広報活動

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2015年9月24日

理化学研究所

異なる環境を区別するオーシャンセルの発見

-大脳嗅内皮質における環境区別の新規メカニズム-

要旨

理化学研究所脳科学総合研究センター理研-MIT神経回路遺伝学研究センターの利根川進センター長、北村貴司上級研究員、チェン・サン大学院生らの研究チームは、脳の大脳嗅内皮質[1]において、異なる環境を区別する神経細胞群を発見しました。

私たちはさまざまな出来事に出合い、それらを記憶しています。この記憶には「何が」、「どこで」、「いつ」という情報が含まれます。このようなエピソード記憶と呼ばれる記憶の形成には、大脳嗅内皮質-海馬[2]間の神経回路が関わっていることが知られています。これまで、「どこで」についての記憶情報(環境情報)は、多様な情報が海馬の神経回路内で統合されることで、生成されると考えられてきましたが、大脳嗅内皮質の神経細胞が環境情報の生成にどう関わるかは、分かっていませんでした

今回、研究チームは、大脳嗅内皮質内の神経細胞群が、環境情報をどのようにコードしているかを、最先端の遺伝子工学とin vivo カルシウムイメージング[3]を組み合わせ、検討しました。その結果、大脳嗅内皮質の特定の神経細胞群「オーシャンセル[4]」が環境情報を既にコードしており、この情報を海馬回路へ送ることによって、異なる環境を区別していることが明らかになりました。

この成果は、記憶に関わる脳内の神経活動や、さまざまな神経系変性疾患、精神神経疾患のメカニズム解明につながると期待できます。

本研究は、米国の科学雑誌『Neuron』(9月23日号、9月23日付け:日本時間9月24日)に掲載されます。

背景

私たちはさまざまな出来事に出会い、それらを記憶しています。この記憶には「何が」、「どこで」、「いつ」という情報が含まれます。これらの記憶情報は、エピソード記憶と呼ばれ、記憶形成には、大脳嗅内皮質-海馬間の神経回路が関わっていることが知られています。海馬の神経回路は主に、「大脳嗅内皮質Ⅱ層[1]歯状回[2](DG)→CA3[2]CA1[2]」から構成されます。これまでの生理学的実験、数学モデル、脳の損傷実験による研究から、「どこで」についての記憶情報(環境情報)は、多様な情報が、海馬のDGやCA3の神経回路内で統合されることで、生成されると考えられてきました。一方で、大脳嗅内皮質においては、GPSのように空間の位置情報を提供するグリッド細胞に関する研究が先行していたため、これらの神経細胞がどのように環境情報の生成に関わっているのかについては、あまり検証されていませんでした。

研究チームは2014年に、大脳嗅内皮質Ⅱ層には、海馬歯状回とCA3に直接軸索を投射している「オーシャンセル」と、CA1に直接投射している「アイランドセル[5]」 の2種類の神経細胞群が存在することを遺伝子工学や光遺伝学によって発見しています注1)。そこで、今回、研究チームは、海馬神経回路の上流である大脳嗅内皮質Ⅱ層に注目し、大脳嗅内皮質Ⅱ層のオーシャンセルとアイランドセルの2つの神経細胞群が、環境情報にどのように関わっているのかを、それぞれの細胞群からの神経活動をモニターすることで、検討しました。

注1)2014年2月26日のプレスリリース
時間的に離れた2つの出来事の連結を調節するアイランドセルの発見

研究手法と成果

カルシウムイメージング法は、神経が活動する際に起こるカルシウムイオンが細胞内に流入する現象を利用して、神経活動をモニターする手法です。一度に多数の神経細胞の活動を記録できる、細胞の位置情報も得ることができる、などの利点があります。研究チームは、カルシウムに結合すると蛍光輝度が変化する蛍光タンパク質GCaMPを、オーシャンセル、アイランドセルにそれぞれ特異的に発現するよう操作を施したマウスを作製しました。このマウスの神経細胞一つ一つのGCaMPの輝度を測定することで、オーシャンセル、アイランドセルの活動を記録できます(図1)。

このようなカルシウムイメージング法を用いて、研究チームは、マウスを異なる2つの環境(A部屋とB部屋、A→B→A→B)に交互に入れ、それぞれの部屋での大脳嗅内皮質Ⅱ層のオーシャンセルとアイランドセルの神経活動を測定しました。その結果、あるオーシャンセルは、Aの部屋では非常に強く神経活動を示すのに対して、Bの部屋に入った途端、弱くなりました。更にAの部屋に戻すと、この細胞は神経活動を取り戻し、またBに戻すと弱くなりました(図2)。また、Aの部屋ではほとんど活動しないが、Bの部屋に入った途端、強い神経活動を示すオーシャンセルも観察されました。一方で、アイランドセルでは、そのような環境特異的な神経活動を示す細胞は、全く観察されませんでした。

海馬CA3領域の神経細胞が環境特異的に神経活動を増減させることは、以前より分かっていましたが、海馬CA3細胞の環境特異的神経活動が、どのようにして生成されているかは不明でした。研究チームは、光遺伝学を用いてオーシャンセルの神経活動を特異的に抑制することによって、オーシャンセルが海馬CA3細胞の環境特異的神経活動を生成していること、さらには、マウスが異なる環境を区別するのにオーシャンセルが必須であることを明らかにしました。

一方で、環境特異的神経活動を示さないアイランドセルを抑制しても、海馬CA3細胞の神経活動には影響は無く、また動物の環境を区別する能力にも影響はありませんでした。この結果は、オーシャンセルが直接CA3に軸索を投射しており、アイランドセルの軸索はCA3に直接投射していない解剖学的な知見と一致します。

これまでは、海馬回路(DG-CA3)において環境情報が生成されると考えられてきましたが、今回の実験によって、海馬の上流にある大脳嗅内皮質Ⅱ層のオーシャンセルが既に環境情報をコードし、その情報が海馬に送られることによって、動物が周りの環境を区別することができることが明らかになりました。

今後の期待

今回の研究では、光遺伝学、細胞種特異的なin vivoカルシウムイメージングなどの新技術や既存技術を複合的に用いることで、特定の神経細胞の活動様式をモニターし、また、特定の神経細胞の記憶学習への影響を検討しました。遺伝学的に細胞種を同定し、その細胞の生理学的性質と記憶学習への関連を正確に脳地図に1つ1つ当てはめてく地道な作業が、記憶の謎や神経系変性疾患・精神神経疾患のメカニズムの謎の解明につながるものと期待されます。

原論文情報

  • Takashi Kitamura, Chen Sun, Jared Martin, Lacey J Kitch, Mark J Schnitzer and Susumu Tonegawa, "Entorhinal Cortical Ocean Cells Encode Specific Contexts and Drive Context-Specific Fear Memory", Neuron, doi: 10.1016/j.neuron.2015.08.036

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 理研-MIT神経回路遺伝学研究センター
センター長 利根川 進 (とねがわ すすむ)
上級研究員 北村 貴司 (きたむら たかし)
大学院生 Chen・Sun (チェン・サン)

お問い合わせ先

理化学研究所 脳科学研究推進室
Tel: 090-4928-5619 / Fax: 048-467-9683

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. 大脳嗅内皮質、大脳嗅内皮質Ⅱ層
    空間情報や物体情報の情報処理を行う皮質領域。ここで情報処理された後に、海馬に情報が伝達される。大脳嗅内皮質は、I層からV層から成る層構造を形成している。Ⅲ層に位置する興奮性神経細胞は、海馬CA1領域の興奮性神経細胞へ直接投射を行う。一方、Ⅱ層に位置する神経細胞の多く(オーシャンセル)は、海馬歯状回の興奮性神経細胞へ投射を行うことされていたが、オーシャンセルとは別に、Ⅱ層に位置するアイランドセルは、海馬CA1領域の抑制性神経細胞に投射している。
  2. 海馬、歯状回、CA3、CA1
    海馬は大脳辺縁系の一部でヒトでは大脳側頭葉の内下部にある。長期記憶の形成や空間学習に重要な役割を果たしている。湾曲した細長い構造がタツノオトシゴ(ラテン語:hippocampus / 英語:sea horse)に似ていることから海馬と名付けられた。海馬は、特徴的な層構造をした細長い形をしており、CA1、CA2、CA3、歯状回(DG)の各部位からなる。海馬には、「大脳嗅内皮質Ⅱ層→歯状回(DG)→CA3→CA1」から構成される3つのシナプスを介するトライシナプス性神経回路と、「大脳嗅内皮質Ⅲ層→CA1」から構成される直接経路の神経回路が知られている。
  3. in vivo カルシウムイメージング技術
    生きた脳の中にある神経細胞内のカルシウムイオン濃度を光として測定する技術。今回、研究チームは、神経細胞の活動によって蛍光強度が変化するCa2+蛍光指示薬として、GCAMP6を細胞種特異的に発現させた。
  4. オーシャンセル
    共同研究チームは、大脳嗅内皮質Ⅱ層に位置し海馬歯状回に投射している興奮性神経細胞をオーシャンセルと名付けた。
  5. アイランドセル
    大脳嗅内皮質Ⅱ層に位置するアイランドセルは、球状の細胞集団(クラスター)を形成し、CA1領域の抑制性神経細胞に投射している。

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モニタリングの例

図1 オーシャンセルの神経活動のモニタリングの例

A:オーシャンセルに特異的にカルシウム感受性蛍光タンパク質であるGCAMP6でをオーシャンセルに特異的に発現させた。実際の実験ではアイランドセルに特異的にGCAMP6を発現させたものも用いた。

B:オーシャンセルの8つの神経細胞におけるGCaMPの蛍光輝度の経時変化(マウスが空間を自由に探索している間)。輝度の急激な上昇と下降が神経活動を反映している。

オーシャンセルの特定の環境に反応する神経活動の図

図2 オーシャンセルの特定の環境に反応する神経活動

各部屋ABでのオーシャンセル1細胞の活動パターンの例。オーシャンセルの神経活動を測定しているマウスを部屋Aに5分入れる。その後、すぐに部屋Bにマウスを移動させて5分入れる。部屋A(5分)→部屋B(5分)→部屋A(5分)→部屋B(5分)。図2のオーシャンセルセルは、Aの部屋に滞在するときに神経活動は高く、Bの部屋では神経活動は低い。

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