広報活動

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2015年10月29日

理化学研究所

肝細胞がんで活性化するレトロウイルス由来のRNA

-肝細胞がんの病態解明、診断マーカーへの応用に期待-

ヒトとウイルスには、切っても切れない深い関係があります。私たちがウイルスの存在を思い知るのは、まず感染症にかかったとき。軽い風邪や流行性のインフルエンザなどは、一過性のウイルス感染が原因です。そして、慢性的な感染が問題となる病気の一つが肝臓がん。肝臓がんの大半は、肝臓の細胞ががん化する「肝細胞がん」で、主な原因が肝炎ウイルスへの感染であることが分かっています。

病原体としてのウイルスは、外界から私たちの体に入り込み、細胞の中で増えて、また外に出て行くことで感染を広げていきます。ヒトの長い進化の過程でこのようなウイルス感染が繰り返された結果、私たちのDNAの中には、ウイルスが入り込んだ痕跡であるウイルス由来の配列が多数含まれることになりました。その中で最も多く見つかるのが、レトロウイルスと呼ばれるRNAウイルスの仲間に特徴的な配列です。レトロウイルスはエイズの原因であるヒト免疫不全ウイルスを含む怖いウイルス群ですが、ヒトゲノムに残る配列は断片化して機能しておらず、病気を起こさないかわりに何の役にも立たない存在と思われていました。しかし、理研の研究チームがヒトゲノムで機能している可能性のある配列を徹底的に調べたところ、実はレトロウイルス由来の配列も転写されて、RNAが作られていることが分かってきました。ただし、遺伝子配列から転写されたRNAがタンパク質を作るのに対し、レトロウイルス由来の配列はタンパク質の情報を持たないため、その機能がよく分かりません。そこで、2つの異なる細胞で発現するRNAを比較して、どちらでどのRNAが多いかなどの情報を手がかりに研究を進めています。

今回、理研の研究チームは、正常な細胞と病気の細胞の違いを調べるために、肝細胞がんにかかった患者の肝臓組織から正常細胞とがん化した細胞を取り出して、そこに含まれるRNAを比較しました。その結果、がん細胞では正常細胞に比べて、レトロウイルス由来の配列が多くRNAに含まれていることが分かりました。また患者ごとの症状で比較すると、がんの悪性度が高いとこれらのRNAの量も多く発現していました。肝細胞がんの特徴の一つとして、レトロウイルス由来の配列が盛んに転写されていることを示す発見であり、肝細胞がんを診断するための指標(マーカー)として応用できるかもしれません。一方、レトロウイルス由来の配列が転写されることが、がん化の原因なのか、それとも結果なのかはまだ分かりません。私たちの細胞に残された「内なるレトロウイルス」が、現在も活動している「肝炎ウイルス」とどのように関わっているのか、解き明かしていきたいと考えています。

肝炎ウイルスへの感染による肝細胞がんの発症

図 肝炎ウイルスへの感染による肝細胞がんの発症

理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 機能性ゲノム解析部門 LSA要素技術研究グループ トランスクリプトーム研究チーム
チームリーダー CARNINCI Piero
研究員 橋本 浩介