広報活動

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2016年1月29日

理化学研究所

XFELと顕微鏡の相補利用で生体試料を高効率に観察

-高分解能かつ高信頼度の像の取得が可能に-

要旨

理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センター米倉生体機構研究室の高山裕貴基礎科学特別研究員と米倉功治准主任研究員らの研究チームは、X線自由電子レーザー(XFEL)[1]を光源とするコヒーレントX線回折イメージング(XFEL-CXDI)法[2]での生体試料観察に、光・電子相関顕微鏡法[3]を相互補完的に利用することで、観察の効率化と信頼度の向上を実現しました。さらに、研究チームが2015年に提案したイメージング法注1)により、高分解能かつ高信頼度の像の取得が可能なことを実証しました。

XFEL-CXDI法は、光学顕微鏡や電子顕微鏡では観察が難しい1マイクロメートル(μm:1 μmは1,000分の1mm)程度の大きさの細胞や細胞内小器官などの内部構造を、試料の染色や切片化をすることなく、そのまま数10ナノメートル(nm:1 nmは100万分の1mm)の分解能で可視化できる手法です。特に、試料を瞬間凍結して極低温下で観察を行う低温XFEL-CXDI法注2)を利用すれば、細胞が機能している状態の構造を維持しながら観察できます。

一方で、生体試料からの回折シグナルは微弱であり、また、XFELを照射された試料は直後に破壊されるため、低温XFEL-CXDI法では試料を覆う氷を極力薄くするなど、複数の試料条件の検討が必要です。その際、直接観測されるのは実像ではなく、試料からの回折パターンであるため、観察対象の像が正しく再生されているかも確認する必要がありました。

研究チームは、凍結試料をそのまま観察可能な低温光学顕微鏡と低温電子顕微鏡をCXDI実験の事前・事後評価に導入し、試料測定の効率化と解析の信頼度向上を図りました。まず、低温下での光学顕微鏡や電子顕微鏡観察により、低温XFEL-CXDI法に求められる試料の作製条件の事前検討を可能としました。次に、光合成を担う細胞内小器官である葉緑体を対象とした低温XFEL-CXDI実験をXFEL施設「SACLA[4]」を用いて行い、イメージングするうえで必要な回折パターンを高い再現度で観測することに成功しました。さらに、低温光・電子相関顕微鏡法で観察した損傷の無い葉緑体の形状情報を回折パターンからの試料像の再生に利用し、XFELを利用したCXDIでは再生が困難だった比較的大きな試料のイメージングにも成功しました。

本研究では、試料と金粒子集合体に同時にXFELを照射することで、金粒子からの強い回折シグナルで試料由来の微弱な回折シグナルを増強し、従来よりも高分解能の情報を持つ回折データを観測できることも実証しました。本研究の実験手順を応用することで、XFELの効率的な利用が促進され、低温XFEL-CXDI法が生命科学の発展に大きく貢献していくものと期待できます。

本研究は、日本学術振興会「研究活動スタート支援」を受け、文部科学省XFEL重点戦略課題「SACLAにおける低温X線回折イメージング実験の展開と標準化」の一部として実施されました。米国の科学雑誌『Acta Crystallographica Section A』(3月号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(1月29日付け:日本時間1月29日)に掲載されます。

注1)2015年1月28日プレスリリース「生体試料の高分解能・高信頼度イメージング法を開発
注2)2013年10月3日プレスリリース「X線自由電子レーザーを用いて非結晶粒子の構造を高効率で解析する装置の実用化

背景

コヒーレントX線回折イメージング(CXDI)法は、一般の顕微鏡とは異なり、結像レンズを用いないイメージング手法です。CXDI法では、結晶の作製が困難な非結晶試料にコヒーレントX線を照射し、2次元検出器上で回折パターンを観測します。回折パターンに反復的位相回復法[5]と呼ばれる計算アルゴリズムを適用することで、試料の電子密度分布を反映した投影像を再生します。X線の高い透過性と短波長性といった特性により、電子顕微鏡での内部観察が困難なμmサイズの試料の構造を内部まで「丸ごと」、レンズ収差による像のぼけや歪みもなく、光学顕微鏡より高い分解能で可視化できます。

このようなCXDI法の特徴は、細胞や細胞内小器官のように比較的厚く、複雑な内部構造を持つ生体試料の観察に有効です。生体試料の構造は乾燥や環境変化に敏感に影響されますが、試料を瞬間凍結し、液体窒素温度下で観察する低温CXDI法により、機能状態の構造を維持したまま細胞を観察できるようになりました。さらにX線自由電子レーザー(XFEL)を光源とする低温XFEL-CXDI法により、フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)の極短時間に強力なX線を照射し、生体試料の構造にX線照射による損傷が生じる前の一瞬の姿を、数10 nmの分解能で可視化することが可能となっています。

一方で、生体試料からの回折シグナルは微弱であり、また、XFELを照射された試料は直後に原子レベルで破壊されるため、低温XFEL-CXDI法では試料を高い数密度で支持薄膜に散布する、試料を覆う氷を極力薄くするなど、複数の試料条件の検討が必要です。その際、直接観測されるのは実像ではなく、試料からの回折パターンであるため、観察対象が正しくイメージングされているか否かの判定が難しいことが指摘されていました。そこで本研究では、凍結試料をそのまま観察可能な低温光学顕微鏡と低温電子顕微鏡を試料の事前・事後評価に導入し、試料測定の効率化と解析の信頼度向上に取り組みました。また、以前提案した金粒子を用いて生体試料のX線回折能の低さを補うイメージング法について、実証実験を行いました。

研究手法と成果

試料には、原始的な紅藻の一種であるCyanidioschyzon merolaeから単離した葉緑体を用いました。XFEL-CXDI法では、葉緑体を支持薄膜上に多数散布した試料を用いることで効率的な測定を実現します。研究チームは、凍結後の試料の散布密度や氷の厚さを低温光学顕微鏡で評価しながら試料作製条件を検討することで、葉緑体が2~5個/(10×10 μm2)の高い数密度で非常に薄い氷に覆われた試料(図1a)を作製できる条件を決定しました。この条件で作製した試料で低温XFEL-CXDI測定を行うことで、XFELが試料粒子に照射される確率を65%以上に高めることに成功しました。また、氷を薄くしたことでイメージングに適当な回折パターンを高い再現度で観測することができました。再現性の高さは、回折パターンが混入した微粒子などに由来するものではなく、確かに観察対象の試料由来であることを示しています。

測定条件の制約から、回折データからは試料形状の情報が欠落します。その影響は試料粒子が大きくなるほど顕著であり、1 μmより大きい試料像の再生は困難でした。そこで、凍結試料の同一視野を低温光学顕微鏡と低温電子顕微鏡で観察する「低温光・電子相関顕微鏡法」で葉緑体の形状を確認しました。低温光学顕微鏡で光合成色素が呈する緑色を基に葉緑体が損傷を受けていないことを確認し、その葉緑体を低温電子顕微鏡で観察することで、損傷の無い葉緑体(図1c)が、直径1.7 μm程度の真円に非常に近い形状であることが分かりました(図1d)。この形状情報を回折パターンからの試料像再生に利用することで、従来法では像を再生できなかった回折パターンから、葉緑体投影像を分解能192 nmで再生することに成功しました(図1e)。低温XFEL-CXDI法で得られた葉緑体像では、光合成膜に相当する内部構造が明瞭に可視化されています。

さらに研究チームは、2015年1月に提案したイメージング手法の実証を行いました。本手法では、生体試料のX線回折能の低さを補うため、金粒子由来の強い回折シグナルによって生体試料の微弱な回折シグナルを増強し、高分解能の情報を持つ回折パターンを観測します。その実現には、観察対象試料と複数の金粒子が共にXFEL照射野に入る必要があります。研究チームは、電子顕微鏡観察によって試料作製条件の評価・検討を行い、X線回折能の低い窒化シリコン製の穴の近くに金粒子群が高頻度で付着した試料を作製しました(図2a)。この試料にXFELを照射した結果、穴と金粒子からの回折パターン(図2b)では、穴のみの場合(図2c)に比べて、2倍以上広い空間周波数範囲で、穴由来の同心円状の回折パターンが観測されました。回折パターンは空間周波数[6]が高いほど高分解能の試料構造の情報を持っており、この手法がX線回折能の低い試料の高分解能観察に有効な手法であることを示しています。回折シグナル増強法と同時に提案した解析法によって回折パターンから金粒子の配置を導出し、像の再生に利用することで、従来法の5~40倍の効率で金粒子像を再生できることも実証し、本手法の実効性を示しました。

今後の期待

イメージング実験では、観察対象の構造を損なわないよう、良質な試料を簡単かつ再現性良く作製できることが重要です。本研究で利用した低温光学顕微鏡や低温電子顕微鏡は再現性向上に大変有効です。また、複数のイメージング手法での観察は、解析結果の信頼度向上にもつながります。低温XFEL-CXDI法では、従来困難であった細胞や細胞内小器官のような厚い試料の機能状態の構造を、染色や加工することなく、そのまま高分解能で観察できます。これまで培われてきた顕微鏡技術と相互補完的に利用することで、生命科学の未踏の諸問題に迫れるものと期待できます。

原論文情報

  • Yuki Takayama and Koji Yonekura, "Cryogenic coherent X-ray diffraction imaging of biological samples at SACLA: a correlative approach with cryo-electron and light microscopy", Acta Crystallographica Section A, doi: 10.1107/S2053273315023980

発表者

理化学研究所
放射光科学総合研究センター 利用技術開拓研究部門 米倉生体機構研究室
基礎科学特別研究員 高山 裕貴 (たかやま ゆうき)
准主任研究員 米倉 功治 (よねくら こうじ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. X線自由電子レーザー(XFEL)
    近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。SPring-8などの従来の放射光源と比較して、10億倍もの高輝度のX線がフェムト秒(1000兆分の1秒)の時間幅を持つパルス光として出射される。この高い輝度を活かしてナノメートルサイズの小さな結晶を用いた蛋白質の原子レベルでの分解能の構造解析やX線領域の非線形光学現象の解明などの用途に用いられている。
  2. コヒーレントX線回折イメージング (CXDI) 法
    干渉性の高いX線を試料に照射した際に起こるX線の散乱現象を利用したイメージング手法。試料を構成する電子によって散乱されたX線が干渉することで、試料の構造を顕著に反映した特徴的なパターン(コヒーレントX線回折パターン)が観測され、これを利用して試料構造を可視化する。コヒーレントX線は位相、すなわち波面のそろったX線のことであり、優れた干渉性を有する。CXDIは、Coherent X-ray Diffraction Imagingの略。
  3. 光・電子相関顕微鏡法
    相関顕微鏡法は、一つの試料の同一視野を原理の異なる複数の顕微鏡で観察する手法。光学顕微鏡では蛍光や色素を目印に細胞中の物質の分布等を、電子顕微鏡ではより詳細な構造を可視化する。
  4. SACLA
    SACLAとは、理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1と、コンパクトであるにも関わらず、0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。
    詳細はホームページ
  5. 反復的位相回復法
    試料で回折されたX線の振幅情報から位相情報を取得する手順のこと。回折パターンは、回折X線の振幅情報のみを反映したもので、正しい像を再生するためには位相情報が必要になる。
  6. 空間周波数
    空間周波数は、画像が含む構造の“細かさ”の指標。空間周波数が高いほど細かい構造を含む。画像の最高空間周波数の逆数が分解能であり、どのくらい細かくものを“見る”ことできるかの目安となる。分解能が高い(分解能の値が小さい = 空間周波数が高い)ほど、物体をより精細に観測できる。

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低温XFEL-CXDI法と低温光学・電子顕微鏡による葉緑体イメージングの図

図1 低温XFEL-CXDI法と低温光学・電子顕微鏡による葉緑体イメージング

(a) 低温XFEL-CXDI試料の低温光学顕微鏡像。-191℃で観察。(b) 葉緑体のコヒーレントX線回折パターン。約-200℃で取得。(c, d) 凍結葉緑体の低温光学顕微鏡像(c)および低温電子顕微鏡像(d)。同一視野をそれぞれ-192℃および-176℃で観察。光学顕微鏡像では、無損傷の葉緑体は光合成色素により緑色を呈する。(e) 回折パターン(b)から再生された葉緑体投影像。低温電子顕微鏡像(d)から得た形状情報を利用した。光合成膜に相当する内部構造が確認できる。スケールバーはそれぞれ50 μm (a)、5 μm (c)、1 μm (d)、0.5 μm (e)。

金粒子による回折シグナル増強の実証の図

図2 金粒子による回折シグナル増強の実証

(a) 窒化シリコン薄膜上の穴と金粒子群の電子顕微鏡像。スケールバーは0.5 μm。(b) XFEL照射野に穴と金粒子群が共に入った場合の回折パターン。矢印は穴由来の同心円状の干渉縞。穴からの信号が金粒子により高分解能まで強められている。 (c) 穴のみからの回折パターン。(b)に比べて信号は極低い分解能に留まっている。回折パターンが持つ構造情報(分解能)は空間周波数Sの逆数。

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