広報活動

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2016年1月8日

理化学研究所

陽子内部のグルーオンの向きを精密測定

-陽子の向きの謎を解明するための大きな一歩-

要旨

理化学研究所(理研)仁科加速器研究センター理研BNL研究センター実験研究グループの秋葉康之グループリーダー、後藤雄二理研BNL研究センター研究員、尹寅碩(ユン・インソク)国際プログラム・アソシエイトらが参画する国際共同研究グループは、米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)の偏極陽子衝突型加速器「RHIC(リック)」[1]を使って、これまでで最高の衝突エネルギー510 GeV(ギガエレクトロンボルト、ギガ=10億)で陽子内部のグルーオンの向きを精密測定することに成功しました。

陽子には内部構造があり、クォークとグルーオンと呼ばれる素粒子により構成されています。グルーオンはクォークを結びつける「のり」の役割をする素粒子です。全ての粒子は地球の自転に似た「スピン」と呼ばれる「向き」を表す固有の性質を持っており、陽子の向きは“陽子内部のクォークの向きの合計で決まっている”と考えられていました。しかし1980年代に、光を用いて陽子内部のクォークを調べたところ、その向きだけでは陽子の向きを説明できないことが分かり、「陽子の向き(スピン)の謎」として原子核物理学の大きな問題となりました。

この謎を解明するためには、陽子の内部にあり光とは直接反応しないグルーオンを調べることが必要でした。これを実現したのが向きを揃えた陽子(偏極陽子)同士を高エネルギーで衝突させることができるRHICです。RHICでの偏極陽子加速は理研とBNLの国際協力により実現しました。陽子同士を衝突させると陽子内部のグルーオンの衝突が起こり、中性π(パイ)中間子[2]が生成されるため、これを用いて内部のグルーオンを調べることができます。

理研の実験研究グループが参画するRHIC加速器のPHENIX実験[3]では、中性π(パイ)中間子の陽子の向きによる非対称度(アシンメトリ)[4]を測定しており、2003年~2009年には、陽子を200 GeVのエネルギーで衝突させる実験を行いました。この結果から摂動QCD(Quantum Chromodynamics、量子色力学)[5]という理論により内部のグルーオンの向きを計算することができますが、このエネルギーでの衝突実験の測定だけでは、陽子内部の全てのエネルギーのグルーオンを測定したことにはなりません。そのため、2012年~2013年にかけてRHICの最高衝突エネルギーである510 GeV、55%以上の陽子偏極度(陽子の向きが揃っている割合)による衝突実験を行いました。

衝突エネルギーを高くすると、逆に陽子内部のエネルギーの低いグルーオンに対する感度が高くなるため、今回の実験ではこれまでで最もエネルギーの低いグルーオンを測定したことになります。510 GeVの実験データは、200 GeVでの測定よりも大きい正の非対称度を示しました。これは、摂動QCD計算からも予測されたことで、低いグルーオンのエネルギー領域でも摂動QCDが有効な理論であり、グルーオンの向きの精密測定に利用できることを示しました。これは、陽子の向きの謎の全容解明に向けた大きな一歩です。

本研究は、米国の科学雑誌『Physical Review D Rapid Communications』オンライン版(1月7日付け)に掲載されました。

背景

原子核を構成する陽子は、大きいエネルギーを担う2個のアップ(u)クォークと1個のダウン(d)クォーク、さらに小さいエネルギーを担うクォークと反クォーク、およびこれらのクォークを強い相互作用で結びつけるグルーオンという素粒子で構成されています(図1)。つまり、グルーオンはクォークを結びつける「のり」の役割をしています。

全ての粒子は、地球の自転に似た「スピン」と呼ばれる粒子の「向き」を表す固有の性質を持っています。スピン(向き)は、素粒子間の反応や素粒子の崩壊を支配しているだけでなく、実用面でも、陽子スピンを利用した核磁気共鳴画像法(MRI)など、物質の性質分析にも使われています。

陽子の向きは“陽子内部のクォークの向きの合計で決まっている”と考えられていました。しかし、1980年代に欧州原子核研究所(CERN)が行った光を用いて陽子内部のクォークを調べる実験などによって、陽子の向きに対してクォークの向きを合計すると全体の20~30%に過ぎないことが判明しました。この「陽子の向き(スピン)の謎」の解明が原子核物理学の重要な課題とされています。

この謎を解明するためには、陽子内部にあり電荷を持たず光とは直接反応しないグルーオンを調べることが必要です。これを実現したのが偏極陽子(向きを揃えた陽子)を高エネルギーで衝突させる米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)の偏極陽子衝突型加速器「RHIC(リック)」(図2)です。

陽子を単に加速すると、陽子が加速器中を何周も飛び回っている間に、陽子の向きはバラバラになります。理研とBNLの国際共同グループは、陽子の向きを揃えた(偏極陽子)ビームを実現するために、陽子の向きを保持する「シベリアの蛇」と呼ぶ特別な磁石(図3)を開発しました。この「シベリアの蛇」の働きで、2001年に偏極陽子ビームを加速し衝突させることに世界で初めて成功し、RHIC加速器を用いて陽子の向きに対するグルーオンの向きをはじめとし、陽子の内部構造を理解するため、偏極陽子を衝突させる実験を開始しました。

研究手法と成果

理研の実験研究グループが参画するPHENIX実験では、中央検出器(図4)を用いてRHICの偏極陽子衝突で生成した中性π(パイ)中間子の陽子の向きによる非対称度(アシンメトリ)を測定しています。陽子同士を衝突させると、陽子内部のグルーオンの衝突が起こり中性π(パイ)中間子が生成されるため、その非対称度は陽子内部のグルーオンの向きを測定していることになります。2003年~2009年には、偏極陽子を200 GeVのエネルギーで衝突させる実験を行いました。このときの結果では、STAR実験[6]ジェット[7]による非対称度の測定と合わせて、陽子の向きに対するグルーオンの向きの寄与は5%~45%と、クォークの向きの寄与と同程度であることが分かりました。注)

注)D. de Florian, R. Sassot, M. Stratmann and W. Vogelsang, “Evidence for polarization of gluons in the proton,”Phys. Rev. Lett. 113, 012001 (2014); E. R. Nocera et al. [NNPDF Collaboration], “A first unbiased global determination of polarized PDFs and their uncertainties,”Nucl. Phys. B 887, 276 (2014).

ただ、200 GeVのエネルギーでの衝突実験の測定だけでは、陽子内部の全てのエネルギーのグルーオンの向きを測定したことにはならないため、2012年~2013年にかけてRHICの最大衝突エネルギーである510 GeV、55%以上の陽子偏極度(陽子の向きが揃っている割合)による衝突実験を行い、極めて高い精度の実験データを収集しました。

衝突エネルギーを高くすると、陽子内部の低いエネルギーのグルーオンに対する感度が高くなります。そのため、2012年~2013年の測定結果はこれまでで最も低いエネルギーの陽子内部のグルーオンの向きを測定したことになります。測定の結果、図5に示すように、生成された中性π(パイ)中間子はグルーオンの向きを反映して正の非対称度を持っていました。理論計算により、衝突エネルギー510 GeVでの非対称度の測定は、実験研究グループがこれまで測定した200 GeV以下での測定よりも大きな非対称度となることが示されていましたが、実験データはこれを支持する結果となりました。

今後の期待

国際共同研究グループは、陽子の向きに対してグルーオンの向きが担う割合の測定精度をさらに上げるため、中性π(パイ)中間子に加え、PHENIX中央検出器によって得た荷電π(パイ)中間子[2]の非対称度の解析を進め、データを増やしています。また、前方検出器(図4)を用いた中性π(パイ)中間子の非対称度の解析も進んでいます。前方検出器を用いると、今回の実験よりも陽子内部のより低いエネルギーのグルーオンの向きの測定が可能となります。

現行のPHENIX検出器を用いたグルーオンの向きの測定実験は、2015年をもって一旦終了しますが、2021年以降、PHENIX検出器をさらに高度化し測定実験を行う計画です。ここではπ(パイ)中間子に加えて、ジェットや重いフレーバー粒子[8]の生成に対する非対称度の測定を高精度で行う予定で、これにより陽子の向きに対するグルーオンの向きの寄与の決定精度がさらに上がります。

原論文情報

  • A.Adare et al. [PHENIX Collaboration], "Inclusive cross section and double-helicity asymmetry for π0 production at midrapidity in p+p collisions at √s = 510 GeV." DOI:10.1103/PhysRevD.93.011501

発表者

理化学研究所
仁科加速器研究センター 理研BNL研究センター 実験研究グループ
グループリーダー 秋葉 康之
理研BNL研究センター研究員 後藤 雄二
国際プログラム・アソシエイト 尹 寅碩

秋葉 康之
後藤 雄二
尹 寅碩

左から秋葉グループリーダー、後藤理研BNL研究センター研究員、尹国際プログラム・アソシエイト

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. 偏極陽子衝突型加速器「RHIC(リック)」
    米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)にある偏極陽子衝突型加速器(RHICはRelativistic Heavy Ion Colliderの略)で、2つの独立な超電導加速リングを持ち、陽子から金・ウランなどの原子核までのさまざまな粒子ビームを加速し、衝突させることができる。全周は約3,800mあり、2000年からさまざまな粒子の組み合わせの衝突実験を行っている。陽子の場合は、そのスピンを偏極したまま(向きを揃えたまま)加速・衝突させることができる世界初・唯一の偏極陽子衝突型加速器である。
  2. 中性π(パイ)中間子、荷電π(パイ)中間子
    π(パイ)中間子は原子核内で陽子と中性子を強く結びつける力を仲介する素粒子。質量は電子の約270倍で、電荷は荷電(正・負)、中性の3種がある。陽子を衝突させると陽子内部のグルーオンの衝突が起こり、π(パイ)中間子が生成されるため、これを用いて内部のグルーオンを調べることができる。
  3. PHENIX実験
    RHICを用いた高エネルギー重イオン及び偏極陽子衝突実験の1つで、PHENIXは世界14カ国から78研究機関、約500名が参加する大型国際研究グループである。RHICでの重イオン衝突で生み出される超高温・高密度物質クォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)の研究や、偏極陽子衝突反応による陽子の内部構造の研究をしている。日本からは理研、東京工業大学、京都大学、立教大学、日本原子力研究開発機構、東京大学、筑波大学、広島大学、高エネルギー加速器研究機構、長崎総合科学大学、奈良女子大学の11機関が参加している。「PHENIX」は、the Pioneering High Energy Nuclear Interaction eXperimentの略称。
  4. 非対称度(アシンメトリ)
    ここでは、衝突する偏極陽子のスピンの向きが同じ場合と反対向きの場合の、中性π(パイ)中間子の生成数の違いを示す尺度である。中性π(パイ)中間子の陽子の向きによる非対称度の測定と理論計算によって、陽子の向きに対するグルーオンの向きの寄与を精度良く求めることができる。
  5. 摂動QCD(Quantum Chromodynamics、量子色力学)
    自然界に存在する4つの力(重力、電磁気力、弱い力、強い力)のうち、原子核内の陽子・中性子を結合している核力などを指すのが強い相互作用であり、その強い相互作用を場の量子論として記述するのが量子色力学(QCD)である。QCDは漸近的自由性と呼ばれる距離が短くなると相互作用が弱くなる性質により、摂動論による計算が可能となる。
  6. STAR実験
    RHICを用いた高エネルギー重イオン及び偏極陽子実験の1つで、世界12ヵ国から57研究機関、約500名が参加する国際共同研究グループ。日本の研究機関は参加していない。
  7. ジェット
    今回の中性π(パイ)中間子の測定は、散乱されたクォークやグルーオンが破砕された最終状態の粒子のうちの1種類を測定していることになるが、破砕されジェット状に生成した全ての粒子を測定する方法もある。このためには、全ての粒子を検出できる検出器が必要で、検出器のさらなる高度化を要する。
  8. 重いフレーバー粒子
    クォークの種類(フレーバー)のうち、質量の大きいチャーム(c)クォークとボトム(b)クォークを含む粒子。

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陽子の構造の図

図1 陽子の構造

陽子は大きいエネルギーを担う2個のアップ(u)クォークと1個のダウン(d)クォーク、さらに小さいエネルギーを担うクォークと反クォーク、およびこれらの粒子を強い相互作用で結びつけるグルーオンから構成されている。陽子内部では、クォークと反クォークの対が生成・消滅している。

偏極陽子衝突型加速器「RHIC(リック)」の図

図2 偏極陽子衝突型加速器「RHIC(リック)」

世界初の重イオン衝突型加速器で、世界唯一の偏極陽子衝突型加速器。米国ニューヨーク州、ブルックヘブン国立研究所(BNL)内にある。写真提供:BNL

RHICの「シベリアの蛇」磁石第1号機(左)と「シベリアの蛇」磁石中の粒子の軌道(右)の図

図3 RHICの「シベリアの蛇」磁石第1号機(左)と「シベリアの蛇」磁石中の粒子の軌道(右)

PHENIX検出器の図

図4 PHENIX検出器

左はPHENIX中央検出器、右はPHENIX前方検出器および後方検出器の写真。今回の中性π(パイ)中間子の測定は、主に中央検出器の電磁カロリメータで行われた。

測定された中性π中間子の非対称度と理論計算の比較の図

図5 測定された中性π(パイ)中間子の非対称度と理論計算の比較

図中の赤い四角で表されているのが、今回の衝突エネルギー510 GeVで測定された中性π(パイ)中間子の非対称度である。青丸で示されているのは過去の200 GeVで測定された非対称度を示す。各赤い四角や青丸に付けた縦方向のバーは統計的誤差を表し、横軸上のバンドで示されているのは系統的誤差である。赤線、青線は衝突エネルギー510 GeV、200 GeVに対する理論計算であり、直線・破線・点線はそれぞれ3つの異なる理論計算を表す。

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