広報活動

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2016年4月1日

理化学研究所

動物の争いでいつ降参するかを決める神経回路

-手綱核-脚間核神経回路が争いの優劣を決めるメカニズムに関与-

ポイント

要旨

理化学研究所(理研)脳科学総合研究センター発生遺伝子制御研究チームの岡本仁チームリーダーらの研究チームは、動物が争う際にいつ降参するかを決めるのに重要な役割を果たす脳内の神経回路を発見しました。

動物の多くは、食物や縄張り、より良い生殖パートナーなどを求めて、同種同士でも争います。通常このような争いは、相手が死ぬまで続けられるのではなく、2匹のうちのどちらかが降参すれば終わります。争いの勝ち負けによってそれぞれの優劣を決める仕組みは、グループ全体の存続を脅かすことなく、グループ内で資源を共有できる点で有効です。しかし、このような争いで優劣を決める際に働く脳内メカニズムは、ほとんど分かっていませんでした。

研究チームは、闘争や逃走、すくみ反応など、動物のさまざまな防御行動に関わるとされる中脳水道周囲灰白質(PAG)[1]に情報を伝える、「手綱核—脚間核神経回路[2]」に注目しました。この神経回路は、魚類からほ乳類まで進化的に保存されています。研究チームは過去に、小型の熱帯魚ゼブラフィッシュ[3]の手綱核は、大きく背側と腹側に分かれており、そのうち背側手綱核のみが脚間核に情報を伝えていることを明らかにしています。

今回、研究チームは、ゼブラフィッシュの背側手綱核がさらに、外側、内側の2つの領域に分かれており、それぞれ脚間核の背側寄り、腹側寄りにつながっていることを発見しました。この背側手綱核の2つの回路のうち、外側からの回路の働きを人工的に抑制すると、魚は負けやすくなり、内側からの回路を抑制すると、負けにくくなりました。さらに詳しい解析により、背側手綱核の外側からの回路は闘争を持続させやすくし、内側からの回路は闘争を終わらせやすくするように働いていることを発見しました。このことは、手綱核と脚間核をつなぐ2つの回路が競合し、いわゆる「逃走か、闘争か」という正反対の行動のうちの1つが誘導されて、動物同士の優劣が決定されることを示しています。

これらの回路は魚からヒトまで共通であることから、広く動物の闘争行動を制御していると考えられます。ヒトの社会におけるさまざまな優劣が決定される過程にも、関与している可能性があります。

本研究は、JST・CREST「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」、科学研究費補助金・新学術領域・「予測と意思決定の脳内計算機構の解明による人間理解と応用」、脳科学研究戦略推進プログラム・課題G「脳科学研究を支える集約的•体系的な情報基盤の構築」の支援により行われました。成果は、米国の科学雑誌『Science』(4月1日号)に掲載されます。

※研究チーム

理化学研究所 脳科学総合研究センター
発生遺伝子制御研究チーム
チームリーダー 岡本 仁 (おかもと ひとし)
研究員 周 銘翊 (ミンイ・シュウ)

背景

動物の多くは、食物や縄張り、より良い生殖パートナーなどの限られた資源をめぐって、同種同士でも争います。通常このような争いは、相手が死ぬまで続けられるのではなく、2匹のうちのどちらかが降参すれば終わります。動物によっては実際に傷つけ合うことなく、優劣が決まる場合もあります。争いの勝ち負けによってそれぞれの優劣を決める仕組みは、グループ全体の存続を脅かすことなく、グループ内で資源を共有することができる点で有効です。しかし、このような争いで優劣を決める際に働く脳内メカニズムは、ほとんど分かっていませんでした。

中脳水道周囲灰白質(PAG)は、闘争や逃走、すくみ反応などの、動物のさまざまな防御行動に関わるとされる脳領域です。研究チームはこのPAGに情報を伝え、その働きを制御する可能性のある「手綱核—脚間核神経回路」に注目しました。この神経回路は、魚類からほ乳類まで非常によく保存されています。研究チームは過去に、小型熱帯魚ゼブラフィッシュの手綱核は、大きく背側と腹側に分かれており、そのうち背側手綱核のみが脚間核に情報を伝えていることを明らかにしています。

研究手法と成果

今回、研究チームは、ゼブラフィッシュの背側手綱核がさらに、外側、内側の2つの領域に分かれていて、それぞれ脚間核の背側寄り、腹側寄りにつながっていることを発見しました(図1)。そこで、研究チームは争いによる勝敗の決定について、それぞれの回路の役割を調べることにしました。

オスのゼブラフィッシュを2匹同じ水槽に入れると、威嚇し合った後、円を描くように泳ぎ、互いに噛みついて攻撃を繰り返します。通常、30分以内で勝ち負けが決まります。勝った魚は自由に泳ぎまわりますが、負けた魚は尾を下げ、水槽の底の方であまり動かなくなります(図2)。

争いの結果、手綱核—脚間核回路にどのような変化が起こるのかを調べるため、オスのゼブラフィッシュを勝者、敗者、闘いを経験しない対照群の3つのグループに分け、この回路の神経活動を比較しました(図3A、B)。脳切片で手綱核(Hb)を刺激すると、勝者と対照グループでは、背側脚間核(dIPN)と魚類のPAG相同領域(背側被蓋野、DTA)が活動しました。これに対し、敗者では腹側脚間核(vIPN)と正中縫線核(MR)が活動しました(図3B)。これらの活動パターンはそれぞれ背側手綱核の外側、内側からの投射パターンを反映していることから、勝者では外側回路が、敗者では内側回路が活動しやすくなっていることを示しています。

そこで研究チームは、背側手綱核の外側、内側それぞれの回路の神経情報の伝達を阻害するタンパク質を発現させる遺伝子改変魚を作製しました。これらの遺伝子改変魚を用いて、背側手綱核の外側の回路の働きを人工的に抑制すると魚は負けやすくなり、内側の回路を抑制すると負けにくくなりました(図4)。さらに詳しい解析により、外側の回路は闘争を持続させやすくし、内側の回路は闘争を終わらせやすくするように働いていることが分かりました。このことは、手綱核と脚間核をつなぐ2つの回路が競合し、いわゆる「逃走か、闘争か」という2つの正反対の行動のうちの1つが誘導されて、動物同士の優劣が決定されることを示しています。

研究チームはさらに、腹側手綱核の役割も調べました。腹側手綱核は正中縫線核と呼ばれる脳領域につながっており、セロトニンの放出を制御することが知られています。2014年に研究チームは、腹側手綱核を人為的に抑制すると、嫌なことが起こりそうなときにそれを未然に防ぐための行動を取れなくなることを発見しています注1)この腹側手綱核から正中縫線核への回路を遮断すると、負けても敗者としての行動をとることができず、いつまでも勝者に攻め続けられるようになりました。このように争いの勝ち負けによって優劣を決めるのに、手綱核の異なる領域が異なる役割を果たしていることが分かりました。

注1) 2014年11月21日のプレスリリース
危険に対して冷静かつ適切に対処できるようになるための神経回路を発見

YouTube:典型的なオスのゼブラフィッシュによる闘い(動画)
YouTube:闘い後の遺伝子改変ゼブラフィッシュの敗者の行動(動画)
YouTube:闘い後の野生型ゼブラフィッシュの敗者の行動 (動画)

今後の期待

手綱核—脚間核神経回路は魚からヒトまで共通であることから、今回発見した共通のメカニズムが広く動物の闘争行動を制御している可能性があります。さらに、この回路は争いを持続するか、終わらせるかを決めています。したがって、いつ争いを終わらせるかは、争いにおける身体的ダメージなどの蓄積によって受動的に決まるのではなく、両者の力関係を脳内で計算し、その情報を基に手綱核の外側、内側の2つの回路が競合した結果判断される可能性が示されました。

今後、脳のどの領域がどのような計算をすることで闘争を終わらせる判断が下されるのか、さらに研究が進むことが期待できます。

原論文情報

  • Ming-Yi Chou, Ryunoske Amo, Masae Kinoshita, Bor-Wei Cherng, Hideaki Shimazaki, Masakazu Agetsuma, Toshiyuki Shiraki, Tazu Aoki, Mikako Takahoko, Masako Yamazaki, Shin-ichi Higashijima and Hitoshi Okamoto, "Social conflict resolution regulated by two dorsal habenular subregions in zebrafish", Science, doi: 10.1126/science.aac9508

発表者

理化学研究所
脳科学総合研究センター 発生遺伝子制御研究チーム
チームリーダー 岡本 仁 (おかもと ひとし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  1. 中脳水道周囲灰白質(PAG)
    中脳被蓋領域内にある、中脳水道を囲む領域の灰白質。痛み、すくみなどの攻撃に対する防御反応、生殖行動などに関わる可能性が報告されている。
  2. 手綱核-脚間核神経回路
    間脳にある手綱核から中脳にある脚間核へと情報を伝える回路で、大脳辺縁系と密接なつながりがある。この回路は、さまざまな認知機能を担う前脳からの情報を受け取り、ドーパミンやセロトニンといった、意欲や気分と関わる神経伝達物質を放出する領域を制御することが知られている。
  3. ゼブラフィッシュ
    インド原産の淡水性熱帯魚で、飼育が比較的容易で多産であるために実験動物として利用される。受精卵にDNA断片や特定遺伝子を微量注入することで、遺伝子組換えが容易に行える。魚類とヒトは同じ脊椎動物であり脳の基本構造が一致しているため、脳研究の新しいモデル動物として注目されている。

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ゼブラフィッシュの手綱核-脚間核神経回路の図

図1 ゼブラフィッシュの手綱核-脚間核神経回路

ゼブラフィッシュの異なる手綱核の領域とそのつながりを示す。灰色の部分が背側、上が口側である。
ゼブフィッシュの手綱核は大きく、背側手綱核(赤と緑)と腹側手綱核(青)に分かれる。背側手綱核はさらに、外側(赤)と内側(緑)に分かれる。外側背側手綱核は背側/中間脚間核(赤)に投射しており、内側背側手綱核は中間/腹側脚間核(緑)に投射している。腹側手綱核は正中縫線核(青)に直接投射している。

ゼブラフィッシュの闘争行動。(1)威嚇。(2)円を描くように泳ぐ。(3)噛みつき行動。(4)勝敗の決定。

図2 ゼブラフィッシュの闘争行動

オスのゼブラフィッシュ同士の勝敗決定のパターン。まず、威嚇行動をし(1)、円を描くように互いを追い回して泳ぐ(2)。続いて噛みつき行動によって攻撃をする(3)。勝敗が決定すると、敗者は尾ひれを下げて水槽の底で動かない(4)、という敗者に特有の行動をとる。

内側、外側手綱核-脚間核神経回路の変化の図

図3 内側、外側手綱核-脚間核神経回路の変化

A:実験のセットアップ模式図。上が背側、下が腹側。それぞれ手綱核(Hb、赤が外側背側手綱核、緑が内側背側手綱核、青が腹側手綱核)、脚間核(IPN、赤が背側脚間核dINP、緑が腹側脚間核vIPN)、背側被蓋野(DTA)、正中縫線核(MR)、背側縫線核(DR)の位置を表す。

B:手綱核(Hb)の刺激に対し、活動した部分(暖色)を比べた。対照群と勝者においては、背側脚間核(dIPN)と、中脳水道周囲灰質(PAG)に相同な領域である背側被蓋野DTAが活動した。敗者においては、腹側脚間核(vIPN)と正中縫線核(MR)が活動した。ただし、画像では脚間核はdIPN 、vIPN を区別できずIPNのみの文字で表している。図1と比べると差が分かる。

内側、外側手綱核-脚間核神経回路の抑制の効果の図

図4 内側、外側手綱核-脚間核神経回路の抑制の効果

外側回路の活動を選択的に抑制するような遺伝子改変魚(赤)は、外側回路が正常な対照群に比べて勝者になる確率が有為に低くなった。内側回路の活動を選択的に抑制するような遺伝子改変魚(緑)は、内側回路が正常な対照群に比べて勝者になる確率が有為に高くなった。つまり、外側からの回路は闘争を持続させやすくし、内側からの回路は闘争を終わらせやすくするように働いている。

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