広報活動

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2016年3月15日

理化学研究所

不安定な共役イミンが起こす多様な環化反応を発見

-光学活性物質合成や生体内機能発現機構の解明に大きな手がかり-

要旨

理化学研究所(理研)田中生体機能合成化学研究室の田中克典准主任研究員、アンバラ・ラクマット・プラディプタ特別研究員の研究チームは、不安定であり、その特性がほとんど知られていなかった「N-アルキル共役イミン[1]」が、環境や置換基の存在により6員環化合物や8員環化合物に自在に構造を変化させていることを発見しました。

N-アルキル共役イミンは窒素原子にアルキル基を持つ共役イミン[1]です。生体内に存在する共役アルデヒド(レチナール[2]や脂質代謝物など)と一級アルキルアミン[3](リジン、エタノールアミンなど)との反応によって速やかに生成される重要な化合物で、さまざまな生命機能に携わっています。しかし、N-アルキル共役イミンは、すぐに重合したり、加水分解を受けたりするため、その化学的な特性についてはあまり検討されていませんでした。また同じ理由から、有機合成の反応基質としてもほとんど利用されてきませんでした。

研究チームは、系内にホルムアルデヒドを共存させると、不安定なN-アルキル共役イミンが、その置換基の種類によって6員環化合物や8員環化合物にほぼ100%変換することを見出しました。さらにこれらの化合物を新しい有機合成の反応基質として活用することにより、従来では合成することが難しかった多種類の光学活性[4]ジアミン誘導体[5]の合成に成功しました。一方、ホルムアルデヒドは細胞内でも産生することが知られています。研究チームが見出したN-アルキル共役イミンが起こす多様な環化反応は、生体内でも進行しており、さまざまな機能調節に関わっている可能性があります。

今後、N-アルキル共役イミンを用いた新しい有機合成の発展や、N-アルキル共役イミンが携わる生命調節機構や疾患発症の究明に大きく貢献すると期待できます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の研究領域「分子技術と新機能創出」(研究総括:加藤隆史)研究課題名「生体内合成化学治療:動物内での生理活性分子合成」(研究者:田中克典)の一環として行われました。本成果は、日本化学会の科学雑誌『Bulletin of The Chemical Society of Japan』(3月15日号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(日本時間3月15日)に掲載されます。なお、この論文は同雑誌のSelected Paperに選出されました。

背景

窒素原子にアルキル基を持つ共役イミン「N-アルキル共役イミン」は視覚をはじめ、さまざまな生命機能に携わっている重要な化合物と考えられています。

共役アルデヒドに一級アルキルアミンを作用させると、N-アルキル共役イミンが生成されます。生体内でも共役アルデヒド(レチナールや脂質代謝物など)と一級アルキルアミン(アミノ酸のリジン、エタノールアミンなどのアミノアルコール[6]ポリアミン[7]など)との反応により生成されています(図1)。

しかし、N-アルキル共役イミンは、加水分解されやすく、酸や熱に対して非常に不安定であり、重合したり速やかに分解したりします。そのため、その反応性や化学的な特性について詳細には調べられておらず、有機合成の反応基質としてもほとんど利用されてきませんでした。

研究手法と成果

研究チームは、これまでに、生体内に存在するアミノアルコールやジアミン化合物が共役アルデヒドと速やかに反応して、反応過程の中間で生じるN-アルキル共役イミンの [4+4] 型反応(4原子と4原子が結合する過程)を経て、ほぼ100%の割合で8員環化合物が作られることを見出していました注1)

今回、研究チームが、アミノアルコールと共役アルデヒドに加えて、さらにホルムアルデヒドを共存させたところ、新しい6員環化合物や8員環化合物が生成されることを発見しました。この新しい環化合物の生成は、中間体であるN-アルキル共役イミンから、前例のない [4+2] 型反応(4原子と2原子が結合する過程)や [4+2+2] 型反応(4原子と2原子と2原子が結合する過程)を経て進行します。さらに、これらの6員環化合物と8員環化合物は、中間体のN-アルキル共役イミンの置換基の種類によって、完全に制御して作り分けられていることが分かりました。

アミノアルコールと共役アルデヒド、そしてホルムアルデヒドの3化合物を室温で混ぜ合わせて得られる6員環化合物や8員環化合物は、共役アルデヒドの置換基に対して立体選択的[8]に生成されます。そこで研究チームは、これらの環化生成物にさらに数工程の反応を行うことにより、合成することが難しかった40種類以上の光学活性なジアミン誘導体の合成に成功しました(図2)。光学活性なジアミン誘導体は、金属触媒の配位子や生理活性物質の合成、さらに生体内アミンの挙動を調べるための標識分子の原料として大変重要な化合物です。

このように研究チームは、これまで不安定であると信じられていたN-アルキル共役イミンが、実は化合物の構造や添加剤によって、環化構造を平衡条件下で自在に操っているということを解明しました。そして、この「見過ごされていた」共役イミンの反応性を有機合成化学における新しい方法論として開発しました。

注1)A. Tsutsui, A. R. Pradipta, E. Saigitbatalova, A. Kurbangalieva and K. Tanaka, “Exclusive Formation of Imino [4+4] cycloaddition Products with Biologically Relevant Amines: Plausible Candidates for Acrolein Biomarkers and Biofunctional Modulators” Med. Chem. Commun., DOI: 10.1039/C4MD00383G (2015).

今後の期待

これまで不安定であり、重合や分解すると考えられていたN-アルキル共役イミンが、思いもよらないユニークな反応性を示すことを見出しました。今回、研究チームが達成した光学活性なジアミン誘導体の合成は、従来注目されてこなかったN-アルキル共役イミンを今後、積極的に有機合成に利用できる可能性を示しています。

一方、本反応で使用した、アミノアルコールと共役アルデヒド、ホルムアルデヒドの3化合物は、生体内でも存在・産生しています。研究チームが見出した速やかな6員環化合物や8員環化合物の形成反応は、生体内でも進行しており、生体内でのさまざまな機能制御や活性発現に関与している可能性を強く示しています(図3)。

原論文情報

  • Ambara R. Pradipta and Katsunori Tanaka, "Unexplored Reactivity of N-Alkyl Unsaturated Imines: A Simple Procedure for Producing Optically Active 1,3-Diamines via a Stereocontrolled Formal [4+2] and [4+2+2] Iminocycloaddition", Bulletin of The Chemical Society of Japan

発表者

理化学研究所
准主任研究員研究室 田中生体機能合成化学研究室
准主任研究員 田中 克典 (たなか かつのり)
特別研究員 アンバラ・ラクマット・プラディプタ (Ambara Rachmat Pradipta)

田中准主任研究員とプラディプタ特別研究員の写真

田中准主任研究員(左)、プラディプタ特別研究員

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. N-アルキル共役イミン、共役イミン
    イミンは炭素と窒素の二重結合を1つ持つ化合物で、さらに異なる多重結合を併せ持つものを共役イミンと呼ぶ。そして、窒素にアルキル基が結合している化合物をN-アルキル共役イミンという。N-アルキル共役イミンは共役シッフ塩基とも呼ばれる。
  2. レチナール
    下図に示す共役アルデヒドであり、オプシン(視物質のタンパク質部分)を作っているアミノ酸のリジン残基と反応してN-アルキル共役イミンを形成し、ロドプシン(光受容器細胞に存在する色素)となる。ロドプシンは、N-アルキル共役イミンの二重結合を巧みに異性化させることにより、視細胞で光を感知する鍵分子である。
  3. 一級アルキルアミン
    アンモニアの1個の水素原子をアルキル基で置換した化合物。
  4. 光学活性
    分子の中に不斉炭素原子(互いに異なる4個の原子、または原子団が結合している炭素原子)があるとき、2種類の重ね合わすことができない異性体が存在する。このうちで一方を単離、あるいは合成によって得られたとき、この化合物を光学活性体と呼ぶ。
  5. ジアミン誘導体
    1分子中にアミノ基(-NH2)が2つ存在する化合物。
  6. アミノアルコール
    1分子にアミノ基と水酸基(-OH)が存在する分子。エタノールにアミノ基が結合した分子がエタノールアミンである。
  7. ポリアミン

    下記の構造に代表されるような1,3-または1,4-ジアミノ構造を持つ生体分子。長い分子も存在する。細胞内のRNAに主に付着しており、細胞増殖などの際に合成・代謝が盛んに起こる。酸化ストレス条件下では、ポリアミンが酸化されて共役アルデヒドの1つであるアクロレインが生成する。理研の研究チームは、ポリアミンが共役アルデヒドと反応して、[4+4] 型反応を進行させ、8員環化合物を生成することを明らかにしている注1)

    注1)A. Tsutsui, A. R. Pradipta, E. Saigitbatalova, A. Kurbangalieva and K. Tanaka, “Exclusive Formation of Imino [4+4] cycloaddition Products with Biologically Relevant Amines: Plausible Candidates for Acrolein Biomarkers and Biofunctional Modulators” Med. Chem. Commun., DOI: 10.1039/C4MD00383G (2015).

  8. 立体選択的
    特定の立体異性体を選択的に生成する反応を立体選択的反応という。

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N -アルキル共役イミンの生成過程の図

図1 N-アルキル共役イミンの生成過程

共役アルデヒド(レチナールや脂質代謝物など)と一級アルキルアミン(リジン、エタノールアミン、ポリアミンなど)が反応することにより、N-アルキル共役イミンが生成される。

N-アルキル共役イミンの「見過ごされていた」反応性と有機合成化学への展開図

図2 N-アルキル共役イミンの「見過ごされていた」反応性と有機合成化学への展開

共役アルデヒドとアミノアルコール(図では、フェニルエタノールアミン)から得られるN-アルキル共役イミンは、ホルムアルデヒドや置換基の存在によって、[4+4] 型、[4+2] 型、または [4+2+2] 型の環化反応を起こして、6員環化合物や8員環化合物を定量的に生成する。また、[4+2] 型と [4+2+2] 型の環化反応では立体選択的に化合物を生成する。この立体選択的に得られた化合物に対して、さらに数工程の化学反応を経ることによって、これまで困難だった多種類の光学活性なジアミン誘導体を合成できる。

生体内で6員環化合物や8員環化合物が生成する可能性

図3 生体内で6員環化合物や8員環化合物が生成する可能性

これまでに見過ごされていたN-アルキル共役イミンの [4+2] 型、あるいは [4+2+2] 型反応が生体内でも進行し、機能制御や活性発現に携わっている可能性がある。

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