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2015年11月20日

理化学研究所

プリオン様タンパク質凝集体の抗ウイルス機能を発見

-ウイルスゲノムへの遺伝子変異導入を促進して細胞を守る-

要旨

理化学研究所(理研)脳科学総合研究センター タンパク質構造疾患研究チームの田中元雅チームリーダーらの共同研究チームは、酵母におけるプリオン[1]様のタンパク質凝集体[KIL-d]因子[2]が、酵母に感染したキラーウイルス[3]のゲノム内への変異の導入を促進させることで、抗ウイルス作用を持つことを新たに発見しました。

キラーウイルスが酵母に感染すると、その酵母は、周りのキラーウイルスを持たない酵母を殺してしまう「キラー活性」と周りのキラーウイルスを持つ酵母から自身を守る「レジスタンス活性」を持ちます。しかし[KIL-d]という酵母株では、キラーウイルスに感染しても、キラー活性やレジスタンス活性を示さない、または活性が弱いことが知られていました。ところが、このような現象を引き起こす[KIL-d]因子の性質やキラーウイルスが不活化されるメカニズムは、これまで明らかにされていませんでした。

共同研究チームは、遺伝学的解析や次世代シーケンサーを使った解析から、[KIL-d]酵母の持つ[KIL-d]因子が、①プリオン様のタンパク質凝集体であること、②キラーウイルスゲノムに新しい変異の導入を促進させること、③エラー・カタストロフィー[4]という現象によってキラーウイルスを不活化させることを新たに発見しました。

本研究では、プリオン様のタンパク質凝集体の[KIL-d]因子が、自らの細胞に侵入してきたキラーウイルスから身を守る抗ウイルス作用という新しい機能を持ち、細胞に環境適応性を付与することを示しました。[KIL-d]因子がRNAウイルスゲノムの複製の忠実度をわずかに低下させ、それによって細胞に抗ウイルス活性を与えるという巧妙な対ウイルス戦略が明らかになりました。

研究の成果は、エラー・カタストロフィーを考慮した新しい抗ウイルス薬の開発などにもつながります。また、プリオン様タンパク質凝集体の新たな細胞機能の発見は、遺伝学、細胞生物学、医学などのさまざまな分野に波及効果を及ぼすものと期待できます。

本研究の成果は、米国の科学雑誌『Molecular Cell』(11月19日号)に掲載されます。

※共同研究チーム

理化学研究所 脳科学総合研究センター タンパク質構造疾患研究チーム
チームリーダー 田中 元雅 (たなか もとまさ)
研究員(研究当時) 鈴木 元治郎 (すずき げんじろう)

カリフォルニア大学サンフランシスコ校
細胞分子薬理学部 ハワードヒューズ医学研究所
教授 ジョナサン・ワイスマン(Jonathan Weissman)

背景

細胞は常にウイルス感染の危険にさらされています。例えば酵母には、キラー毒素遺伝子をゲノムにもつキラーウイルスが感染します。キラーウイルスに感染した酵母は、キラーウイルス由来のキラー毒素を分泌することで、周囲のキラーウイルスを持たない酵母を殺す「キラー活性」と、周囲のキラーウイルスを持つ酵母から自身を守る「レジスタンス活性」を持ちます。一方で、キラーウイルスに感染していない酵母には両方の活性がありません。

これまでに、キラーウイルス感染しているものの、キラー活性やレジスタンス活性を示さない、または活性が弱くなる変異酵母株が単離されてきました。なかでも[KIL-d]と呼ばれる酵母株は、キラー活性やレジスタンス活性が多様に低下するという特徴を示します(図1)。

しかし、[KIL-d]酵母において、キラー活性やレジスタンス活性を失わせたり弱くさせる[KIL-d]因子の性質やその分子メカニズムは、これまで明らかにされていませんでした。

研究手法と成果

共同研究チームは、[KIL-d]因子の性質を調べるために、野生型の酵母に対して、さまざまな処理をした[KIL-d]酵母の細胞抽出液を感染させました。その結果、[KIL-d]因子はタンパク質からなること、さらに遺伝学的な解析から、プリオン様のタンパク質凝集体であることが分かりました。

次に、[KIL-d]酵母において、キラー活性やレジスタンス活性がなくなる、または弱まるメカニズムを調べました。すると、[KIL-d]酵母に感染しているキラーウイルスのキラー毒素遺伝子には変異が入っており、その変異がキラー活性を喪失または低下させていました。また、[KIL-d]酵母において低下したキラー活性やレジスタンス活性に多様性が生じる分子メカニズムを調べたところ、キラー毒素遺伝子内の変異の箇所と種類、さらには酵母内での変異キラーウイルスのコピー数が関与することが明らかになりました。

さらに、次世代シーケンサーを使った解析を行い、[KIL-d]酵母では、キラーウイルスゲノムに特異的に遺伝子の変異導入率が増加していることを確認しました(図2)。また、キラー活性の低下した変異キラーウイルスを持つ[KIL-d]酵母はより速く増殖することが分かりました。

これらの実験・解析の結果から、[KIL-d]酵母では、プリオン様のタンパク質凝集体がウイルスの複製メカニズムに作用し、キラーウイルスゲノムに新規な変異を導入することで、変異が積み重なってウイルスを機能不全に陥らせるエラー・カタストロフィーと呼ばれる現象が生じていることが分かりました。それによって、レジスタンス活性を保持しつつも、キラー活性を失った、または弱くなった酵母が出現します。その変異キラーウイルスを持つ酵母がより速く増殖し、周りおよび自らが分泌するキラー毒素から自身の細胞を守ることが示唆されました。

今後の期待

インフルエンザウイルスやHIVウイルスなどに代表されるRNAウイルス[5]は、そのRNAウイルスゲノムの複製が忠実に行われないと、ホスト細胞の中で自らのウイルスを増殖できません。一方で、忠実性が高すぎるとゲノムの変異を利用した外界の変化に対する順応性がなくなってしまいます。実際に、RNAウイルスゲノムの複製忠実度は両者の境界にあることが知られています。

今回、タンパク質凝集体からなる[KIL-d]因子がRNAウイルスゲノムの複製の忠実度をわずかに低下させ、それによって細胞に抗ウイルス活性を与えるという巧妙な対ウイルス戦略が明らかになりました。

本研究の成果は、エラー・カタストロフィーを考慮した新しい抗ウイルス薬の開発などに道を拓くものです。また、プリオン様タンパク質凝集体の新たな細胞機能の発見は、遺伝学、細胞生物学、医学などのさまざまな分野に波及すると期待できます。

原論文情報

  • Genjiro Suzuki, Jonathan S. Weissman, Motomasa Tanaka, "[KIL-d] Protein Element Confers Antiviral Activity via Catastrophic Viral Mutagenesis", Molecular Cell, doi: 10.1016/j.molcel.2015.10.020

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター タンパク質構造疾患研究チーム
チームリーダー 田中 元雅 (たなか もとまさ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.プリオン
    タンパク質からなる細胞質性の遺伝因子。哺乳動物ではプリオン病の感染源となるプリオンタンパク質が存在する。一方で、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)にはSup35などの約10種類の酵母プリオンタンパク質が知られており、哺乳動物のプリオンタンパク質と一次配列は異なるものの、同様の挙動を示す。
  • 2.[ KIL-d]因子
    [ KIL-d]酵母内に存在し、感染したキラーウイルスに作用して、そのキラー活性やレジスタンス活性を失わせる、または弱める未知の因子。
  • 3.キラーウイルス
    キラートキシン(毒素)遺伝子をゲノム内に持ち、それを感染した細胞に発現させて周りに分泌し、キラー毒素をもたない細胞を殺すことができるウイルス。出芽酵母ではM二本鎖RNAキラーウイルスが知られている。
  • 4.エラー・カタストロフィー
    ある環境の変化などで、ウイルスなどの自らのゲノムへの遺伝子変異率が増大し、そのウイルスの感染性や増殖力が失われること。
  • 5.RNAウイルス
    一本鎖または二本鎖RNAを遺伝情報として持つウイルスで、HIVウイルスやコロナウイルスなどがある。ウイルスゲノムの変異率が比較的高いことが特徴である。
野生型および[KIL-d]酵母のキラー活性の図

図1 野生型および[KIL-d]酵母のキラー活性

キラーウイルスに感染した野生型酵母(左図の真ん中のスポット)はキラー毒素を分泌することで、キラーウイルスを持たない周りの酵母(背景に存在)を殺すキラー活性をもつため、大きなハロー(死んだ周囲の酵母による光輪様構造)を示す(左)。しかし[KIL-d]酵母は、キラーウイルスに感染していても、キラー活性を示さないまたは弱くなる。右図では、小さなハローを示し、キラー活性が弱くなった[KIL-d]酵母(右図の真ん中のスポット)を示している。

[KIL-d]酵母はM1 RNAウイルスゲノムの変異を促進の図

図2 [KIL-d]酵母はM1 RNAウイルスゲノムの変異を促進

次世代シーケンサーを用いた解析から、野生型酵母に比べて[KIL-d]酵母では、M1ウイルスゲノム内のキラー毒素遺伝子に対して高い変異導入率を示した。

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