広報活動

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2015年8月28日

理化学研究所

植物の1細胞質量分析法プロトコールを公開

-誰でも植物の細胞1個から分子検出が可能に-

要旨

理化学研究所(理研)生命システム研究センター一細胞質量分析研究チームの升島努チームリーダーらの研究チームは、植物の1細胞質量分析法のプロトコール(手順)を公開しました。1細胞質量分析法は、生命体の分子変化を1細胞あるいは1細胞内小器官[1]レベルで、細胞の動きを見ながら、数分以内にその内部の分子群を追跡できる先進手法としてさまざまな応用が期待されています。

植物内の分子動態は、従来、多数の細胞をすりつぶして試料を作り解析していたため、多細胞の平均値としてしか見ることができませんでした。本手法では、細胞1個レベルで、すぐに狙った生きた細胞中の分子群を検出することができます。これにより、植物組織内での局所の分子変化を多様な条件下でつぶさに追跡することができます。また、この技術を応用することによって、短期間の品種改良、植物内有効成分の早期検査、植物工場などでの育成条件のより詳細な検討などにつながります。例えば、植物に当てる光をコントロールすることで味をコントロールするといった、農業技術と植物科学の革新をもたらすことが期待されます。本手法を世界に公開することによって、応用拡大を図っていきます。

本研究は、英国の科学雑誌『Nature Protocols』(8月27日付け:日本時間8月28日)に掲載されます。

※研究チーム

理化学研究所 生命システム研究センター
細胞動態計測コア 一細胞質量分析研究チーム
チームリーダー 升島 努 (ますじま つとむ)
リサーチアソシエイト 江崎 剛史(えさき つよし)
客員研究員 坂根 巌(さかね いわお)
客員研究員 水野 初(みずの はじめ)
客員研究員 津山 尚宏(つやま なおひろ)
研修生(研究当時) 藤井 崇司(ふじい たかし)(広島大学大学院生)
研修生(研究当時) 松田 修一(まつだ しゅういち)(広島大学大学院生)
研修生(研究当時) モニカ・ローレンソ(Monica Lorenzo)(広島大学大学院生)

背景

1細胞質量分析法は、生命体の分子変化を1細胞あるいは1細胞内小器官レベルで直接追跡できる手法として応用が期待されています。この分析法において世界を先導している本研究チームは、広い応用があり、操作も容易な植物細胞分野の分析手法の全容と詳細なノウハウを広く公開し、世界的な普及を進めていくこととしました。

研究手法と成果

1細胞質量分析法では、まず、生きたままの植物1細胞から、ナノスプレーチップ[2]という金属コートしたガラス細管を使って細胞内成分あるいは細胞内小器官を吸引します。次に、そのチップの後端からイオン化有機溶媒[3]を導入し、質量分析計[4]の試料導入部付近にチップを配置します。そのまま電圧を印加して、チップと質量分析計の間に高電圧をかけます。すると、イオン化された試料分子群が霧と一緒に質量分析計に導かれます。これにより、数百から数千のイオン化された分子を、質量スペクトルとして数分以内で検出することができます(図1)。

図2はその一例で、カイワレ大根に当てる光の波長を変え、どの波長の時に辛みが増すかを1細胞質量分析法によって調べる実験です。カイワレ大根の茎の断面での1細胞質量分析を試みると、茎の髄質部内に辛味の原因物質(イソチオシアネート)が蓄えられ、赤い光の波長の時にその量が多い事が分かります。今後、農産物に当てる光の波長をコントロールすることで、味をコントロールできる革新的な技術が生まれるかも知れません。

今後の期待

1細胞質量分析法を用いることで、植物の中の多様な成分が、その局所情報も含め、数分以内に検出できるようになりました。植物ホルモンなどを研究する植物科学の基礎研究において、新しい現象の発見につながると期待され、また、野菜や果物などの育成条件、育苗条件の検討の際に分子解析を用いれば早い段階での判断が可能になると考えられ、農業技術の研究開発を加速すると期待されます。

原論文情報

  • Takashi Fujii Shuichi Matsuda, Mónica Lorenzo Tejedor, Tsuyoshi Esaki, Iwao Sakane, Hajime Mizuno, Naohiro Tsuyama, and Tsutomu Masujima, "Direct Metabolomics for Plant Single Cells by Live Single Cell Mass Spectrometry", Nature Protocols, doi: 10.1038/nprot.2015.084

発表者

理化学研究所
生命システム研究センター 細胞動態計測コア 一細胞質量分析研究チーム
チームリーダー 升島 努 (ますじま つとむ)

升島努

升島 努

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. 細胞内小器官
    細胞の内部に含まれる構造体の総称。遺伝情報を蓄える細胞核、エネルギー産生の場であるミトコンドリア、タンパク質合成の場である粗面小胞体など。また、光合成を行うための構造である葉緑体もそのひとつ。
  2. ナノスプレーチップ
    先端口径が数マイクロメートルの針状のガラス細管。外側を伝導性の金などの金属で被膜してある。本研究ではHUMANIX製を用いた。
  3. イオン化有機溶媒
    細胞1個に含まれる分子など極めて軽い分子の質量を測定する場合、どのような計測手法を用いるかが課題となる。質量分析では、電荷を背負わせた(イオン化)分子を真空の質量分析計内部に注入し、その分子の質量によるさまざまな電磁場との相互作用の強弱(重いとゆっくり電場に応答し、軽いと速く電場に応答する)を利用して測定する。具体的には分子にプラスの電荷を背負わせたい時は、ギ酸などの酸性(Hイオンが多く含まれる)分子と有機溶媒(アセトニトリルやメタノール)の混合溶媒を使用する。これをイオン化有機溶媒という。
  4. 質量分析計
    極めて少量の試料からその分子量を測定する装置。試料を高真空下、イオン化し、そのイオン化分子の質量ごとに電磁気的に分離して検出を行なう。現在用いているものは主にオービトラップという高分解能型で、特殊な電極の中でイオン分子をぐるぐる回し、その周波数をフーリエ変換という数値演算に供することで分子量を求める。これは分子量の小さいイオンは早く周回し、分子量の大きいものは遅く周回するという原理を利用している。これにより試料に含まれる質量の異なるイオンを網羅的に検出することができる。これを質量スペクトルと言い、縦軸にイオン強度、横軸に質量電荷比を示すグラフで表す。試料のイオン化には複数の方法があり、本研究ではナノエレクトロスプレーイオン化法を用いている。

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植物の1細胞質量分析法の手順概略図

図1 植物の1細胞質量分析法の手順概略

カイワレ大根に当てる波長と辛味成分(髄質部分1細胞)

図2 カイワレ大根に当てる波長と辛味成分(髄質部分1細胞)

棒グラフの色は照射した光の色を示す。縦軸は質量スペクトルのピークの一つとして検出されたイソチオシアネートの検出信号強度。

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