウォルフガング・クイント)

背景

現在の物理学の基礎となっている標準模型は、ビッグバンで生成される物質と反物質が正確に等量であることを予言しています。一方、私たちの住む宇宙は物質ばかりで、反物質は見当たりません。なぜ反物質は消えてしまったのか、この謎を解く鍵の一つがCPT対称性と呼ばれる最も基本的な対称性です。CPT対称性の研究は、「宇宙の等方性(Lorentz不変性)」や、反物質と物質の間に働く重力と物質間に働く重力が同じか(弱い等価原理)などにも関連する、基礎物理学の重要課題です。

これら基礎物理学領域の探索は、これまで、大型加速器から供給されるエネルギーの高い粒子を用いて行われてきました。しかし、2013年にヒッグス粒子の存在を明らかにしたLHCは、既に地球の0.1%程度の大きさです。大型加速器を建設してエネルギーの高い粒子を生成し、これを用いて基礎物理学領域の探索を行うという従来のシナリオには、財政的にも施設規模的にも様々な制限が生じています。そこで、相補的なアプローチとして粒子の「超高精度計測」が近年注目されています。

私たちの住む世界の対称性や反物質といった物理学の基本概念に関わる研究は、人類の世界観に大きな影響を与え、社会的インパクトも大きい重要な研究です。国際共同研究チームは、反物質界の代表格である反陽子を用い、その性質が物質界の代表格である陽子と全く同じか、何かしらの違いがあるのかというCPT対称性を高精度でテストしました。これは、現代基礎物理学の最も基本的で重要な研究課題となっています。

研究手法と成果

磁場と電場をうまく組み合わせ、荷電粒子を真空中に捕捉する手法は以前から知られており、開発者の名前を採ってペニングトラップと呼ばれています。磁場中の荷電粒子は、その電荷の大きさに比例し質量に反比例する周波数でサイクロトロン運動をするため、荷電粒子の運動に伴って誘起されるわずかな電流(fA)の振動数を測定することで、荷電粒子の質量電荷比を決定することができます。図1は今回用いた実験装置の概略図です。

実験では、図の測定用トラップの左側にある反陽子待機トラップに反陽子一個を、右側にある水素イオン(H-)待機トラップにH-一個を待機させておき、測定用トラップの中央部の同じ場所に交互に移動させて粒子の振動数を測定し、それぞれのサイクロトロン周波数を決定しました。この方法により、従来の70分の1の時間での超高精度測定を実現し、揺らぎの少ないデータを得ることで質量電荷比の精度を向上させました。さらに、反物質と物質の間に働く重力(本研究では反陽子と地球の間に働く重力)と物質間に働く重力(本研究では陽子と地球の間に働く重力)も8.7x10-7というこれまでにない精度で互いに一致していることを示しました。また、実験装置は地球の自転とともに宇宙の中でその向きを時々刻々と変化させます。今回、測定が迅速化されたことによって、陽子と反陽子の質量電荷比が装置の向きによって変化するかどうか、宇宙の等方性テスト(Lorentz不変性)、を実験的に確かめることが可能になり、7.20x10-10以下の変化であることを明らかにしました。

今後の期待

本研究は、反陽子と陽子の質量電荷比が一千億分の一という高精度で一致していることを示しました。これは、陽子と反陽子を用いたCPT対称性テストにおける世界最高精度の測定結果です。次の目標は、ペニングトラップの測定精度を向上させ、CPT対称性テストをもう一桁高い精度でテストし、物質と反物質のアンバランスに関わる謎にさらにもう一歩近づくことです。

国際共同研究チームは、反陽子と陽子の磁気モーメント(反陽子や陽子は小さな磁石で、磁気モーメントはその磁石の強さを表す量)の比較を大きな研究目的としています。磁気モーメントはCPT対称性のテストに適した物理量であると考えられているためです。一方、陽子や反陽子の磁気モーメントの測定は極めて困難で、陽子については本研究の主研究者であるステファン・ウルマーが2011年に初めて測定に成功するまで、不可能と考えられていました。さらに、2014年には二重ペニングトラップという特殊なペニングトラップの開発にも成功し、それまでppm程度であった陽子の磁気モーメントの測定精度を一挙に三桁高い3.3ppbまで高めました注1)。今後、反陽子の磁気モーメントのppbレベルでの決定と、さらなる高精度化により、CPT対称性テストをさらに進めていく予定です。

注1)2014年6月10日プレスリリース「陽子の磁気モーメントを超高精度で測定

原論文情報

  • S. Ulmer, C. Smorra, A. Mooser, K. Franke, H. Nagahama, G. Schneider,T. Higuchi, S. Van Gorp, K. Blaum, Y. Matsuda, W. Quint, J. Walz, Y. Yamazaki, "High-Precision Comparison of the Antiproton-to-Proton Charge-to-Mass Ratio", Nature, doi: 10.1038/nature14861

発表者

理化学研究所
国際主幹研究ユニット・特別研究ユニット Ulmer国際主幹研究ユニット
ユニットリーダー Stefan Ulmer (ステファン・ウルマー)

国際主幹研究ユニット・特別研究ユニット 原子物理特別研究ユニット
ユニットリーダー 山崎 泰規 (やまざき やすのり)

東京大学 大学院総合文化研究科
准教授 松田 恭幸 (まつだ やすゆき)

ステファン・ウルマーユニットリーダーと山崎泰規ユニットリーダーの写真
松田恭幸准教授の写真

左:ステファン・ウルマーユニットリーダー
中央:山崎泰規ユニットリーダー
右:松田恭幸准教授

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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koho-jyoho [at] adm.c.u-tokyo.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

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補足説明

  1. 標準模型
    自然界で知られている4つの相互作用のうち、重力相互作用を除く、電磁的相互作用、弱い相互作用、強い相互作用の三つの相互作用を記述する理論。
  2. CPT対称性
    物理学において最も基本的だと考えられている対称性。荷電共役変換(C)、空間反転(P)、時間反転(T)の3つの変換を同時に行うことを意味する。陽子と反陽子の振る舞いに違いが見つかれば、CPT対称性が破れていることになる。CPTとはCharge conjugation, Parity inversion, Time reversalの略。
  3. LHC
    CERN(欧州素粒子原子核機構)に設置されている世界最大の衝突型円形加速器。2013年にヒッグス粒子を確認した。LHCとはLarge Hadron Collider(大型ハドロン衝突型加速器)の略。
  4. 反陽子
    陽子の反粒子。質量、スピンは陽子と同じ値を持つが、電荷及び磁気モーメントは逆符号になっている。1955年、アメリカ・カリフォルニア大学のベバトロン(Bevatron)という加速器からの56億電子ボルトの陽子を用いて、オーウェン・チェンバレン(Owen Chamberlain)らが発見した。
  5. 宇宙の等方性(Lorentz不変性)
    宇宙に地球の自転軸のような特別な方向があるか、どの方向も同等かについて様々な議論がある。本研究では、一つのデータ測定時間を70分の1に短縮できたため、地球の自転とともに、反陽子の質量電荷比が変化するかについての情報を得ることができるようになった。

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ペニングトラップの概略図

図1 測定に用いたペニングトラップの概略図

各コンポーネントの役割は以下の通り。
減速膜:5MeVの反陽子ビームを捕捉できるエネルギーまで減速する。
反陽子待機トラップ:測定していないとき反陽子を待機させておくトラップ。
測定用トラップ:反陽子、あるいは、水素イオン(H-)のサイクロトロン周波数を決定するためのトラップで本実験の心臓部。
水素イオン待機トラップ:測定していないときH-を待機させておくトラップ。
反陽子、水素イオン蓄積トラップ:反陽子と、水素イオンを多数蓄積しておくためのトラップ。
低ノイズアンプ:測定用トラップにある粒子の運動(振幅50mm程度)により誘導されるわずかな電流(fA程度)の増幅器。
検出用コイル:測定用トラップにある粒子の運動を高感度でとらえるための共鳴コイル。

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