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2015年12月24日

理化学研究所
科学技術振興機構

植物の耐塩性を高める化合物を発見

-ヒストン修飾を制御し、塩排出能力を強化-

要旨

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター植物ゲノム発現研究チームの関原明チームリーダー、佐古香織特別研究員と、ケミカルゲノミクス研究グループの吉田稔グループディレクターらの研究グループは、植物の塩排出能を高め、耐塩性を強化する化合物を発見しました。

塩害は世界の灌漑農地の約20%で発生し、農作物の生育に大きな被害をもたらしています。2050年には世界人口が約90億人に達すると予測されていることから食料不足が懸念されています。そのような背景から、持続的な食料生産の実現に向けて、耐塩性など植物の環境適応能力を高める技術が求められています。

環境ストレスによってヒストン修飾[1]などのエピジェネティック制御[2]が変化することが知られています。しかし、高塩ストレス下におけるエピジェネティック制御の機能は明らかになっていませんでした。

そこで、研究グループは、塩ストレスなどの環境ストレスによって変化するエピジェネティック修飾の制御に関わる化合物に着目しました。モデル植物であるシロイヌナズナを対象に、耐塩性を強化するエピジェネティック修飾の阻害剤を探索しました。その結果、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)[3]阻害剤である「Ky-2」が植物の耐塩性を強化することを発見しました。HDAC阻害剤は、ナトリウムイオンの排出に機能するAtSOS1遺伝子の発現を誘導し、その結果塩排出能が高まり、耐塩性が強化されることを突き止めました。

この研究成果は、植物に散布するだけで耐塩性を強化でき、塩害で収穫できない農地での農作物の収量増加につながることが期待できます。

本成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」研究領域(研究総括:磯貝彰(奈良先端科学技術大学院大学 名誉教授))における研究課題「エピゲノム制御ネットワークの理解に基づく環境ストレス適応力強化および有用バイオマス産生」によって得られたもので、日本の科学雑誌『Plant & Cell Physiology』のオンライン版(12月24日付け)に掲載されます。

背景

灌漑農業によって塩類が集積した地域や海沿いにある耕作地域では塩害が生じ、農作物の生産に悪影響を及ぼしています。一方、環境ストレスによってヒストン修飾などのエピジェネティック制御が変化することが知られています。しかし、エピジェネティック制御に関わる多くの遺伝子は植物ゲノムに多数存在しており、ひとつの遺伝子を欠損しても他の遺伝子によって機能が補完されるため、従来の遺伝学的手法では解析が困難でした。

そこで、研究グループはエピジェネティック制御を阻害する化合物を用いることで、植物の耐塩性に関与するエピジェネティック制御の解明を目指しました。

研究手法と成果

研究グループは、耐塩性に関わるエピジェネティック制御機構を明らかにするために、モデル植物であるシロイヌナズナに対して、吉田グループディレクターらが保有するエピジェネティック制御阻害剤で処理し、耐塩性を強化する化合物の探索を行いました。その結果、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤である「Ky-2」という化合物が耐塩性を強化することを突き止めました(図1)。

次に、Ky-2が耐塩性を付加する分子メカニズムを明らかにするために、網羅的な遺伝子発現解析を実施しました。この解析から、Ky-2の添加によって、ナトリウムアンチポーター(AtSOS1)[4]の遺伝子(AtSOS1遺伝子」の発現が増加していることが分かりました。AtSOS1は、細胞内に蓄積したナトリウムイオンを細胞外へ排出するポンプの役割を担っています。Ky-2はヒストン脱アセチル化の阻害剤であることから、AtSOS1遺伝子が標的である可能性を考え、そのヒストンの修飾状況を調べたところ、アセチル化が増加していることが分かりました。

同時に、植物体内のナトリウムイオンの量を測定した結果、Ky-2処理によってナトリウムの蓄積が減少することが分かりました。これらの結果から、Ky-2は、AtSOS1遺伝子のヒストンアセチル化を増加させることでAtSOS1遺伝子の転写を活性化し、塩排出能を高め耐塩性を強化することが明らかになりました(図2)。

今後の期待

今回の研究から、HDAC阻害剤「Ky-2」によってヒストンのアセチル化を増加させることで植物の耐塩性を強化できることが明らかになりました。今回の研究成果を応用することによって、農作物を塩害に強くする農薬の開発が進み、農作物の損失軽減が期待できます。

原論文情報

  • Kaori Sako, Jong-Myong Kim, Akihiro Matsui, Kotaro Nakamura, Maho Tanaka, Makoto Kobayashi, Kazuki Saito, Norikazu Nishino, Miyako Kusano, Teruaki Taji, Minoru Yoshida, Motoaki Seki, "Ky-2, a histone deacetylase inhibitor, enhances high-salinity stress tolerance in Arabidopsis thaliana.", Plant & Cell Physiology, doi: 10.1093/pcp/pcv199

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チーム
チームリーダー 関 原明 (せき もとあき)
特別研究員 佐古 香織 (さこ かおり)

環境資源科学研究センター ケミカルゲノミクス研究グループ
グループディレクター 吉田 稔 (よしだ みのる)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

科学技術振興機構 広報課
Tel: 03-5214-8404 / Fax: 03-5214-8432
jstkoho [at] jst.go.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

JST事業に関すること

川口 哲 (かわぐち てつ)
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crest [at] jst.go.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

補足説明

  • 1.ヒストン修飾
    ヒストンは真核生物のクロマチンを構成するタンパク質であり、DNA分子を折り畳んで核内に収納する役割をもつ。ヒストンは、アセチル化、メチル化、リン酸化、ユビキチン化といった化学修飾を受ける。こうした化学修飾は、遺伝子発現などさまざまなクロマチン機能の制御に機能する。
  • 2.エピジェネティック制御
    DNA配列の変化を伴わず、DNAやヒストンへの後天的な化学修飾により制御される遺伝現象。DNAのメチル化や、ヒストンのアセチル化、メチル化などが、後天的な修飾として作用する。
  • 3.ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)
    ヒストンのアセチル化は、ヒストンに対するDNAの巻きつきを弱めることによって、転写因子やRNAポリメラーゼがより結合しやすい状態にする。ヒストン脱アセチル化酵素は、アセチル化された部位を加水分解により除去し、ヒストンへのDNAの巻きつきを強めることによって転写を抑制する。
  • 4.ナトリウムアンチポーター
    生体膜を介してナトリウムイオンとプロトンの対向輸送を行う輸送体であり、細胞内のナトリウムイオンのレベルやpHの調節に寄与していると考えられている。
HDAC阻害剤「ky-2」により耐塩性を示したシロイヌナズナの写真

図1 HDAC阻害剤「ky-2」により耐塩性を示したシロイヌナズナ

液体培養し,塩ストレスを与えたシロイヌナズナは死滅した。一方、HDAC阻害剤である「Ky-2」を投与後に塩ストレスを与えたシロイヌナズナは生存可能になった。

HDAC阻害剤が植物の塩排出能を強化するメカニズムの図

図2 HDAC阻害剤が植物の塩排出能を強化するメカニズム

Ky-2を添加することによってHDACが阻害されAtSOS1遺伝子のアセチル化(Ac)が増加する。これによってAtSOS1遺伝子の発現が増加して、ナトリウムイオン(Na+)を排出するポンプ(AtSOS1)が増加し、塩排出能が強化され耐塩性を示した。

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