広報活動

Print

2015年10月23日

理化学研究所

多能造血前駆細胞を無限に増幅させる方法を開発

-血液のもととなる造血幹細胞移植への応用が可能-

要旨

理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センター 融合領域リーダー育成(YCI[1])プログラムの伊川友活上級研究員、京都大学再生医科学研究所 再生免疫学教室の河本宏教授らの共同研究チームは、多能造血前駆細胞[2]を生体外で増幅させる新しい培養方法を開発することに成功しました。

血液のもととなる造血幹細胞[2]は成体では骨髄に存在し、赤血球や血小板、白血球[3](免疫細胞)などの血液細胞を作ります。これまで、生体外で造血幹細胞を増幅させる方法が盛んに研究されていますが、実用的な方法は確立されていませんでした。2004年、伊川上級研究員らは転写因子E2A[4]を欠損させたマウスを使った実験により、E2Aを欠損するとB細胞の分化が初期段階で停止し、B前駆細胞が多能性をもつ造血前駆細胞(多能造血前駆細胞)としての特徴を示すことを報告しました。この知見からE2Aの機能を阻害することにより、多能造血前駆細胞の人為的な増幅が可能であると考えました。

共同研究チームはE2Aの働きを一時的に阻害するために、E2Aの阻害タンパクであるIdタンパク[5]を用いました。Idタンパクの1つであるId3をレトロウイルスベクター[6]を用いてマウスの造血幹細胞群へ導入しました。続いて、B細胞への分化を誘導する条件下でこれらの細胞を培養すると、前駆細胞段階で分化が停止し、多能造血前駆細胞が増幅(自己複製)することが明らかとなりました。この細胞は約1ヶ月で1万倍にまで増殖し、培養を続ける限り増え続けました。また、この前駆細胞をマウスに移植するとリンパ球や顆粒球など様々な白血球を作りました。さらに、同様の方法を用いてヒトの臍帯(さいたい)血[7]の多能造血前駆細胞を増幅することにも成功しました。共同研究チームはこの細胞を、主に白血球を作り出す幹細胞という意味でiLS(人工白血球幹)細胞と名づけました。iLS細胞は赤血球や血小板はあまり作らず、生体内では自己複製しないので、造血幹細胞とは異なります。しかし、体外で無限に増やせる特性を利用すれば、がんに対する免疫細胞療法への応用などが期待できます。

本研究は、米国の科学雑誌『Stem Cell Reports』オンライン版(10月22日付け:日本時間10月23日)に掲載されます。

※共同研究チーム

理化学研究所 統合生命医科学研究センター
融合領域リーダー育成(YCI)プログラム
上級研究員 伊川 友活 (いかわ ともかつ)

京都大学 再生医科学研究所 再生免疫学教室
教授 河本 宏 (かわもと ひろし)

マーストリヒト大学病院 内科 血液学部門
准教授 ヴィルフレッド・ゲルメラード(Wilfred T. V. Germeraad)

背景

私達の体には、皮膚や血液のように絶えず入れ替わり続ける組織を保つため、各組織に幹細胞と呼ばれる大本の細胞がいます。幹細胞は自分と全く同じ能力を持った細胞に分裂することが出来る能力(自己複製能)とさまざまな細胞を作りだす能力(多分化能)を持っています。

通常の細胞が幹細胞性を獲得するためには、iPS細胞のように強制的な転写因子の発現などにより、未分化状態へ誘導する必要があると考えられていました。また、生体外で組織幹細胞を維持するのも難しく、例えば、血液のもととなる造血幹細胞は一旦生体外に取り出すと分化してしまい、未分化なままで維持するのは困難でした。

2004年、共同研究チームの伊川上級研究員らは転写因子E2Aを欠損させたマウスを使った実験により、E2Aを欠損させるとB細胞への分化途上で分化が停止したB前駆細胞が多能造血前駆細胞としての特徴を示すことを報告しています。

そこで、この知見を応用し、E2Aの機能を人為的に阻害することにより多能性と自己複製能を兼ね備えた造血前駆細胞を作成・維持する事ができるのかどうか調べることにしました。

研究手法と成果

共同研究チームはまず、マウスの胎仔肝臓から造血幹細胞群を採取し、レトロウイルスベクターを使ってE2Aの阻害タンパクであるId3を導入しました。導入した細胞をB細胞分化誘導条件で培養すると、B細胞分化が阻害されるとともに造血前駆細胞様の細胞が増殖しました。この細胞は約1ヶ月で1万倍にまで増殖しました(図1)。

続いてこの細胞を免疫不全マウスに移植することにより分化能を調べたところ、T細胞、B細胞、NK細胞、顆粒球などさまざまな細胞への分化能を示しました。さらに、個々の前駆細胞の分化能を調べるために1個1個の細胞を培養プレートに撒き、1ヶ月間増殖させました。この増殖させた細胞を免疫不全マウスに移植したところ、どのクローンも多能性を示しました(図2)。このことからId3によって増幅させた前駆細胞は個々の細胞レベルでも多能性と自己複製能を保持していることが明らかとなりました。

同様の方法を用いてマウス骨髄やヒトの臍帯血の多能造血前駆細胞においても増幅できることが確認されました(図3)。

次に、Id3による分化・自己複製の制御機構を詳しく調べるため、レトロウイルスベクターを使ってId3とエストロゲン受容体(ER)[8]との融合タンパク(Id3-ER)を作成する遺伝子を造血幹細胞群に導入しました。このId3-ER融合タンパクと結合して核内へ誘導する4-ヒドロキシタモキシフェン(OHT)[9]を添加しながら培養したところ、Id3を導入した細胞と同様に造血前駆細胞として増殖しました。さらに、培養液から4-OHTを抜いて融合タンパクが核内へ移行できないようにすると、T細胞、B細胞を含めたさまざまな免疫細胞へ分化誘導することが可能となりました。このId3-ERを導入した細胞は1年間培養後も、分化能を保っていました。したがって、自己複製能と多分化能を兼ね備えた幹細胞様の細胞であるとも言えます。

共同研究チームは、これらのIdタンパクの強制発現により幹細胞としての性質を獲得した多能造血前駆細胞を、人工白血球幹細胞(induced leukocyte stem cells: iLS細胞)と名づけました(図4)。

これまで、多分化能と自己複製能の維持は、生体の中にごくわずかに存在する幹細胞だけが保持する特殊な能力と考えられてきました。また、生体外でこの状態をつくりだすには、初期化などの手法により未分化な状態に巻き戻す必要があると考えられてきました。今回の研究によって、単に分化を停止させるだけで幹細胞性を獲得する事が初めて示されました。これは「幹細胞性(stemness)」の概念を変える可能性のある、生物学的に大きな意義のある成果といえます。

なお、iLS細胞の作製法は、日本ではすでに特許として成立しています(2014年12月12日、「造血幹/前駆細胞の特性を有する細胞の製造方法」、登録番号5660451)。

今後の期待

今回開発した方法は、免疫細胞を用いた細胞療法などに応用できると考えられます。例えば、患者の造血前駆細胞からiLS細胞を作製できれば、がん抗原を発現する樹状細胞や、がん抗原特異的なキラーT細胞を大量に作製する事が容易になります。また、造血幹細胞や免疫細胞を用いた遺伝子治療の研究も進むことが期待されます。今後、ヒトの造血幹細胞の増幅効果はマウスの場合に比べると低いことや、遺伝子導入のためにレトロウイルスを用いている点などを克服することで、実用化につながることが期待できます。

今回の成果は、単に分化を停止させるだけでその前駆細胞に自己複製能を付与できることを示しました。同様の方法を用いて他の組織においても幹細胞を増幅できるのではないかと考えられます。

原論文情報

  • Tomokatsu Ikawa, Kyoko Masuda, Mirelle J. A. J. Huijskens, Rumi Satoh, Kiyokazu Kakugawa, Yasutoshi Agata, Tomohiro Miyai, Wilfred T. V. Germeraad, Yoshimoto Katsura, and Hiroshi Kawamoto, "Induced developmental arrest of early hematopoietic progenitors leads to the generation of leukocyte stem cells", Stem Cell Reports, doi: 10.1016/j.stemcr.2015.09.012

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター 融合領域リーダー育成プログラム
上級研究員 伊川 友活 (いかわ ともかつ)

伊川友活

伊川 友活

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
お問い合わせフォーム

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部
お問い合わせフォーム

このページのトップへ

補足説明

  1. YCI (Young Chief Investigator)プログラム
    統合生命医科学研究センターで独自に推進する若手研究者のためのリーダー育成プログラム制度。免疫と他分野との融合研究を推進する若手研究者を育成するために設立された。ホストラボ制度、メンター制度などユニークなシステムを持つ。
    参照:YCIプログラムのページ
  2. 多能造血前駆細胞、造血幹細胞
    血液を作るおおもとの細胞のことを造血幹細胞と呼ぶ。幹細胞とは自己複製能と多分化能を兼ね備えた細胞と定義される。白血球や赤血球、血小板などすべての血液細胞を作りだす。成体では骨髄に主に存在する。造血幹細胞のように自己複製能は持たないが多能性を示す血液前駆細胞を多能造血前駆細胞と呼ぶ。
  3. 白血球
    血液細胞の中の赤血球と血小板以外の細胞で、免疫細胞として働く細胞群。顆粒球、単球、リンパ球などが含まれる。顆粒球の中には好中球、好酸球、好塩基球、リンパ球の中にはT細胞、B細胞、NK細胞などが含まれる。
  4. E2A
    EボックスというDNA配列に特異的に結合し、様々な遺伝子の発現(転写)を制御するEタンパクと呼ばれるタンパクの1つ。bHLH(ベーシック・ヘリックス・ループ・ヘリックス)領域と呼ばれる構造を持つ。B細胞やT細胞の生成に必須のタンパクであることが知られている。
  5. Idタンパク
    Eタンパクの機能を阻害する働きを持つタンパク。Eタンパクと同様HLH領域を持つが、DNAの結合に必要な塩基配列(ベーシック領域)を欠くため、Eタンパクと結合し、その転写活性機能を阻害する。血液系や神経系など様々な細胞に発現し、分化を抑制する働きを持つ。本研究で用いられたId3はIdタンパクの1種。
  6. レトロウイルスベクター
    ベクターとは遺伝子の「運び屋」のこと。細胞に感染し遺伝子をうまく内部に運び入れてくれるウイルスを利用する場合が多い。1本鎖RNAウイルスであるレトロウイルスを用いたベクターがレトロウイルスベクターで、iPS細胞の作成にも使われている。ウイルスが持つ病原性に関する遺伝子は取り除かれている。
  7. 臍帯(さいたい)血
    胎児と母体をつなぐ臍帯(へその緒)に含まれる血液。造血幹細胞が多く含まれるため、移植に使われている。
  8. エストロゲン受容体(ER)
    エストロゲンと呼ばれるステロイドホルモン(女性ホルモン)の受容体。ERは細胞質内に存在する。活性化されると核内へ移行しDNAへの結合が促進される。この機能を利用し、ERと他のタンパクとの融合タンパクを作成し、人為的にそのタンパクの機能を誘導するためにも使われる。
  9. 4-ヒドロキシタモキシフェン(OHT)
    ERと強い結合能力を持つ代謝物質。ERと他の遺伝子との融合タンパクを核内へ誘導するために使われる。エストロゲンのERへの結合を阻害することから、乳がん細胞の増殖を抑制する活性も持つ。

このページのトップへ

Id3導入による多能造血前駆細胞の増幅の図

図1 Id3導入による多能造血前駆細胞の増幅

(A)マウスの造血幹細胞群にコントロールの(遺伝子は入っていない)レトロウイルスベクターを導入すると通常B細胞に分化が誘導されるが、Id3を導入するとB細胞への分化が阻害され、多能造血前駆細胞が増幅する。(B)培養日数ごとの全細胞の増幅率。コントロール群ではほぼ1ヶ月で細胞数が頭打ちになるのに対してId3を導入した細胞は増え続ける。

Id3を導入した細胞の個々の細胞における自己複製能と多分化能の図

図2 Id3を導入した細胞の個々の細胞における自己複製能と多分化能

(A)Id3を導入した造血幹細胞群を1ヶ月間培養したあと、1個1個の細胞を培養皿に撒いて培養した。増えてきた細胞を免疫不全マウスに注射し、4週間後に末梢血を解析した。(B)Id3クローン由来の細胞から生成された免疫細胞。

Id3導入によるヒト多能造血前駆細胞の増幅の図

図3 Id3導入によるヒト多能造血前駆細胞の増幅

マウスと同様にヒト臍帯血の造血幹細胞群にコントロール(水色)のレトロウイルスベクターを導入するとB細胞に分化が誘導されるが、Id3遺伝子を導入するとB細胞の分化が阻害され、多能造血前駆細胞が増幅する。

自己複製能と多分化能を兼ね備えたiLS細胞(人工白血球幹細胞)の図

図4 自己複製能と多分化能を兼ね備えたiLS細胞(人工白血球幹細胞)

Id3を導入した造血前駆細胞は主にリンパ球や顆粒球などの白血球を作り続けるため、induced Leukocyte Stem (iLS)細胞と名づけた。

このページのトップへ