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2015年10月13日

理化学研究所
東京大学
J-PARCセンター
総合科学研究機構

磁気渦を押すだけで生成・消去できる新手法を発見

-超省電力型の磁気メモリデバイス実現へ前進-

要旨

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発デバイス研究チームの新居陽一客員研究員(東京大学大学院総合文化研究科 助教)、岩佐義宏チームリーダー(東京大学大学院工学系研究科 教授)、強相関量子構造研究チームの中島多朗特別研究員、創発物性科学研究センターの十倉好紀センター長(東京大学大学院工学系研究科 教授)、総合科学研究機構(CROSS, J-PARC特定中性子線施設 登録機関)の大石一城グループリーダー、鈴木淳市部長らの共同研究グループは、次世代型磁気メモリデバイスへの応用が期待されている微小な磁気渦(スキルミオン[1])を力学的に生成・消滅する手法を初めて発見しました。

スキルミオンは数ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)から数百nmのサイズの粒子のような磁気渦で、一度生成すると比較的安定に存在し、極めて小さな電流や熱勾配により動かすことができます。また理論的には高速な生成・消滅も可能と予測されています。現在、これらの性質を使って、スキルミオンを情報キャリア[2]として用いた次世代型磁気メモリデバイスの実現が期待されています。例えば、高密度、低消費電力、不揮発性、高速動作など多くの利点を兼ね備えたユニバーサルメモリ[3]が実現できる可能性があります。ただし、その実現には、スキルミオンの書き込みや消去の動作原理を実験的に確立するとともに、より簡便な手法を開発する必要がありました。

共同研究グループは、これまで実験および理論で提唱された磁場、電流、熱といった外場とは異なる「応力」に着目し、スキルミオンの生成と消滅を試みました。マンガン(Mn)とケイ素(Si)の合金(MnSi)に対して、応力を変化させながら振動磁場を加える、中性子を照射するなどして磁気的性質を調べたところ、数10メガパスカル(MPa)という小さな応力でスキルミオン相を生成および消滅できることを明らかにしました。スキルミオン1個の生成・消滅に必要な閾応力は1~10マイクログラム(μg、1μgは100万分の1グラム)程度という極めて微小な力です。原理的には走査型プローブ顕微鏡[4]を用いた単一スキルミオンの力学的制御も可能となります。この成果は、スキルミオンを用いた次世代型磁気メモリの開発の新たな指針になるものと期待できます。

本研究は、国際科学雑誌『Nature Communications』(10月13日付け:日本時間10月13日)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所
創発物性科学研究センター 超分子化学部門 創発デバイス研究チーム
客員研究員 新居 陽一(にい よういち)(東京大学大学院総合文化研究科 助教)
チームリーダー 岩佐 義宏(いわさ よしひろ)(東京大学大学院工学系研究科 教授)

強相関物理部門 強相関量子構造研究チーム
特別研究員 中島 多朗(なかじま たろう)
チームリーダー 有馬 孝尚(ありま たかひさ)(東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)

強相関物質研究チーム
技師 吉川 明子(きっかわ あきこ)
チームリーダー 田口 康二郎(たぐち やすじろう)

統合物性科学研究プログラム 創発超構造研究ユニット
ユニットリーダー 山崎 裕一(やまさき ゆういち)(東京大学大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター特任講師)

創発物性科学研究センター
センター長 十倉 好紀(とくら よしのり)(東京大学大学院工学系研究科 教授)

総合科学研究機構(CROSS)
(J-PARC特定中性子線施設 登録施設利用促進機関)
東海事業センター 利用研究促進部
グループリーダー 大石 一城(おおいし かずき)
部長 鈴木 淳市(すずき じゅんいち)

背景

2009年ドイツの研究グループによってスキルミオン(図1)と呼ばれる渦状の磁気配列状態が発見されました。スキルミオンは一度生成すれば比較的安定に存在し、ナノサイズの粒子のように振る舞うという性質があります。また極めて小さな電流や熱勾配で動かすことが可能であり、生成や消滅に要する時間も短く高速動作が可能であると理論的に予測されています。そのためスキルミオンを情報キャリアとして応用すれば、超高密度、低消費電力、不揮発性、高速動作性を兼ね備えたユニバーサルメモリが実現できる可能性があります。

ただし、スキルミオンメモリの実現には、スキルミオンの生成と消滅の手法を確立する必要があります。これまで電流、磁場、熱といったさまざまな制御方法が理論的に提案されてきましたが、その検証は容易ではなく、実際にスキルミオンの制御に成功した実験は数例しかありません。そのため、より簡便で汎用性の高い生成・消滅の方法論を実験的に示すことが、スキルミオンメモリの実現には重要でした。一方、共同研究グループは、これまでの研究からスキルミオンが弾性を持ち、力学的にも顕著な応答を示すことを明らかにしていました注)。また最近では、歪みを加えることでスキルミオンが大きく変形することも明らかになっていました。

注)Y. Nii, A. Kikkawa, Y. Taguchi, Y. Tokura and Y. Iwasa, "Elastic Stiffness of a Skyrmion Crystal", Phys. Rev. Lett. 113, 267203 (2014).

研究手法と成果

共同研究グループは、従来の研究で注目されてこなかった「応力」に着目し、スキルミオンが実現する典型物質であるマンガン(Mn)とケイ素(Si)の合金(MnSi)を対象としてスキルミオン相の力学的な生成と消滅を試みました。

スキルミオン相の存在を高感度で検出する方法の一つとして試料にコイルを巻き振動磁場を発生させ、その応答を調べる交流帯磁率測定というものがあります。本研究では、作製したMnSi単結晶にコイルを巻いてこの交流帯磁率測定を行いつつ、開発した一軸応力プローブ[5]を用いて連続的に応力を変化させました。低温磁場下において力学応答を詳細に調べた結果、応力を加える方向に応じてスキルミオン相を生成したり消滅したりできることを明らかにしました(図2)。図3は一例として磁場と平行に力を加えたときの交流帯磁率の変化を示します。スキルミオンの力学的消失に対応して交流帯磁率が大きく上昇しているのが分かります。

さらに、茨城県東海村のJ-PARC物質・生命科学実験施設のビームライン「大観」にて、応力を変化させながら中性子小角散乱実験[6]を行い、磁気散乱パターンの変化より、力を加えたことによるスキルミオン相の消失を直接的に確かめることに成功しました。

本研究では応力を連続的に制御することで、力学的外場によってスキルミオンの安定性を制御できることを初めて示しました。スキルミオン1個の生成・消滅に必要な閾応力は1~10マイクログラム程度という極めて微小な力です。原理的には汎用の走査プローブ顕微鏡のカンチレバー先端を物質に押し付けることで、単一スキルミオンの消去が可能です。

今後の期待

本研究は、従来と原理的に異なる、力学的なスキルミオンの生成・消滅方法を初めて提唱したものです。比較的簡便な力学的手法を他の電気・磁気的手法と組み合わせることで、スキルミオンの研究発展に貢献するとともにスキルミオンを用いた次世代型磁気メモリへの新たな開発指針を与えるものと期待されます。

原論文情報

  • Y. Nii, T. Nakajima, A. Kikkawa, Y. Yamasaki, K. Ohishi, J. Suzuki, Y. Taguchi, T. Arima, Y. Tokura, and Y. Iwasa, "Uniaxial stress control of skyrmion phase", Nature Communications, doi: 10.1038/NCOMMS9539

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 超分子機能化学部門 創発デバイス研究チーム
客員研究員 新居 陽一(にい よういち)
(東京大学大学院総合文化研究科 助教)
チームリーダー 岩佐 義宏(いわさ よしひろ)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)

創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関量子構造研究チーム
特別研究員 中島 多朗(なかじま たろう)

創発物性科学研究センター
センター長 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)

総合科学研究機構(CROSS)
(J-PARC特定中性子線施設 登録施設利用促進機関)
東海事業センター 利用研究促進部
グループリーダー 大石 一城(おおいし かずき)
部長 鈴木 淳市(すずき じゅんいち)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

東京大学 大学院工学系研究科 広報室
Tel: 03-5841-1790 / Fax: 03-5841-0529
kouhou [at] pr.t.u-tokyo.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

J-PARCセンター 広報セクション 照沼秀文、福田浩
Tel: 029-284-4578 / Fax: 029-284-4571
pr-section [at] j-parc.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

総合科学研究機構(CROSS)
(J-PARC特定中性子線施設 登録施設利用促進機関)
東海事業センター 利用推進部 広報担当 浅井利紀
Tel: 029-219-5300 / Fax: 029-210-5311
t_asai [at] cross.or.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

補足説明

  • 1.スキルミオン
    渦状の構造をもった磁気スピンの配列のこと( 図1)。いくつかの磁性物質中の限られた温度と磁場領域に存在する。一度生成すれば比較的安定な粒子として存在し、電流や温度勾配で動かすことができる。
  • 2.情報キャリア
    情報の書き込み、消去、読み出しが可能な対象物のこと。ここではスキルミオンの有無を情報の1と0に対応させ、ナノサイズの微小磁気ビットとして用いる。
  • 3.ユニバーサルメモリ
    SRAM、DRAM、NAND型フラッシュメモリといった個々のメモリの利点を同時に併せ持つ次世代型メモリ。具体的には、高速動作性(書き込み、消去、読み出し)、高密度性、不揮発性、低消費電力、高い書き換え耐久性などを兼ね備えたメモリである。
  • 4.走査型プローブ顕微鏡
    原子間力顕微鏡や磁気力顕微鏡といった探針を用いた走査型プローブ顕微鏡の総称。カンチレバーの先端には曲率半径が数10nm程度の鋭い探針があり、物質との相互作用を通じて表面の原子配列、電子状態、磁区などを可視化することができる。また探針を試料に接触させることでナノメートルの局所領域に応力を加えることもできる。
  • 5.一軸応力プローブ
    物質の一方向に可変の力が加えられるように開発した実験プローブ。物質をピストンで挟みこみ、マイクロメータで調節しながら力を加えることで連続的に応力を変化させることができる。また超伝導磁石に入れることで低温・磁場下の応力変調が可能となる。本研究では、交流帯磁率測定や中性子小角散乱実験で用いた。
  • 6.中性子小角散乱
    磁気モーメントを持つ中性子を物質に照射し散乱パターンを調べることで、物質中の磁気構造に関する情報が得られる。特にスキルミオン(数10nm)のような結晶の単位胞(一辺0.1nmオーダ)に対し比較的大きなサイズの磁気配列では、小さな角度に散乱パターンが現れる。そのため小角散乱ビームラインと呼ばれる特別なビームラインで中性子散乱実験を行う必要がある。
ナノサイズのスキルミオンの模式図とスキルミオンを用いた磁気メモリの概念図の画像

図1 ナノサイズのスキルミオンの模式図とスキルミオンを用いた磁気メモリの概念図

スキルミオンの有無をコンピューター上の情報である1と0に対応させることで、スキルミオンを磁気メモリとして利用する。

スキルミオンの力学的な生成と消去の概念図の画像

図2 スキルミオンの力学的な生成と消去の概念図

物質に横方向(外部磁場と垂直)の力を加えることでスキルミオンを生成でき、縦方向(外部磁場と平行)の力で消去できる。

一軸応力をスキャンしたときの交流帯磁率の変化の図

図3 一軸応力をスキャンしたときの交流帯磁率の変化

交流帯磁率の低い状態がスキルミオン相、高い状態がコニカル相に対応する。無負荷の状態で安定なスキルミオンが応力のもとでは消失しているのが分かる。

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