1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2016

2016年2月1日

理化学研究所
高輝度光科学研究センター

XFELの光特性を非破壊で評価する手法を開発

-SACLAによる超高速現象研究の精度を大幅に向上-

要旨

理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センタービームライン開発チームの片山哲夫客員研究員(高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室 研究員)、矢橋牧名チームリーダーらの国際共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free Electron Laser)[1]の光の一部を分岐させて高度な光診断に応用する技術を開発し、理研のXFEL施設「SACLA[2]」での実証実験に成功しました。

SACLAが生成する超高輝度X線レーザーパルスは発光時間が数フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)と極端に短く、高速で運動している原子や分子を、フラッシュをたいて写真を撮るように捉えることができます。そのため、超高速現象の原子レベルでの解明が期待できます。ただし、フェムト秒オーダーの高精度な時間分解計測を実現するには、パルスごとの「揺らぎ」を補正しなければなりません。例えばSACLAにおける時間分解計測では、フェムト秒レーザーとXFELの2種類のパルス光を使ったポンプ・プローブ法[3]が広く用いられています。この手法では、ポンプ光(フェムト秒レーザー)を先に照射して反応を誘起し、タイミングを少しずつ変えながらプローブ光(XFEL)で観測することで超高速現象を追跡します。しかし、2つのパルス光が試料に到達する時間の差をフェムト秒レベルで制御するのは難しく、揺らぎが生じます。そのためXFELの特性である極端に短い発光時間(時間分解能[4])を十分に生かすことができません。また、XFELの光特性の一つであるエネルギースペクトルは、多数のスパイク構造を含んでいる上、パルスごとにスパイクの形状が変化します。このような揺らぎの影響を補正するには、実験と平行して全てのパルスの光特性を評価する必要があるため、XFELを破壊せず実験と並行しながら行える光診断法の開発が求められていました。

今回、国際共同研究グループは透過型回折格子[5]を用いてXFELを分岐し、2つの回折光を光診断(タイミング計測とエネルギースペクトル計測)に利用しながら、透過光を実験に供給する手法を考案しました。このアイディアに基づいてSACLAのBL3に「XFELビーム診断システム」を構築し、性能を評価しました。到達タイミング計測では二乗平均平方根(RMS、0に近いほど高精度といえる)[6]で7.0フェムト秒という極めて高い精度を実証しました。また、エネルギースペクトルも実験と並行して取得可能であることを確かめました。これによりSACLAが持つ数フェムト秒の時間分解能を最大限に活かすことができるようになります。開発したシステムはXFEL利用実験の計測精度を大幅に向上させるだけでなく、XFEL光源の高度化においても有用な光診断ツールとして重要な役割を果たすことが期待できます。

本研究は、米国の科学雑誌『Structural Dynamics』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(1月29日付け)に掲載されます。

※国際共同研究グループ

理化学研究所 放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門
ビームライン研究開発グループ ビームライン開発チーム
客員研究員 片山 哲夫(かたやま てつお)(高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室 研究員)
チームリーダー 矢橋 牧名(やばし まきな)
特別研究員 大和田 成起(おおわだ しげき)
特別研究員(研究当時)小川 奏(おがわ かなで)(現 日本原子力研究開発機構)
客員研究員 佐藤 尭洋(さとう たかひろ)(東京大学大学院 理学系研究科 助教)

高輝度光科学研究センター
XFEL利用研究推進室
研究員 富樫 格(とがし ただし)
博士研究員 中嶋 享(なかじま きょう)
副主幹研究員 城地 保昌(じょうち やすまさ)

光源・光学系部門 光学系グループ
研究員 湯本 博勝(ゆもと ひろかつ)
グループリーダー 大橋 治彦(おおはし はるひこ)

ポール・シェラー研究所
教授 クリスティアン・デービッド(Christian David)
postdoctoral researcher ペトリ・カービネン(Petri Karvinen)
postdoctoral researcher イスモ・ヴァルティアイネン(Ismo Vartiainen)
postdoctoral researcher アンニ・エローネン(Anni Eronen)

背景

X線自由電子レーザー(XFEL)はフェムト秒レベルの極めて短い発光時間を持つ高強度X線光源です。こうした強力なX線源によって、これまでの放射光源では見ることができなかった超高速の化学・生命現象を原子レベルの空間・時間スケールで観察することができるようになりました。

XFELを利用する際、パルスごとに光特性が変化することに注意しなければなりません。例えば、赤外から紫外領域のフェムト秒レーザーとXFELの2種類の光を組み合わせたポンプ・プローブ実験では、「反応を誘起する光(ポンプ光)」と「反応を観察する光(プローブ光)」の時間間隔を少しずつ変えながら計測します。しかし、2つのパルス光が試料に照射されるタイミングをフェムト秒レベルで制御することは現在の技術では難しく、パルスごとに到達時間差の「揺らぎ」が生じます。この揺らぎによって、XFELの特性である極端に短い発光時間を十分には生かせず、時間分解能が大幅に劣化していました。これが、分子・原子動画を撮影する際の問題となっています。また、XFELの光特性の一つであるエネルギースペクトルは、多数のスパイク構造を含んでいる上、パルスごとにスパイクの形状が変化します。エネルギースペクトルは正確な解析のための重要な指標の一つですが、スパイク構造は複雑かつ多様で、予測することができません。

XFELの性能を十分に生かした高精度な計測を行うためには、XFELの光特性を明らかにする光診断を実験と並行して行い、その結果に基づいて解析時にデータを補正する「ポストプロセス解析[7]」が必要です。しかし、これまでにSACLAで開発した光診断法注1,2)はXFELビームを完全に破壊してしまうため、実験と並行して行うことができませんでした。このため、ビームを破壊することのない光診断法の開発は、SACLAにおける重要な課題の一つでした。

注1)2012年9月20日プレスリリース「XFELの時間幅“1000兆分の1秒”の評価手法を開発
注2)2015年2月18日プレスリリース「XFELを利用した計測の時間分解能を大幅に向上

研究手法と成果

国際共同研究グループは、XFELの光の一部を分岐させて光診断に応用する手法「XFELビーム診断システム」を開発し、SACLAのBL3に構築しました(図1)。

XFELをシリコン製の1次元透過型回折格子に照射すると2本の1次回折光が分岐します。この回折光は、回折格子を透過していく光(透過光)とは異なる光路を伝搬します。ここでは、上向きに分岐した+1次回折光をエネルギースペクトル計測に、下向きに分岐した-1次回折光をタイミング計測に、透過光を実験に利用します。光がお互いに干渉しないよう設計することにより、実験から独立した光診断が可能になりました。

構築したシステムの性能を検証するため、国際共同研究グループは、透過光を使った光診断を同時に行い、XFELビーム診断システムによる計測結果との間の相関を比べました。

到達タイミング計測では、透過光と-1次回折光の2つの計測間で、非常に良い相関を得ることができました(図2(a))。計測結果の広がりを示すヒストグラム(図2(b))から、タイミングの揺らぎが二乗平均平方根(RMS、0に近いほど高精度といえる)で256フェムト秒であることが分かります。また、散布図を直線でフィッティングした後に残る残差(図2(c))は、XFELビーム診断システムの正確さを反映しています。これを解析すると、その残差はRMSで7.0フェムト秒の広がりであり、回折光による到達タイミング計測が高精度であることが分かりました(図2(d))。この結果は、XFELビーム診断システムを用いたポストプロセス解析によって、SACLAが持つ数フェムト秒の時間分解能を最大限活かしたポンプ・プローブ実験が可能になることを示しています。

一方、エネルギースペクトル計測では2種類の分解能で評価しました。分解能は、計測に使用するシリコン分光結晶の反射面を切り替えることで簡単に変更することができます。49ミリエレクトロンボルト(meV)の高分解能で計測すると、XFELのエネルギースペクトルが持つ多数のスパイク構造を1つずつ細かく観測できます(図3(a))。758meVの低分解能で計測すると、スペクトル全体をカバーできます(図3(b))。どちらの場合でも、透過光と+1次回折光の間でスペクトルの波形は良く一致していることが分かりました。

今後の期待

本研究で開発したXFELビーム診断システムにより、SACLAでは実験と並行してXFELの到達タイミングやそのエネルギースペクトルを評価できるようになりました。今後、SACLAの持つ時間分解能を十分に生かした、数フェムト秒の超高速現象の高精度な追跡が可能になります。また、本システムはXFEL光源の高度化において有用な光診断ツールとして、重要な役割を果たすことが期待できます。

原論文情報

  • Tetsuo Katayama, Shigeki Owada, Tadashi Togashi, Kanade Ogawa, Petri Karvinen, Ismo Vartiainen, Anni Eronen, Christian David, Takahiro Sato, Kyo Nakajima, Yasumasa Joti, Hirokatsu Yumoto, Haruhiko Ohashi, and Makina Yabashi, "A beam branching method for timing and spectral characterization of hard X-ray free-electron lasers", Structural Dynamics, doi: 10.1063/1.4939655

発表者

理化学研究所
放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ ビームライン開発チーム
客員研究員 片山 哲夫(かたやま てつお)
(高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室 研究員)
チームリーダー 矢橋 牧名(やばし まきな)

片山 哲夫客員研究員の写真 片山 哲夫

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free Electron Laser)
    近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。SPring-8などの従来の放射光源と比較して、10億倍もの高輝度のX線がフェムト秒(1000兆分の1秒)の時間幅を持つパルス光として出射される。この高い輝度を活かしてナノメートルサイズの小さな結晶を用いたタンパク質の原子レベルでの分解能の構造解析やX線領域の非線形光学現象の解明などのために用いられている。
  • 2.SACLA
    SACLAとは、理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1と、コンパクトであるにも関わらず、0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。詳細は X線自由電子レーザー施設 SACLA ホームページ
  • 3.ポンプ・プローブ法
    ポンプ・プローブ法とは時間分解計測の中で最も広く使われている手法。ポンプ光とプローブ光の2種類の短パルス光を利用して、ポンプ光の照射によって誘起される物質内の過渡的な(超)高速現象をプローブ光で観察する。ポンプ光の照射からプローブ光の照射までの時間差を変化させながら試料の状態を観察することで(超)高速現象の時間発展を調べることができる。
  • 4.時間分解能
    観測対象となる現象に対して正確な時間精度と時間幅で計測する能力。カメラのフラッシュやシャッターの開口時間に相当する。時間分解能が高いほど、短い時間の現象を正確に観測できる。時間分解能が低い場合には、長時間露光写真のように、得られるデータは長い時間幅の情報を含んでしまう。ポンプ・プローブ計測の場合には2つのパルス光の持つ発光時間と、到達時間差の精度で定義される。
  • 5.透過型回折格子
    周期的な凹凸構造を持った光学素子。X線を照射すると透過する光に加えて、散乱波が互いに干渉し合い、特定の方向にだけ強い回折波(回折光)が進行する。
  • 6.二乗平均平方根
    観測したデータの分布の広がりを示す指標。散らばりが少ないほど平均値に近づく。今回のデータは平均0の周囲に分布しているので、値が小さいほど計測誤差が小さいことを意味している。
  • 7.ポストプロセス解析
    ポンプ・プローブ計測法と並行して、XFEL光と光学レーザー光におけるショットごとの入射タイミングの精密計測を行い、ポンプ・プローブ法で得られた実験データを、タイミング計測によって計測されたXFEL光の入射タイミング順に並べ替えて解析を行い、実効的な時間分解能を向上する手法。
XFELビーム診断システムの図

図1 XFELビーム診断システム

(a)XFELが1次元透過型回折格子に照射されると回折光が生じる。ここでは上方向に分岐したビームを+1次回折光、下方向に分岐したビームを-1次回折光とする。

(b)透過型回折格子から約8m下流に構築したX線ビーム診断システム。3つのX線ミラー、シリコン分光結晶、ガリウム砒素(GaAs)単結晶薄膜、信号を検出する2種類のCCDカメラから構成される。

-1次回折光と透過光で計測した到達時間差の比較の図

図2 -1次回折光と透過光で計測した到達時間差の比較

(a)透過光と-1次回折光で計測した到達タイミングをそれぞれの横軸と縦軸に対してプロットした散布図

(b)(a)を縦軸に対して投影したヒストグラム。タイミングの揺らぎがRMSで256フェムト秒であることがわかる。

(c)(a)を直線でフィットした後に残る残差。XFELビーム診断システムの正確さを反映。

(d)(c)を縦軸に対して投影したヒストグラム。XFELビーム診断システムの正確さがRMSで7.0フェムト秒であることがわかる。

+1次回折光と透過光で計測したXFELのエネルギースペクトルの図

図3 +1次回折光と透過光で計測したXFELのエネルギースペクトル

(a)49meVの高分解能で計測したスペクトル。赤線は+1次回折光で、青線は透過光で計測している。

(b)758meVの低分解能で計測したスペクトル。赤線は+1次回折光で、青線は透過光で計測している。

Top