広報活動

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2015年12月15日

理化学研究所

上皮細胞が自律的に集団で移動する仕組みの発見

-細胞を右曲がりにつなぎ替えて外生殖器を時計回りに回す-

ポイント

要旨

理化学研究所(理研)多細胞システム形成研究センター組織形成ダイナミクス研究チームの倉永英里奈チームリーダーらの研究グループは、ショウジョウバエの雄の外生殖器が時計回りに1回転する形成過程をライブセルイメージング[1]で詳細に観察することで、外生殖器を取り囲む上皮細胞シート[2]が時計回りに自律的に回転する仕組みを実験と数理モデルによって明らかにしました。

1個の細胞(受精卵)が私たちの体を作り上げる過程では、初めに作られる単純なシート状の上皮組織が、折り畳み・伸長・陥入・移動などの単純な変形を経て、複雑な器官を作り上げます。中でも上皮細胞シートの協調的な移動は、初期胚の原腸陥入[3]や血管形成、乳腺分岐の形成など、形作りにおいて重要な役割を果たします。しかし、どうやって上皮組織としての特性である接着を保ったまま移動できるのか、どうやって同一方向に協調的に動けるのか、その仕組みの多くは謎でした。

ショウジョウバエの雄の外生殖器は、蛹の時期に時計回りに1回転(360°)しながら作られます。倉永チームリーダーらは、2011年にこの外生殖器回転が周りの上皮組織の回転によって引き起こされることを見つけていました注1)。今回研究グループは、上皮組織がどうやって時計回りに回転しているのか、その仕組みを詳しく調べるために、ライブセルイメージングという方法で上皮組織を構成する上皮細胞[2]1つ1つの動きを追跡し、解析しました。すると、上皮組織の回転とは、円盤状に寄り集まった上皮細胞集団が時計回りに移動することであることが分かりました。さらに詳しく観察すると、円盤状に配置された上皮細胞は互いに接着したままで、頻繁に「つなぎ替え」を起こして動いている様子が観察されました。また、このつなぎ替えによって細胞が同一方向に移動することは、数理モデル化によってコンピュータシミュレーション上で確認できました。

通常、細胞が集団移動するためには、移動方向からの誘引物質とそれに応答するリーダー細胞が必要であることが知られていますが、今回の回転する円盤状の上皮細胞集団にはリーダー細胞がありません。つまり、外からの刺激や誘導がなくても、組織を構成する細胞1つ1つの平面内極性[4]と動態によって、数百個もの細胞が協調的に動いて形作りを実現していることが明らかになりました。特に、接着した上皮細胞集団が左右対称である場合は安定して動かず、左右非対称になることで動き出すという知見は、組織形成において細胞の左右非対称性が果たす新しい役割の発見といえます。

本研究成果は、国際科学雑誌『Nature Communications』(12月10日付け)に掲載されました。

注1)Kuranaga et al., Development 138, 1493-9, 2011

※研究グループ

理化学研究所
多細胞システム形成研究センター 組織形成ダイナミクス研究チーム
チームリーダー 倉永 英里奈 (くらなが えりな)
研究員 前川 絵美 (まえかわ えみ)
テクニカルスタッフⅠ 磯村 綾子 (いそむら あやこ) 

発生・再生科学総合研究センター ※研究当時
フィジカルバイオロジー研究ユニット
研究員(研究当時) 佐藤 勝彦 (さとう かつひこ)(現 北海道大学電子科学研究所 准教授)
研究員(研究当時) 平岩 徹也 (ひらいわ てつや)(現 東京大学理学研究科 助教)
ユニットリーダー(研究当時) 柴田 達夫 (しばた たつお)(現 理研 生命システム形成研究センター 生命モデリングコア フィジカルバイオロジー研究チーム チームリーダー)

背景

1個の細胞(受精卵)が私たちの体を作り上げる過程では、初めに作られる単純なシート状の上皮組織が、折り畳み・伸長・陥入・移動などの単純な変形を経て、複雑な器官を作り上げます。中でも細胞の集団移動は、初期胚の原腸陥入など発生過程において重要な役割を示す一方で、上皮性がんの浸潤や転移、損傷治癒の過程においても観察され、生命活動のさまざまな局面に関与しています。細胞が集団で移動する仕組みとしては、移動方向からの誘引物質とそれに応答するリーダー細胞が必要であることが知られています。一方で、器官形成における上皮細胞の集団移動では、リーダー細胞が特定できないケースもあります。特にこのような場合において、上皮細胞の特性を保持したまま、リーダー細胞なしに、細胞が集団で協調して移動する仕組みは明らかでありませんでした。

ショウジョウバエの雄の外生殖器は、蛹の時期に時計回りに1回転(360°)しながら作られます。倉永チームリーダーらは、2011年にこの外生殖器回転が上皮組織の回転によって引き起こされることを見つけていました(図1)。

今回、この上皮組織の回転を誘導する上皮細胞の集団移動の詳細を調べることで、上皮細胞集団がリーダー細胞なしに、上皮としての性質を保持したまま協調的に移動する仕組みの解明に挑みました。

研究手法と成果

研究グループはまず、生きた蛹から上皮組織を含む外生殖器を切り取ってきて、内部組織を洗い落としたex vivo(生体外培養)条件下でも回転するかどうか観察しました。すると、切り取った組織でも生きた個体と同じように回転する様子が観察されたことから、上皮細胞集団は細胞自律的に移動して、外生殖器を回転させているということが明らかになりました。次に、上皮細胞同士を接着させるタンパク質であるカドヘリン[5]に緑色蛍光タンパク質(GFP)を融合させて、高精度のライブセルイメージングを行いました。すると、上皮細胞は互いに接着性を保ったまま、互いに「つなぎ替え」を頻繁に起こしながら、同一方向に動いて行く様子が観察されました(図2)。これは、細胞がつなぎ替わりながら個別に移動していることを示しています。また、このつなぎ替えは上皮細胞を頂端側表面(細胞の外気や液体にさらされている表面)から見た場合、頭尾軸に対して右曲がりの細胞接着辺に偏って観察されました(図4参照)。

このような偏ったつなぎ替えは、細胞動態を制御するアクトミオシン(アクチンーミオシン複合体)[6]が、偏った上皮細胞接着の頂端側に集積することで誘導され、上皮組織の伸長や折り畳みといった、組織の一時的な変形に関与することが知られていました。研究グループは、移動する上皮細胞におけるミオシン[6]集積を観察したところ、頂端平面において、頭尾軸に対して右曲がりの細胞接着辺に偏ってミオシンが集積していました(図3)。この偏ったミオシン集積は、上皮細胞が静止しているときには見られず、移動を開始する直前(約1時間前)に表出することが確認されました。つまり、上皮細胞が左右対称なときには静止していて、左右非対称になると移動を開始することが明らかになりました。

これまでの研究注2)により、ショウジョウバエの雄の蛹の外生殖器が反時計回りに回転するMyoID[7]変異体が知られていたので、外生殖器を取り囲む上皮細胞でMyoIDをノックダウン[8]したところ、上皮細胞のミオシン集積が頭尾軸に対して左曲がりの接着辺に偏っていて、移動の向きが反時計回りになりました。このことは、細胞接着辺の左右偏ったつなぎ替えが、細胞移動の向きに関わっていることを示しています。一方で、実験系で示せるのは、ミオシンの偏った蓄積と偏ったつなぎ替えがあり、それが細胞移動に必要だったということで、それが上皮細胞移動の十分条件となりうる駆動力となるかどうか結論を出すのには限界がありました。

そこで、多細胞の振る舞いを予測可能な数理モデルを用いて、コンピュータシミュレーションによる検証を行いました。このシミュレーションでは、頂端面から見た細胞を六角形で表し、平面上に隙間なく敷き詰め、それを挟み込む上下の組織を設定しました。その結果、頭尾軸に対して右曲がりの接着辺を縮みやすく(つなぎ替わりやすく)することで、六角形(細胞)は左右の両方向に移動するようになりました。次に、挟み込んだ上下の組織の片方を動かない腹部表皮として強い摩擦力を加えたところ、挟まれた六角形(細胞)の右方向への動きが観察されました。

これらのことから、上皮細胞集団は、右曲がりに偏ったつなぎ替えによって細胞自律的に移動可能であること、また、挟み込む上下の組織との摩擦力に異方性[9]を持たせることで、どちらでも好きな向きに移動させることができることが分かりました(図4)。つまり、個々の細胞は移動するという自発性がなくても、細胞自律的な左右非対称性と周辺組織の異方性があれば、協調してある向きに移動可能であるという、新たな集団細胞移動の仕組みが明らかになりました。

注2) Spéder P, Adám G, Noselli S. Nature, 440, 803-7, 2006

今後の期待

今回、ショウジョウバエの雄の蛹の外生殖器が回転しながら作られる、という特定の器官形成を細胞レベルで詳細に解析することで、リーダー細胞を必要としない上皮細胞の集団移動の仕組みを明らかにしました。これは、組織形成一般に関与する可能性がある新しい知見です。発生過程にダイナミックにその形態を変化させる上皮組織は、例え移動していてもバリア機能や胚の形態を維持するという上皮細胞シートとしての特性を保つ必要があります。本研究で発見した上皮細胞を集団で動かす仕組みは、上皮としての特性を保ちながら、細胞自律的かつ協調的に組織を変形させる新しい知見として、今後の発生・再生の原理を理解し、操作する上で役立つことが期待できます。

また本研究は、得られた実験事実が数理モデルの構築の手がかりになると同時に、その数理モデルの予測が新しい測定の提案にもつながるという、相互の恩恵に発展しました。本研究がモデルの1つとなって、数理と実験の互いの利点を活かした次世代の生物学研究が進むと期待できます。

原論文情報

  • Katsuhiko Sato,Tetsuya Hiraiwa, Emi Maekawa, Ayako Isomura, Tatsuo Shibata & Erina Kuranaga, "Left right asymmetric cell intercalation drives directional collective cell movement in epithelial morphogenesis", Nature Communications, doi: 10.1038/ncomms10074

発表者

理化学研究所
多細胞システム形成研究センター 組織形成ダイナミクス研究チーム
チームリーダー 倉永 英里奈 (くらなが えりな)

前川研究員と倉永チームリーダーの写真

前川研究員(左)と倉永チームリーダー(右)。

佐藤元研究員と平岩元研究員の写真

佐藤元研究員(左)と平岩元研究員(右)。

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. ライブセルイメージング
    生きた細胞のさまざまな活動を経時観察すること。緑色蛍光タンパク質(GFP)などの蛍光マーカーを用いて特定の細胞や組織を標識し、蛍光顕微鏡でその動きや変化を詳細に観察することができる。
  2. 上皮細胞シート、上皮細胞
    上皮細胞は、体表面を覆う「表皮」、管腔臓器の粘膜を構成する「上皮」、外分泌腺を構成する「腺房細胞」や内分泌腺を構成する「腺細胞」などを総称した細胞のこと。上皮細胞が密に接着して作られたシート状の組織を「上皮細胞シート」と呼ぶ。上皮細胞には、外気や液体にさらされている頂端面と結合組織に接着する基底面があり、それぞれに異なる性質を持つことが知られている。
  3. 原腸陥入
    原腸陥入は、体の形作りの最初に起こる極めて重要な形態形成運動であり、動物種を越えて保存されている。具体的には外胚葉、中胚葉、内胚葉という生物の体作りの基本となるべき胚葉を形成する現象。
  4. 平面内極性
    上皮細胞層など二次元的な平面上に形成される細胞膜や細胞内の成分のある一定の偏り。通常、細胞膜や細胞内の成分は均一に分布しておらず、細胞の空間的制御や機能を維持するために特定箇所に特定分子が局在している。
  5. カドヘリン
    動物の細胞同士の接着に必要な細胞膜タンパク質。細胞境界面で、同じ分子同士が結合して細胞を接着させる。カドヘリンと類似の構造を持つ多くのタンパク質があり、分子群を構成する。
  6. アクトミオシン、ミオシン
    アクトミオシンは、アクチン繊維にミオシンタンパク質が結合した複合体で、筋肉や細胞骨格の収縮に必須な物質である。ミオシンはアクチン上を運動するタンパク質であり、アクチン繊維の収縮を引き起こす。
  7. MyoID
    細胞骨格の1つであるアクチン繊維と相互作用するミオシンタンパク質の1つ。非筋I型ミオシン。この変異体ショウジョウバエは胚の消化管、精巣、雄外生殖器の回転について正常個体の逆を示す。
  8. ノックダウン
    特定の遺伝子の転写量を減少させたり翻訳を阻害させたりすることにより、遺伝子の機能を阻害する方法。
  9. 異方性
    物質の物理的性質を表す用語で、方向によって性質が異なることをいう。反対に物理的性質が方向によって性質が異ならないことを等方性という。

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ショウジョウバエの雄の蛹の蛍光顕微鏡写真と外生殖器の回転運動の図

図1 ショウジョウバエの雄の蛹の蛍光顕微鏡写真と外生殖器の回転運動

上の写真は、体節の後部領域で、緑色蛍光タンパク質を発現させたショウジョウバエ雄の蛹の背側(左)と腹側(右)。腹側の尾部の先端に発生中の外生殖器が見られる。下の写真のように(左から右へ)、蛹になって24時間後に回転し始め、12~14時間かけて時計回りに360°回転する。
(Kuranaga et al., Development 2011 より改変)

頭尾軸に対して右曲がりの接着辺で見られる上皮細胞のつなぎ替えの図

図2 頭尾軸に対して右曲がりの接着辺で見られる上皮細胞のつなぎ替え

黄色と水色の細胞の接着辺(紫色線)が縮んで、紫色と緑色の細胞の間に接着辺(水色線)ができてつなぎ替わった様子を示す。(Sato et al., Nat Comm 2015より改変)

上皮細胞接着辺に見られるミオシンの集積の変化の図

図3 上皮細胞接着辺に見られるミオシンの集積の変化

白く見えるのが、細胞接着辺にあるミオシンの集積。左写真のように、回転前はミオシンの偏った集積は見られないが、右写真のように、回転中はミオシンが頭尾軸に対して右曲がりの接着辺に偏って集積している。(Sato et al., Nat Comm 2015より改変)

右曲がりのつなぎ替えによる時計回りの細胞移動のモデル図

図4 右曲がりのつなぎ替えによる時計回りの細胞移動のモデル図

右曲がりの接着辺にミオシン(緑色線)が集積してつなぎ替わる(赤矢印の向き)ことで、黒矢印方向に組織が伸長しようとする圧力が加わる(左)。頭部に動かない細胞層(強い摩擦力)を配置することで、時計回り方向(片側)への細胞移動を誘導できる(右)。(Sato et al., Nat Comm 2015より改変)

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