広報活動

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2016年3月18日

理化学研究所

ES細胞の老化回避機構を解明

-再生医療への多能性幹細胞の安定供給を目指して-

要旨

理化学研究所(理研)多細胞システム形成研究センター多能性幹細胞研究チームの丹羽仁史チームリーダーと二木陽子研究員の研究チームは、マウスES細胞(胚性幹細胞)がテロメア長を維持することで老化を回避し、長期間の培養に耐える仕組みを明らかにしました。

ES細胞は、体を構成するすべての細胞種に分化することができる「多能性幹細胞[1]」です。一般に細胞は分裂を繰り返すことで、染色体DNAの末端にあるテロメアと呼ばれる部分が短くなり老化しますが、ES細胞は老化することなく半永久的に培養することができます。

研究チームはマウスES細胞を顕微鏡下で長時間観察し、その様子を1個1個の細胞ごとに解析しました。その結果、ES細胞の細胞周期(分裂を終えた細胞が次に分裂するまで1周期)の長さはこれまでほぼ均一と思われてきましたが、実際には大きなばらつきがあることが分かりました。さらに細胞周期が長い状態にあるES細胞は、テロメアが短く削られた状態であることが分かりました。通常、テロメアの短縮が進むと、細胞はそれ以上分裂できず、細胞死へと導かれます。しかしES細胞では、テロメアの短い状態のときに「Zscan4[2]」というタンパク質が著しく増加して、テロメアの長さを元に戻し、細胞の老化を未然に防いでいることを突き止めました。

Zscan4がマウスES細胞でテロメアを伸長し、遺伝子を保護することは、2010年、米国国立衛生研究所(NIH)の研究グループが発見しました。しかし、Zscan4はすべてのES細胞にいつも発現しているわけではなく、どのようなときに発現するのかは分かっていませんでした。今回研究チームは、ES細胞におけるZscan4の発現を経時的に観察することにより、Zscan4がランダムに発現しているのではなく、テロメアが短くなったことに応じて発現が誘導され、テロメアの長さを元に戻すことで細胞の老化を回避していることを見出しました。

今回の成果は、再生医療分野での応用が期待されるES細胞およびiPS細胞の安定的な培養への応用が期待できます。

本研究はCREST戦略的創造研究推進事業:「人工多能性幹細(iPS細胞)作製・制御等の医療基盤技術」研究領域(研究総括:須田年生慶応義塾大学医学部 教授)における研究課題「分化細胞に多能性を誘導する転写因子ネットワークの構造解析」(研究代表者:丹羽仁史)の一環として行われました。

成果は、米国の科学雑誌『Stem Cell Reports』(4月12日号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(3月17日付け:日本時間3月18日)に掲載されます。

背景

ES細胞(胚性幹細胞)は、体を構成するすべての細胞種に分化することのできる「多能性幹細胞」です。一般に細胞は分裂を繰り返すことで、染色体DNAの末端にあるテロメアと呼ばれる部分が短くなり老化しますが、ES細胞は老化することなく半永久的に培養できます。

2010年、米国国立衛生研究所(NIH)の研究グループは、マウスES細胞で「Zscan4」というタンパク質がテロメアを伸長し、遺伝子を保護することを発見しました注1)。しかし、Zscan4はすべてのES細胞にいつも発現しているわけではなく、どのようなときに発現するのかは分かっていませんでした。

そこで研究チームは、マウスES細胞を顕微鏡下で長時間観察し、1個1個の細胞を手動で追跡して正確な細胞系統図[3]を作成することにより、Zscan4の発現の様子を経時的に解析することにしました。Zscan4がランダムに発現しているか、あるいは細胞の状態に依存して発現しているのか、もしそうであれば、どのようなときに発現して、その結果どのような効果がもたらされるのかの解明を試みました。

注1)Zalzman et al., Zscan4 regulates telomere elongation and genomic stability in ES cells. Nature(2010)

研究手法と成果

研究チームは、Zscan4の発現様式を経時的に解析するために、Zscan4が発現すると緑色に光るマウスES細胞を作り、顕微鏡下で120時間(約5日間)観察しました(図1)。その結果、Zscan4は一部の細胞においてのみ発現していることが確認されました。また、赤色の核マーカー(H2B)を指標に細胞を1時間おきに追跡し、緑色の輝度を測定することでZscan4の発現を定量化しました。

Zscan4の発現様式を細胞系統図に沿って表示しました(図2)。赤色で示されているのがZscan4の発現量です。細胞系統図を正確に記述することにより、これまで平均12時間(0.5日間)でほぼ均一と思われていたES細胞の細胞周期(分裂を終えた細胞が次に分裂するまで1周期)が、実際には10~30時間と大きくばらついていたことが分かりました(図2の緑で示される数値)。さらに、Zscan4の発現量を経時的に詳しく解析したところ、細胞周期が長いほどZscan4の発現量が多く(図2右上)、Zscan4の発現量が一旦増えた後は、次の細胞周期の長さが短くなる傾向にあることが分かりました(図2右下)。

Zscan4はテロメアの伸長に関わる分子です。次に、培養系においてES細胞内に色素を注入し、その希釈率で細胞周期の長さを同定する手法を用いて、細胞周期の長さとテロメアの長さの関係を解析しました。その結果、細胞周期が長い状態のES細胞は、テロメアが短くなっていることが分かりました(図3)。

一般にテロメアの著しい短縮やDNAの損傷が起こると、その修復機構が働いて細胞周期が一時的に停止し、細胞周期が長くなる傾向にあります。今回の実験結果でも、テロメアが短いES細胞は細胞周期が長くなることが示され、また、そのような状態においてはZscan4の発現量が増えることを新たに発見しました。このことから、Zscan4はテロメアが短くなったことに応じて発現が誘導され、テロメアの長さを元に戻すことでES細胞の老化を回避していることが示されました(図4)。

今後の期待

本研究では、マウスES細胞が安定的に培養される仕組みの一部を解明しました。今回の実験手法をテロメアや染色体DNAを可視化しながら用いることができれば、さらに詳しい解析が可能になります。しかし、現段階では技術的に困難であり、今後の課題として残されました。ES細胞は動物胚から採取された多能性幹細胞であり、その性質を理解することは、人工的な多能性幹細胞であるiPS細胞の性質を知るための基礎になります。

今回の成果は、再生医療分野での応用が期待されるES細胞およびiPS細胞の培養にも応用できると期待できます。例えば、ゲノムDNAに変異を加えることなくZscan4の発現量を増やし、分化誘導と同時に発現を止めるような仕組みを作ることができれば、ES細胞、iPS細胞の安定的な培養につながる可能性があります。

原論文情報

  • Yoko Nakai-Futatsugi and Hitoshi Niwa, "Zscan4 is activated after telomere shortening in mouse embryonic stem cells", Stem Cell Reports, doi: 10.1016/j.stemcr.2016.02.010

発表者

理化学研究所
多細胞システム形成研究センター 多能性幹細胞研究チーム
研究員 二木 陽子 (ふたつぎ ようこ)

二木陽子

二木 陽子

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  1. 多能性幹細胞
    「多能性」とは、体を構成するすべての種類の細胞に分化し得る能力のことであり、「幹細胞」とは、細胞分裂後も自己と同じ細胞をつくる自己複製能をもった細胞のことである。多能性幹細胞は、適正な培養条件下では胎生期の未分化性を維持し続けることができ、また適正な分化誘導により体を構成するいかなる体細胞にも分化することができる。最初の多能性幹細胞は1981年にマウスの胚盤胞から単離された胚性幹細胞(embryonic stem cell, ES細胞)である。そして2006年、誘導型人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell, iPS細胞)の発明により、すでに分化した細胞から多能性幹細胞を人工的に作製することが可能になり、多能性幹細胞の再生医療への利用が現実のものとなった。
  2. Zscan4
    マウス胎生期においては、2細胞期で特異的に発現し、培養系ではES細胞で発現するDNA結合タンパク質。2010年に、ES細胞でテロメア伸長機能を持つことが発見された。
  3. 細胞系統図
    1つの細胞が2つの子細胞に分裂し、それぞれの子細胞がさらに2つの孫細胞に分裂するという繰り返しを図示した細胞の家系図。

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ライブセルイメージングでマウスES細胞のZscan4発現様式を1個1個の細胞ごとに観察

図1 ライブセルイメージングでマウスES細胞のZscan4発現様式を1個1個の細胞ごとに観察

核マーカーH2B(赤)を指標に、Zscan4(緑)の発現を1時間おきに測定した。画像は観察開始から96時間(4日間)後の細胞の様子である。Zscan4は一部の細胞においてのみ発現していた(右画像の緑色に光っているのがZscan4を発現している細胞)。(Nakai-Futatsugi and Niwa, Stem Cell Reports (2016), http://dx.doi.org/10.1016/j.stemcr.2016.02.010 より改変)

マウスES細胞の細胞系統図とZscan4の発現様式の図

図2 マウスES細胞の細胞系統図とZscan4の発現様式

左 :Zscan4の発現を1個1個の細胞ごとに定量化し、経時的に示した細胞系統図。黒色の数字は細胞の通し番号で、細胞分裂により細胞が出現した順を示す。緑色の数字は細胞周期(時間)を示す。赤色の輝度がZscan4の発現量で、矢印のように、Zscan4は一部の細胞で一過性に発現している。

右上: 細胞周期の長さとZscan4の発現量の関係を調べると、細胞周期が長いほどZscan4の発現量が多い。縦軸は、図1に緑色で示すZscan4の輝度から計算される発現量の1時間あたりの平均値である。

右下:Zscan4の発現量と次の細胞周期の長さの関係を調べると、Zscan4の発現量が多い細胞では、次の細胞周期が短くなる傾向にある。縦軸は、図1に緑色で示すZscan4の輝度から計算される発現量の1細胞周期あたりの平均値である。

(Nakai-Futatsugi and Niwa, Stem Cell Reports (2016), http://dx.doi.org/10.1016/j.stemcr.2016.02.010 より改変)

マウスES 細胞の細胞周期の長さとテロメアの 長さの関係図

図3 マウスES 細胞の細胞周期の長さとテロメアの長さの関係

ES細胞に色素を注入し、48時間(2日間)培養した。色素の希釈率に応じて細胞周期の短い群(概ね10時間くらい)、中程度の群(概ね16時間くらい)、長い群の3群(概ね24時間くらい)に分け、qPCR法およびflow-FISH法でそれぞれのテロメアの長さを調べた。図はqPCR法による測定結果で、縦軸は基準遺伝子36B4に対する相対的なテロメア長を示す。どちらの方法でも細胞周期の長い群では、テロメアが短かった。(Nakai-Futatsugi and Niwa, Stem Cell Reports (2016), http://dx.doi.org/10.1016/j.stemcr.2016.02.010 より改変)

Zscan4の発現によりマウスES細胞が老化を回避するメカニズム図

図4 Zscan4の発現によりマウスES細胞が老化を回避するメカニズム

一般に細胞は、分裂を繰り返すごとにテロメアが短くなり老化する。テロメアの短縮が進むと細胞はそれ以上分裂できなくなり、細胞死へと導かれる。しかしES細胞では、テロメアの短い状態においてZscan4の発現量が著しく増加し、テロメアの長さを元に戻し、細胞の老化を未然に防いでいる。(Nakai-Futatsugi and Niwa, Stem Cell Reports (2016), http://dx.doi.org/10.1016/j.stemcr.2016.02.010 より改変)

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