広報活動

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2016年3月25日

理化学研究所
東京大学
高輝度光科学研究センター
学習院大学

SACLAでの構造解析に必要な結晶の量を数百分の1に

-パルス液滴法によるタンパク質微小結晶の構造解析に成功-

要旨

理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センタービームライン研究開発グループの真船文隆客員研究員(東京大学大学院総合文化研究科 教授)、矢橋牧名グループディレクター、SACLA利用技術開拓グループの岩田想グループディレクター(京都大学大学院医学研究科 教授)、高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室 登野健介チームリーダー、学習院大学理学部化学科 河野淳也教授らの共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA[1]」のX線レーザーを用いた「連続フェムト秒結晶構造解析(SFX)[2]法」と呼ばれる手法に、タンパク質微小結晶を含む液滴を空間的・時間的に高い精度で制御して発生させる手法「パルス液滴法」を組み合わせることで、結晶構造の決定に必要な結晶の量を従来の数百分の1程度と大幅に抑えることに成功しました。

SFX法では、発光時間がわずか10フェムト秒(fs、1フェムト秒は1000兆分の1秒)以下のX線レーザーを、マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1m)程度のタンパク質微小結晶に照射して構造観察を行います。この際、1度のX線レーザーの照射により結晶は壊れてしまいます。したがって、次のX線レーザーに合わせて新しい結晶を照射領域に用意する必要があります。これまでは、結晶を分散させた液体を試料として、液体ジェットインジェクター[3]と呼ばれる装置から高速で吐出し、X線レーザーの照射領域に送り込む手法が多く利用されてきました。しかし、試料を連続的に流し続ける必要があるため、構造の決定には大量の結晶が必要でした。

今回、共同研究グループは、X線レーザーが照射領域に到達するタイミングに合わせて結晶を含んだ微小液滴(直径0.1mm以下)を試料として送り込む手法を開発しました。これにより、従来の数百分の1程度の量の結晶からリゾチーム[4]タンパク質の構造を決定しました。創薬ターゲットとなる膜タンパク質[5]を含めた、これまで結晶作製の困難さからSFX法が適用できず構造決定に至らなかったタンパク質の構造が、今後、明らかになると期待できます。

本研究は、文部科学省 X線自由電子レーザー重点戦略研究課題「創薬ターゲット蛋白質の迅速構造解析法の開発」(研究代表者:岩田想)などの支援を受けて実施されました。成果は、英国の科学雑誌『Acta Crystallographica Section D: Biological Crystallography』のオンライン版に3月24日(日本時間:3月25日)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所 放射光科学総合研究センター
XFEL研究開発部門
ビームライン研究開発グループ
客員研究員 真船 文隆(まふね ふみたか)(東京大学大学院総合文化研究科 教授)
グループディレクター 矢橋 牧名(やばし まきな)

SACLA利用技術開拓グループ
グループディレクター  岩田 想(いわた そう)(京都大学大学院医学研究科 教授)
特別研究員  小林 淳(こばやし じゅん)
研究員 南後 恵理子(なんご えりこ)

東京大学大学院総合文化研究科
助教 宮島 謙(みやじま けん)

高輝度光科学研究センター
XFEL利用研究推進室
先端光源利用研究グループ 実験技術開発チーム
チームリーダー 登野 健介(との けんすけ)

先端計測・解析技術グループ 高度データ解析チーム
チームリーダー 城地 保昌(じょうち やすまさ)

学習院大学 理学部化学科
教授 河野 淳也(こうの じゅんや)
助教 宮内 直弥(みやうち なおや)

株式会社コンポン研究所 東東京研究室
主幹研究員 武田 佳宏(たけだ よしひろ)

背景

X線結晶構造解析の発展によってタンパク質の3次元立体構造を原子分解能で決定することが可能となり、タンパク質の機能についての理解が飛躍的に進みました。大型放射光施設「SPring-8[6]」の明るい放射光[7]を用いた最先端の結晶構造解析実験では、30μm程度の良質なタンパク質結晶があれば構造を決定することが可能です。しかし、創薬などの研究用途で重要なヒトを含む動物由来のタンパク質の多くは十分な量を入手するのが難しく、30μmの結晶でさえも作製が困難です。また、測定中にタンパク質結晶が放射線損傷[8]を受け、放射線の影響のない自然な構造の決定が困難であることも大きな問題でした。

一方で、SACLAが供給するX線レーザーの明るさはSPring-8の10億倍ほどと非常に明るく、わずか数μmのタンパク質結晶で構造を決定できます。SACLAのX線レーザーは明るいだけでなく、発光時間が10fs以下と短いため、放射線損傷が進む前の構造が観察できます。このような特性を活かした構造解析法として「連続フェムト秒結晶構造解析(SFX)法」が開発されました。SFX法では、タンパク質微小結晶を分散させた液体を試料として液体インジェクターと呼ばれる装置から連続的に吐出することで、X線レーザーの照射領域に試料を供給します。SACLAでは最高で毎秒60回のX線レーザーが出射されるので、毎秒60回のペースでデータを連続的に収集することが可能です。しかし、結晶構造を得るために必要な量の試料を用意するには、10~100mgもの結晶が必要です。そのため、大量調製が難しい貴重なタンパク質に対してSFX法を適用することは容易ではありませんでした。また、毎秒60回射出されるX線レーザーに対し液体である試料は連続的に供給されるため、試料中の大部分の結晶にはX線レーザーが照射されず、データ取得ができないという問題もありました。これまでに、試料の量を抑えるための手法として、高粘度流体を用いるインジェクター[9]や高電圧で液柱を細くするエレクトロスパンマイクロジェット法[10]などが開発されていますが、どちらも試料は連続的に流れる液体であり、根本的な解決には至っていません。

そこで、共同研究グループは、SACLAのX線レーザーが照射されるタイミングに合わせて、試料をピンポイントで供給する方法の開発に挑みました。

研究手法と成果

共同研究グループは、パルス液滴法という、タンパク質微小結晶を含む液滴を空間的・時間的に高い精度で制御する手法を開発しました。これは、正確なタイミング信号と高精度マニピュレーターによってパルス液滴ノズルを制御する手法の確立と、ノズルから吐出された微小液滴(直径0.1mm以下)の挙動を高倍率かつ高速でモニターできる光学システムの構築により実現した手法です。共同研究グループは、SFX法とパルス液滴法とを組み合わせ、サイズ約5μmのリゾチーム結晶を含む試料に波長1.77オングストローム(Å、1Åは100億分の1m)のX線レーザーを毎秒30回照射して結晶構造解析を行いました(図1)。

30分程度の測定時間で34,322枚の回折イメージを収集し、そのうち4,265枚で良質な回折パターンが認められました。解析の結果、リゾチームの結晶構造を空間分解能2.3Åで決定することに成功しました(図2)。これにより、SACLAのX線レーザーによるSFX法とパルス液滴法を組み合わせることで、0.3mg以下という微量の結晶から構造決定に十分な量のデータを収集できることを実証しました。液体ジェットインジェクターを利用した従来のSFX法では、同様のデータを取得するための試料を用意するために10~100mgの結晶を必要としましたが、パルス液滴法によって必要な結晶の量を従来の数百分の1程度と、劇的に減少させることができました。

今後の期待

パルス液滴法をSFX法と組み合わせることで、大量調製が困難なタンパク質や他のサンプル導入法では扱うことができなかったタンパク質についても、結晶構造解析が可能になります。また、今回は試料を供給する液滴ノズル径を80μmにしていますが、30μmにすることで結晶の消費量をさらに1桁減少させることが可能です。解析するタンパク質結晶の特性に適した試料の導入法を実装することで、SACLAはよりユーザーフレンドリーな施設となります。今後、外界からの刺激に反応する受容体、イオンポンプなどの輸送体や、創薬ターゲットとなる膜タンパク質など、さまざまなタンパク質の構造がSACLAにおいて決定されることが期待できます。

原論文情報

  • Fumitaka Mafuné, Ken Miyajima, Kensuke Tono, Yoshihiro Takeda, Jun-ya Kohno, Naoya Miyauchi, Jun Kobayashi, Yasumasa Joti, Eriko Nango, So Iwata, Makina Yabashi, "Microcrystals delivery by pulsed liquid droplet for serial femtosecond crystallography", Acta Crystallographica Section D: Biological Crystallography, doi: 10.1107/S2059798316001480

発表者

理化学研究所
放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ
客員研究員 真船 文隆 (まふね ふみたか)(東京大学大学院総合文化研究科 教授)
グループディレクター 矢橋 牧名 (やばし まきな)

放射光科学総合研究センター 利用技術開拓研究部門 SACLA利用技術開拓グループ
グループディレクター 岩田 想 (いわた そう)

高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室
先端光源利用研究グループ 実験技術開発チーム
チームリーダー 登野 健介 (との けんすけ)

学習院大学 理学部化学科
教授 河野 淳也 (こうの じゅんや)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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東京大学大学院総合文化研究科 広報・情報企画係
Tel: 03-5454-6306
koho-jyoho[at]adm.c.u-tokyo.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

産業利用に関するお問い合わせ

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補足説明

  1. SACLA
    理研と高輝度光科学研究センター(JASRI)が共同で建設した日本初のX線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)施設。加速器の中で電子の固まりを正確な制御の下で一斉に振動させ、その電子の固まりからX線レーザーを発生させるX線発生装置。2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた国家基幹技術の1つ。2011年3月に完成し、SPring-8 Angstrom Compact free-electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から供用運転が開始され、利用実験が始まっている。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1と、コンパクトであるにも関わらず、 0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有している。詳細はホームページへ。
  2. 連続フェムト秒結晶構造解析(SFX)
    多数の微結晶を含む液体などをインジェクターと呼ばれる装置から連続的に供給し、フェムト秒のX線レーザーパルスを照射して結晶構造を解析する手法。配向の異なる多数の微小結晶からの回折データを連続的に収集する。SFXは、Serial Femtosecond Crystallographyの略。
  3. 液体ジェットインジェクター
    極細ノズルの先端からサンプルを含む液体を噴出させ、X線照射位置にサンプルを送り込む装置。SFX法では、サンプルの微小結晶を連続的に供給するために用いられる。
  4. リゾチーム
    多糖類を加水分解する酵素の1つ。本研究で用いたニワトリ卵白リゾチームは129個のアミノ酸残基により構成しており、2個のメチオニン,および8個のシステインを含む。タンパク質のX線結晶構造解析において、リゾチームはモデルタンパク質としてよく用いられる。
  5. 膜タンパク質
    生体膜を構成しているタンパク質で、全ゲノムをコードするタンパク質の3分の1を占める。生体膜の表面にあるタンパク質と内部に埋もれたタンパク質がある。生体膜の表面に付着しているものを膜表在性タンパク質、内部に埋もれているものを膜内在性タンパク質と呼ぶ。外界からの刺激に反応する受容体、イオンポンプなどの輸送体など、環境からの刺激を強く受けるタンパク質であるため、創薬の重要なターゲットとされ、高効率な構造・機能解析法の創出が待たれている。
  6. SPring-8
    兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理研の大型放射光施設。その運転管理と利用者支援は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。
  7. 放射光
    相対論的な荷電粒子(電子や陽電子)が磁場で曲げられるとき、その進行方向に放射される電磁波。放射光は明るく、指向性が高く、また光の偏光特性を自由に変えられるなどの優れた特徴を持つ。
  8. 放射線損傷
    X線の持つエネルギーによって、X線と相互作用した分子が壊れること。X線との相互作用で分子が壊れる場合だけでなく、分子が壊れる過程で生じる電子や、壊れた分子から生成する反応性の高い分子が観察対象の分子と化学反応する場合もある。一般的にタンパク質結晶の放射線損傷は、X線と水の相互作用をきっかけに、X線照射後ピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒)の時間スケールで水から生成する反応性の高い分子がタンパク質と化学反応することで起きる。
  9. 高粘度流体を用いるインジェクター
    SFXで利用される結晶供給装置の1つ。脂質、グリースなどの高粘度流体に含まれた微結晶を、ノズル先端から低速で押し出す。サンプルを少量ずつ押し出すことで、使用量を低く抑えることができる。
  10. エレクトロスパンマイクロジェット法
    SFXで利用される結晶供給法の1つ。微結晶を含む液体をキャピラリーに充填して電位を与え、対向電極との間の電位差を利用してキャピラリー先端から引き出す。高い圧力で勢いよくサンプルを噴出させる液体ジェットインジェクターと異なり、サンプルの流量を低く抑えることができる。

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パルス液滴インジェクターを組み込んだSFXの実験装置および使用したリゾチーム結晶の図

図1 パルス液滴インジェクターを組み込んだSFXの実験装置および使用したリゾチーム結晶

電気パルスを加えることで液滴が吐出される。図中のタイミング信号発生器によって電気パルスを加えるタイミングを調整することで、パルス液滴を時間的に制御することができる。また、パルス液滴ノズルは高精度マニピュレーターに搭載されており、高い精度でノズル位置を制御することが可能である。これによって、SACLAのX線レーザーが照射される位置とタイミングに合わせて、試料を供給することができる。本研究で用いたリゾチーム結晶のサイズは5μmである。

決定したリゾチームのタンパク質結晶構造の図

図2 決定したリゾチームのタンパク質結晶構造

図中の青色のメッシュは電子密度、メッシュ内スティックモデルの黄色は硫黄原子、青色は窒素原子、赤色は酸素原子を示す。

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