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2016年2月17日

理化学研究所

SACLA マルチビームライン運転に成功

-2本のビームラインによる同時レーザー発振で利用機会を拡大-

要旨

理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センター先端ビームチームの原徹チームリーダーらの研究チームは、X線自由電子レーザー(XFEL)[1]施設SACLA[2]において、世界で初めて2本のビームライン[3]で同時にX線レーザーを発振させることに成功しました。2つのレーザーの波長は、それぞれ広い範囲で自由に変えることができます。この成果によりSACLAでは、2つの利用実験を並行して行うことができるようになり、利用機会の大幅な増加が期待できます。

線型加速器[4]で電子ビームを加速するXFEL施設では、これまで1本のビームラインで1つの利用実験しか行えず、急増する利用の要望に対し利用機会の拡大が大きな課題でした。そこでSACLAでは、線型加速器終端で電子ビームをパルス毎に複数のビームラインへ振り分け、複数のビームラインで同時にレーザーを発振させるマルチビームライン運転に挑みました。また、ビームライン間のレーザー波長を広い範囲で独立に調整するには、ビームライン毎に電子ビームエネルギーを変える必要があります。このためSACLAでは、線型加速器で加速する電子ビームをパルス毎に制御し、各ビームラインで行う利用実験のレーザー波長に最適なエネルギーまで加速する手法を開発しました。

今回の成果では、30Hzの電子ビームパルスを2本のビームライン(BL2とBL3)に交互に送ることにより、同時に2本のビームラインで安定なレーザー発振を達成し、ビームライン間のレーザー波長も4~10keVの広い範囲で変えることが可能であることを実証しました。ただし、現行のマルチビームライン運転では、BL2への電子ビーム輸送路におけるコヒーレント放射[5]の影響を抑制するため、電子ビームパルスのピーク電流を低減する必要があります。そのため、レーザー出力が制限されています。今後、強いレーザー出力を要する実験がマルチビームライン運転下で実施できるよう、電子ビーム輸送路におけるビーム光学系の改善によって、レーザー出力の向上を図ります。

本研究は、米国の科学雑誌『Physical Review Accelerators and Beams』のオンライン版(2月16日付け:日本時間2月17日)に掲載されます。

背景

SACLAは2012年の供用開始以来、物理学、化学、生物学、材料工学などの幅広い分野で利用されています。XFELの光はパルス幅が10fs(フェムト秒、1フェムト秒は1,000兆分の1秒)以下と非常に短く、10GW以上の高いピーク強度を持つため、原子や分子の瞬間的な動きを捕らえることができます。SPring-8など、従来の放射光施設では不可能と考えられていた実験が行えるようになりました。しかし、XFELを利用した新しい成果が次々と生まれ利用実験に対する需要が高まる一方、世界で稼働しているXFEL施設は現在米国のLCLS[6]と日本のSACLAの2カ所しかありません。

SPring-8などの放射光施設では、円形加速器である蓄積リングの円周に沿って設けられた数十本のビームラインで、同時に多数の利用実験を行うことができます。これに対し直線形の線型加速器を使うXFEL施設では、加速した電子ビームを通常1本のビームラインに送るため、複数の利用実験を同時に行うことができません。SACLAでは既に2本のXFELビームライン(BL2とBL3)が稼働注)していますが、これまでは2本のうちどちらか一方だけを使って利用実験を行ってきました。これはXFEL施設の大きな欠点であり、利用機会の拡大には複数ビームラインの同時稼働(マルチビームライン運転)が不可欠でした。

注)2015年6月8日トピックス「SACLAが新しいビームラインの共用を開始

研究手法と成果

研究チームは線型加速器終端に高精度キッカー電磁石[7]を設置することにより、電子ビームをパルス毎に2本のビームラインへ振り分け、レーザーの同時発振に挑みました(図1)。

XFELは、長さが100m以上あるアンジュレータ内で、電子ビームと光パルスを空間的に重ね合わせてレーザー光を発生させます。このときまっすぐ進む光に対し、電子ビームの軌道も20μm(マイクロメートル、1マイクロメートルは100万分の1メートル)以下(髪の毛の太さの1/4程度)の精度で100mにわたり直線でなければなりません。そのため、特に電子ビームをパルス毎に振り分けるキッカー電磁石の電源には、非常に高い安定性が求められます。今回株式会社ニチコンと共同で開発した高精度パルス電源は、スイッチング周波数100kHzの電界効果トランジスタを用いたパルス幅変調制御の電源で、最大60Hzの台形電流パルスを両極性で出力することができます。出力電流パルスの安定性は、通常の電流モニターでは精度が足りず測定できないため、ゲート型NMR検出器を用いて、キッカー電磁石のパルス磁場を測定し評価しました。60Hz受電系から来るノイズなどの影響を避けるため、スイッチング周期を受電系に同期させるといった工夫の結果、電流パルスの安定性は目標値である1×10-5(peak-to-peak)をクリアしました。その結果「1m先で見たときビームの位置が1000万分の1メートルしかずれない」100nradという非常に高い精度で電子ビームパルスを振り分けることが可能になりました。

レーザー波長を自由に変えられる波長可変性は、XFELの重要な特色の1つです。同じエネルギーの電子ビームパルスをただ振り分けるだけでは、2本のビームラインのレーザー波長を独立に大きく変えることはできません。これは利用実験にとって、大きな制約となります。そこでSACLAでは、線型加速器の一部の加速空洞の繰り返し周波数を変えることで、パルス毎に異なるエネルギーまで電子ビームを加速する「マルチエネルギー運転」の技術を開発してきました。このマルチエネルギー運転と高精度な電子ビームパルスの振り分けを組み合わせることで、2本のビームラインへ送る電子ビームエネルギーをパルス毎に変えることができ、2つのレーザー波長を広範囲にわたり独立に調整することができます。

30Hzの電子ビームパルスを、異なる2つのビームエネルギー(6.3GeVと7.8GeV)までパルス毎に交互に加速し、低いエネルギーの電子ビームパルスをBL2へ、高いエネルギーのパルスをBL3へ振り分けました。その際2本のビームラインで得られたレーザー出力をパルス毎にプロットしたものが図2です。SACLA通常運転時のレーザー安定性(約10%)と同等の安定性が、マルチビームライン運転においても得られていることがわかります。このときのレーザー光のスペクトルを測定した結果、BL2では4.09keV、BL3では10.09keVと、2本のビームラインのレーザー波長が、2倍以上の広範囲にわたり変更可能であることが分かります(図3)。

今後の期待

現行のマルチビームライン運転では、電子ビーム振り分け時にBL2への電子ビーム輸送路におけるコヒーレント放射の影響で、電子ビームパルスのピーク電流やレーザー出力が制限されるという課題が残っています。今後、より強いレーザー出力を使った利用実験がマルチビームライン運転下でも実施できるよう、電子ビーム輸送路のビーム光学系の改善により、更なるレーザー出力の向上を目指します。

また、SACLAでは試験運転においてレーザーの繰り返しを60Hzまで増強することに既に成功しています。来年度中には、利用実験時におけるレーザーの繰り返しを現行の30Hzから60Hzに上げる予定です。電子ビームパルス数は現行の2倍になります。60Hzでマルチビームライン運転を行うと、2本のビームラインに電子ビームパルスを均等に振り分けても、現行のレーザー繰り返しである30Hzを保ったまま、同時に2つの利用実験が実施可能です。さらなる利用機会の拡大によって、SACLAによる多くの成果の創出が期待できます。

原論文情報

  • Toru Hara, Kenji Fukami, Takahiro Inagaki, Hideaki Kawaguchi, Ryota Kinjo, Chikara Kondo, Yuji Otake, Yasuyuki Tajiri, Hideki Takebe, Kazuaki Togawa, Tatsuya Yoshino, Hitoshi Tanaka, and Tetsuya Ishikawa, "Pulse-by-pulse multi-beamline operation for x-ray free-electron lasers", Physical Review Accelerators and Beams, doi: 10.1103/PhysRevAccelBeams.19.020703

発表者

理化学研究所
放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門 加速器研究開発グループ 先端ビームチーム
チームリーダー 原 徹(はら とおる)

原 徹チームリーダーの写真 原 徹

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.X線自由電子レーザー
    近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。SPring-8などの従来の放射光源と比較して、10億倍もの高輝度のX線がフェムト秒(1000兆分の1秒)の時間幅を持つパルス光として出射される。この高い輝度を活かして、ナノメートルサイズの小さな結晶を用いたタンパク質の原子レベル分解能での構造解析や、X線領域の非線形光学現象の解明などのために用いられている。
  • 2.SACLA
    理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL(X-ray Free-Electron Laser)施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から供用運転が開始され、利用実験が始まっている。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1と、コンパクトであるにも関わらず、0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有している。詳細は X線自由電子レーザー施設 SACLA ホームページ
  • 3.ビームライン
    アンジュレータからX線光学系、利用実験ステーションまでの装置システム全体の呼称。アンジュレータ内で電子ビームから放射されたX線レーザー光は、光学系で空間整形、集光、分光などの処理を行った後、実験ステーション内のサンプルに照射され様々な測定を行う。通常1本のビームラインで、1つの利用実験が行われる。
  • 4.線型加速器
    電子銃から放出された電子ビームを、RF電磁場を用いて加速する直線型加速器。サイン波であるRF電磁場を用いるため、電子ビームは連続ではなく、電子の集団ごとにパルス的(間欠的)に加速される。
  • 5.コヒーレント放射
    電子ビームパルスを偏向電磁石などで曲げる時は発生する、位相の揃った電磁波。特に電子ビームパルスの長さが短くピーク電流が高い場合、電子ビームパルスの長さに相当する波長の非常に強い電磁波が発生し、電子ビームパルスのエネルギーを変化させる。
  • 6.LCLS
    米国スタンフォード線形加速器センター(現在のSLAC国立加速器研究所)で建設された世界で初めてのXFEL施設。Linac Coherent Light Sourceの頭文字をとってLCLSと呼ばれている。2009年12月から利用運転が開始された。
  • 7.キッカー電磁石
    電子ビームを曲げる偏向電磁石の一種で、磁場を周期的に変化させることにより、曲げる方向を変えることができる電磁石。例えば、電子ビームをまっすぐ通す時は磁場をゼロに、左に曲げる時は正方向の磁場、右に曲げる時は負方向の磁場を発生させ、電子ビームの進む方向を制御できる。
SACLAのマルチビームライン運転図

図1 SACLAのマルチビームライン運転

SACLAにおけるマルチビームライン運転の模式図。電子銃から出た電子ビームパルスを、線型加速器で交互に6.3GeVと7.8GeVまで加速し、線形加速器終端に設置した高精度なキッカー電磁石でBL2とBL3にそれぞれ振り分ける。ここでは、6.3GeVの電子ビームパルスからは4KeVのレーザー光、7.8GeVの電子ビームパルスからは10KeVのレーザー光が発生している。

マルチビームライン運転によるレーザー同時発振時のレーザー安定性の図

図2 マルチビームライン運転によるレーザー同時発振時のレーザー安定性

(a)がBL2、(b)がBL3。各ビームラインのレーザーパルス繰り返しは15Hz、赤点はパルス毎の光パルスエネルギー、青線は1秒間平均(15パルス平均)。レーザーの安定性はBL2が10.5%、BL3が9.1%でSACLA通常運転時のレーザー安定性(約10%)と同等である。

マルチビームライン運転によるレーザー同時発振時のスペクトル図

図3 マルチビームライン運転によるレーザー同時発振時のスペクトル

(a)BL2のレーザー光波長は4.09keV、(b)BL3では10.09keVとなった。これは、2本のビームラインのレーザー光の波長が、2倍以上の範囲にわたって変更可能であることを示している。

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